かかりつけ動物病院や行動診療科に相談することで、得られるものはたくさんあります。
高齢犬の行動の変化は、認知症だけで起こるものではありません。様々な身体機能の低下によっても引き起こされます。かかりつけ動物病院では、現在の身体の状況を検査し精査してもらった上で、必要な治療をしていただくということができます。また、小さな変化でも近くで相談できる場所があるというのは、高齢犬との生活を送っていく上で、心強いですよね。
行動診療科では、現在の診断・治療に対するセカンドオピニオン、認知症の症状の行動学的評価、治療の選択肢の提示、ケアに対する追加の助言等を行うことができます。
行動診療科がセカンドオピニオンを行う役割として、第一に、現在問題となっている症状が本当に犬の認知症として診断できるのかという部分についての評価を行うことが挙げられます。ここまで述べてきたように、認知症と思われていたものが、実は認知症ではなく別の病気だったと言うことはいくらでもあります。また、身体的な病気がなかったとしても、別の行動学的な問題から生じた問題行動が認知症と勘違いされていると言うこともあります。
以前経験した例では、15歳のジャックラッセルテリアが2か月前から吠えるようになったということで相談をいただきました。認知症かもしれないとかかりつけ動物病院では言われていたとのことでしたが、よくよくお話を聞くと、吠え始める少し前に引っ越しをされていて、環境変化が影響して吠えが始まっていることが分かりました。また、2か月前より、現在は少しずつ良くなっている状態で、他の認知症に関わる症状も出てなかったことから、認知症ではなく、環境変化による不安が問題行動の原因であると診断し、対応したところ、1か月程度で吠える行動がなくなりました。
行動診療科のもう一つの役割として、治療の選択肢を拡げると言う役割があります。犬の認知症の治療は日進月歩。行動を専門に扱っている行動診療科の獣医師だからこそ提案できる治療の選択肢が日に日に増えていく可能性があります。本書は2025年に執筆していますが、数年経てば、今はない、別の治療の選択肢が生まれているかもしれません。新しい選択肢に限らず、認知症の症状を緩和するサプリメントの情報、新たな薬物療法の情報などは、かかりつけ動物病院よりも行動診療科の方が豊富に提供できるでしょう。また、向精神薬等の薬の用法・用量についても、より専門的な情報を提供できます。治療の選択肢を増やすことは、犬と飼い主のQOLの向上に役立ちます。
各症状に対する家庭でできるケアの方法については、かかりつけ動物病院の先生も色々なアイデアを教えてくれると思いますが、行動診療科でもプラスアルファの支援を提供できると思います。第4章でも触れましたが、実際に有効なケアの方法は、個別の状況によって異なります。特に吠えを軽減することを目的にしたケアをしたい場合、そこには行動学的な知識が不可欠です。犬や環境や家族との相互作用を考えて、適切な対応を導き出すことは、行動診療科の得意とするところです。
飼い主さんにとって、何よりも重要なサポートは、相談できること、相談を聞いてもらえる場所があることだと思います。飼い主さんの困りごとに耳を傾け、共感してくれる相手を持つことは、飼い主さんが介護生活を送っていく上で、重要な心の支えになります。かかりつけ動物病院も行動診療科も上手く使ってもらいたいです。飼い主さんと犬たちの心の支えになれることは、我々獣医師の本懐というものです。