犬の攻撃行動をなおしたい時には、「環境整備」がとても大切な治療のひとつとなります。今回は、適切な環境整備が攻撃行動の改善につながった事例を紹介します。
今回の症例にみられる「食物関連性攻撃行動」や「所有性攻撃行動」は、食べ物や食器など食物に関連するものや犬自身が所有していると考えている価値の高い物を他の動物や人間に取られないよう防御するために起きる攻撃行動です。一見、環境を整備することとは関係ないようにみえますが、犬の安心できる居場所を整えることは、大変重要です。これらの攻撃は、相手が物を取ったり脅威や危害を与えようとする意志がなかったとしても発生するため、犬の居場所周囲に人が近づくことが多いなど、刺激が多い環境では、攻撃が悪化していく可能性が高いためです。
ご相談の主旨
- ご家族への攻撃行動について、ご相談いただきました。
基本の情報
- 犬種:柴犬
- 年齢:7歳
- 性別:オス 去勢済み
- 飼い主さんは、ご夫婦、義父母、お子さん2人の6人家族
- 生後2ヶ月でペットショップから迎えた
- これまでの対応
- 問題行動が起き始めた頃は、咬みついたら叱り、叩いていた
- 今は叩くのはやめ、少し時間をあけてから様子を見に行っている
- 生活環境
- 普段の居場所は、玄関を出た横のケージ内(留守番時、寝る時も)
- 玄関横なので家族も訪問者も含め、人はよく通る
- 生活習慣
- ごはん:1日2回ドライフード よく食べる
- お散歩:1日2回朝晩合わせて1~2時間、散歩は好き
- おやつ:犬用クッキー
- 遊び:ケージからクッションを持ってきて、遠くに投げると取ってきて、何回も繰り返して遊ぶ
【咬みつき】攻撃行動の経歴
- 現在一番困っているのは、ケージの出入りの際とリードを付け外しする際に攻撃することがあるために、散歩やトリミングに行けない時があること
- 生後6ヶ月~問題行動あり
- 最初の攻撃:ドッグランで他の人にとびかかろうとした時にお父さんが間に入って咬まれた
- 現在みられる攻撃行動
- 頻度:1日に3~4回
- 攻撃のみられる状況
- フードボールを取る時
- 拾い食いした後
- ハウスに入り、入口を閉める時
- リードを付けるとき
- 普段は首回りも触れて、リードも付けられる
- ハウスにいる時で、散歩に出たくない時だけ付けようとすると怒る
- ケージの横を通るだけで唸る
- この半年~1年くらい程度がひどくなった
- [2023年8月25日]お母さんが右足を咬まれた
- 散歩後、自宅の玄関先でリードが外せず息子からお母さんにリードを渡した
- お母さんがリードを受け取ってすぐ右足を咬まれた
- お父さんが犬をケージに入れてリードを外した
- [2023年8月19日]お父さんが手を咬まれた
- 自宅の玄関先でトリミングに行くためにお父さんがリードを付けようとした
- 手を咬まれた
- その後は車に乗ってトリミングに行った
- [日時不明]お母さんが足を咬まれた
- 散歩中に猫が前に出てきた
- お母さんがびっくりして犬の足を踏んでしまった
- お母さんが足を咬まれた
診断とお話し
- 診断:食物関連性攻撃行動、所有性攻撃行動、恐怖性/防御性攻撃行動
- 攻撃が発生し始めた当初にみられた攻撃行動は、食物や自分にとって価値の高い物を守ることに関連した攻撃と考えられます。
- その後に、叱られることや無理やりケージに入れられることで追い詰められたり、恐怖を感じたことで、防衛的な攻撃行動も発生していると考えられます。
- まずは、咬まれる状況を作らないことを徹底して行い、攻撃行動を繰り返すことによる行動の強化を断ち切る必要があります。そのために、まず環境の整備とご家族の対応の修正を行っていきましょう。
- 環境の整備については、生活パターンを考慮した上で、攻撃が発生しにくく、犬とご家族の双方が暮らしやすくなるような模様替えや設備の設置・移動を考えていきましょう。
- 薬物療法により、攻撃に至る衝動を下げることで、攻撃の頻度や程度が抑えられるとともに、環境整備や対応修正の成果が出やすくなるでしょう。ただし、薬物療法だけで問題行動が収まることはありません。
具体的な対応策
- 環境整備
- 安心できる居場所を作る
- 居場所を変える
- ケージではなく繋留する形にする
- 周囲が気にならないよう目隠しをする
- 安心できる居場所を作る
- 対応修正
- 唸る・咬む状況を発生させない
- ごはんのあげ方について
- 現状のあげ方でうまくいっていれば、とりあえずはそれでもOK
- 現状:食後にワイヤーで釣って皿を回収
- 器を使わないであげる方法もある
- 手であげる
- 地面に撒いたりして直に置く
- 散歩中に少しずつあげる
- 現状のあげ方でうまくいっていれば、とりあえずはそれでもOK
- 取り上げない
- 現状、取り上げない対応をしていただいているので継続する
- 基本的には、取り上げる必要が生じないようにする(できるだけ拾いそうなものを避ける、周囲を片付けておく)
- もし、それでも拾ってしまった場合は、どうしても取り上げないといけない大事な物や危険な物以外は、諦めて無視する(自然に落ち着くまで)
- 当面、嫌がることはしない
- 身体的なケアなどどうしても実施しなければならないことがあれば、攻撃行動が落ち着いてから、少しずつ練習していくことを考える
- 記録をつけて新たにみつかったきっかけがあればそれも避ける
- ごはんのあげ方について
- 叱らない(罰を使わない)
- 叱ったり叩いたりすることで追い詰められてしまったり、大きなストレスや葛藤を感じて防衛的な攻撃もするようになることで、逆に、攻撃行動の回数や程度が増えることがある
- 攻撃を受けた場合にも、叱らず黙って立ち去るようにしましょう
- 唸る・咬む状況を発生させない
- 記録をつける
- 唸る・咬むことが発生した時にメモしておく
- ご家族全員に協力してもらえると情報が蓄積しやすい
- 日時、前後の周囲の状況(詳細に)、犬の状態や表情を記録
- 今まで気づかなかったきっかけが見つかる可能性がある
- ご家族が今より犬の表情やボディランゲージを理解できるようになる
薬物療法について
- 今回の症例では、不安や攻撃に至る衝動をコントロールするために、「塩酸フルオキセチン」を使用していくことにした。副作用として、下痢、食欲低下、眠くなるなどの症状が見られる場合がありますが、本症例では目立った副作用はみられなかった。なお、安定した効果が得られるまで2〜4週間かかる薬である。
- トリミングを受ける際に、落ち着いた状態で行って受けられるよう、事前に内服する頓服薬として、トラゾドンとガバペンチンを、出発する1.5~2時間程度前に使用することにした。
その後の経過
- 3週間後
- 環境整備について
- ケージの場所を移動
- 人のよく通る玄関横から、人の動きの気になりにくい場所へ移動
- ケージは完全に囲わない形にし、リードで繋留
- ケージの扉を閉める際に攻撃が発生していたため
- 目隠しを設置
- 視界が開けている側にはよしずで目隠しをした
- 環境整備が完了してからは、攻撃はほぼ発生しておらず、落ち着いて生活できている
- リードの付け外しがないためスムーズに朝晩、散歩に行けるようになった
- ケージの場所を移動
- トリミングについて
- 事前に頓服薬を使用することで、落ち着いてトリミングを受けることができた
- 今後もトリミングを受ける際には頓服薬を使用していくことにした
- その他
- 歩く時の引っ張りが減り、お散歩しやすくなった
- 環境整備について
環境整備前
玄関横にケージを設置し、居場所にしていました。人が頻繁にケージ横を行き来する場所であるため、「食べ物」や周辺にある「物」を守る気持ちを強くしてしまい、攻撃を悪化させやすい環境でした。ケージから出る時にリードを付け、ケージに入る時に外すようにしていたため、リードの付け外しに伴う攻撃も起こりやすい状況でした。
(写真)
環境整備後
庭の、人の行き来が少ない一画に居場所を移し、使っていたケージを使って一部を区画しました。扉を閉めるのではなく繋留する形にしたため、リードの付け外しに伴うトラブルはなくなりました。見通しの良い側にはよしずで目隠しをし、視覚的な刺激を減らしました。
(写真)
犬と猫の問題行動診療(犬の攻撃行動、猫の不適切排尿、咬みつきなど)
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