症例 ハッピー(仮) ミックス 17歳齢 雌

 認知症と診断されて半年が経ちます。もともと寝ていることが多かったのですが、最近は昼寝て夜起きる生活になってしまいました。完全に昼夜逆転しています。

 夜になると、起きてウロウロしだします。倒れてしまったり、犬にとって困ったことがあると吠えます。ウロウロしだすと、なかなか止まりません。私もよしよししながらなんとかなだめて、30分くらいでそのまま寝てくれることもあります。ただ寝てくれても、1時間もしないうちに起きてしまいまたウロウロしてウォンウォン吠えての繰り返しです。それが朝まで続きます。朝になるとなぜか止まります。何でしょうか?とにかく眠れません。長く寝かせてほしいと思います。このままだと、家庭も仕事もままなりません。限界が近いです。どうにかならないでしょうか?

回答:お薬も使って、睡眠リズムを調整しましょう

 昼夜逆転は、犬の認知症の症状としてよくある症状ですが、飼い主さんが特にお困りになる症状でもあります。夜寝れない辛さは、短い期間ならばどうにかなる面もあるでしょうが、毎日毎日続いていく、終わりの見えない介護では、期間が長くなれば長くなるほど飼い主さんの身体も精神もすり減って行くことになります。是非、専門家に助けを求めるべきだと思います。

 昼夜逆転は、日内リズムや睡眠リズムを調節する脳機能が低下することで起こります。日内リズムが崩れると、夜起きているからこそ、昼寝てしまって、昼寝ているからこそ夜寝てくれないという状態になります。睡眠リズムが崩れると、長く寝ていられなくなり起きてしまうということが起こります。

 薬物療法で、これらの機能が回復する場合があります。認知症によって、脳神経の働きが弱まると、脳内神経伝達物質の分泌が不十分になります。認知症に対する薬物療法では、代表的な薬としてセレギリンが用いられています。セレギリンは、ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンなどの脳内神経伝達物質の代謝を調節する薬で、米国で犬の認知機能不全症候群の治療薬として認可されています。

 認知症の薬ではありませんが、睡眠誘導作用のある薬を使って、強制的による寝かせるようにするという方法も用いられます。昼夜逆転で困るのは人が休めないということです。そこで、人が寝る直前に睡眠を誘導する作用のある薬を飲ませて、一定時間寝てもらうようにします。ただし、高齢で代謝も下がっている状態ですから、思ったより長く寝てしまう、次の日も一日中寝ていて、結局夜になって活動するということも起こり得ます。かかりつけ獣医師とよく相談し、低用量から試していく必要があります。薬の効き方には個体差があります。例えば夜4時間連続で寝たいという飼い主さんのニーズがある場合、その4時間連続で寝ると言う状態を導くための薬用量は、犬によって、症状によって違います。薬の用量には幅がありますから、そのあたりの調節をしっかり行うことが、犬と飼い主のQOLを向上する為に必要になります。尚、睡眠を誘導する目的で使われる薬としては、トラゾドン、ガバペンチン、プレガバリンなどが代表的です。

 当院では、向精神薬の他、漢方薬の抑肝散を使うことがよくあります。抑肝散は、人の認知症の治療にもよく使われています。抑肝散を使うことでよく眠れるようになるという症例が少なくありません。向精神薬と併用することもあります。

 また、サプリメントを用いることにより、昼夜逆転の症状が緩和する場合があります。症状が緩やかな段階や、予防的な意味で使用することをお勧めします。

 薬による、昼夜逆転状態の改善、睡眠のタイミングの調整を行うことに合わせて、日中の過ごし方も重要です。夜寝かせても、日中も寝ていたら、また夜起きてしまいます。なるべく日中起こしておくようにすることが大切です。特に昼間日光を当てることは、脳の日内リズムの機能を調節することにつながります。庭に出してあげられるなら庭で過ごす時間を作ったり、散歩に行けるようなら散歩に行き、できる限り日中に寝ずに活動させるようにしましょう。

 高齢の犬にお薬を使うと言うことに抵抗のある方もいらっしゃるかもしれません。とはいえ1回飲ませたら性格が変わって別の犬になってしまうというようなものではありません。リスクもありますがメリットも大きいです。睡眠不足は本当に辛いですから、自分自身を守るためにも、何でもやってみる、試してみると言う気持ちで、使ってみてもらいたいと思います。