猫は、恐怖を感じ追い詰められると突然激しい攻撃をすることがあります。今回は、急で猛烈な攻撃の後、その対象(お母さん)への攻撃行動が継続してみられた事例をご紹介します。
ご相談の主旨
- ご家族への攻撃行動について、ご相談いただきました。
基本の情報
- 猫種:アメリカンショートヘア
- 年齢:4歳
- 性別:オス、去勢手術済み
- 飼い主さんは、ご夫婦お二人家族
- 生後2ヶ月でペットショップより迎えた
- 既往歴
- 膀胱炎
- 2023年8月、11月の2回
- かかりつけ動物病院にて注射などで治療
- 現在食餌療法中
- 捻挫
- 膀胱炎
- 生活環境
- 住居の形態:一軒家
- 普段は、室内を自由にしている
- 留守番は、1日7時間くらい(自由にしていた)
- 寝る時は、お母さんのお布団で寝ていた
- 攻撃行動があって以降、寝室に隔離している
- 生活習慣
- ごはん:1日3回 ドライフード(尿路疾患向けの療法食)
- ①朝6時②12時③18時に自動給餌器で出てくるが、すぐには食べきらない
- リビングでいつも食べていたが今は隔離部屋で食べている
- 遊び:毎日ではないが、1回10分程度、おもちゃ(ねこじゃらし)で遊ぶ
- 猫じゃらし振っても見てるだけのことが多い
- 食いつきのいいおもちゃもある
- おやつ:水分補給のペーストやドライタイプのおやつを主に朝あげる
- トイレ:リビングと寝室に設置していたが、今は2つとも隔離部屋に置いている
- プラスチックの四角いシステムトイレ ×1
- 入口のある蓋つきシステムトイレ ×1
- 砂(チップ)は鉱物タイプ、無香料
- 排泄したら毎回回収する
- 砂の全交換は1か月に1回
- 水飲みは2か所
- 2階寝室:ペットボトル給水器でお皿のあるタイプ(ケージに設置)
- 1階:自動給水機
- 爪とぎは決められたところでする
- ごはん:1日3回 ドライフード(尿路疾患向けの療法食)
【咬みつき】攻撃行動の経歴
- [2024年1月17日]お母さんがふくらはぎ、腕、太ももを咬まれた
- お母さんがリビングのこたつでくつろいでいると、猫もこたつに入ってきた
- こたつの中でお母さんの足が猫の尻尾らしきところに当たった時、左ふくらはぎを咬まれ、「痛い!」「やめて!」と声をあげたら続けて咬んできた
- 急いでこたつから出たが執拗に飛び掛かり、さらに腕やふくらはぎ、太ももを咬まれた
- その後もお母さんに威嚇し続け、鳴き声も普通でなかったため、キッチンに押し込め、お母さんは脱衣所に逃げた
- お父さんが帰ってくるまで怒っていたため、その夜はリビングに1匹で閉じ込めたままにした
- [2024年1月19日]再びお母さんに攻撃
- 朝、猫の顔つきはいつもと少し違ったものの、猫の歯を拭いて毛を整えるときはいつもと変わらなかった
- 17日の攻撃時にこたつ付近に付いたお母さんの血液を拭いていたら、猫が唸り声をあげて飛び掛かり、追いかけてきたので別室に逃げた
- [2024年1月20日]寝室に隔離
- その後も不穏な様子が続いたため、お父さんがおやつで寝室に誘いこんで閉じ込めた
- 普段猫も寝ていた部屋なので、閉じ込めた時から落ち着いている様子だった
- 今回のトラブルが起きる以前から、咬みつくことは多々あった
- 1日1回は咬まれていた(ほぼお母さんにだけ)
- 攻撃が発生する状況
- 必要以上に触られた時
- 自分の思い通りにいかない時
- 人が大きな声を出した時(唸り声をあげて咬む)
- 猫トイレを掃除している時(飛び掛かって咬む)
- 人が歯を磨いている時(飛び掛かって咬む)
- ドアを開けて欲しい時(飛び掛かって咬む)
- [2023年1月2日]妹さんご家族のお子さんに咬んだ
- 妹さんご家族が3週間ほど滞在していた
- お子さんが犬の鳴き声を真似したところ、唸り始め、飛び掛かって咬みついた
- 小学生の女の子に咬みついたが、妹さんが守ったので妹さんのお尻を咬んだ
- ケガの程度:歯形がついて出血
- お母さんが猫を引き離し、別の部屋へ連れていき、なだめたら落ち着いた
- [2022年4月下旬]お母さんの右ふくらはぎに咬みついた
- リビングでご夫婦で口論になり、お母さんが大声を出した
- 猫が右ふくらはぎに咬みついた
- その後の対応:大きい声でダメだよ、と言ってから、他の部屋に閉じ込めて放っておいた
- これまでの対応
- 咬まれた時
- 「痛い」「咬まない!」と強めな声で叱っていた
- 「咬まないでね」と言うこともあった
- かかりつけ動物病院に相談
- 1月17日の攻撃後
- 隔離、攻撃対象の人が視界に入らないようにする、咬まれた人以外が世話をするなどを指示された
- フェリウェイを処方された(隔離部屋で使用、1月19日~)
- 咬まれた時
- その他の情報
- 1月17日にこたつと猫ベッドを新調
- こたつとこたつ布団カバーを新しい物に替えた
- いつも入って寝ていた猫ベッドを新しく買い換えた
- 往診時の様子
- お父さんと私で隔離部屋に入った
- 私が部屋に入ると足にスリスリしたり足元でゴロンとしたりしていた
- 特に不安な様子もなく落ち着いていた
- 1月17日にこたつと猫ベッドを新調
診断とお話し
- 診断:恐怖性/防御性攻撃行動、葛藤性攻撃行動、愛撫誘発性攻撃行動、遊び関連性攻撃行動、関心を求める行動
- 今回の攻撃が発生したきっかけは、お母さんの足がしっぽに当たって脅威を感じたことですが、その後さらにお母さんの悲鳴が重なって追い詰められ、その時の恐怖体験によって、恐怖が持続してしまっていると考えられます。
- 基本的には信頼しているお母さんに対して、怖いという気持ちも生まれてしまったことから、近くに行きたい気持ちはあるけれどお母さんのちょっとした動きや声を怖いと感じて攻撃に転じてしまうと考えられます。また、現場となった「こたつ」という場所も、恐怖を感じる対象となっている可能性があります。(特に新しいこたつ)
- 攻撃することにより、怖い場面を回避できたという経験をした猫は、次に同じ状況になった時にまた攻撃することを選びます。こうして経験を積み重ねる度に、その攻撃行動が強化されていくため、まず今すぐに必要な対策は「攻撃させる状況を作らないこと」です。
- 攻撃的になっている猫に対してじっと眼をみつめたり、叱責したりすることは、猫からは、威嚇や応戦と捉えられます。猫の恐怖や不安を増大させ、ご家族との関係も崩れてしまい、攻撃行動をより悪化させることになってしまいます。前述のとおり、攻撃すればするほど、その後攻撃が発生しやすくなりますので、これにより悪循環が生じます。
- 叱責以外にも、攻撃された際に声をかけたり、悲鳴をあげたりすることも、猫にとっては威嚇のように捉えられたり、より猫が興奮したりすることがありますので、もし攻撃された時には、できるだけ静かにその場を立ち去り、他の部屋などに逃げるようにしましょう。
- 問題行動の発生には、上記のような直接のきっかけ以外に、それ以前の日常生活や環境におけるストレスや生得的な要因も大きいと考えられます。そのため、日常生活や環境の中のストレスをできるだけ減らす対策も大変重要です。
- 潜在的な要因
- 生得的な気質:繊細、敏感(特に声や音)
- 環境の変化が重なったこと
- こたつ、こたつ布団カバーの交換
- 猫ベッドの交換
- 意図しない学習:攻撃により嫌なことを回避する、状況を思い通りにする、人に意思を伝える、などが成功してきた経験
- てんかん発作などの脳神経系の疾患が原因となっている可能性は0ではありません。また、攻撃行動が現れることに、セロトニン(脳のブレーキとも言われる脳内ホルモン)という物質が、生まれつき脳内でうまく働いてくれないという「脳の機能異常」が関連している場合もあります。これらの可能性については、今後の経過も見ながら判断していく必要があります。
具体的な対応策
- 当面は隔離する
- 攻撃させる状況を作らないことが大切
- 最初はお母さんとの接触を避ける
- 猫の様子が落ち着いてきた時に、少しずつ段階を踏んで接触の機会を設けられるよう、安全対策をする(ケージや飛び出し防止柵の利用など)
- バックグラウンドストレスを減らす
- 隔離部屋での環境エンリッチメント
- 当面、この部屋だけでの生活になってしまうので、より快適に暮らせるようにする
- 必要な資源の確保
- トイレの数、大きさなど
- 爪とぎの数、場所、素材など
- 隠れ場所、休む場所を多数確保
- 水飲み場所も多数あるとよい
- 窓から外を眺めやすいよう工夫
- 窓際にキャットタワーを置くなど
- 上下運動ができるよう工夫
- 家具の配置を工夫するなど
- 遊びの改善
- 他のご家族の協力が得られれば、隔離部屋で遊ぶ機会を設けるとよい
- 内容を充実させる
- 猫の捕食行動を再現できる遊び内容にしてみる
- おもちゃを追う→捕まえるを何度かやった後、最後はフードを投げて遊ぶなど、少量何か食べて終了
- ごはん前に少し遊んでから、ごはんを食べる
- 知育トイでごはんやおやつを食べる
- おもちゃは種類をたくさん用意して、試してみる
- 遊ぶ機会を増やす
- 1度に長時間遊ぶよりも、ちょこちょこ何回も、充実した遊びができる機会を作る
- 隔離部屋での環境エンリッチメント
- お母さんとの信頼関係を再構築する
- 当面は、攻撃されないよう、接触を控えるのが大切
- 確実に安全が確保できる接触から始める
- 猫にとって脅威とならない、お母さんにとっても不安のない環境を整えたうえで、少しずつ接触していく
- ケージ越しなど安全確保できる状況で、大きな動きを必要としないお世話や、おやつをあげるところから始めるとよい
- 猫の表情やボディランゲージを見ながら、緊張している様子ならまだもう少し期間を置くほうがよい(急がない、焦らないことが大切!)
- どんな時にも、叱らない
- 日常生活の中で猫が望ましくない行動をした場合(排泄の失敗、乗ってほしくないところに乗る、攻撃 など)、大きな声を出したり叱ったりすることで行動を直すことは難しい上、猫に恐怖や不安を与え、逆に問題行動が増える結果となってしまいます。
- 猫にとっては、人間も環境の一部。バックグラウンドストレスを減らすための環境改善としても、普段からの人間の対応の修正は重要なポイントとなります。
- 今後について
- 猫の様子をよく観察しながら、隔離が必要なくなるまで段階を踏んでいきますが、焦らず長い目で治療することが最も大切です
- 隔離が必要なくなってからも、普段から、攻撃が発生する状況を作らないよう対策しましょう
- 猫トイレ掃除の時:猫のいない場所で掃除する
- 人が歯みがきする時:洗面所で行う
- 就寝時:就寝時だけ別室またはケージに入れる
- 口論や大きな声…:なるべく控える
- 触りすぎない など
薬物療法等について
- 攻撃に至る衝動を抑えたり、抗不安作用を期待して、お薬による治療を併用(薬物療法だけで攻撃がなくなることはない)
- フルオキセチン 1日1回
- 効果が安定するまで2~4週間かかる
- 消化器症状(下痢、食欲不振など)、眠くなるなどの副作用が出る場合がある
- サプリメント等
- αカセゾピンのサプリメント
- フェリウェイ(合成フェロモン剤)拡散器のもの
その後の経過
- 隔離から10日ほど経過後、猫がケージに入って安全確保できている状態で、隔離部屋にお母さんが顔見せしたところ、お母さんに向かって威嚇があった
- あと2週間程度はお母さんには会わないようにし、次に顔見せする時は、目を合わせない、声かけない、スーッとドアの前通るだけ…くらいにして反応を見てみることにした
- 隔離から20日ほど(薬物療法開始から10日ほど)経過後、猫がケージの中にいる時に隔離部屋に入り、周辺の掃除だけ実施してみたところ、特に威嚇はなかった(まだ目線を合わせたりはしていない)
- 今の段階を1~2週間続け、猫に威嚇や緊張した様子がみられなければ、スーッと視線を流す感じで顔を見てみることにした
- 現在も治療継続中
犬と猫の問題行動診療(犬の攻撃行動、猫の不適切排尿、咬みつきなど)
ぎふ動物行動クリニックでは、犬の攻撃行動や吠えの問題、猫の不適切排尿や咬みつき、過剰グルーミングなど、多岐にわたる問題行動について、ご相談を承っています。
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