認知症を発症した犬との生活では、昼夜逆転や夜鳴きなどの症状によって、飼い主の生活にも大きな影響が出ます。飼い主が介護生活に疲弊してしまうことは、飼い主のQOLも愛犬のQOLも下がってしまうことにつながります。
これまでに触れたように、犬の認知症は、進行性の病気であり、その治療は認知症そのものを根本的に治すのではなく、”現在の認知症の症状や、症状の進行を緩和すること”を目的に実施されます。これは『犬の治療』という側面で見たときの目的です。認知症との付き合いは、犬と飼い主の生活そのものです。『犬と飼い主の生活の支援』という側面で見たとき、治療の目的は、”犬と飼い主のQOLを向上すること”になるでしょう。
認知症の犬と飼い主の生活を守るために行われる薬物療法は、大きく2つに分けることができるでしょう。1つが認知機能の回復や、認知機能低下による不安の軽減など、直接的な認知症症状の緩和のための薬物療法です。もう一つが、夜鳴きなど、人の生活に大きく影響を与える犬の行動をマネジメントするための薬物療法です。
前者は、”現在の認知症の症状や、症状の進行を緩和すること”を目的に実施される薬物療法です。犬の認知症への薬物療法というと、本来はこちらを指すことになるでしょう。後者については、”犬と飼い主のQOLを向上すること”、さらに言えば、介護生活を送る飼い主をサポートする為に行う薬物療法です。睡眠促進作用・鎮静作用のある向精神薬によって、犬を眠らせることによって行われます。
後者の治療については、睡眠薬を使ったからといって、認知機能が回復するわけではありませんし、認知機能の回復を目指した治療でもありません。そのため、「薬で無理やり寝かせるなんて可愛そう…」と感じる飼い主さんもいらっしゃるでしょう。また、周りから「睡眠薬を使うなんて可愛そう…」と言われるんじゃないかと感じたり、「自分が休みたいために犬に睡眠薬を使うなんて悪い飼い主なんじゃないか」と考えてしまい、不安で、薬を使えない、使うことをためらっている飼い主さんもいらっしゃると思います。
犬と暮らすのは、犬と飼い主が共に幸せになるためです。心穏やかに互いに幸せになることが、犬と飼い主が出会う意味だと思います。常に、犬と飼い主がペアで幸せになる必要があります。犬だけ幸せで、飼い主は不幸はあり得ません。飼い主が辛ければ、犬にも適切なケアができず、犬も辛い思いをさせてしまいます。飼い主あってこその犬の生活です。
治療の目的は、”犬と飼い主のQOLを向上すること”です。薬物療法を行うことで、犬の行動をある程度マネジメントでき、飼い主が休息する時間を作れて、それにより、よりしっかりと犬のケアをしてあげられるのであれば、睡眠薬を使って一定時間寝てもらうことも、重要な治療になります。
『クスリはリスク』であり、『薬は毒』です。しかし、それだけ危険な物だからこそ、上手く使うことで、人の心も犬の心も癒す、素晴らしい道具にもなります。動物病院の獣医師に任せっきりにするのではなく、飼い主も一定の知識をつけて、選択肢を持って、獣医師と相談できる飼い主になることが大切です。そして、十分に話し合うことで、より納得して、治療と介護に向き合うことができるはずです。認知症の犬と生涯うまく付き合っていくための薬物療法という道具について、理解を深めていきましょう。