オンライン行動診察では、画面越しに飼い主さんのお話をうかがいながら、一緒に「なぜ?」を解きほぐしていきます。
先日も、一頭の犬をめぐるご相談がありました。「丁寧にやっているつもりなんですが、なんかうまくいかなくて」——そんな言葉から始まった診察でした。
犬の行動を読み解くための「地図」
まず、私が行動診察でいつも最初にお伝えしていることがあります。
犬が何かの行動を繰り返しているとき、その行動は犬にとって何らかの意味で「得」になっています。逆に、こちらが望む行動がなかなか定着しないとしたら、その行動はまだ「得」になっていない——ということです。
行動分析学の言葉で言えば、「強化」の話です。報酬が伴う行動は増え、報酬がない行動は減っていく。ただ、これは「こちらが意図して与えた報酬」だけの話ではありません。飼い主さんが気づかないうちに、意図せず特定の行動を強化してしまっているケースがとても多いのです。
「意図しない行動が増えているとしたら、その行動の方が犬にとって得な結果をもたらしているということ。そこから考えると、問題の構造が見えてきますよ」
飼い主のAさんはこくりとうなずきながら、「そういう目で見たことがなかったです」とおっしゃっていました。
もちろん、例外もあります。散歩中のマーキングのように、外から特別な報酬がなくても「内側からの衝動」でなされる行動もあります。ホルモンや神経系に根ざした行動は、この「得か損か」の枠組みだけでは説明しきれない部分があります。ただ、それでもトレーニング場面で起きる多くの問題は、「どちらの行動の方が得になっているか」という視点で整理できることが多いのです。
クレートの中に「とどまる」のが損になっていた
Aさんが最初に相談してくれたのは、クレートトレーニングでした。
「クレートに入れたいのに、入ってもすぐ出てきてしまって、中での待てがぜんぜんできないんです」
ここで大切なのは、問題の焦点を正確につかむことです。クレートの入り口の前で座っていること自体は、問題ではありません。実は、その子は自分からクレートの近くに来て、入り口の前でお座りして待てるようにもなっていました。それは、むしろ良い兆候です。
本当の問題は、「クレートの中にとどまること」より「クレートから出てくること」の方が、犬にとって得になってしまっていた、ということでした。
どういうことか、順を追って説明します。
Aさんは、犬がクレートに入ったあと「待て」をかけ、10秒ほど経ってからおやつを与えていました。一方、犬がクレートから出てきてしまったときは、もう一度クレートの中に誘導しようとして、すぐにクレートの中におやつを投げ入れていたのです。
犬の目線でこの状況を見てみると、どうなるでしょうか。
クレートの中にとどまっていた場合——待てをかけられる、10秒ほど待つ、ようやくおやつがもらえる。
クレートから出てきた場合——すぐにおやつをクレートの中に投げ入れてもらえる。
この二つを比べたとき、どちらが「得」かは明らかです。クレートから出てきた直後にごほうびが届くなら、出てくることを繰り返す方が合理的です。犬は怠け者でも、反抗しているわけでもありません。ただ、二つの選択肢を比べて、より早く報酬が得られる行動を選んでいる。それだけのことです。
「あっ、私がそうさせてたんですね……」
Aさんの声に、気まずそうな苦笑いが混じりました。でも責める話ではありません。こうした「意図せぬ強化」は、丁寧にトレーニングしようとしている飼い主さんほど、起きやすいものです。一生懸命おやつを使おうとするあまり、どの行動を強化しているかが見えにくくなってしまうのです。
では、どうすればよいか。
まず取り組むのは、出てきたときはごほうびを与えない、ということです。出てきてしまったときは、そっぽを向くか、しばらく間を置く。「出てくること」に報酬が伴わなければ、その行動は徐々に減っていきます。
次に、中にとどまっている状態を評価することです。ただし、最初から「待て」を使って時間を延ばそうとするより、まずは「中に入ってこちらを向いた瞬間」にすぐごほうびを届ける練習から始めるのが効果的です。「入る→くるっとこちらを向く」という一連の動きをひとつの行動として評価する感覚です。
もうひとつ効果的なのが、クレートの扉を閉める練習です。扉を閉めてしまえば、そもそも「出てくる」という選択肢がなくなります。最初は10秒、少し慣れてきたら20秒——短い時間から始めて、クレートの中にいることを少しずつ「普通のこと」として経験させていきます。
「待て」を練習するのはその先のステップです。中にいること自体がまだ不安定なうちに「待て」を使ってしまうと、待てが終わるまで内側でじっとしているよりも、出てきてすぐ再入場する方が報酬が早く来るという学習が生まれやすくなります。順番が大切です。
「うんち拾い」がゲームになっていた理由
もうひとつ、Aさんが困っていたのが散歩中の問題でした。
「一人で散歩に行くと、うんちを拾おうとした瞬間に飛びかかってくるんです。リードを引いて止めようとするんですけど、もう取り合いみたいになってしまって」
ここで、少し気になることをうかがいました。
「ご家族と一緒に散歩に行くときはどうですか?」
「あ、二人で行くときはそういうことしないんですよね。ぜんぜん違うんです」
「——それが大事なポイントです」
二人で行くとき、リードを持っているのはAさんです。うんちを拾うのはもう一人のご家族です。つまり、リードを握っているAさんはうんちを拾いに行かない。うんちに気を取られて慌てる、という状況が生まれないのです。だから「うんち拾いゲーム」がそもそも成立しない。犬はゲームが起きないと分かれば、うんちに対して全く興味を示さなくなります。
これは同時に、犬がうんちを食べたいわけではない、ということをよく示しています。本当に食べたければ、相手が何人いようと狙いに行くはずです。一人のときだけ起きる、という事実が、「ゲーム」の本質を物語っています。
犬にとっての報酬は、うんちそのものではなく、飼い主さんが慌てて反応してくれることです。あわあわとリードを引く、声を荒げる、その反応が面白い。「この人が慌てるの、楽しい」という状態になっています。
では、一人のときはどうするか。
大切なのは、犬の行動を管理する態度です。リードで止める、あるいは「待て」をかける——方法はどちらでも構いません。ただ、あわあわしながら止めようとすると、その反応こそが犬の興奮を高めてしまいます。毅然とした態度で、慌てずにしっかりとリードで止めていく。
理想は、「こっちは別に動じていないけど、確実に止めますよ」という静かな一貫性です。リードをぱっと引いて止める、緩める、また行こうとしたらまた止める——この繰り返しを、焦りを見せずにやり続ける。「何回でも止めますよ、日が暮れてもやりますよ」くらいの落ち着いた態度で向き合うと、犬の方も少しずつ「この人、慌てないな」と認識していきます。
確実に止められると分かれば、やがてやらなくなります。やっても面白くないのですから。
これは言葉で言うと簡単ですが、実践はなかなか難しい。一人でいると、焦りや恥ずかしさが出てしまうのは当然のことです。でも、飼い主さんの態度こそが状況を変える鍵であることを、ぜひ知っておいていただきたいのです。
バイクへの反応——連鎖を「前の段階で」断ち切る
最後に相談されたのが、夜の散歩でのバイクへの反応でした。
「暗くなってから散歩に行くんですが、バイクが来るとひどくて……。リードを噛んで、ぶんぶん振り回すんです」
少し詳しく話を聞いてみると、反応の全体像が見えてきました。
まず、バイクが遠くから近づいてくると、犬は歩くのを止めます。散歩のリズムが突然止まる。次に、バイクの方向にじっと視線を向けて、微動だにせず凝視する——待ち構えているような、張り詰めた空気感です。そしてバイクが目の前を通り過ぎる瞬間に、吠えながら飛びかかろうとする。リードに阻まれると今度はそのリードを噛んで、ぶんぶんと振り回す。そういう一連の流れがありました。
夜間で、ライトが近づいてくるのも刺激になっているのかもしれません。吠える車もあれば吠えない車もある、というのも、光の大きさや音の違いへの反応の差として理解できます。
ここで重要なのが、行動を「連鎖」として見ることです。
「止まる→凝視する→飛びかかる→リードを噛む」というのは、ひとつの行動ではなく、一連の流れです。この流れは、前の行動が次の行動のきっかけになっています。「吠えたり噛んだりしてから止めようとする」のでは、もうすでに連鎖の終盤です。そこから止めようとしても、遅い。
介入すべきは、「立ち止まって凝視する」段階——つまり、連鎖の最初の部分です。
バイクに気づいた時点で犬が立ち止まったら、そこで「行くよ」と声をかけて歩き続けるか、別の方向に誘導する。あるいは、凝視している視線を断ち切るために首の向きを変えさせる。バイクに向かって固まっている体勢を崩してしまうことで、その後の連鎖が起きにくくなります。
「吠えてからではなく、見つけて立ち止まった段階でアプローチするということですか?」
「そうです。凝視している間は、犬はまだ何もしていません。でもその瞬間が、一番変えやすい瞬間です」
行動の連鎖は、前の段階であるほど変えやすい。逆に言えば、後ろの段階——吠えたりリードを噛んだりしている最中——は、犬もすでに興奮の渦中にあるので、介入のコストが高くなります。
これも、繰り返しの練習が必要な技術です。「犬が立ち止まったら動かす」というシンプルなことが、実際にできるようになるには、体で覚える感覚が必要です。どんなタイミングで、どう動かすか——そのコツは、経験の積み重ねの中で身についていくものです。
一緒に、少しずつ
診察の最後に、Aさんにこんなふうにお伝えしました。
「全体的に、焦る必要はないと思います。着実に進んできていますし、いい感じで来てると思います。まずは安全第一で、できることを続けていきましょう」
行動の問題は、一夜にして解決するものではありません。でも同時に、一夜にして形成されたものでもありません。毎日の小さな関わりが積み重なって、今の状態があります。だから、毎日の小さな関わりを変えることで、必ず次の状態へと変わっていけます。
犬はいつも、自分なりの「得か損か」を考えながら行動しています。その仕組みを理解して、うまく活用することができれば——罰や恐怖を使わなくても、行動は変わっていきます。飼い主さんとの信頼関係を深めながら。
「よかった、少し希望が見えてきました」と言って、Aさんは診察を終えました。
次の診察まで、また一緒に歩んでいきましょう。
この記事は実際の診察をもとに構成したものです。個人情報保護のため、内容の一部を変更しています。

