犬は必要があって飼い主を噛んでいる

ウチの犬はなぜ飼い主を噛むのか?と疑問に思う方も多いと思います。意味もなく噛んでくるんです、突然噛んでくるですと言われる飼い主さんも多くいます。しかし、ほとんどの場合、犬は何かしらの理由があって噛んできています。

強く噛んでくる原因で一番多いのが、防衛的な行動です。先日相談を受けた噛みつきでは、小型犬の飼い主さんが膝の上であおむけに抱っこし(頭が飼い主の膝頭側、足が飼い主の腹側)た状態で前足を拭いていたら噛まれたというもので、血が出るくらい噛まれたとのことでした。飼い主さんとしては「突然噛んできたのでなぜ噛まれたか分からない」とおっしゃっていました。そしてカウンセリング中も同じ体勢で犬の足を揉んでいたのです。

その状況を見たところ、犬が明らかに顔を逸らし、身体を硬直させ、その状況に対して嫌悪感を抱いているボディランゲージを示していました。さらにカウンセリングを進めていくとトリミングサロンでも前足を触ると嫌がることがあるということが分かりました。つまり、飼い主さんにとっては突然で何が理由か分からなかったとのことですが、明らかに犬にとって嫌な状況・変な体勢で抱っこされること、そして、触られることが苦手な前足を飼い主に触られることが、噛みつきの原因だったわけです。

飼い主さんには、犬にとって嫌な体勢をわざわざとらないようにアドバイスして納得していただきましたが、このように飼い主さんにとっては「突然噛んだ」と思っている状況でも、犬にとっては十分な理由があって噛みついているということがほとんどなのです。

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(ぎふ動物行動クリニック 獣医行動診療科認定医 奥田順之)

噛むとは犬の意思表示

噛むという行動は、何かしら犬の意思表示です。

大切なものを取られたくない、ゴハンを守りたい、触られるのが嫌、ブラッシングをされたくない、拘束されたくない、リードを奪いたい、自分の安心できる居場所を守りたい、侵入者への威嚇、など様々な理由が考えられます。心当たりがある方もいらっしゃるかと思います。

「犬なんだから我慢して当然でしょ?」と思っていると、こうした理由に気付いていても、それを犬の意思表示と捉えずに、屈服させるべきものとして捉えてしまうかもしれません。しかし、犬は意思のある生き物ですから、怖いという感情や、嫌だという感情もしっかりと存在します。まずは、噛むということは、この犬は何らかのメッセージを伝えようとしていることを理解しなければなりません。

例えば、飼い主さんがソファーに座っている時に、隣で寝ている愛犬をなでると噛むというパターンはどうでしょうか?「寄り添ってきて撫でてほしそうだから撫でたのに噛まれた」と言う形で相談されそうなパターンですね。しかし、単純に考えてソファーの上で寝ている犬をなでたら噛まれたという部分だけ取り出してみますとどうでしょうか?そもそもソファーに来たのは、飼い主に寄り添いたいという欲求ではなく、ソファが居心地の良い場所だからかもしれません。触っていたら噛んだということは単純に考えれば、触られることが嫌だったのでしょう。あるいは居心地の良いソファーから降ろされるのが嫌だった、居場所を奪われたくなかったから、かもしれません。

このように犬がどのような意思表示をしているか分かれば、対処もできる様になります。ソファーの件では、まずソファーに乗せないようにすることで、居心地の良い場所を防衛するという行動や、寝ているところを飼い主が触ってしまうという噛むきっかけを作らないように予防することが出来ます。同時にソファーと同じかそれ以上に居心地の良い居場所を作ってあげることも必要でしょう。

犬は通常居心地の良い寝場所を求めていますから、その意思を尊重する形で、ソファ以外の場所でそれを作ってあげることで、共生できる方法を探っていく必要があるわけです。

子犬の噛みつきに対する当座の対応

※成犬の噛みつきに困っている方は、飛ばしてください。

子犬の噛みつきの場合、噛んでいる理由さえわかれば、理由に合わせた対応をすることで、かなり噛みつきを減少させることができます。

間違えてはいけないのは、噛む行動の後に罰を与えてやめさせようとすることはあまりうまく行かないということです。噛む原因を明らかにして、その原因を取り除くことが必要です。子犬が噛む原因と対応については、こちらの記事をご確認ください。

【Q&A】子犬が狂ったように噛むんですけど、どうしたらいいですか?

また、動画によるセミナーも配信しています。冒頭15分は無料になっていますので、こちらもご覧ください。



成犬の噛みつきにどう対処すればいいのか?

成犬の噛みつきの場合、素人の飼い主さんだけで対応してもなかなか成果を挙げることは難しいかもしれません。それは、なぜ噛む行動が発生するのか?という動機づけを詳細に検討し、何の刺激がきっかけで噛む行動が発生しているのかを把握しないと噛む行動のマネージメントができないからです。

動機づけとは、行動を始発、方向付け、推進、持続させる過程や機能の総称のことです。要するに、その行動を発生させようとする要因のことですね。

どのような動機づけによって、行動が発生しているかがわかれば、その動機づけの元になっている、「動因」(お腹がすいたとか、落ち着かない気持ちだ、とか)や、「誘因」(急に手を出すとか、知らない犬に会う、とか)をコントロールすることで、噛む行動を減少させることができます。

ストレスを発散させるとか、欲求を満たすとか、そういうことは、犬の気分を安定させますから、行動の動機づけの「動員」を変化させることに役立ちます。散歩を十分に行ったり、トレーニングをしたり、我慢力を身に着けるすることがこれにあたります。

犬が怒るようなことをしないというのは、「誘因」をなくしていくことになります。触りすぎている飼い主さんに、触るのを控えるように言うことがありますが、短期的には「誘因」を少なくすることを指導しているわけですね。もちろん、長期的に続ければ、犬の方も「嫌な触り方をしてこない人だ」と認識して、気分が安定し「動員」も減らしていくことができます。

ただ、足を拭く、リードを着けるといったことが、攻撃行動の「誘因」になっているばあい、それをすべて無くして生活することが困難なこともあります。そいう言った場合には、飼い主との信頼関係を深めて「動員」をなくしていくと同時に、そうした刺激そのものに馴らすことも必要です。

犬の攻撃行動の種類(動機づけによる分類)

では、犬の攻撃行動の種類を動機づけの観点から分類するとどうなるでしょうか?列挙していきましょう。

1.葛藤性攻撃行動

葛藤性攻撃行動は、主に飼い主や家族など身近な人との関りの中で生じる葛藤状態を起因として発生する。
葛藤とは、両立しない複数の欲求が存在する際に、そのどちらも選ぶことができない立ち往生状態のことを指す。例として、犬がくつろいで寝ているところに飼い主が接近し犬を撫でようとしたとき攻撃が発生したという場面であれば、「このままくつろいで寝ていたいが、寝たままでいて撫でられるのは嫌だ」という両立しない欲求による葛藤が生じている。
葛藤性攻撃行動が発生する一般的な場面は、犬を見つめる、寝ている犬に近づく、犬を長時間撫でる、犬を叱る、犬が行きたい場所に行かせないようにするといった場面である。飼い主との関りの中で葛藤を生じ、飼い主の動きを攻撃によって制御することによってその葛藤から逃れようとして発生する。葛藤を生じる場面で発生するため、尻尾を追って回る、首を搔く、左右にペーシング行動をするといった他の葛藤行動と併発することもある。飼い主や家族による一貫性のない関わり方や、不適切な罰の使用、犬の要求的な態度に応え続けることは、葛藤性攻撃行動を助長する。

2.恐怖性/防御性攻撃行動

恐怖性/防御性攻撃行動は、恐怖対象となっている家族や他人が近づく場面や、家族や他人が犬を捕まえようとする場面など、犬が威嚇されている状況を確認した際に発生する。家族、他人、他の動物、物など様々なものが恐怖対象となりうる。例えば、棒などの物で叩かれる恐怖体験を経験した犬では、恐怖体験に関連づいた物を見るだけで、攻撃行動を示すことがある。
恐怖性/防御性攻撃行動は、頭を低くする、身体をかがめる、尾を巻き込む、耳を後ろに引く、物陰に隠れる、逃げる等の、恐怖や服従を示す行動を伴って発生する。また、脱糞・脱尿・震え・頻呼吸・頻脈といった、交感神経興奮に関連した生理学的徴候を伴う。攻撃行動が恐怖対象を退けるために有効であることを学ぶことで、恐怖や服従を示す姿勢から、より攻勢的な姿勢に変化することがある。

3.縄張り性攻撃行動

縄張り性攻撃行動は、犬が縄張りと認識している領域に、身近な家族と認識している者以外の人や動物が侵入した際に発生する。犬が縄張りと認識している領域は、生活している家屋とその周辺だけでなく、飼い主の車の中や、犬自身や飼い主の周囲の空間を縄張りとして認識する場合もある。
見晴らしの良い窓際など、家の近くを通る人・動物・物が良く見える位置に自由に行き来できる状態で生活している犬に発生しやすい。多くの場合、犬が吠えることで侵入者を追い払うことができるため、強化学習が生じて、行動が定着していく傾向にある。若年期から性成熟を迎えるころにかけて発症し定着することが多く、未去勢のオス犬に発生しやすい。

4.所有性攻撃行動

所有性攻撃行動は、犬が所有・占有している物が奪われると認識した際に発生する。所有性攻撃行動の原因となる物は、おもちゃ、飼い主の衣類、ティッシュなどのゴミ、ケージ、犬が寝床にしているマット等が挙げられる。犬にとって価値の高い物であればある程、攻撃が発生しやすい。
物を所有している犬に飼い主や他人が近づくと、口で咥える、前足で抑える、牙を見せる、唸るといった行動を示す。飼い主や他人が犬に近づくだけで、跳びかかり咬むこともある。さらに、取り上げようとすると、歯を当てる、咬むなど、より強い攻撃行動に発展する。犬が攻撃行動を示すことで物を守る事が出来た経験をすると、負の強化の学習から攻撃行動が強化される。

5.食物関連性攻撃行動

食物関連性攻撃行動は、犬の近くに食物がある状態で、犬がその食物を奪われると認識した場面、もしくは、その食物を奪わなければならないと認識した場面で発生する。具体的には、フードを入れたフードボウルに飼い主が近づく場面、犬用ガムを与えている時に飼い主が近づく場面、飼い主が食物を持っている場面、犬の近くの床に落としたフードを拾おうとした場面などで発生する。犬にとっての食物の価値の高さが攻撃行動の頻度や程度に影響する。食物を口で咥える、前足で抑える、牙を見せる、唸る、跳びかかる、牙を見せる、歯を当てる、咬むといった攻撃行動を示す。
食物関連性攻撃行動を示す犬では、食物の存在に対して緊張がみられることが多い。特に飼い主や同居犬などが近くにいる際は、緊張が強くなる。フードボウルに入ったフードをすぐに食べようとせず、しばらく唸ってから食べ始めるという行動がしばしばみられる。また、攻撃行動と併発して尾追い行動をはじめとした葛藤行動がみられることがある。食物を食べたいけど、唸ってないと奪われるかもしれないといった葛藤が生じているかもしない。

6.同種間攻撃行動

同種間攻撃行動は、身近な犬同士、あるいは見知らぬ犬に対して発生する攻撃行動である。犬に対して、吠える、唸る、跳びかかる、牙を見せる、歯を当てる、咬むといった攻撃行動を示す。
身近な犬同士の攻撃行動は、飼い主からの関心や休息場所など、競合する資源を奪い合うことで発生する。攻撃を繰り返すことで、互いの存在と嫌悪感が関連付けられ、競合する資源がなくても、互いの姿を見るだけ、あるいは、互いの声を聞くだけで攻撃行動が発現するようになることがある。
見知らぬ犬同士の攻撃行動は、散歩中に発生する他の家族の犬とすれ違い等、見知らぬ犬に出会う場面で発生する。特定の大きさの犬、特定の犬種の犬のみに攻撃行動を示す場合も少なくない。追いかけられる、吠えられるなどの、見知らぬ犬から攻撃行動を受けた経験をすることで、見知らぬ犬に対して嫌悪感が関連付けられ、攻撃行動を示すようになる。

7.転嫁性攻撃行動

転嫁性攻撃行動は、ある攻撃対象を攻撃できない時に、犬の近くにいる無関係な人や動物や物に対して発生する攻撃行動である。例としては、家の中で飼育されている犬が、窓越しに家の前を通る他人に対して縄張り性攻撃行動を示している時、近づいた飼い主や同居動物に対して攻撃行動を示すといった状況が挙げられる。このように、転嫁性攻撃行動には原発的な攻撃行動が存在する。窓やフェンスといった攻撃対象が見えるものの直接攻撃できない生活環境や、散歩中のリードによる行動範囲の制限がある場合に発生しやすい。それらの制限がなければ本来の攻撃対象を攻撃してしまう。

8.遊び関連性攻撃行動

遊び関連性攻撃行動は、主に子犬~若齢の犬で発生する、遊びに関連した攻撃行動である。遊び欲求が満たされていない犬が、飼い主の関心を引くために、服やスリッパを引っ張る、跳びつく、唸る、歯を当てる、咬むといった行動を示す。また、引っ張り遊びなどの遊び行動がエスカレートし、飼い主に対する攻撃行動に発展することもある。
攻撃行動に対して飼い主が犬を興奮させるような対応をとると、攻撃行動によって、より刺激の強い遊びができたと学習して、攻撃行動が強化される。一方、飼い主が無視しようとしても、完全に無視することは難しい。犬が弱く咬んでいる時は無視できるものの、咬む強さが強くなるにつれて無視できなくなり何らかの反応を返してしまうという対応を取ると、犬は弱く咬んでも無視されるが強く咬めば反応が得られることを学習し、咬む力が強くなっていく。

9.捕食性攻撃行動

捕食性攻撃行動は、攻撃対象となる動物を捕食するために行われる攻撃行動である。捕食行動であるため、注視、流延、しのび寄る、低い姿勢などを伴って発生する。他の攻撃行動とは異なり、唸る、吠えるといった威嚇的な行動や、他の情動的変化は見られない。
鳥や猫といった小動物や赤ちゃんを対象に発生する。捕食性攻撃行動では、必ずしも捕食行動の連鎖すべてが発生するわけではなく、多くは一部のみが発生している。つまり、攻撃が成功して攻撃対象を捕まえた場合、攻撃対象に止めを刺す場合もあれば、刺さない場合もある。また、食べることもあるが、食べないこともある。

10.母性攻撃行動

母性攻撃行動は、妊娠中、偽妊娠中、哺乳中の雌犬が、子犬や子犬と認識している物に脅威が迫ったと認識した際に発生する攻撃行動である。母性攻撃行動は、出産前や偽妊娠時のホルモン変化によっても発生するため、子犬がいなくても発生するする。そのため、ぬいぐるみやクッションなど子犬でない物を守る場合や、守る物がなくても発生する場合がある。偽妊娠時に発生する母性攻撃行動に伴って、巣作りに関する行動や、息みなどの分娩行動、乳汁の分泌などの、正常妊娠と同様の反応が見られることがある。

11.疼痛性攻撃行動

疼痛性攻撃行動は、身体のいずれかの場所に痛みがある場合に、犬が触られることで痛みを感じる、あるいは、痛みの発生を予測して、それを避けようとして発生する攻撃行動である。痛みの発生場所に応じて、爬行が見られる、うずくまって動かないなどの行動が伴うことがある。

12.特発性攻撃行動

あらゆる検査を行っても医学的疾患が見当たらず、攻撃行動の発生が予測不能で行動の文脈が不定で、詳細なヒアリングを行っても行動のきっかけとなる刺激や動機づけが不明であり、他のいずれの攻撃行動にも当てはまらない攻撃行動を指す。イングリッシュ・コッカー・スパニエルやイングリッシュ・スプリンガー・スパニエルの激怒症候群もこれにあたると考えられている。

どのような犬に攻撃行動が多いのか


飼い主への攻撃性の高い犬種として、チワワ、ウエルッュ・コーギー・ペンブローク、ミニチュア・ピンシャー、柴、パピヨン、ヨークシャー・テリアが挙げられる。これらの犬種の中で、ウエルッュ・コーギー・ペンブローク及び柴は体格が比較的大きく、攻撃行動が発生した際の被害が大きくなる傾向がある。柴は飼育頭数が多く、攻撃行動の相談が寄せられやすい犬種である。

子犬の時期は、遊び関連性攻撃行動が発生しやすいが、適切な対応を取れば、年齢に応じて減少していく。しかし、間違った認識から体罰的なしつけを行うことで、恐怖性/防衛性攻撃行動をはじめ、攻撃行動全般を増やしてしまうことにつながる。また、子犬の生活範囲を制限せず、噛んではいけないもの(ティッシュ、スリッパ、洗濯物等)が散乱した環境で飼育することで、それらを拾い、守ろうとする機会が増えることで、所有性攻撃行動が発生しやすくなる。
性成熟に伴って、攻撃行動が増加する傾向がある。雄犬では体内のテストステロンが攻撃行動に影響を与えており、去勢手術によって、家族に対する攻撃行動、見知らぬ犬に対する攻撃行動、侵入者への攻撃行動が減少する。雌犬では、妊娠あるいは偽妊娠時に母性攻撃行動が発生しやすい。

野犬出身の犬では、胎生期~社会化期を野外で人と関わることなく生活していることが多い。社会化期に人や人間社会の生活環境と関わらずに成長することで、人間との生活において恐怖を感じやすくなる。野外から保護された時期が、早ければ早いほど人間との生活に順応しやすい傾向にはあるが、元々人間の管理下で繁殖された犬に比べれば、攻撃行動が全般的に発生しやすい。

攻撃行動の発生には、飼い主の飼育方法が大きく影響する。飼い主の手に咬むといった子犬の不適切な行動に対して、マズルを掴んでキャンと言うまで押さえつけるといった体罰的な方法を用いることで、飼い主の接近や手による拘束に対して、恐怖心を覚え、攻撃行動が発現する例は少なくない。

一方で、子犬の頃からしつけ教室に通い、飼い主が人道的で動物の福祉に配慮した適切な飼育方法を取っている場合、攻撃行動の発生を予防することができる。攻撃行動の予防には、社会化だけでなく、飼い主との関係構築が重要な要素である。そのため概ね6か月程度までに行われる子犬教室(パピークラス)だけでなく、6か月以降もトレーナーからトレーニング法や関係構築法を学ぶ継続的なトレーニングクラスに参加することが推奨される。

攻撃行動の原因

攻撃行動の原因を考える際には、攻撃行動の目的、機構、発達と言う、複数の側面からの検討が必要である。

攻撃行動の目的

攻撃行動は、犬が生き延びる上で自分の身を守ったり資源を守ったりする上で必要な行動であり、異常な行動ではない。犬が進化の過程で受け継いできた正常な行動である。攻撃行動が問題になるのは、人が伴侶として暮らすことを目的として飼育している中で、人が攻撃してほしくないと思っている対象に対して攻撃する場合であり、番犬が害獣に対して攻撃することは問題にならない。問題となる場面においては、犬はその攻撃が自分にとって必要であるから攻撃している。一方、人は攻撃行動が不都合であるからやめさせたいと感じ、その対立から問題となっているのである。この構造を理解し、犬がなぜその攻撃行動を必要としているのかに目を向けることが必要である。

犬が攻撃行動を必要とする理由は様々であるが、恐怖から逃れるため、自分の身を護るため、大切な食餌を守るため、縄張りを防衛するためなどが挙げられる。これらは嫌な刺激から逃れ、自分の身をはじめとした大切な資源を守るための防衛的な攻撃である。一方で、遊び関連性攻撃行動では、飼い主の関心を引くために咬む行動が見られる。これは、犬自身の得たいものを得るための攻撃である。

飼い主の膝の上で寝ている犬を撫でると咬むというような症例は少なくないが、こうした犬では「このまま飼い主の膝の上で寝ていたいが、飼い主に触られて眠りを邪魔されるのは嫌だ」と言う葛藤状態を処理できずに攻撃していることが多い。この場合、攻撃行動そのものに強い目的があるわけではなく、衝動から攻撃してしまったというような状態である。また、同種間攻撃行動を止めようとした飼い主を咬んでしまう転嫁性攻撃行動も、飼い主を攻撃する目的は特にない。

攻撃行動の機構

行動の中枢は脳神経であり、攻撃行動も脳神経に制御されて発生している。脳神経は遺伝子、胎生期環境、母性行動、社会化期における生育環境などの影響を受けて多様な発達を遂げる。さらに若犬期以降も環境の変化に応じて、流動的に変化を続ける。脳神経細胞の配列、シナプス結合、神経伝達物質の多寡、受容体やトランスポーターの発現の状況などの脳神経の基盤が、攻撃行動を発生させやすくも発生させにくくもする。

攻撃行動の発現のしやすさは遺伝するため、犬種によっても、家系によっても、その程度は異なる。攻撃行動が発生しやすい犬種については、前述した。遺伝子が同じであっても、胎生期環境や母子行動の多寡等によって、エピジェネティックな変化が起こり、表現型は変化する。胎生期に母犬が高ストレス状態に置かれると、母体で分泌されたコルチゾールが、母胎内の子犬の発達に影響を与え、出生後の基礎的なストレス応答や不安行動が大きくなる可能性が示唆されている。また、げっ歯類での実験ではあるが、グルーミング頻度の高い母ラットに育てられた子ラットは、不安行動が小さいことが示されている。

犬では、生後4週~12週の期間が社会化期と呼ばれ、様々な社会的な刺激に対して強い警戒心を抱かずに、順応しやすい時期であると考えられている。社会化期は、ある刺激が自分にとって好い刺激か嫌な刺激か判断する役割を担う大脳辺縁系の偏桃体が未発達な時期である。社会化期に出会った刺激は、偏桃体での処理を受けずに入力され記憶されるために、犬自身にとって嫌なものであるという判断を受けにくくなるものと考えられる。

また、脳は効率的な情報処理を目指して変化する性質を持つ。脳内のシナプス結合の量は、一時期多くなるが、成長するに従って必要なシナプスを残して、不必要なシナプス、つまり使われないシナプスは脱落していく。社会化期に刺激を受け強化を受けたシナプス結合は将来的にも残り脱落しにくくなるが、社会化期までに出会ったことのない刺激に関してはその情報を処理するシナプス結合が脱落することで、恐怖や不安を感じやすくなるのかもしれない。

社会化期以降についても、脳の機能は常に変化し続ける。持続的なストレス環境に置かれた場合、コルチゾールをはじめとしたストレスホルモンが脳機能に影響を与える。コルチゾールは、脳神経細胞に作用して、Ca2+チャネルを開口する。ストレス応答の初期では、神経細胞の処理速度を高め、ストレスに対応しようとするが、長期的にストレス応答が続くと、細胞内のCa2+イオン濃度が高まり、神経細胞死を引き起こす。特に神経細胞の刈込と新生が活発な海馬において影響が顕著であり、長期的なストレス環境下に置かれた動物では、海馬の萎縮がみられることが知られている。

持続的なストレス環境は、脳内神経伝達物質の代謝にも影響を与える。人間のうつ病では、長期的なストレスが引き金となって、セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンなど神経伝達物質が枯渇することでうつ症状が引き起こされるとする、モノアミン仮説が提唱されている。動物においては、セロトニンノックアウトマウスや、セロトニンの前駆物質であるトリプトファン欠乏食を与えたマウスにおいて攻撃行動の増加が確認されている。犬においても、持続的なストレス環境によって、セロトニンなどの神経伝達物質の枯渇を引き起こされ、それが攻撃行動の要因になると考えられる。

攻撃行動の発達

攻撃行動は、攻撃の対象が人であれ、犬であれ、他の動物であれ、攻撃の対象が必要であり、攻撃を行う犬単独では発生しない。また、その犬が、攻撃の特定の対象(飼い主等)や対象群(他人全般、他の犬全般等)に対して、子犬の時期から攻撃することは少なく、成犬になっていく過程で攻撃行動を発達させていくことがほとんどである。攻撃行動の発達の過程では、攻撃対象の反応によって、攻撃が強くも弱くもなる。つまり、攻撃行動の原因を考える際には、攻撃対象との相互作用によって、どのように攻撃行動が発達したかを考える必要がある。

中でも、飼い主に対する攻撃行動では、攻撃対象である飼い主との相互作用が大きく影響する。結果として攻撃行動が繰り返されている場合、攻撃対象である飼い主や、飼い主が行う何らかの行為に対して、恐怖や嫌悪といった攻撃行動を発生させるような強い情動が関連づいているか、あるいは、攻撃行動によって犬が何らかの良い結果を得ていると考えられる。多くの場合、この両方が同時に起こっていると考えられる。

例えば、飼い主から撫でられるという刺激に対して攻撃行動を示す犬の場合、飼い主から撫でられるという刺激に対して嫌悪感を抱いているかもしれない。子犬の頃は、嫌悪感が強くなかったとしても、飼い主が執拗に不快な撫で方を繰り返した場合、徐々に嫌悪感が強まっていることも考えられる。この時、犬が唸る・牙を見せる・歯を当てる・咬むといった攻撃行動を飼い主に示したとき、飼い主が手を引いて、撫でるのをやめたとすると、犬は「攻撃すれば嫌な事が終わる」と学習するだろう。結果として、撫でられるという不快な刺激から逃れるという、犬にとっての良い結果を得るために攻撃行動を行うようになる。

また、はじめは撫でられる場面だけで攻撃行動を示していたにもかかわらず、犬が寝ている時に飼い主が近づくだけで唸る、ケージのそばを通るだけで唸るといった別の場面でも攻撃行動が発生するようになることがある。こうした状況は、飼い主が撫でることによって、犬に対して不快な刺激を示し続けたことで、「撫でられることが不快」という状態から、「飼い主の接近自体が不快」という状態になり、攻撃行動発生の場面が般化した場合に起こる。このような攻撃行動の発達は、飼い主が犬の行動の目的やボディランゲージを理解できず、「撫でてあげているのに突然咬まれる」といった認識を持っている場合に発生しやすい。

飼い主に対する攻撃行動では、飼い主との相互作用によって発達してきた行動であるから、飼い主側の接し方の問題を抜きにして原因を探ることはできない。飼い主側がどのような環境を提供し、どのような接し方を行ってきたのかを把握することで、何に対して強い情動を抱き、攻撃することでどのような良い結果が得られているのかを分析することが、攻撃行動の原因を探ることになる。