ONELife動物行動クリニックグループ・ぎふ動物行動クリニック院長の奥田です。当院には、噛む犬を手放したいという相談も多く寄せられます。
「噛む犬を手放す」ことを考えていると人に相談すると、「無責任だ」と言われるんじゃないか、「飼い主が頑張らないからだ」と批判されるんじゃないか、そんな心配をされると思います。一般の感覚からすれば、噛む犬を手放すというのは、倫理的に不適切とみられても仕方ないでしょう。
犬は命ですから、飼育には責任が伴います。しかし、人も命です。自分の身を守ること、家族の身を守ることも、ひとりの人間としての責任でもあります。繰り返し噛まれている状況、しかもそれが病院を受診し縫わなければならないレベルの裂傷であったり、顔や身体に消えない傷を残すようなものであれば、非常に強い恐怖を感じることも仕方ありません。
様々な状況の中で、頼るべき人もおらず、一緒に暮らすことは難しいと感じる方も少なくないでしょう。正直、繰り返し噛まれている人にしかわからない、犬への恐怖というものは存在すると私は思います。「無責任だ」なんて、外野から言われても、「明日、散歩に連れていけるかわからない…」と、震えながらリードを持つ人の気持ちはわからないと思います。
噛む犬を手放す、それは非常に重い決断です。誰も、手放したくて手放すのではないのは当たり前のことです。だからこそ、できることはないのか?と思って情報を調べ、本サイトにたどり着いているのだと思います。この記事では、手放すという前提に立つのではなく、手放すできることはないのか、そして、手放すという判断を下す上で覚悟すべきことについて解説します。
噛む犬を手放す前にできること
噛む犬を手放すという重い決断は、飼い主さんの心にも重くのしかかります。その判断をする上では、『できることはすべてやった』という前提が重要です。逆に『できることはすべてやった』と言えない状況で手放すのは、『本当はあれをやっておけばよかった』という後悔を遺すことになります。少なくとも以下の内容について検討し、専門家に相談した上で決断すべきと思います。
預けて一旦離れる
酷く咬まれた直後は、「もう飼えない」「手放したい」と感じることは無理もありません。恐怖も強く、日常の世話を継続することが難しく感じることでしょう。中にはノイローゼになっている方もいらっしゃると思います。
そんな混乱時に、手放すかどうかを判断するのはあまりお勧めできません。一度預けて距離を取り、落ち着いて冷静になってから、本当に手放すかどうか考える方が、良い判断につながるでしょう。
当院でも、噛まれたり、手に負えない状態になって、一時的に預かることが良くあります。多くは2週間から1ヵ月程度お預かりをしていますが、それだけの期間でも犬の世話から解放されることで、心の平衡を取り戻して、今後の事を冷静に考えられるようになります。
一時でも肩の荷を下ろして、冷静に考える時間を持つのはいかがでしょうか。
薬物療法
手に負えない咬みつきでお困りの方で、もし、まだ薬物療法を試していないのであれば、是非実施することをお勧めします。
攻撃行動は強い情動の変化を伴います。情動の昂ぶりにより衝動的に行動してしまうかどうかは、「しつけの影響」よりも「遺伝の影響」「生得的な気質の影響」の方が大きいです。人間にも発達障害があるように、脳の機能は多様です。生まれ持って衝動を抑える能力が低い犬の場合、薬物療法で神経伝達物質の代謝を調整してあげることで、攻撃性が劇的に変化することが良くあります。
薬物療法には副作用も存在しますが、手放すかどうか考えるレベルであれば、薬物療法は実施して損はないはずです。
また、既に薬物療法を実施しているけど効果がないという方については、本当にその投薬内容・用量でよいのか?をきちんと精査すべきです。特に行動治療の経験があまりない一般臨床の獣医師に処方を受けている場合は、行動診療科にセカンドオピニオンを依頼することも重要です。思ったより少ない用量だったということや、薬物療法の前提となる行動療法の指導が十分でないことで、効果が発揮しないということは大いにあり得ます。
身体疾患の有無の評価
攻撃行動の原因が、身体的な問題にある場合があります。つまり、痛みや痒みがあるとか、ホルモンの異常があるとか、実はてんかんがあったとか、何らかの疾患があり、攻撃行動が発生しているケースです。
痛みや痒みはわかりやすいと思います。痛ければ触られるのが嫌になりますし、痒ければイライラします。攻撃に注目していると痛みや痒みがあるかどうかに目が行きませんが、痒みの治療をすることで、攻撃が減ったり、痛み止めにより攻撃性が低くなることはあります。
甲状腺機能低下症を発症し攻撃的になる犬も少なくありません。甲状腺ホルモンを補う治療を行うことで、性格がガラッと変わることがあります。
てんかんの影響も大きいです。てんかんと攻撃行動が併発している事例では、適切なてんかんの治療を行うことで、刺激に対する過敏性が減少したり、攻撃性が低下することが多くあります。
手に負えない攻撃行動でも、その原因に身体的な問題が絡んでいれば、接し方の改善やトレーニングでの解決は難しいでしょう。適切な診断を受けることが必要です。
犬歯切除
犬歯切除も選択肢の一つです。手放したいと考えているくらいの攻撃となると、犬歯が刺さって、何針も縫うような怪我をされていることが多いでしょう。
犬歯を削ることで、少なくとも裂傷を防ぐことができるようになります。もちろん噛まれれば痛いですし、内出血が起こります。咬まなくなるわけではありませんが、被害が軽減することは、飼い主さんに多少の安心感と多少の余裕を生むことにつながります。
もし、犬歯を削ることで、手放す以外の選択肢を持つことができるのであれば、犬歯切除も検討すべきです。
噛む犬を手放す上で覚悟すべきこと
どの団体も引き受けには慎重
「保健所には連れていきたくない、どこか引き取ってもらえる団体はないか?」そのような問い合わせを受けることもありますが、ただでさえ、どこの団体も手一杯の中、攻撃行動があるとわかっている犬を引き受けることは団体にとっても重い決断です。
攻撃行動がある犬の場合、数年単位で、もしくは生涯団体で管理する場合が少なくありません。収容枠の1枠を使い続けることになります。
咬む犬を専門に預かる団体も存在しますが、スペースに限りがあることは同じです。問い合わせてみて、状況を聞いてみるのは良いと思いますが、「受け入れは難しい」と断られる前提でダメ元で相談するくらいの気持ちの方が適切ではないかと思います。
保健所は引き取ってくれないかもしれない
「最悪保健所に…」と思っている方もいらっしゃると思いますが、これは地域差が大きいですが、問題行動を原因とした所有権放棄に関しては、受け入れない、もしくは、改善を勧めるという対応で、可能な限り引取りを行っていない自治体が少なくありません。
保健所の方も、長期収容になるのは、中大型の問題行動のある犬が中心です。殺処分ゼロが方針となっている自治体では、長期収容の可能性のある犬を受け入れないようなオペレーションが行われるのも無理はありません。
安楽死も選択肢の一つ
環境が変われば、飼い主が変われば、犬も変わる可能性は大いにあります。
一方で、これまで指摘してきたように、受け入れ側も相当の覚悟を持って受け入れる必要があります。生涯面倒を見るつもりで受け入れるわけですから、その責任は重大であり、安易な受け入れはできません。
一緒に暮らせないレベルの攻撃行動がある場合、他の人に任せても、その人が咬まれる危険性もあるわけです。適切な治療をしても、コントロールできない、プロに預けても危険であるというレベルでは、人の安全のため、そして、その動物の福祉のために、安楽死も一つの方法だと私は考えています。
もしかしたら、人と犬が接触しなくていいような特別なサークルがあり、非接触で世話をすることができれば、人も犬も安全に暮らすことはできるかもしれません。しかし、それが本当に犬のためになるのかは考えなければいけません。
十分に広いドッグランがあり、環境が良ければ、犬にとってもいい生活となると思いますが、安全に暮らさせるためだけに、狭い檻に閉じ込めっぱなしにしてしまうのは、犬のためになっているとは言えません。それなら安楽死の方が犬の福祉は守られるのではないでしょうか。
「往診して安楽死なんて誰もやってくれない」と感じるかもしれませんが、もし、この記事を読んで、本当に悩んでいる方がいらっしゃるなら、当院にご連絡ください。できることが他にないのか?安楽死しかないのか?という面も含めて、一緒に悩み、一緒に考える手助けをすることはできると思います。


