犬が飼い主を噛む理由は様々です。成犬の「本気噛み」の場合、多くは物を守る・身を守るための防衛的な理由が中心ですが、自分の気に入らないことが起こることで攻撃する葛藤性攻撃行動も見られます。

一方で、特に血が出る程、縫うほどの傷になる場合、必ずしもこういった「しつけの問題」だけではなく、身体の疾患や、脳機能の異常でも、攻撃的な噛みつきが発生することがあります。

本記事では、成犬の深刻な咬みつきの原因と治療について解説します。

威嚇する犬
威嚇する犬

ぎふ動物行動クリニックによる問題行動診療

ぎふ動物行動クリニック(岐阜県岐阜市)は、獣医行動診療科認定医の奥田順之が院長を務め、全国で唯一、行動診療専属の獣医師が2名、CPDT-KA資格を持つトレーナーが2名在籍する、行動治療専門の動物病院です。

岐阜・愛知を中心に診察・往診を行うとともに、全国からの相談に対応するために、オンライン行動カウンセリング預かりによる行動治療を実施しています。

お気軽にお問い合わせください。058-214-3442受付時間 9:00-17:00 [ 不定休 ]

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本気噛みの動機づけ(原因)別発生件数

ぎふ動物行動クリニックでは、攻撃行動の相談を受ける犬種は柴犬が圧倒的に多く、これは全国的な傾向でもあります。2022年度の当院の初診(オンライン相談を含む)235症例中、柴犬は74症例(31.5%)を占め、うち53症例(71.6%)が家族に対する攻撃行動でした。この53例の攻撃行動の原因は以下の通りです。

家族に対する本気噛みの発生原因(動機づけ)
2022年度にぎふ動物行動クリニックにて診察・相談を行った攻撃行動53例の動機づけ内訳

1症例で複数の動機づけで攻撃が生じている場合があるため、各動機づけの合計は53にはなりません。

攻撃行動の動機づけとしては、葛藤性攻撃行動(34症例/53症例:64.2%)や、防御性攻撃行動(25症例/53症例:47.2%)が多くみられます。

葛藤性攻撃行動や防御性攻撃行動は、飼い主の接し方次第で起こりやすい攻撃行動と言えます。叱責・体罰・威圧的な態度や、無理やり抱っこする、執拗に撫でる、嫌がっているのに足ふきをするといった対応により攻撃を生じます。

食物関連性攻撃行動は、19症例(35.8%)で生じていました。食物関連性攻撃行動は、フード・フードボウル・ガム・嘔吐物等が目の前にある状態でその食物を守ろうとして、あるいは食べた直後に生じる攻撃行動です。柴犬では特に発生しやすく、ゴハンが目の前になくても、ゴハンを食べ終わった後に数時間機嫌の悪い状態が続くこともあります。

そのほか、物を守ってしまう所有性、散歩中等に犬や他人に攻撃しようとしたところを止めると噛まれるといった転嫁性、遊びの中で攻撃的になる遊び関連性などが見られました。

原因を客観的にとらえることが改善のポイント

本気噛みの改善のためには、その原因を客観的にとらえることが大切です。

物を守る攻撃であれば、『目の前に物があっても守らないようにしつける』ことは非常に難しく、時間のかかるトレーニングが必要です。一方『守ってしまう物を与えないように片付ける』ことは、今日から実践でき、攻撃行動の発生を防いでくれます。

噛みつきをやめさせるのではなく、噛みつきが起こるような状況を作らないことが、改善の近道です。

そしてそれを実践するためには、なぜ(何を目的に)犬が飼い主を噛むのか?という動機づけに目を向けて分析し、その動機づけが発生しないようにするにはどうしたらよいかを考えることが改善の近道です。

身体疾患や脳機能の異常がある場合も

  • 何のきっかけもなく突然噛む
  • ある日を境に急に噛むようになった
  • 日によって性格が違う
  • 犬歯が刺さる/縫うレベルの噛みつきがある
  • 尻尾を噛む、手をなめ続ける等、常同行動を伴う
  • 唸りが止まらない
  • 嘔吐・下痢・痒み等を併発する

これらの症状は、特に注意が必要です。

身体的な問題や脳機能の問題がある場合、「しつけの問題」と思って対応しても、改善しない場合も少なくありません。

子犬が噛む理由

子犬の噛み癖については、こちらの記事で詳しく解説しています。

子犬のひどい噛み癖のしつけ方|ぎふ動物行動クリニック

【獣医師解説】子犬の噛み癖のしつけは、叱って止めるはNG。子犬が噛む原因は『興奮』にあります。噛む行動をやめさせるのではなく、興奮を抑える予防的対応が必要です。

成犬が噛む理由

成犬の場合、遊びや関心を引こうとして噛む行動は徐々に少なくなる一方、防衛的な理由で噛みつくことが多くなっていきます。具体的には以下のような理由が直接的な噛む原因になる可能性があります。

犬の噛みつきの相談事例

ぎふ動物行動クリニックでは犬の噛みつき/攻撃行動について以下のような相談をいただいています。

2024年2月19日

猫(アメリカンショートヘア)4歳の飼い主に対する攻撃行動「突然激しく咬んだ、その後も特定の家族に対する攻撃が続いている」

2023年11月20日

環境整備で大きく改善した柴犬7歳の攻撃行動【咬みつき・本気噛み】

2023年10月26日

お留守番の長い小型ミックス犬2歳の攻撃行動【咬みつき】

2023年4月22日

【咬みつき】中型ミックス犬1歳8ヶ月の家族への攻撃行動

2023年4月22日

【咬みつき】ボルゾイ3歳の家族や他人に対する攻撃行動

原因①:体の病気や痛みがある

まず、身体的な疾患(痛みのある疾患、不安を強める疾患、脳神経に影響をおよぼす疾患)があれば、そうした痛みや不快感が噛む理由となっていることがあります。

身体的な痛みが原因で噛むことを疼痛性攻撃行動と呼びますが、痛みがあることに気が付かなければ「なぜ噛むのかわからない」という状態に陥ってしまいます。身体的異常があれば、身体の治療を優先して実施します。

獣医行動診療科では、噛む行動の裏に身体的な異常がないか精査し、様々な所見から身体疾患の可能性が疑われる場合は、かかりつけ医や他の専門科と連携して精密な検査を行います。

痛み・不快感

身体のどこかに痛みや不快感がある場合、その部分を触られたくないという気持ちから、噛むことがあります。急に噛むようになった場合などは、身体的な異常が隠れている可能性が強くなります。

神経や感覚の異常

神経の疾患や、感覚の異常により攻撃が発生することがあります。子犬であれば、先天的な神経疾患が疑われますし、老犬であれば目が見えにくくなった、耳が聞こえにくくなったという感覚異常から不安が増大し噛む行動が増えることがあります。

犬の認知症(認知機能不全症候群)

老犬では、犬の認知症(認知機能不全症候群)により噛む場合もあります。犬の認知症では感情の起伏が大きくなったり、身近な人を認識できなくなるという症状もあり、そうした症状を原因として噛む行動が発生することがあります。

てんかん(焦点性発作)

一部のてんかん(焦点性発作)では、行動の異常がみられることが知られています。人間であれば、突然、場にそぐわないような怒り方を繰り返す場合、てんかんによっておきる感情障害や発作のことがあります。

人間と同じように、てんかんにより怒りっぽくなり攻撃する犬もおり、実際に、抗てんかん薬による治療が奏功する場面が多くあります。

脳機能の異常で噛むこともある
脳機能の異常で噛むこともある

身体疾患への対処法

身体疾患の存在の有無の確認は、獣医師による診察を受けましょう。問題行動に関係した身体疾患の検査では、まず、獣医行動診療科の診察を受けていただくと良いでしょう。

原因②:脳機能が異常な状態にある

脳機能の異常により、問題行動が発生することはしばしばあります。脳機能の異常による問題行動とは、正常な行動の範囲を逸脱した行動がみられる場合(異常行動がみられる場合)を指します。

異常行動は、正常な範囲を逸脱した程度や頻度の行動、あるいは、本来その動物が行わない行動を指します。脈絡のない行動で、突然起こる行動などは、正常ではなく、異常な行動ということになるでしょう。

【異常行動の例】

  • 特になんの刺激もないのに、不安を示し続ける
  • 自分の尻尾をかじってしまう、噛み切ってしまう
  • 特定の場所をなめ続ける
  • 日によって性格が違う/時々目が座っている日がある
  • 特定の場所を見つめて動かないことがある
  • 何もないのに、ハエを捕まえるように、口をパクパクさせることがある
自分の尻尾を噛もうとする犬
自分の尻尾を噛もうとする犬

脳機能の異常に対する適切な対処法

異常行動がある場合、一般的なしつけを行っても、改善するのは難しいでしょう。まずは異常な状態にある脳機能の働きを整えるために薬物療法を実施します。合わせて生活習慣を改善する(欲求を満たす、しっかり運動する)ことにより、脳機能や自律神経の働きを落ち着かせることが必要です。

愛犬の問題行動が正常の範囲か、異常の範囲かということは、一般の飼い主さんでは判断は難しいでしょう。獣医行動診療科をはじめとした専門家に相談することで、薬物療法の適用範囲内かどうか確認すると良いでしょう。

原因③:遺伝・妊娠期ストレス・育子行動不足・子犬期の社会化不足

不安を感じやすい気質や、衝動性の高い気質は、遺伝することが知られています。ブリーダーのレベルでそうした気質を次世代に受け継がせないように、不安傾向の高い親は交配しないことができればいいのですが、現在の日本のブリーディングでは、形(スタンダード)を守ることが優先され、性格までは十分に評価されていません。

また、多くの哺乳類に共通することですが、妊娠期の母犬にストレスがかかると、母犬のストレスホルモンが子犬に影響し、出生後ストレス耐性の低い子犬に育ってしまうことが知られています。

さらに、出生後、母親が十分に育子行動をとらない場合も不安傾向の高い子犬に育つ傾向があります。人や他の動物でも同じですね。

また生後4~12週の社会化期には、様々な刺激を吸収して社会性を身に着けていく段階ですが、この時期に何の刺激もない空間に閉じ込められると、適切な社会性をはぐくめず、将来的にストレスに弱い犬に育ってしまいます。

遺伝・妊娠期ストレス・育子行動不足・子犬期の社会化不足への対処法

これらは、過去に起こった原因であり、過去そのものを変えることはできません。

しかし、成犬になったからといって、社会化を促進したり、ストレス耐性を高めたりすることが不可能なわけではありません。

重要なことは、怖がりやストレスに弱い性格をもっていても、「かわいそうだから外に出さない」「かわいそうだからチャレンジさせない」というような対応をしないことです。例えば散歩が苦手な犬でも、本人が不安そうな顔をしていたり、落ち着かなくても、散歩には少しずつ行くべきです。毎日の散歩をすることで少しずつ心が成長していきます。

トレーニングスクールに通うことや、ノーズワークを行うことによっても怖がりな性格を克服していくことができます。犬は何歳からでも成長できることを意識して、犬の心を成長させる働きかけを行っていきましょう。

原因④:無理やり○○した経験

  • 無理やりブラシをする
  • 無理やり足ふきをする
  • 無理やり物を取り上げる

など、犬に対して、無理やり○○するという経験は、飼い主に対して嫌悪感・恐怖心を関連付けます。子犬のうちは、身体が小さく力も弱いので、無理やりにケアをすることもできますが、成長すると、身体も大きくなり本格的に抵抗するようになっていきます。

いったん関連づいた嫌悪感や恐怖心を取り除くには、相当の時間を要します。嫌がるようになってから、オヤツを使っても遅いです。オヤツを食べることの価値よりも、嫌なことから逃げることの価値の方が圧倒的に高くなり、オヤツを見せても見向きもしない状態になります。

嫌悪感や恐怖心を関連付けていない子犬の段階で、「無理やり○○する」のではなく、「オヤツを使いながら馴らす」ことを実践することが予防になります。

無理やりケアしないことが大切、噛んで嫌がることもあります
無理やりケアしないことが大切、噛んで嫌がることもあります

無理やり○○した経験から咬む行動への対処法

これはもはや、無理やり○○しないということに尽きるかと思います。

ただ、既に触ろうとすると咬むという状態になってしまっている場合、動物病院に行ったり、トリミングサロンに行ったり、普段の生活で抱っこもできないという犬も少なくないでしょう。

そうした場合には、「触られることに馴らす」練習が必要です。

しかし、触られることに馴らす練習は、簡単ではありません。既に強化された噛みつきを、素人の飼い主さんが馴らしていくことはほぼ不可能だと思ってください。見様見真似でやってできるものではありません。

必ず専門家の指導を受けて行うか、専門家に預けてある程度馴らしてもらうということが必要です。

当院では、プライベートレッスンで飼い主さんと二人三脚で触る練習を行うパターンと、預かりによる行動治療で治していくパターンがあります。

原因⑤:咬む経験を繰り返すことによる学習(負の強化)

「無理やり○○しようとしたが、噛まれて断念した」という場合、犬は「噛めば嫌なことが終わる」と学習して、より強く、より頻繁に噛むようになります。

犬は、嫌なことを避けようとして噛みます。「噛めば嫌なことが終わる」という状況は、犬にとっての成功体験を積ませることになります。

こうした、噛むという行動をとることで、結果として嫌なことを避けることができた場合に、噛む行動が増えていくことを、「攻撃行動の負の強化」と言います。

原因⑥:体罰

  • マズルをつかんで、キャンというまで放さない
  • 床に仰向けに押さえつけて怒鳴る

など、体罰的なしつけを行っている場合も、飼い主に対する攻撃性を高める要因になります。犬が体罰を行った相手に対して、恐怖心や防衛心から強く噛むというだけでなく、体罰を行った相手には敵わないと感じ、別の対象に対して憂さ晴らし的に噛むこともあります。

例えば、子犬の遊び噛みを考えてみましょう。身体の大きいお父さんが体罰を行っている場合、お父さんに噛めば嫌なことが起こると理解しており、お父さんには噛もうとしなくなるかもしれません。一方で、お父さんに噛めない分、その欲求が子どもたちに向き、余計に噛むようになることがあります。

飼い主さんが体罰を行うことは、百害あって一利なしです。

原因⑦:撫ですぎ・構いすぎ

体罰とは逆に、かわいがりすぎによっても攻撃行動は発生します。

特に、あまり撫でられるのが好きではない犬、愛情要求の低い犬の場合、飼い主側から常に抱っこしたり、撫でたりすることが受け入れられないこともあります。その場合、撫でていると噛んでくる、触ろうとすると逃げる、抱っこしようとすると噛むといったことが起こってきます。

犬は撫でられたい生き物だと思い込んでいる飼い主さんは特に注意が必要です。必要以上に撫でないようにするだけで、攻撃行動が改善することが多々あります。

犬も必要以上にべたべたせず、一人で落ち着きたいかもしれません。

原因⑧:強い葛藤状態を引き起こす状況

  • 目の前に価値の高いフードがあるのに、飼い主に見られて安心して食べられない
  • 飼い主に理不尽に叱られ、ハウスに入ることを強要された

などの場面では、犬は「食べたいけど食べられない」「ハウスに入りたくないけど、入らなければならない」といったどっちつかずの葛藤状態に陥ります。強い葛藤は攻撃行動の引き金になります。

これまでに挙げたような、体罰や撫ですぎは、葛藤状態を引き起こす原因になります。生まれ持った性質や社会化不足の影響で、葛藤の処理能力が低い個体を、葛藤が生じやすくなる状況に置くことは非常にリスクがあります。

葛藤を生じさせずに、落ち着いた行動がとれるようにするためには、トレーニングによる練習が不可欠です。『ハウスに入りたくないけどおやつは欲しい』という状態の犬でも、ハウストレーニングをすることで、『ハウスに入るのは嫌じゃないし、おやつももらえてラッキー』という心理状態に変化させることができます。

本気噛みへの対処法

血が出るほど噛む「本気噛み」は、一筋縄ではいきません。

血が出る程、犬歯が刺さる程、何針も縫うほど噛む犬は、正常な精神状態を逸脱している可能性があります。しつけの範疇を超えて、「行動治療」の範疇に入っていると考えたほうがよいでしょう。

本気噛みへの対処法8選

以下の記事で、噛む犬の行動を治すための方法について、取り組むべき8つの方法をまとめています。

犬の「本気噛み」をやめさせる対処法8選【獣医行動診療科認定医が解説】

本気噛みは、犬歯が刺さり出血を伴う怪我になる場合も。安全対策を最優先しましょう。生活空間を隔て、犬と一定の距離をとった生活を。身体疾患の除外、状況に応じ、薬物…

血が出る程噛むような噛みつきの場合、飼い主だけでどうにかしようとしないことが大切です。専門家の力を借りましょう。悩みを真剣に話し、状況を整理するだけでも改善につながることがあります。お気軽にご相談ください。

行動診療の受診(問題行動カウンセリング)

ぎふ動物行動クリニックでは、問題行動の相談・治療を行っております。基本的には来院型で診察を行っていますが、犬を移動させることができない、触れない、リードがつけられないといった場合には、往診による対応を行っています。遠方の場合は、オンライン行動カウンセリングも実施しております。

薬物療法が劇的に奏効する事例も少なくありません。いつ咬まれるかもしれないと、びくびくして生活するのではなく、犬も人も互いに心穏やかに生活できるようになります。

お気軽にお問い合わせください。058-214-3442受付時間 9:00-17:00 [ 不定休 ]

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私共は、岐阜に拠点がありますが、通常の診察では、京都、滋賀、石川、三重、愛知、静岡からお越しいただき、ご相談いただいています。少し遠くても、ご相談いただければ、オンラインや預かりによるご支援も相談させていただきます。一刻も早くということであれば、まずは、お電話でも構いませんので、ご相談ください。

噛む犬との訓練もサポートする、ミックス犬さぶ(♂)、柴犬しん(♂)
ミックス犬さぶ(♂)、柴犬しん(♂)

犬が本気噛みする動機づけの分類

獣医師が治療を行う上では、当然診断を行う必要がありますが、問題行動の診断には、問題となっている行動の動機づけが何か?という、「動機づけ分析」がその中心となります。「動機づけ」とは、行動を始発、方向付け、推進、持続させる過程や機能の総称のことです。要するに、犬が噛む行動を起こす目的です。

この記事では、どのような動機づけで噛む行動が発生するのか、11種類の分類を紹介します。

葛藤性攻撃行動

葛藤性攻撃行動は、主に飼い主や家族など身近な人との関りの中で生じる葛藤状態を起因として発生します。ぎふ動物行動クリニックでは、血が出る程噛む犬では、葛藤性攻撃行動と診断する犬が最も多い状態です。

葛藤とは、両立しない複数の欲求が存在する際に、そのどちらも選ぶことができない立ち往生状態のことを指します。例として、犬がくつろいで寝ているところに飼い主が接近し犬を撫でようとしたとき攻撃が発生したという場面であれば、「このままくつろいで寝ていたいが、寝たままでいて撫でられるのは嫌だ」という両立しない欲求による葛藤が生じています。

葛藤性攻撃行動が発生する一般的な場面は、犬を見つめる、寝ている犬に近づく、犬を長時間撫でる、犬を叱る、犬が行きたい場所に行かせないようにするといった場面です。飼い主との関りの中で葛藤を生じ、飼い主の動きを攻撃によって制御することによってその葛藤から逃れようとして発生します。

出血するほど強く噛む場合は、特に強い葛藤状態にあり、犬自身自分の情動をコントロールできていない状況で、噛みつきの力が抑制されない状況で起こります。

葛藤を生じる場面で発生するため、尻尾を追って回る、首を搔く、左右にペーシング行動をするといった他の葛藤行動と併発することもあります。飼い主や家族による一貫性のない関わり方や、不適切な罰の使用、犬の要求的な態度に応え続けることは、葛藤性攻撃行動を助長します。

また、噛むこと、唸ることで、飼い主を追い払うことができるなど、葛藤を生じるような状況を打開できると学習することで、より攻撃行動が強くなることもあります。

恐怖性/防御性攻撃行動

恐怖性/防御性攻撃行動は、恐怖対象となっている家族や他人が近づく場面や、家族や他人が犬を捕まえようとする場面など、犬が威嚇されている状況を確認した際に発生します。

血が出る程噛むような状況になる例としては、知らない人に対する恐怖心がある外飼いの犬に対し、知らない人が触ろうとして、その恐怖心から噛まれるということが多くあります。

家族、他人、他の動物、物など様々なものが恐怖対象となりえます。例えば、棒などの物で叩かれる恐怖体験を経験した犬では、恐怖体験に関連づいた物を見るだけで、攻撃行動を示すことがあります。

恐怖性/防御性攻撃行動は、頭を低くする、身体をかがめる、尾を巻き込む、耳を後ろに引く、物陰に隠れる、逃げる等の、恐怖や服従を示す行動を伴って発生します。また、脱糞・脱尿・震え・頻呼吸・頻脈といった、交感神経興奮に関連した生理学的徴候を伴います。

攻撃行動が恐怖対象を退けるために有効であることを学ぶことで、恐怖や服従を示す姿勢から、より攻勢的な姿勢に変化することがある。

恐怖‐服従のボディランゲージを示す犬
恐怖‐服従のボディランゲージを示す犬

縄張り性攻撃行動

縄張り性攻撃行動は、犬が縄張りと認識している領域に、身近な家族と認識している者以外の人や動物が侵入した際に発生します。犬が縄張りと認識している領域は、生活している家屋とその周辺だけでなく、飼い主の車の中や、犬自身や飼い主の周囲の空間を縄張りとして認識する場合もあります。

縄張り性攻撃行動の場合、攻撃対象が近くに来る前に吠えることで追い払おうとすることから、必ずしも血が出る程噛むような状況にはなりにくいです。

見晴らしの良い窓際など、家の近くを通る人・動物・物が良く見える位置に自由に行き来できる状態で生活している犬に発生しやすいです。多くの場合、犬が吠えることで侵入者を追い払うことができるため、強化学習が生じて、行動が定着していく傾向にあります。若年期から性成熟を迎えるころにかけて発症し定着することが多く、未去勢のオス犬に発生しやすいといわれています。

犬の縄張り性攻撃行動、他人が噛まれることも
犬の縄張り性攻撃行動、他人が噛まれることも

所有性攻撃行動

所有性攻撃行動は、犬が所有・占有している物が奪われると認識した際に発生します。所有性攻撃行動の原因となる物は、おもちゃ、飼い主の衣類、ティッシュなどのゴミ、ケージ、犬が寝床にしているマット等が挙げられます。犬にとって価値の高い物であればある程、攻撃が発生しやすいといえます。

噛みつきの相談の中で、「はじめて血が出る程噛んだ状況」をお伺いすると、「5か月の頃に物を守って噛んだ時に血が出たと思う」というような回答が多く、初めて強く噛む原因となりやすい攻撃行動です。

所有性攻撃行動のある犬では、大切な物を持っている時に、飼い主や他人が近づくと、口で咥える、前足で抑える、牙を見せる、唸るといった行動を示します。飼い主や他人が犬に近づくだけで、跳びかかり咬むこともあります。さらに、取り上げようとすると、歯を当てる、咬むなど、より強い攻撃行動に発展します。犬が攻撃行動を示すことで物を守る事が出来た経験をすると、負の強化の学習から攻撃行動が強化されます。

所有性攻撃行動を防ぐためには、物を放すことを教えることが大切
所有性攻撃行動を防ぐためには、物を放すことを教えることが大切

食物関連性攻撃行動

食物関連性攻撃行動は、犬の近くに食物がある状態で、犬がその食物を奪われると認識した場面、もしくは、その食物を奪わなければならないと認識した場面で発生します。

具体的には、フードを入れたフードボウルに飼い主が近づく場面、犬用ガムを与えている時に飼い主が近づく場面、飼い主が食物を持っている場面、犬の近くの床に落としたフードを拾おうとした場面などで発生します。犬にとっての食物の価値の高さが攻撃行動の頻度や程度に影響します。食物を口で咥える、前足で抑える、牙を見せる、唸る、跳びかかる、牙を見せる、歯を当てる、咬むといった攻撃行動を示します。

食物関連性攻撃行動は、柴犬での発生が圧倒的に多く、生後4~6か月の頃から生じていることが多くあります。お皿からこぼれたフードを渡そうとした場面や、すぐに食べきれないガムなどのおやつを与えた場面で発生し、攻撃が発生すれば流血することも少なくありません。

食物関連性攻撃行動を示す犬では、食物の存在に対して緊張がみられることが多くあります。特に飼い主や同居犬などが近くにいる際は、緊張が強くなります。フードボウルに入ったフードをすぐに食べようとせず、しばらく唸ってから食べ始めるという行動がしばしばみられます。また、攻撃行動と併発して尾追い行動をはじめとした葛藤行動がみられることがあります。食物を食べたいけど、唸ってないと奪われるかもしれないといった葛藤が生じていると考えられます。

フードを目の前に過度なマテをさせることは、葛藤を生み、攻撃・噛む行動につながることがある。
フードを目の前に過度なマテをさせることは、葛藤を生み、攻撃・噛む行動につながることがある。

同種間攻撃行動

同種間攻撃行動は、身近な犬同士、あるいは見知らぬ犬に対して発生する攻撃行動です。犬に対して、吠える、唸る、跳びかかる、牙を見せる、歯を当てる、噛むといった攻撃行動を示します。

身近な犬同士の攻撃行動は、飼い主からの関心や休息場所など、競合する資源を奪い合うことで発生します。攻撃を繰り返すことで、互いの存在と嫌悪感が関連付けられ、競合する資源がなくても、互いの姿を見るだけ、あるいは、互いの声を聞くだけで攻撃行動が発現するようになることもあります。

見知らぬ犬同士の攻撃行動は、散歩中に発生する他の家族の犬とすれ違い等、見知らぬ犬に出会う場面で発生します。特定の大きさの犬、特定の犬種の犬のみに攻撃行動を示す場合も少なくありません。追いかけられる、吠えられるなどの、見知らぬ犬から攻撃行動を受けた経験をすることで、見知らぬ犬に対して嫌悪感が関連付けられ、攻撃行動を示すようになります。

激しく牙を見せ合う犬
激しく牙を見せ合う犬

転嫁性攻撃行動

転嫁性攻撃行動は、ある攻撃対象を攻撃できない時に、犬の近くにいる無関係な人や動物や物に対して発生する攻撃行動です。例としては、家の中で飼育されている犬が、窓越しに家の前を通る他人に対して縄張り性攻撃行動を示している時、近づいた飼い主や同居動物に対して攻撃行動を示すといった状況が挙げられます。

血が出る程噛むような状況は、散歩中に、犬がほかの犬に吠えている(同種間攻撃行動)ところを、飼い主が制止しようとして、足を噛まれて出血するというパターンが多いです。

このように、転嫁性攻撃行動には原発的な攻撃行動が存在します。窓やフェンスといった攻撃対象が見えるものの直接攻撃できない生活環境や、散歩中のリードによる行動範囲の制限がある場合に発生しやすいです。それらの制限がなければ本来の攻撃対象を攻撃してしまうでしょう。

遊び関連性攻撃行動

遊び関連性攻撃行動は、主に子犬~若齢の犬で発生する、遊びに関連した攻撃行動です。遊び欲求が満たされていない犬が、飼い主の関心を引くために、服やスリッパを引っ張る、跳びつく、唸る、歯を当てる、咬むといった行動を示します。また、引っ張り遊びなどの遊び行動がエスカレートし、飼い主に対する攻撃行動に発展することもあります。

攻撃行動に対して飼い主が犬を興奮させるような対応をとると、攻撃行動によって、より刺激の強い遊びができたと学習して、攻撃行動が強化されます。一方、飼い主が無視しようとしても、完全に無視することは難しいでしょう。犬が弱く咬んでいる時は無視できるものの、咬む強さが強くなるにつれて無視できなくなり何らかの反応を返してしまうという対応を取ると、犬は弱く咬んでも無視されるが強く咬めば反応が得られることを学習し、咬む力が強くなっていきます。

遊び関連性攻撃行動でも、噛む力が強くなった場合や、子犬の歯がとがっている場合には、血が出る程噛むようなことも少なくありません。

捕食性攻撃行動

捕食性攻撃行動は、攻撃対象となる動物を捕食するために行われる攻撃行動です。捕食行動であるため、注視、流延、しのび寄る、低い姿勢などを伴って発生します。他の攻撃行動とは異なり、唸る、吠えるといった威嚇的な行動や、他の情動的変化は見られないのが特徴です。

鳥や猫といった小動物や赤ちゃんを対象に発生します。捕食性攻撃行動では、必ずしも捕食行動の連鎖すべてが発生するわけではなく、多くは一部のみが発生しています。つまり、攻撃が成功して攻撃対象を捕まえた場合、攻撃対象に止めを刺す場合もあれば、刺さない場合もあり、捕まえるだけということもあり得ます。また、時には、対象を食べることもあります。

捕食を前提とした攻撃行動であるため、攻撃対象を血が出る程噛むことはよくあり、場合によっては殺してしまうこともあります。

母性攻撃行動

母性攻撃行動は、妊娠中、偽妊娠中、哺乳中の雌犬が、子犬や子犬と認識している物に脅威が迫ったと認識した際に発生する攻撃行動です。

母性攻撃行動は、出産前や偽妊娠時のホルモン変化によっても発生するため、子犬がいなくても発生すします。そのため、ぬいぐるみやクッションなど子犬でない物を守る場合や、守る物がなくても発生する場合もあります。偽妊娠時に発生する母性攻撃行動に伴って、巣作りに関する行動や、息みなどの分娩行動、乳汁の分泌などの、正常妊娠と同様の反応が見られることがあります。

子犬を守るための攻撃であるため、攻撃対象を退けるために、非常に強い攻撃となることがあります。攻撃を受ければ、流血となると考えてよいでしょう。

疼痛性攻撃行動

疼痛性攻撃行動は、身体のいずれかの場所に痛みがある場合に、犬が触られることで痛みを感じる、あるいは、痛みの発生を予測して、それを避けようとして発生する攻撃行動です。痛みの発生場所に応じて、爬行が見られる、うずくまって動かないなどの行動が伴うことがあります。

痛みに伴って発生するため、行動学的アプローチを行っても治療にはつながらないことが多く、原発的な痛みを取り除く必要があります。

特発性攻撃行動

あらゆる検査を行っても医学的疾患が見当たらず、攻撃行動の発生が予測不能で行動の文脈が不定で、詳細なヒアリングを行っても行動のきっかけとなる刺激や動機づけが不明であり、他のいずれの攻撃行動にも当てはまらない攻撃行動を指します。イングリッシュ・コッカー・スパニエルやイングリッシュ・スプリンガー・スパニエルの激怒症候群もこれにあたると考えられています。

動画による解説