犬が自分の尻尾を噛む行動は、「転移行動」「常同行動」等と呼ばれ、葛藤やストレスによって起こります。病的な状態では「常同障害」と呼ばれ、獣医学的診断および薬物療法が必要です。

犬の問題行動の相談で良く有る症状の一つが、しっぽを追う、しっぽを噛む、しっぽを噛みちぎるというものです。特に柴犬に多く発生します。

これは常同障害と呼ばれる行動の疾患であることが多くあり、薬物療法を中心とした獣医学的な治療が必要になります。常同障害以外にも次のような様々な原因で発生します。”じょうどうしょうがい”という音の響きから、『情動障害』と間違われやすいですが、常同障害が正解です。

犬がしっぽを噛む主な原因

  • 葛藤行動
  • てんかんによる発作
  • しっぽ付近の不快感・痛み(皮膚疾患・神経疾患など)
  • 内分泌疾患
  • 代謝性疾患

このように、しっぽを追う行動は、身体の疾患によってっも発生します。

しっぽを噛む行動が多い犬種

しっぽを追う行動は、人気犬種の中では、柴犬にはよく見られ、6割の柴犬が尾を追う行動があり、3割が吠えながら尾を追うなど深刻な尾追い行動があると言われています。中にはしっぽを咬みちぎったり、断尾が必要な場合もあります。

柴犬以外だと、ポメラニアンも尻尾を追う行動が多くみられます。その他、ミニチュアブルテリア、ジャックラッセルテリア、ビーグルなどでもみられることがしばしばあります。

悪化する前に積極的に治療を

尻尾を追う行動を放置すると、強い尾追いに発展することもあります。特に唸りながら回る、しっぽから血が出るような場合、何らかのきっかけで尾追いが止まらなくなり、自分で自分の尻尾を噛みちぎってしまうことがあります。当院でも、強度の常同障害を発症している犬では、しっぽを噛みちぎってしまっていることが少なくありません。

また、尻尾を追っている時、唸っている時に、止めようとして手を出すと勢いよく噛まれ、犬歯が刺さる、縫うほどの怪我になる事があります。回転している時、尻尾を見て唸っている時に、顔付近を手で遮ることは危険です。

ぎふ動物行動クリニックによる問題行動診療

ぎふ動物行動クリニック(岐阜県岐阜市)は、獣医行動診療科認定医の奥田順之が院長を務め、全国で唯一、行動診療専属の獣医師が2名、CPDT-KA資格を持つトレーナーが2名在籍する、行動治療専門の動物病院です。

岐阜・愛知を中心に診察・往診を行うとともに、全国からの相談に対応するために、オンライン行動カウンセリング預かりによる行動治療を実施しています。

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常同障害かどうかを判断するには、獣医学的な診断が必要です。しっかりと診断をつけることが大切です。尻尾を追う行動に対して、飼い主さんが注意を向けることを学習し、関心を引くために発生している場合もあります。あるいは、何か葛藤を生じさせるような出来事があり、それに反応して尻尾を追うこともあります。てんかんの焦点発作によって回転行動が起こる場合もあります。

尻尾を追う状況に関連して、前後関係や、生活全般の状況、身体の健康状態も踏まえて、診断を下す必要があります。もし、常同障害と診断される場合、薬物療法が良く効きます。精神に影響を与える薬物療法というと、心配される方もいらっしゃいますが、副作用に注意しながらの使用が大前提ですので、その不安も含めて、獣医師に相談されると良いでしょう。最終的には使用した場合のメリットがどの程度出るのか、デメリット(副作用)があるかどうかを判断して、使用するかどうかを決めていきます。

しっぽを追う行動について、しつけやトレーニングの範疇のように思われますが、診断をつけ、薬物療法を実施できるのは獣医師だけです。まずは、獣医師に相談することをお勧めします。獣医師への相談は、一般の動物病院ではなく、行動学を専門に学んでいる、行動診療を行っている動物病院にご相談ください。

犬が自分のしっぽを噛む⇒常同障害とは?

犬の常同障害は、状況と関係なく無目的に反復的かつ持続的に特定の行動を繰り返してしまう心の病気です。動物園の展示動物が左右に揺れる行動も常同障害である場合が多いです。人間の強迫神経症と近い機序で発生していると言われています。

常同障害の診断では、正常な葛藤行動、関心を求める行動や、身体疾患との鑑別が必要になります。他の行動の問題や、皮膚疾患、内分泌性疾患、代謝性疾患が潜在しないかどうかを検査して診断が下されます。

柴犬では、しっぽを噛むという行動で出やすいですが、手を舐める、後ろ足をかじる、蠅噛み行動などの形でも発生します。トイプードルでは前足を舐めて毛がなくなってしまったり、ドーベルマンの脇腹吸い、シェパードの尾追いなど犬種によって発生しやすい常同行動は違ってきます。動物園のシロクマでは左右に揺れる行動がよく見られます。中には食べたものを吐き戻すという行動を常同的に行う動物もいます。

常同障害と常同行動

常同行動という言葉も聞いたことがある方もいるかもしれません。常同行動とは、反復的に無目的な行動が表れるとき、その行動そのものを指し、常習的に常同行動が発現していて動物の福祉状態が低下したり、飼い主が問題を感じるようになった状態を常同障害と言います。

柴犬が尻尾を追ったり、しっぽに噛みついたりする行動は葛藤や興奮で生じることがあり、明らかな葛藤状態で発生する尻尾を追うは葛藤行動と言います。常習的に起こっていない、たまに見る、尾を追うことはあってもすぐに収まる状態は常同障害ではありません。しかし、持続的なストレス状態などによって、葛藤状態が持続ししっぽを追う行動、尻尾を噛む行動が繰り返された結果、常同的になってしまい、常同障害に発展することもあります。

しっぽを追う行動、しっぽを噛む行動は、程度が様々で、たまにグルグル回るだけの犬から、カラーをしていないと回り続けてしまう犬、しっぽを噛みちぎる犬までいます。常同行動が犬の正常行動を阻害するくらい多く出ていたり、身体を傷つけてしまったり、飼い主の生活を脅かすくらい発生してる場合には、常同障害と診断し、治療を行っていく必要があります。

柴犬のしっぽ噛み(常同障害)の特徴

● 常同行動は自己強化性である
常同行動は、自己強化性(やればやる程習慣化する)であるため、常同行動が続くと徐々に行動の発生が多く、強くなっていく場合があります。一般的に時間と共に悪化していきます。止めてあげないといけないってことですね。しっぽを噛む行動を放置しておくと徐々に噛む頻度や程度が強くなり、場合によっては尻尾を噛みちぎってしまうことがあります。1回回りだしたら1分以上回っている、それを1日に複数回見る様な状況、必ず診察を受けるようにしてください。

● 常同行動が出現しているときに飼い主が関心を向けることで強化される
常同行動が発生している時に飼い主さんが声をかけたり、関心を向けるとそれが報酬となり強化されることが有ります。柴犬の場合でが、しっぽを追っているところを見て「かわいい」と思って、声をかけているうちに常習的になってしまうこともありますので気を付けなければいけません。トイプードルだと手を舐めているところを声をかけて止めようとして逆に強化してしまうこともあります。

● 生後12カ月~36か月で発生しやすい
柴犬の場合、3ヶ月くらいからしっぽを追っているイメージが強いです。しかし、そうしたパターンでも6カ月くらいになってくると収まることも多くあります。家に来た時には既に尻尾を追って回っているという状態であれば、回数や程度が弱くなっていくようなら様子を見てもよいでしょう。しかし、程度が強くなっていく場合には、生後5ヶ月~1歳の間に出血を伴うしっぽへの攻撃が起こることもあります。気になる方は、まずは回数を記録して、悪化していないかどうか確認する必要があります。

柴犬のしっぽ噛み(常同障害)の原因

常同障害は様々な要因によって発生します。生活上のストレスや低い福祉状態(飼い主との関係が悪い、体罰、運動ができないなど)が持続することによって発症しやすくなります。例えば集団飼育の現場では、ゲージの中での生活が多くなり、常同障害を発生し安くします。また発生しやすい犬種や、脳の特定の受容体の多型によっても発生頻度が異なることが研究されています。

常同障害の一つの原因として脳内のセロトニンという不安な気持ちや興奮した気持ちにブレーキをかけるホルモンが枯渇していると考えられています。常同障害では、脳のいくつかの部位の過活動があるという仮説が提唱されていますが、発症してから経過が長い場合は脳の過活動がより起こりやすい状況になっていることがあります。常習化してしまった脳の過活動を整えるためにはセロトニンの代謝を調節するお薬を必要に応じて使用します。

柴犬のしっぽ噛み(常同障害)の治療法

常同障害は100頭に2頭程度発生すると言われており、よく見られる病気の一つです。飼い主さんとの関係改善を中心とした総合的な不安の解消、十分な精神的刺激がある生活の提供、安心できる環境の提供、原因の一つと考えられているセロトニンの代謝を調節するお薬を使用して治療・改善を行っていきます。治療が生涯に渡る場合もあるので、早期治療と根気強く向き合っていくことが必要です。

● 飼い主さんとの信頼関係づくりのトレーニング
・ おやつを用いた、飼い主との信頼関係づくりのトレーニング
・ 一貫性を持った対応をする(飼い主の行動を予測しやすくするためにコマンドをつけるなど)

● 安心できる生活習慣作り
・ 1日のスケジュールを一定にする(食事の時間、散歩の時間、遊びの時間)
・ 持続的な不安をの原因を特定し排除する

● 十分な精神的刺激の確保
・ 1日2回30分の散歩の実施
・ 愛犬と出かける、グループレッスンなど、適正な刺激の確保
・ 知的玩具の活用、ゴハンを得るための簡単な作業を行う

● 安心できる居場所の提供、リラックスするトレーニング
・ クレートの設置とクレートトレーニングの実施
・ 常同行動が出現しているときに関心を向けず、リラックスしているときに報酬を与える

● 常同行動を減らすための行動修正法
・ 常同行動が起こったら天罰方式で中断させ、その後簡単なコマンドを実施しご褒美を与える
・ 常同行動が発生するきっかけとなる刺激の排除
・ 常同行動が発生するきっかけに対する脱感作(馴れる練習)
・ 常同行動が発生しているときに注意を向けない、なだめない

常同障害の薬物療法

薬物療法では、セロトニンの代謝を調節するお薬を使用します。薬で劇的に改善するケースもありますので、「しつけ」の問題としてトレーニングのみにこだわらずに、適切な薬物療法も検討すべきです。

◎第一選択薬
・ 塩酸フルオキセチン:選択的セロトニン再取り込阻害薬と呼ばれる抗うつ薬。脳内のセロトニンの代謝を調節します。お薬の特徴としては、1~2カ月飲ませないと効果が表れない点です。お薬ははじめたら数カ月は続けて投薬する必要があります。それぞれによりますが、年単位で投薬が必要なケースもあります。

てんかん体質の可能性

東京大学の行動診療科で異常行動の発生した犬についててんかん体質があるかどうかを調べる研究がおこなわれました。問題行動のある犬62頭(うち柴犬29頭)のうち、7頭はMRI検査によって脳に器質的な異常が発見されさした。残り55頭のうち51頭に於いて脳波検査によって、てんかんの個体で検出される棘波や多棘波と呼ばれる脳の波形が確認されたということでした(東京大学ではこれをてんかん体質と呼んでいます)。この棘波や多棘波が見られた症例51頭のうち48頭について、抗てんかん薬の処方を実施し、うち39頭について5割以上の改善が認められたとのことです。

その中でもしっぽを追いかける、しっぽを咬む、しっぽに対して唸るなどの症例24頭のうち16頭で抗てんかん薬が奏功したとのことでした。つまり、常同障害の症例においても、てんかん体質を持つ犬が非常に多く混ざっており、常同障害の治療薬であるフルオキセチンなどのSSRIsだけでなく、抗てんかん薬による治療も必要になってくるということも考えられます。

当方でも、過度のしっぽを追う行動、しっぽに対して唸る、吠える行動については、抗てんかん薬を併用することが多く、実際に改善の程度もフルオキセチン単独よりも良い成績となっています。

常同障害の相談例と改善状況

ご相談の主旨

食餌前後を中心とした尾追い行動・吠え・家族への攻撃行動に問題を感じ、ご相談いただきました。

本日お知らせいただいた内容(行動の経歴)

Hちゃんは1歳10ヶ月の柴犬の男の子で、ペットショップさんから5カ月の頃に迎えました。家に来た当初は尻尾を追うことはなかったのですが、生後8カ月~10ヶ月の頃から尻尾を追いかけながら唸るようになったとのことでした。

また、尻尾を追う行動を止めようとして咬まれたり、ゲージに入れようとして咬まれる等の事故が発生しているとのことでした。

尾を追う行動は、ゴハンを食べ終わりかけると発生することが多く、食べながらヴーヴーと唸りだし、尻尾を狙って攻撃するとのことでした。また、夜中に発生することもあり、3日に1回程度夜中に唸るため、家族がなだめに行くとのことでした。尾追いは非常に激しく、尻尾の毛は半分以上なくなっており、出血することもあるとのことでした。また唸り声が近所迷惑になっているとのことで、難儀しているとのことでした。

これまでにかかりつけ医にて、抗てんかん薬を3ヶ月前に処方されたものの、投薬当初、多少軽減したものの現在は元の状態に戻っているとのことでした。

診断とお話し

これまでの経緯と問題行動の発生している状況、カウンセリングの様子から、
今のところ、食餌に関連した葛藤を原因とした常同障害と考えられます。

今回特に身体的な異常については、特に異常が見られているわけではありませんが、何かしらの異常が隠れている可能性もありますので、必要に応じて血液検査など精密な検査が必要になる場合もあります。再診させていただきながら、かかりつけ動物病院等と連携して実施していきたいと思います。まずはすぐに家でできる対処を行っていきましょう。

尻尾を追う行動は、柴犬にとっては良くある行動で、6割の柴犬が尻尾を追う行動を持っていると言われます。Hちゃんの場合はその程度が非常に強く、常同障害であると考えられます。常同障害は無目的・反復的に特定の行動を繰り返してしまう行動の病気で、脳のブレーキとも呼ばれるセロトニンと言うホルモンの働きが弱くなっている場合に発生しやすいと言われています。今回、ゴハンに関連したストレスから、葛藤状態となっており、その葛藤が引き金となり常同行動が発生していると考えられます。

あるいは、もしかしたらてんかんと言う可能性もあります。てんかんの焦点性発作が起こっていることで、尾を追う行動につながっているかもしれません。

まずは、薬物療法で反応を見つつ、身体的な異常についても精査していく必要があります。薬物療法は、常同障害のお薬と、抗てんかん作用を持つ抗不安薬を使用します。薬物療法の反応は、尾追いの回数を数えることで客観的に評価できるように記録していただけると助かります。ゴハンの前後の尾追いの回数や、夜中に唸りはじめる日数を数えていただくのもよいかと思います。

その他、現在は庭で放し飼いの状態とのことでしたが、刺激を少なくするために、夜はガレージなどでゲージに入れたほうがよいでしょう。ご近所に対しての配慮にもなります。

薬物療法について

今回、薬物療法として、塩酸フルオキセチンとジアゼパムを使用し、反応を見ていきましょう。

◎ 塩酸フルオキセチン

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◎ ジアゼパム

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飼い主様へのコメント

わからないことや改善の状況など、なんでもご相談ください。しっかりサポートして参りますので、一歩ずつ進んでいきましょう。
何かありましたらいつでもご連絡ください。

その後の経過

投薬翌日から尾追いと唸りの改善が見られ、翌日から一度も尾追い行動が起こっていないとのことでした。
また、血液検査を実施しましたが、異常値が見られませんでした。

1か月後、ジアゼパムは身体依存や薬物耐性があるため減薬していったところ、尾追いが再発しました。

尾追い再発後、他の抗てんかん薬であるガバペンチン、フェノバルビタールを処方し、やや改善が見られたものの、食餌後、特に雨の日に尾追い行動が発生しました。また、夜中の唸りもしばしばみられる状態でした。

食餌に関連した尾追い行動であったこと、夜中の唸りがあったことから、食餌に関連して自律神経の緊張が高まっていることと夜中の眠りが浅い可能性を考え、自律神経を整え興奮を抑えて眠りを改善する漢方薬(柴胡加竜骨牡蛎湯、黄連解毒湯)を処方したところ、食餌後の唸り、夜間の唸りが消失しました。

その後、全体的な減薬に取り組み、最終的にはジアゼパムを低用量(0.5mg/kg 1日2回)で用いることで安定した生活を送ることができるようになっています。