ご相談の主旨
ご家族に唸ったり咬んだり攻撃的になることに問題を感じ、ご相談いただきました。
本日お知らせいただいた内容(行動の経歴)
Mちゃんは、1歳のトイプードルの女の子で、2カ月半の頃にペットショップさんから迎えたとのことでした。
4~5カ月のころから、フードを食べている最中に触ろうとすると唸る行動があり、8カ月の頃には、食べ終わった後のフードボウルを守り、人が近づくと守るようになったとのことでした。同じ時期の前後から、オモチャや拾ったものを唸って守る行動が出るようになったとのことでした。こうした行動は、機嫌がよい悪いにかかわらず発生しているとのことでした。
同様の時期から、徐々に機嫌が悪い時(特に機嫌が悪くなる原因は分からない)に、リードの付け替えや抱っこをする時に唸って咬みつくことが発生するようになったとのことでした。リードを変えるのを嫌がる行動については、これまでは2~3日で収まり、再びリードを変えることが出来るようになっていたものの、7月20日頃からは、10日を超える期間にわたって嫌がる状態が続いたとのことでした。その状態では、ケージに入っている時に、娘さんが何もしていないのに唸るという行動も見られたとのことでした。さらに、自分の右足を執拗に舐め、皮膚炎になったとのことでした。
8月にKトレーナーに指導を受け、その後は攻撃行動が発生しそうな状況を回避しているため、唸る回数は少なくなり、1日1回程度になっているとのことでした。
診断とお話し
今回の問題行動は、物を守る所有性攻撃行動と、嫌な事(リードの付け替えや抱っこ)をされることに対する防衛性攻撃行動と言えるでしょう。身体的な疾患が関係している可能性は低いと考えられますが、もしかしたら、何らかの疾患が関与している可能性は現時点では否定はできません。改善の状況を見て、必要な場合は、かかりつけ動物病院で検査を受けていただく場合もあるかもしれません。
攻撃行動が発生した背景には、遺伝による影響、家に来る前の育成段階の影響、家に来た後の学習などが関与していると思われます。不適切なブリーディングは行動発達の面で影響を与えますが、Mちゃんもそうした影響は否定できないでしょう。
家に来た後の学習としては、唸れば守れる、唸れば嫌なことが避けられるという負の強化が働いているものと考えられます。以前に唸っても押さえつけるという方法をとっていたという事ですが、エスカレートしたために断念したと伺い増した。これは、消去バーストと言って、唸れば嫌なことが終わるという学習を消去しようとした結果、より強く行動が出たと考えられます。自動販売機にコインを入れてボタンを押したのにジュースが出てこなかった時、何度もボタンを押してしまう行動と同じです。唸っても意味がなかったために、もっと唸ったら意味あるかどうか試してみたという感じです。
Mちゃんは、元々、葛藤を処理する力が強くなく、衝動性が高い気質を持っていると思われます。本来、葛藤を処理する力をつけていく(我慢力をつけていく)必要があると思います。例えば、リードを変えられても我慢できる、抱っこされても我慢できる、ウンチをとられても我慢できる、などです。
行動に波があるとのことでしたが、基礎的な気分の波はやはり存在すると思われます。薬物療法は、この波を小さくするという風にお考えください。薬物療法では根本的な解決にはならず、やはり我慢力をつけていくことが必要です。
我慢力をつけていく方法としては、オヤツで気を逸らしながらやる方法もありますが、犬を怖がって回避してばかりではエスカレートしていく危険性もあります。機嫌がいいときを狙って、しっかり首輪を掴む練習なども行っていく必要があるでしょう。
特定の行動に対して、嫌がれば避けられるという事を学習している可能性がありますので、反対に、受け入れても嫌なことは起こらないという事を教えていく必要があります。首輪をもって、リードを変えても、その後に嫌なことが起こらなかった経験を繰り返し積んでいく必要があります。機嫌がよいとき、成功する時に練習していくと良いでしょう。
気を付けるべきは、失敗しないこと、咬ませないことです。咬まない範囲で、飼い主寒川の圧力を強めていくことが必要です。咬ませてしまったら、犬の圧力が強くなってしまいます。咬ませないことは大切です。咬ませない範囲で練習する必要があります。
咬まれることを恐れすぎて慎重になりすぎて、回避ばかりしていればエスカレートする可能性が高くなりますし、積極的に行きすぎれば咬まれてしまいます。慎重にやりつつも、ある程度は嫌なことに馴れるという練習をしていかなければなりません。河口トレーナーと二人三脚で回避しすぎないトレーニングを行っていくようにしてください。
危険の少ない方法としては、まずはマテをとにかく強化するという方法があります。マテであれば、我慢力を鍛えることにつながると同時に、直接触れないので、危険度は低くなります。特に家の中でマテの練習をしていきましょう。
その上で、マテを掛けた状態で首付近に手を伸ばす練習や、リードを変える練習、触る練習を行っていくと良いでしょう。この辺りは、反応を見つつ実施する必要があります。
また、足を咬む行動については、葛藤による転位行動、もしくは転位行動が常同的に発生するようになってきている常同障害と考えられます。
常同行動とは、無目的かつ反復的な行動のことを指し、頻繁に発生する場合を常同障害と言います。常同障害では、脳のブレーキとも呼ばれるセロトニンというホルモンの脳内代謝に問題があることが知られています。常同障害では、脳の一部で神経の過活動があるのではないかと言う仮説が提唱されています。
現在の状況が常同障害と診断される状況といえます、何も対処しなければ今後も悪化する可能性も十分にあることから、薬物療法も含む適切な対処を必要とする状況であろうと判断しています。
足を咬む行動も、気分の波を掴んだり、葛藤状態を表すバロメーターになるでしょう。
以下、具体的な対処法を列挙します。
今後の治療法・対処法
1. 段ボール目隠し
布の目隠しよりも段ボールの目隠しの方が、しっかり隠れると思います。
2. 問題行動の記録
唸る回数を記録していきましょう。毎日何回唸る行動が発生したか分かるようにしておいてください。足を咬む行動についても、発生状況を記録していただくと助かります。
3. マテのトレーニング
Kトレーナーの指導の下、マテのトレーニングをやってみましょう。家の中でやった方がよいでしょう。最近は10秒以上マテさせると唸るとのことでしたので、危険度は少ないとはいえ、唸ってしまうかもしれません。まずは河口トレーナーと一緒に実施されることをお勧めします。また、機嫌が明らかに良い場面であれば飼い主さんのみで実施されてもよいでしょう。
4. 薬物療法
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<さいごに>
どんな問題行動でも、問題はイヌだけで起こっているのではなく、飼い主さんとの関係の中で発生しています。飼い主さんの対応次第で緩和させることは可能ですが、そのためには、地道な積み重ね(トレーニング)が不可欠です。簡単な事を、少しずつ続けることが重要ですので、よろしくお願いしいます。
分からないことがあれば、ご相談ください。何かありましたらいつでもご連絡ください。
その後の経緯
8月に初めての診察にお越しいただき、攻撃行動については、物を守る所有性攻撃行動と、嫌な事(リードの付け替えや抱っこ)をされることに対する防衛性攻撃行動と診断し、また、足を咬む行動については、葛藤による転位行動、もしくは転位行動が常同的に発生するようになってきている常同障害と診断しました。
その後、薬物療法(フルオキセチン3.3mg/head/SID)と生活環境の改善(目隠しをする等)、トレーニングの継続を行ったところ、11月19日の診察時には家族に対して唸る行動は減少したとのことでした。しかし、足に向かって唸りる行動は、朝は2日に1回、夜は2~3日に1回見られる状態がつづいており、特に夜ケージの中に入ったあとのうなり方がひどかったとのことでした。11月19日より、ジアゼパム1mg/head/SIDを開始したところ、1月14日の診察時には、朝夜ともに唸る回数は減少し、朝は、2日に1回から月に2回程度に減少(8割減)し、夜のうなりは、毎日発生した週もあるものの、全く落ち着いて生活できる週もあるような状態になったとのことでした。
また、右後足に対して唸る行動について、右後肢を精査したところ、膝蓋骨脱臼が見られました。これが右後肢にうなる行動を増悪させている可能性が考えられました。かかりつけ動物病院で相談したところ、手術までは適応でないという見解を得ているとのことでした。
今の課題は、11月ごろより服を着せようとしたところ、嫌がるようになり、服を着せることができないという点、Mからよってくるときはいいものの、こちらから拘束する形で体を触ろうとすると唸ったり噛もうとする素振りを見せる点、車にのせて5分ほど走ると後ろ足に対してうなり始める点が挙げられるとのことでした。
今後の改善の方針
現在の問題、服を着せるのを嫌がる、体を触ろうとすると咬む行動については、防衛性攻撃行動であると考えられます。もともと体を触られたり拘束されたりするのが苦手なようですので、嫌なことを避けようとして攻撃行動を行っていると考えられます。
車に乗せると唸る行動については、この秋頃からその話ですが、車にのることと目的地につくことについて、何らかの関連付けがなされたり、車に乗っている状況で料金所を利用するなどの状況が発生したことで、車に乗っていることと何らかの嫌な経験が関連付けられ、葛藤を生じ、それがきっかけとなって、右後脚への唸りという葛藤行動を生じていると考えられます。
改善の方向性としては、第一に、飼い主さんとMちゃんの関係を再構築していくことが必要です。飼い主さんも、Mちゃんが怒るのではないかという不安から、関わりの選択肢を狭めてしまっている面もあると思います。互いに安心してリラックスして関われるようにするためのトレーニングを実施していきましょう。
第二に、Mちゃんが「何かされる」と感じる場面に関して、今は恐怖心・防衛心から、咬みつく・唸る行動にういて、咬みつく必要はないことを教えていくという事が必要です。そこで、プライベートレッスンを通じて、拘束的接触に対する脱感作・拮抗条件付けの行動療法を実施することで、咬みつくリスクを減らすことができると考えられます。
第三に、車に乗ることに関しての脱感作を行っていきましょう。動いていない車に乗る、家のまわりを5分だけ走るなど、唸るが生じない範囲での乗車を繰り返し行なっていきましょう。その際に、Mちゃんが嫌がる素振りを見せたり、不安そうな素振りを見せたら、長すぎると思ってください。
第四に、こうした行動を発生させる要因となっている不安や恐怖、感情の昂ぶりを抑えるための、薬物療法を補助的に継続していきましょう。薬物療法だけで治ることはありませんので、行動療法と併用して、薬物療法に依存しないようにしていきましょう。
その後の経過
1か月に1回程度プライベートレッスンに通っていただき、犬との接し方について学んでいただきました。
犬のボディランゲージを読めるようになったり、犬の行動に対して過剰反応しない、適切な行動を褒める(適切な強化子を与える)といった基本的な部分を繰り返して練習させていただきました。
その結果、約1年後には、ほぼ攻撃行動が消失し、使用していた薬物療法も減薬・休薬しました。