高齢犬は身体機能の低下や様々な病気が発生します。高齢になるにつれて発生しやすくなる疾患としては、心疾患、脈管系疾患、代謝性疾患、各種の腫瘍(がん)など多様ですが、その中でも、痛みを伴う疾患や、神経疾患、感覚機能の低下は行動に直接影響します。これらの疾患は、行動変化をきっかけとして発覚することがほとんどです。犬も高齢になると様々な行動変化が起りますが、「高齢になったから仕方ないよね」で済ませてしまうのではなく、些細な行動変化を見逃さず、その変化が、どんな機能の低下空起こっているのだろうか?というところまで考えることで、疾患の早期発見に繋げていくこともできます。
本書は犬の認知症をテーマにした書籍ですが、『高齢犬の行動変化=認知症』というステレオタイプに陥ってしまうと、なんでもかんでも「認知症のせい」と考えてしまいます。それは良い理解とは言えません。同じように、なんでもかんでも「年を取ったせい」という風に考えてしまって、思考停止してしまえば、本当の原因にたどり着けません。そもそも、高齢犬の行動変化の多くは、認知症ではない疾患や機能低下が原因となっています。認知症は認知症としてケアすべきですが、それ以外の疾患についても、しっかりと原因を見極めケアをしていくことが必要です。
例えば、これまでトイレで排泄ができていた犬が、高齢になり、トイレの失敗を繰り返すようになったとしましょう。「トイレのしつけを忘れる」という症状は、犬の認知症の特徴的な症状の一つです。しかし、高齢犬のトイレの失敗=認知症と決めつけるのは間違いです。当然ながら、泌尿器系の疾患で、排泄の頻度が増したり、尿量が増加することはあります。また、老化により膀胱の柔軟性が低下することで、貯めておける尿の量が減り、不適切な場所での排泄が起こることもあります。あるいは、関節の痛み等によって、トイレに入るのがおっくうになったり、トイレで排泄の姿勢をとることが出来なくなったりすることもあるでしょう。
咬む・唸るという行動についても同じことが言えます。飼い主や家族・同居動物との関係性の変化というのは認知症ではよく起こる症状です。高齢犬で、家族が家に帰っても歓迎しなくなった、近づいたり撫でたりすると唸るようになったという行動が出たとき「認知症の症状かな?」と思うかもしれません。しかし、それは必ずしも認知症ではないかもしれません。高齢犬の行動変化につきものなのが、身体の痛みです。身体が痛いことで、家族の帰宅に反応できなくなった、触られたり撫でられたりすることに敏感になり、痛みを生じるかもしれない関わりに対して唸る咬むという行動をとるようになったということも考えられます。
片目が見えなくなることで、その見えなくなった方のから手を出すと怖がるようになったという例は良くあります。今までは手が出てくることを大分前から予測できていたのに、目が見えなくなる、視界が狭くなることで、急に手が出てくるように感じるようになり、恐怖が強くなるということです。
高齢犬の行動変化が生じたときにまず行うべきなのは、なぜ、その行動変化が起こっているのかという原因を探ることです。その原因は、身体的な疾患かもしれないし、認知症なのかもしれません。原因を探るには、獣医師の診察を受け、しっかりと検査してもらうことが大切です。しかし、獣医師に全て任せれば原因がすぐにわかるわけではありません。獣医師が判断できる材料を飼い主さんから提供する必要があります。そのためにできるだけ正確な情報、つまり、微細な行動の変化、その行動がどのような文脈(前後関係)で起こっているのか、行動の変化以外に変わったことがないか、元気や食欲の状態はどうか、その他の身体的な症状はないかなどの情報を、飼い主さんが把握し記録しておくことが重要です。毎日よく観察する。それが愛犬を大切にすることだと思います。
愛犬のことを一番わかっているのは飼い主さんです。高齢になった愛犬の行動変化をいち早く発見してあげて、疾患の早期発見につなげてあげたいですね。