柴犬は、犬の中で、オオカミに最も近い古代犬グループに属します。その遺伝子は、野生に近く、家畜化の程度が低いため、人への依存性が低く、独立心が高いため、扱い方が難しい犬種であり、噛み癖の相談が最も多い犬種です。柴犬に特徴的な噛み癖の原因について解説します。

①脳機能に問題のある個体がいる

柴犬では、しばしば、尻尾を噛みちぎってしまうような子がいます。尻尾を噛みちぎってしまうという自傷行為は、明らかに異常な行動です。柴犬では、尻尾を噛みちぎる以外にも異常行動が起こることがしばしばあります。そして、異常行動を起こしている柴犬では、攻撃行動も発現しやすくなります。

異常行動とは、その場の状況にそぐわない行動や、行動の頻度や程度が正常の行動に比べ著しく逸脱しているものを指します。異常行動が発生している場合、脳機能に問題がある可能性があります。

グルーミングは正常行動ですが、舐め続けてただれてしまうのは異常行動です。執拗に尻尾を追うだけでなく、執拗におしりや足をかじる犬がいますが、そうした行動です。攻撃行動についても、攻撃の本来の目的は自分の身を守ったり、必要な資源を守ったりするために起こるわけですが、それならば『唸る』という行動だけでも十分に目的を果たせる場合が多いでしょう。にもかかわらず、『唸る』にとどまらず、執拗に何回も噛み続けるという行動は、異常な程度の攻撃になっている可能性があります。柴犬では、複数回、執拗に噛む行動も少なくありません。そうした行動は異常なレベルの脳の興奮が関与している可能性があります。

また、柴犬の攻撃行動の診察をしていると、共通して、以下のような言葉を聞くことが多いです。

  • 普段は穏やかな目をしているのに、ある時、目が座って急に攻撃的になる
  • 日によって性格が違い、全然大丈夫な日との差が激しい
  • 普段は撫でても問題ないのに、元気がないなと思って、撫でようとしたら、噛まれた。
  • 空中を噛み続ける行動がある
  • 音を異常に怖がり、風が強い日に散歩に行けない
  • 散歩に行っても急に立ち止まって、尻尾を下げて、帰ろうとするから、散歩に行けない。

これらの行動は、行動の前後関係(行動の文脈・つながり)が正常ではなく、突然に脈絡のない行動が発生していることから、異常行動が生じている可能性があります。

あるレポートでは、攻撃行動のある犬(対象となった犬の多くが柴犬)の脳波を計測したところ、てんかんの際に見られる波形(異常波)が観察されたという報告があります。また、柴犬の攻撃行動の治療では、抗てんかん作用のある薬が著効することがしばしばあります。これらの情報は、柴犬の攻撃行動の原因として、てんかんに近い脳機能の異常があることを示唆します。

柴犬の攻撃行動では、異常行動を併発している例が多く、あるいは、攻撃の程度が常軌を逸している例があり、脳機能の異常を念頭においた対応が必要です。

②ストレスに弱く、パニックを起こしやすい

脳機能の異常というレベルの問題がなくても、やや扱いにくいのが柴犬。家畜化の程度が低く、原種に近い行動を持つことで、人との生活に支障を生じることがあります。

柴犬に特徴的な行動特性として、葛藤に弱く、ストレスでパニックを起こしやすいというものがあります。動物病院の診察台の上で叫ぶ犬と言えば柴犬ですね。拘束されるという状態、逃げたいのに逃げられない状態になったときにパニックを起こしやすいです。その際に攻撃行動に転じる柴犬も少なくありません。

柴犬は、日常的なルーティンとなっている刺激は受け入れることができますが、日常的に起こっていない新規の刺激を受け入れる柔軟性が乏しいといえます。これには個体差が大きく、新規の場所や、新規の物をまったく気にしない柴犬もいれば、知らない場所に行く、家に新しい家具がある、新しいおもちゃを買ってくる、知らない音や怖い音(花火・雷・防災無線)がする、風のある日にのぼりがパタパタする、といったストレスに対して過剰に反応してパニックを起こしてしまうということが良くあります。

このパニックの程度も、あまりにひどい場合、雷の日に窓ガラスを割って外に出てしまうとか、家の中を破壊してしまうとか、正常行動のレベルを明らかに超えて、許容できないレベルにまで至ることがあり、その場合、異常行動であると判定し、薬物療法も含む対応が必要になってきます。

③ヒトへの親和性・依存性が低く、独立心が高い

これは、柴犬の代表的な特性の一つですが、人への親和性は、他の犬種に比べて低いことが研究でも明らかになっています。

有名な実験では解決不可能課題というものがあります。犬では絶対に開けられない餌の入った箱を用意し、近くにいる人(飼い主)に対して、犬が視線を送る頻度を調べる実験です。解決不可能課題を前にすると、依存性の高い犬では、人に目線を送り、助けてもらおうとします。依存性の低い犬では人に目線を送らず、自分でどうにかしようとします。

柴犬を含む原種に近いグループの犬は、洋犬に比べて、解決不可能課題を前にしても、人に視線を送る頻度が少ないことが知られています。これは、洋犬に比べ、依存性が低いことを示しています。

依存性が低く独立心が強いという行動特性は、攻撃行動にも強く影響します。独立心の強さというものは、嫌なものは嫌と拒絶する意志の強さということもできます。人の意図を優先するのではなく、犬自身の意図を優先します。

例えば、散歩に行きたくないときに、リードをつけようとした場合に咬むという行動はその一つです。依存性の高い犬種であれば、飼い主の意図として散歩に行くならついていこうという気持ちが強くなりますが、柴犬の場合、自分の意志を強く持ち、嫌なものは嫌と考えて、行動しやすいということを理解しておくことが必要です。

④撫でられるのが苦手な柴犬が多い

依存性の低さと関連して、攻撃行動に直結する特性として、撫でられるのが苦手、拘束が苦手な犬が多いという特性が挙げられます。明らかに他の犬種よりも撫でられるのは苦手であり、あまり好きではない個体が多いです。

柴犬の中でも個体差が大きく、撫でられるのが好きな柴犬もいます。一方で攻撃行動に悩んでいる柴犬の多くが、撫でられるのが苦手です。

その結果、ブラシができない、抱っこができない、ハーネスがつけられない、リードがつけられない、撫でられない、触れないといった問題が発生します。

この背景には、飼い主の側に「犬を撫でたい」「犬とスキンシップをしたい」という欲求があることが多いです。柴犬のモフモフをなでなでしたいという欲求はわからなくもないです。しかし、もともと撫でられるのが苦手な犬をたくさん撫でてしまったら、犬は「これ以上撫でるな!」という意図を伝えるために攻撃するようになってしまいます。

一方で、まったく受け入れることができないという柴犬は少ないです。たくさん撫でまわすのをやめて、必要最小限のスキンシップにすることで、攻撃行動が減少することはよくあることです。

「この程度のスキンシップなら受け入れてやらんでもない」と柴犬たちに思ってもらうことが大切です。

⑤ゴハンに対する異常な執着

柴犬の大きな特徴として、ゴハン関連の攻撃行動が非常に多いということが挙げられます。

ゴハンを守る特性は、早くて3カ月のころから生じます。ゴハンをお皿で与え、そこに人が手を伸ばす、人が近づくなどすると、非常に強く唸ったり吠えたり、フードボウルを守ろうとします。その状態になるとフードを食べることもできなくなり、フードをまき散らしてしまうということも起こります。

また、フードを食べた後も、その興奮が継続し、ゴハン後の10分~2時間程度、緊張状態が続く柴犬もいます。

さらにやっかいなのが、怒っているためにご飯を食べす、ゴハンが残っているからさらに怒るという悪循環を生んでしまうことです。フードに対する異常な執着が、食欲を減らしてしまうという矛盾が生じます。

このような状態に対しては、フードの与え方を変えたり、フードを与える場所を変えたりすることが有効です。一つはフードボウルを床に置かないこと。床に置かずに、フードボウルは手に持ったまま、手から少しずつ与えれば、「フード=自分の資源」という認識にならず、守ることも発生しにくくなります。

⑥柴犬で起こりやすい病気の関与(アレルギー/消化器疾患/甲状腺機能低下症)

柴犬の特徴として、食物アレルギーやアトピー性皮膚炎になりやすく、その痒みや不快感が攻撃行動につながる場合があることに注意が必要です。痒みや痛みがあれば、当然触られるのは嫌になっていきます。イライラ感が募れば、攻撃行動を生じやすくなります。

最近では、以前に比べて、動物病院での管理により痒みのコントロールはしっかりできるようになってきているわけですが、そうした身体的な問題が攻撃行動を悪化させる要因になることを意識しておく必要があります。

また、柴犬でよく遭遇するのが、下痢や嘔吐と関連した攻撃行動です。柴犬でも起こりやすい、炎症性腸疾患(IBD)を発症したことで、ゴハンを食べられなくなり、無理におやつを食べさせようとしたところ、「食べたいのに食べられないのに強要される」という状況で、葛藤パニックを生じて、飼い主さんが10針縫うケガをしたケースもありました。

そのほかの事例としては、甲状腺機能低下症も柴犬で起こりやすい疾患ですが、甲状腺機能低下症の際には行動の変化が見られ、攻撃的になることがあります。当院のケースでも、攻撃行動の相談で来た柴犬についてよく観察すると、背中の両側性の脱毛が見られ、あまり活動したがらないという特徴がみられたため、検査したところ甲状腺機能低下症だったという例があります。攻撃行動の治療と甲状腺機能低下症の方の治療を両側面から実施したところ、顕著な改善が見られました。

⑦攻撃力が強く、負の強化の学習が起こりやすい

柴犬で攻撃行動が起こりやすい最後の理由は、人気犬種の中でも体が大きく、噛む力が強いため、問題になりやすいということが挙げられます。

チワワであれば、ある程度攻撃しても、飼い主さんの方でなんとかなってしまいます。なんとかなっている間に、チワワのほうもだんだんと馴れていくということができます。

しかし、柴犬の場合、一度攻撃行動が生じると、飼い主さんの手が血だらけになるくらい噛みます。すると、飼い主さんの方も、噛まれたら痛いので、手を引いたり、嫌なことをやめるわけです。

例えば、足ふきをしようとして噛まれた場合、チワワなら無理やり足ふきできてしまうかもしれませんが、柴犬の場合は無理やりやれば血だらけになるので、飼い主さんは諦めますよね。犬の方としても、攻撃すれば嫌なことが終わるということを学習します。これを攻撃行動の負の強化の学習と呼びます。

チワワのような小さな犬では、飼い主がなんとか扱えてしまうため、攻撃行動の負の強化の学習が起こりにくく、柴犬では体が大きくかむ力が強いため、攻撃行動の負の強化の学習が起こりやすいということになります。

行動診療科の獣医師に相談を

柴犬の攻撃行動は、非常に深刻になることが少なくありません。一方で、しつけ教室や訓練所で相談しようにも、上記のような原因の背景がある以上、『しつけ』や『訓練』ではどうにもならない部分も少なくありません。

脳機能の問題であれば、薬物療法が必要ですし、場合によっては身体的な問題から攻撃行動が生じている可能性もあります。総合的に原因を突き止め、対策を講じていくには、行動診療科の獣医師に相談することがい一番良いでしょう。

当院でも、対面での診療だけでなく、往診やオンラインカウンセリングも実施しております。お困りの方はお気軽にご相談ください。

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