ご相談の主旨

家族に対する唸り咬みつきに問題を感じ、ご相談いいただきました。

本日お知らせいただいた内容(行動の経歴)

Rちゃんは、4歳のミックスの男の子で、友人の家で生まれ、生後35日くらいの時に家に来たとのことでした。小さい頃は、咬み付くことも多かったものの、遊びの範疇の甘噛みであったとのことでした。フードボウルに手をいれたり、物を取り上げたりしても唸ったり咬むことはなかったとのことでした。甘噛したときは声で叱ったり、マズルを掴んだり、ひっくり返して押さえつけたりすることもあったとのことでした。

1歳になる手前頃から、徐々にフードボウルに手をのばすと守って唸ったり、物を取り上げようとすると唸る行動が見られ、これはやばいなと思い始めたとのことでした。1歳の頃に、何らかのきっかけで、手に向かって飛びついて手を咬まれる事があり、流血し、このときはきつく叩いて叱ったとのことでした。

その後、断続的に唸る行動が見られてきたものの、唸るため、危険を察知できることから血が出る程咬まれたのは、1歳の時以来ないとのことでした。

最近の状況では、以下のような状況で、唸ったり、飛びかかってくる行動が見られるとのことでした。

① 靴下や靴など、咬んではいけないものを取った時に、取り返そうとした場面で唸る。対応としては、オヤツを投げて、オヤツを取りに行っている隙きに回収している。
② 靴下や靴など、咬んではいけないものを取ろうとした時に「ダメ!」や、「あ!」というと唸る。
③ ご飯を食べている時に、フードボウルに近づくと唸る。現在は食べている時に近づかないようにしている。フードは手作り食とのこと。
④ 屋外の鎖に係留しようとすると咬む。以前は鎖に直接首輪を係留していたが、危ないため、リードの持ち手部分に鎖を係留するようになった。係留する瞬間、あるいはその前に唸ったり飛びついてきたりする。係留された後は攻撃してこない。
⑤ 室内で犬から寄ってきた時に、しばらく撫でていると唸り、咬もうとしてくる。
⑥ ベッドで一緒に寝ている時に、寝返りを打つと咬む。コタツの中にいる時にコタツの中を覗くと唸る、コタツの中で足が当たると咬む。

いずれも、重傷を追うような攻撃には発展していないものの、様々な場面でうなりが見られ、生活上困っているとのことでした。

1年ほど前までは、咬む、咬む真似をする時にはきつく叱っていたものの、最近は叱らずに無視するようにしているとのことでした。飼い主さんと、旦那さんとは対応が異なるかもしれないとのことでした。

診断とお話し

これまでの経緯と問題行動の発生している状況、診察時の様子から、神経質な傾向を背景に持つ、恐怖性/防衛性/所有性攻撃行動と考えられます。

今回特に身体的な異常については、可能性は低いと考えられますが、身体疾患が潜んでいる可能性はゼロではありません。身体の問題で今回のような問題行動が起こる場合もあり、あるいは問題行動を増悪させている場合もあります。緊急を要するわけではありませんが、どんなワンちゃんでも年に1回は、健康診断は行った方がいいですので、機会を見つけて、かかりつけ医にて全身スクリーニング検査を実施することをお勧めいたします。

今回の問題行動が起こった背景には、もともとのりゅうちゃんの神経質な傾向と、これまでの体罰の経験が大きく影響している様に思われます。またこれまでの接し方(嫌がっているのに触ろうとすること、無理に犬を力で押さえつけようとする態度)も関係していると考えられます。

今後の治療法・対処法

①、②の状況に関しては、価値の高い物を守るための、所有性攻撃行動であり、まずは、物を守らせる状況を作らない事が大切です対応としては無理やり取るよりも、現在のようにオヤツと交換で良いでしょう。まずは物を取られない環境を作りましょう。

③については、フードボウルからフードを与える事をやめるという方法があります。手からフードを与えるようにすればよいのですが、手作りなので、難しい場合は、フードボウルを手に持って与えるという方法もあります。ただし、守り方が激しい場合は、無理すると怪我しますので、無理しないでください。手にご飯を乗せて与えられるようなら、そうしてもらう方が良いでしょう。くれぐれも気をつけて、少しでも唸るようなことがあるなら、フォローアップ時にご相談してください。

④が一番困っているとのことでしたが、これは、オスワリ・マテをかけてから、リードをつなぎ替える事ができるようにするのが第一段階です。その次に、オスワリ・マテをかけて首輪を持っても大丈夫なようにしていきましょう。その過程では、細かくオスワリ・マテの練習をしていく必要がありますので、こちらもフォローアップ時に練習していきましょう。

⑤については、おそらく飼い主さんの傍にいたい(飼い主さんの傍に何らかの心地よいものがある場合もある)という欲求と、長時間撫でられることが嫌だという感情が両方存在し、葛藤を生じている状況から攻撃行動が発生している事が考えられます。人間の子どもでもずっと頭を撫でられたら嫌ですよね。それと同じ様に、犬もずっと撫でられたら嫌ですので、撫で続ける事はやめるようにしましょう。

⑥については、一緒に寝ずに、ハウスにいれて寝かせる事が大切です。ハウスができないとのことでしたので、ハウスのトレーニングを行っていきましょう。手順はハンドアウトのとおりです。

全ての行動に共通して、犬自身が嫌な刺激に対して、唸る・咬むという行動を示し、その嫌な刺激を遠ざけようとしています。そして、唸る・咬むという行動によって、自分の大切な資源(モノや場所)を守れたり、嫌な事を撃退できたりすることで、行動が強化されてきています。

犬が飼い主と一緒に暮らしていくためには、飼い主は犬にできるだけ無駄な負担をかけずに生活させるべきですが、飼い主の利益と犬の利益が衝突する場面は少なからず存在します。そうした際に、犬は、飼い主との集団行動のなかで折り合いを付けることを求められます。リードを付けることもそうですし、ハウスに入ることもそうです。撫でる事は飼い主さんの方が折り合いをつけてやめるべきですし、靴を守る行動は、飼い主さんが靴を片付ける方が良いでしょう。犬も人も双方が協調して行きていくために、折り合いを付ける必要があります。

Rちゃんの場合、この折り合いを付ける能力が、十分に育っていない状況です。過度に身体を傷つけられるような刺激ではないものに対して、過剰に反応してしまっている状況です。それは、これまでの一部体罰的な接し方や、唸ることで自分の身や資源を守れた経験に寄って強化されてきたと言えるでしょう。

これからは、少しずつ、多少嫌なことでも、その後に良いことがあるから我慢しようという気持ちを育てて行く必要があります。プライベートレッスンでは、その力を伸ばしていけるようにサポートしていきます。

今回、投薬は行っていませんが、状況に応じて、薬物療法も検討していきましょう。

さいごに

防衛的な攻撃行動の改善では、絶対に咬まなくなるようにすることではなく、咬まなくてもいい生活を送らせてあげることが何より重要です。改善には時間と忍耐と飼い主さんの適切な愛情が不可欠です。一歩ずつ焦らず進んでいきましょう。

その後の経過

プライベートレッスンを実施し、家での行動修正に取り組んでもらいましたが、初期の部分では、トレーニング中に緊張からフードを食べない、飼い主さんによる行動修正の実施が難しい面があったため、薬物療法(フルオキセチン)を併用しました。

薬物療法実施後、気分が安定し、攻撃的な態度になる場面が少なくなったため、食欲も向上し、行動修正(トレーニング)を実施しやすくなったとのことでした。以後プライベートレッスンに月1回~2回程度通っていただき、徐々に関係づくりを行っていったところ、攻撃行動はほぼ消失しました。

攻撃行動が消失してから、フルオキセチンを漸減し、断薬しました。

初回のカウンセリングから、断薬までの治療期間は約1年でした。