犬の認知症とは、その名のとおり、高齢になって認知機能が衰え、様々な症状が発生する症候群です。正確には、犬の認知機能不全症候群(CDS:Cognitive Dysfunction Syndrome)と呼びます。本書では、正確な表現ではありませんが、『犬の認知症』と記載していきますので、ご承知おきください。

 犬の認知症の発生機序はまだまだ不明な点が多くありますが、ヒトの認知症の発生と同じような病態で発生していると考えられています。

 犬の認知症では、①見当識障害(家や庭で迷う など)、②人あるいは他の動物との関わり合いの変化(家族や同居動物への無関心 など)、睡眠と覚醒の周期の変化(昼夜逆転し夜中に起きてしまう など)、トイレのしつけや以前に覚えた学習を忘れる、⑤活動性の変化あるいは不活化、⑥不安感の増大 という6つの徴候(DISHAAの6徴候)が表れることが特徴的です。

DISHAAの6徴候とは

犬の認知症の基本的な症状は、DISHAAの6徴候に集約されます。

Disorientation(見当識障害)

見当識障害とは、自分が今どこにいるのか、目の前にいる人が誰なのかなど、自分の周囲の状況を把握して理解するとこができなくなってしまうことをいいます。犬でよくみられる症状としては、ドアの蝶番側から部屋を出ようとする、家具の隙間に挟まってしまって後ずさりできず立ち往生してしまう、徘徊するといったことが挙げられます。

social Interaction(社会的交流の変化)

社会的交流については、家族や同居の他の動物への関わり方の変化として確認されます。

 例えば、犬が家族とあまり関わろうとしなくなったり、同居動物への関心が無くなったりといった変化が挙げられます。飼い主が帰ってきたときに喜んでいたのに喜ばなくなった、オモチャで誘っても反応しなくなった、名前を呼んでも振り向かなくなったなどがこれにあたります。名前への反応については単純に耳が聴こえにくくなっている場合と、反応が弱くなった場合の両方が考えられます。

 逆に、過剰に近くにいようとするようになったといった変化がみられることもあります。これは、不安が強くなることによって起こることがあります。

Sleep/wake cycle (睡眠/覚醒サイクルの変化)

睡眠/覚醒サイクルについては、昼夜逆転したり、夜に頻繁に起きるようになるといったことがあります。犬の認知症では脳内の神経伝達物質が枯渇してしまうため、睡眠の調節を行う脳神経の働きが落ち、睡眠サイクルが崩れると考えられます。

夜に吠えがひどい、徘徊がひどいとなると、家族がゆっくり寝られなくなってしまうため、この変化を主訴に動物病院に相談される方も多くみられます。

Housesoiling, learning and memory(粗相、学習と記憶)

排泄の失敗や学習・記憶力については、今まで当たり前にできていたことが突然できなくなってしまうといった変化です。

特に、排泄場所を忘れてしまったかのように失敗してしまったり、簡単にできていたトレーニングが出来なくなってしまうことなどが挙げられます。トイレのしつけを忘れる、台所など入ってはいけない場所に入らなかったのに入るようになった、など家庭内のしつけを忘れてしまう事がよくあります。

Activity(活動性の変化)

 活動性については、活動が過剰に増えるものから、減るものまでさまざまにあります。

 活動性の減少については、寝ている時間が長くなる、臭いを嗅いだりといった行動が減る、刺激に反応しづらくなるといったことが挙げられます。一般的な老化でも起こる変化ですので、必ずしも認知症による影響ではないかもしれません。しかし、体調が悪くないにも関わらず、食べ物の臭いを嗅いだり、食べることにすら関心がなくなってしまうというレベルでは、正常な老化以上の変化が起きていると考えたほうがいいでしょう。

 活動性の増加については、ウロウロ歩き続ける、目的無く吠え続ける、ずっと何かを舐めているといったことが挙げられます。起きているうちは回転し続けるような状態になることもあります。

Anxiety(不安)

 状況把握能力の低下などが影響してより、不安傾向が強まることがあります。感覚器官の機能低下があると、それが原因で不安が強くなることもあります。認知機能の低下と感覚機能の低下が同時に起こることでより不安が強くなることもあります。

 具体的な症状としては、全般的な不安が増大し、小さな刺激に対する不安や恐怖反応が強くなったり、飼い主との分離に対する不安が強くなり吠えてしまうようになるといったことが起こります。