飼い主さんのお仕事が忙しく、お留守番する時間が長いわんちゃんも多いですが、留守番が長いことで「退屈な時間が長い」「欲求が満足されていない」生活が続いてしまっている場合もあります。攻撃行動と、留守番の時間は、一見関係ないように思うかもしれませんが、これらの生活習慣上の問題が、バックグラウンドストレスとなり、攻撃行動を悪化させる要因になっていることがあります。

今回は、留守番が長いながらも、たのしくトレーニングすることや遊びを毎日の生活に取り入れることで、飼い主さんと良好なコミュニケーションを取る機会を増やし、攻撃行動の改善がみられた小型ミックス犬の事例を紹介します。

ご相談の主旨

  • ご家族への攻撃行動について、ご相談いただきました。

基本の情報

  • 犬種:ミックス犬(ペキニーズ×シーズー)
  • 年齢:2歳3ヶ月
  • 性別:オス去勢手術済み
  • 飼い主さんは、ご夫婦お二人家族
  • 生活環境
    • 住居の形態:マンション
    • 普段は、リビング自由
    • 留守番時、寝る時は、リビングの一画を柵で区画したスペースで過ごす
      • ケージ、トイレなどがある
      • ケージは常に開放
      • 留守番が長時間(1日10時間以上)
  • 生活習慣
    • ごはん:1日2回
      • 2回のそれぞれをさらに3回に分け、ごはんを食べている間にブラッシングなど嫌がりそうなことをする
    • お散歩:1日2回朝晩
      • 朝は歩かなくなってしまった(排泄のみ)
        • お父さんが連れて行くと歩かない
        • ここ3~4ヶ月は棒立ち
        • 20分くらいぼんやりするだけ
      • 夜は30分くらい歩く
        • お母さんが連れて行く
      • マンションの共用部分は抱っこしないと通れない

【咬みつき】攻撃行動の経歴

  • 攻撃の頻度:月1~2回
    • 春頃は調子よく頻度が減っていた
    • 6月くらいから悪化傾向
  • 最近の攻撃
    • [昨日]お父さんが足を咬まれた
      • ヨーグルトをスプーンであげようとした時
    • [2023年7月]お父さんが指を咬まれた
      • ヨーグルトをスプーンであげようとした時
      • 普段から食後にヨーグルトをスプーンであげているが、機嫌が悪い時に無理にあげようとすると怒る傾向がある
    • [2023年6月]お母さんが腕を咬まれた
      • 夜、散歩に行こうと抱っこしたら手を咬まれて出血
      • それ以来、家で抱っこする時はおやつをあげるようにしている
    • [2022年]お父さんが頬を咬まれた
      • 犬がソファで寝ていたところに近づいた
      • 唸ったり威嚇することなく急に咬んだ
    • [時期不明]お母さんが顔を咬まれた
      • ハーネスを付けるのを嫌がって咬んだ
      • それ以来、ハーネスを付けるのはやめた
      • 首輪はおやつあげながら付ければ問題なくできる
    • [2週間前から]怒るため顔を拭けなくなった、歯みがきもできなくなった
  • その前は、ちゅーるをあげながらならできていた
  • 子犬の頃
    • 家に来た当初から、唸ったりすることはよくあった
    • 甘噛みが多かった
      • 嫌なことをされた時
      • 遊んで噛んでいるような時もあった
  • その他
    • 月1~2回、ごはんを食べない時がある
      • ごはんの時間が遅い時や、日中に嫌なことがあったタイミングで、食べないことが多い
    • 咬まれた時のご家族の対応
      • お父さんは無視するようにしている
      • お母さんは大声を出してしまう
      • 叱ったり叩いたりしたことはない

診断とお話し

  • 診断:葛藤性攻撃行動
  • 要因
    • 刺激に敏感な生得的気質
    • 社会化不足
    • 発散不足、退屈
      • 長時間の留守番
      • たのしめる時間が取れていない(お散歩や遊び)
  • 攻撃が発生する状況は、整理すると以下のとおりです。
    • 身体を触られたとき
      • 顔を拭く
      • 寝ている時に触られる
    • 拘束されたとき
      • 抱っこ(家の中でだけ)
      • ハーネス
    • その他
      • 寝ているところを邪魔された時
      • おやつを上から出された時
        • おやつをつまんであげる
        • ヨーグルトをスプーンであげる
      • ごはんを食べたくないのに無理にあげた時
  • 犬の咬む行動は、身体の触られたくない場所を触られる嫌悪感や、拘束される嫌悪感に関連した葛藤性の攻撃と考えられ、攻撃することで嫌なことが回避できると学習してしまったものと考えられます。
  • 生まれつき、様々な刺激に対して敏感な気質を持っていることも要因として考えられますが、子犬の時期にそれらの刺激に対する安心感を持てるような良い経験が少なかったことや、お留守番中の退屈な時間が長いこと、攻撃行動の発生もあり十分な遊びの時間を取れていないことによる体力や欲求の発散不足も、攻撃行動悪化の大きな要因となっていると考えられます。
  • 叱られたり叩かれると、恐怖を感じ、防衛的な攻撃行動も発生することで、攻撃頻度がさらに増す可能性があります。現在そういった対応はされていないですが、今後も気を付けていきましょう。
  • まずは、咬まれる状況を作らないことを徹底して行い、攻撃行動を繰り返すことによる行動の強化を断ち切る必要があります。そのために、ご家族の対応の修正を行っていきましょう。
  • 四肢の末端を舐める行動が比較的よくみられるようですが、これは皮膚炎などの身体疾患からくるからだの違和感などが関連している可能性もあります。今後もこれらの症状には十分注意し、かかりつけ動物病院での継続的な治療を行ってください。

具体的な対応策

  • ご家族の対応の修正
    • 唸らせない、咬ませない
      • 散歩に出る時の抱っこ
        • キャリーケースで移動できることを目標に練習する
        • 当面は、お母さんがおやつをあげながら抱っこする
      • おやつ・ヨーグルトのあげ方
        • おやつは手のひらに乗せてあげる
        • ヨーグルトは皿に入れる
      • 顔拭きについて
        • 当面、顔拭きは控える
        • 後々、タイミングを見て練習を始める
          • いきなり完全にキレイにしようとしないこと
          • 犬が嫌にならないよう少しずつ練習
    • 万が一、咬まれた時の対応
      • できるだけ大きな声は出さず、その場を立ち去り、お互いに冷静を取り戻すようにしましょう
  • バックグラウンドストレスを減らす
    • たのしく遊ぶ時間を設ける
      • できるだけ毎日、だいたい同じ時間に遊ぶ習慣をつけるとよい
        • 「予測可能」であることが犬に安心感を与える
      • おもちゃはすべて見えない場所にしまっておき、飼い主さんのタイミングで遊びを開始できるようにするとよい
      • お父さんが怖いと感じずに、たのしく遊べるとよいので、今は「長いおもちゃでひっぱりっこ」がおすすめ
    • お散歩でもたのしく歩けると良い
      • 今は朝は歩いてくれないとのことなので、無理しない
      • 今後、お散歩がたのしくなっていくよう工夫する
      • 今は、まずお父さんとの関係改善を目指す
        • 可能なら、朝のお散歩で外に出たときにグータッチ練習してみる
        • これも、無理はしなくてOK
    • 留守番中にできることを探す
      • 知育おもちゃを使ってみる
        • フードやおやつを中に入れておくような知育おもちゃなら、ひとりである程度の時間遊べる
    • 皮膚の問題について
      • 足先をよく舐める様子があるので、皮膚に問題がないかどうか必要に応じてかかりつけ動物病院に相談する
  • トレーニング
    • クレートトレーニング
      • ちょうど良い大きさのハードタイプのクレートを準備する
      • 犬がいつも自由に出入りできる場所に、扉を外した状態でいつも置いておく(身近な物、いつでも出入りできる物と感じてもらうため)
      • フードやおやつを投げ入れて、出入りする練習をする
      • まだ扉は閉めない
    • グータッチ練習
      • おやつを手に握りこんで、犬に見せ、鼻でタッチしたら手を開いておやつをあげるだけ
      • ポイント
        • おやつを持っている時だけ練習すること!グーを見せたけど、実は持っていないよ~、という裏切りをしないこと!
        • ゲームとしてたのしく練習すること
  • 記録をつける
    • 「唸る・咬む・怒りそうな表情」「足先を舐める」ことが発生したとき
    • 日時、前後の状況、攻撃の程度などを詳細に記録しておく
    • 家族の誰が見た場合も記録できるようにしておく
      • 1冊ノートを作って共有する
      • LINEグループなどを活用する などの方法
    • 記録をつけていくと、今まで気づかなかった攻撃のきっかけが判明する場合がある(新しいきっかけをみつけたら、その状況も回避できるようにする)
    • 記録をつけるうち、ご家族皆さんが犬の表情やボディランゲージを今までよりよく読めるようになってくる
  • 薬物療法
    • お薬は使わずに治療を進めたいとの希望があった
    • 今後の経過によっては、補助的な薬物療法の併用も考えていくことにした

その後の経過

  • 3週間後
    • お家でやってみたこと
      • ノートに記録を付けている
      • ぬいぐるみやペットボトルで遊ぶ機会を増やした
      • 朝のお散歩は、お母さんが抱っこで外に連れていき、お父さんがグータッチを練習して帰ってくるようにしている
      • クレートトレーニングをしている
    • 攻撃行動について
      • 攻撃は3回発生(いずれもヨーグルト関連)、唸ることは1回発生したが、それ以外は咬んだ・唸ったことはなし
      • 唸りが発生したのは、機嫌が悪くてごはんを食べなかった時
    • 今後の課題
      • 攻撃を発生させないために、ヨーグルトはお皿であげることを徹底
      • 知育おもちゃを試してみる(ペットボトルを利用するのもよい)
      • トレーニングを続けていく
        • グータッチをお父さんと楽しくできているので継続
        • クレートトレーニングでは、戸口で連続しておやつをあげる練習をする
  • 7週間後
    • お家でやってみたこと
      • 知育おもちゃを遊びの一環として活用している
      • トレーニングは、ほぼ毎日行っている
    • 攻撃行動について
      • 1回も咬むことがなかった
      • 1回だけお母さんに唸った
        • 夜、眠い時に歯磨き粉を皿に入れて渡したため
        • 唸った後すぐに食べた
      • 機嫌が悪くてごはんを食べない日もなかった
    • その他の様子
      • 朝、お父さんと散歩に行った時もグータッチしながら歩いたり、普通に公園周りを一周できるようになった
    • 今後の課題
      • 今の落ち着いた状態を長期間維持する
      • 飼い主さんに顔を拭きたいという希望があるため、今後は、口輪を装着する練習も考えて行けると良い

犬と猫の問題行動診療(犬の攻撃行動、猫の不適切排尿、咬みつきなど)

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