治療法① 身体の異常・疾患への対応

犬歯が刺さる程噛む等、非常に深刻な噛みつきの問題では、『しつけ』の問題だけで発生しているとは限らず、『脳機能』の問題や、『身体疾患』の関与が疑われる例も少なからず含まれます。

例えば、身体的に痛みを生じる疾患や怪我がある場合、痛みが生じることを避けようと攻撃行動が発生することがあります。あるいは、下痢や嘔吐などの消化器症状がある状態の犬を撫でたところ、普段噛まないのに噛まれてしまったというケースもあります。

犬が噛む=『しつけの問題』と決めつけずないことが大切です。身体的な疾患や、脳機能の異常がベースにある場合、いくらトレーニングを行っても改善しません。行動学に精通した獣医師の診察を受けることがベストです。

噛む原因となる身体的疾患の例

以下のような疾患や状態で噛む行動や異常行動が起こることがあります。

  • 椎間板ヘルニアなど痛みを伴う疾患
  • 水頭症などの神経疾患
  • 先天的な肝門脈シャントなどによる肝性脳症
  • 甲状腺機能低下症や副腎皮質機能亢進症などの内分泌疾患
  • 認知症(認知機能不全症候群)

大切なのは「本当に脳や身体に異常がが無いのか、しつけの問題と言えるのか?」を精査することです。

治療法② 薬物療法(脳機能の回復)

噛みつきの原因は「脳」にある!?

深刻な噛みつきでは「脳」の機能が異常になっていることもあります。

犬の場合、現在の法律・社会環境では、不適切な環境下でのブリーディング、早期離乳、社会化の欠如等を原因として、不安感が強く過敏な気質を有する個体が少なくありません。そうした犬は、持続的なストレス状態に曝されることとなります。

持続的なストレス反応は、心身に多様な影響を与えます。人のPTSDでは、持続的なストレス状態により、脳の一部である、海馬や大脳新皮質などを萎縮させることが知られてます。適切な飼育環境に置かれたラットと、狭く刺激のない飼育環境に置かれたラットでは、脳の大きさが3~5%も違うという研究結果もあります。

持続的なストレス状態による脳への影響は、不安感を増大させ、刺激に対する過敏性を高めます。具体的には、小さな刺激に対して、非常に過敏な反応として表れることが良くあります。あるいは、日によって気分/性格が違う目が座っている日があるというような変化としても表れます。

こうした状態では、小さな刺激でも過剰に反応するようになり、噛む行動を発生させやすくします。

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薬物療法の効果

行動治療の中で薬物療法で用いるフルオキセチンをはじめとしたSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は、慢性投与により、海馬での神経細胞新生を促すことが知られています。持続的なストレス状態で傷ついた脳の修復をサポートする作用があります。

食物関連性攻撃行動では、高い価値を感じている食べ物を食べようという気持ちと、その食べ物を守らなければならないという気持ちが共存し、強い葛藤を生じるとき、攻撃行動が発生します。抗うつ薬や抗不安薬は、こうした葛藤状態を緩和させ、攻撃を発生させにくくする効果があります。

非常に強い噛みつきに対しては、薬物療法が大きな成果を挙げることがよくあります。人間のうつ病でも薬物療法を行いながら、日々の生活習慣の改善をすることで、社会復帰が早くなることがあります。

うつ病には脳内の神経伝達物質であるセロトニンの代謝を調整する薬物を治療に用いますが、犬の攻撃行動も同様にセロトニン代謝を調節する薬を用いることが良くあります。

多数の動物実験で、脳内のセロトニン濃度が下がった動物では攻撃性が増すことが確認されています。

脳に過剰な負荷やストレスがかかっている状態では、薬物療法によりその負荷を緩和した状態で、トレーニングを行うことで、治療の効果を高めることができます。 ※薬物療法は行動修正法(トレーニング)の補助として用います。 [blogcard url="https://tomo-iki.jp/shiba-problem/2076"]

治療法③ 噛まれない環境づくり

攻撃行動の治療の成否を分けるものとして、治療開始後、噛まれない状況を作れるかどうかという部分があります。

治療開始後にも噛ませてしまうことはできるだけ避けなければなりません。犬は噛めば噛むほど、噛みやすくなります。

噛んでいるということは、その犬は追いつめられているということ。追いつめられる経験を繰り返していれば、飼い主さんに対する不信感が増大してしまいます。

そこで、重要なのが、噛まれない環境づくり、噛ませない環境づくりです。

犬が休める、安全な居場所の設定

噛む犬の場合、ケージをほぼ使っていないケースも少なくありません。ケージがないから犬がソファで寝ていて、か主が寝ている犬を触ろうとしたところで噛まれてしまうということが良くあります。

他にも、休む場所がないから、机の下に隠れていたところ、飼い主の足が当たって、足を噛んでしまうということもあります。

犬に休む環境を与えること、犬の生活空間と、人の生活空間を分けられる障壁(ケージやサークルなど)を用いることで、犬に噛まれない、犬に噛ませない環境を作ることが大切です。

治療法④ 噛む「動機づけ」ごとの対応

動機づけによる分類で記載した通り、正常行動の範囲で犬が攻撃を行う場合、「手が接近してきたことが怖いと感じたため」「食事を守ろうとしたため」「物を守ろうとしたため」「おやつをお預けされて、奪おうとしたため」「目の前に突然手が出てきて驚くと同時に、防御しようとしたため」など、様々な動機づけがその原因になっています。

噛む原因がなければ、噛むという結果も起こりません。つまり、犬にとって噛む目的・噛む理由がなくなれば、犬は噛む行動をとらなくなります。

例えば、食事を守ろうとしたために噛む場合、守るべき食事がなければ噛みません。犬の目の前の床にフードボウルでフードを置いた場合、犬はフードを守らなければならない資源と認識しますが、フードボウルを床に置かず、飼い主の手に持ったまま与えたら、守るべき資源として認識せず、攻撃が発生しないということはよくあります。

このように、犬が噛む動機づけ(目的)を把握することができれば、犬が噛む必要を減らすことができるわけです。

正確な動機づけを把握し、そうした動機を発生させないようにするための対応を行うには、飼い主の判断ではなく専門家の助言を受けるべきです。動機づけの分析とそれに基づく対応法を助言してもらえる専門家の指導を仰ぐようにしてください。