犬の認知症では、加齢に伴い、脳の構造的・機能的変化が生じます。これにより、記憶、学習、感情、空間認知、社会的関係など、様々な脳機能が影響を受け、最終的には日常生活に支障をきたすような行動の変化が現れてきます。

 この病態の中心には、脳神経細胞の機能低下や死滅、神経伝達物質の減少、酸化ストレスや慢性的な炎症反応の増加などが関与していると考えられています。脳での情報処理は、脳神経細胞によって行われています。脳神経細胞は互いにニューロンと呼ばれる細い線でつながっています。これは電線みたいなものです。ニューロンが他の脳神経細胞につながっている部分をシナプスと言います。神経細胞同士はニューロンとシナプスを介して電気信号をやり取りして情報を処理しています。

 加齢による細胞エネルギー代謝の低下や、活性酸素の蓄積は、正常な電気信号のやり取りを阻害します。神経細胞の機能維持が困難になると、徐々にニューロンが失われていきます。神経伝達物質が減少すると、シナプスでの情報伝達が上手くいかなくなります。このような変化が生じることで、脳の中で情報処理が正常に行われなくなり、認知機能が低下します。

 認知症を発症した犬の脳を解剖すると、脳に悪さをするタンパク質である『アミロイドβ』の沈着が確認できます。これはヒトのアルツハイマー病でも確認されるタンパク質で、人の認知症と、犬の認知症が似た病態によって起こっている可能性を示しています。アミロイドβは本来分解されるべきタンパク質ですが、分解機構が衰えることで脳内に蓄積し、神経細胞間に沈着します。これが神経細胞に悪さをして、機能を低下させてしまいます。また、認知症の犬の脳では、脳内の血流が悪化し、脳全体の代謝活性が低下している状態が確認されています。このような様々な要因が重なり合い、犬の脳は機能的・構造的に不可逆な変化を遂げていきます。

 このように、犬の認知症は単なる「老化現象」ではなく、神経変性疾患であり、脳内で起きている病理的変化はヒトのアルツハイマー病と多くの共通点を持っています。そのため、早期発見・早期対応が重要であり、神経保護作用を持つサプリメントや薬剤の使用、環境刺激の工夫などによって、病気の進行を遅らせる可能性があるのです。