ダックスフンドの飼い主さんからご相談を受けることの多い病気として、「分離不安」が挙げられます。
分離不安とは問題行動の中では比較的ポピュラーな病気なので、名前を聞いたことのある、という飼い主さんも多いと思います。分離不安は、上手に留守番ができず、過度に落ち着きがなくなったり、トイレを失敗してしまったり、物を壊してしまったり、といった症状が見られる病気です。
ここ数年でこそ在宅ワークなども増えてきましたが、共働きでわんちゃんのお留守番の時間が長い、というご家庭は今も多いと思います。名前を聞いたことはあっても治療法は知らない、実はうちの子も分離不安なんじゃないかと思っている…といった飼い主さんはぜひ参考にしてみてください。
ぎふ動物行動クリニック(岐阜本院・浜松分院)の問題行動診療
犬のしつけ教室ONELife/ぎふ動物行動クリニック(岐阜本院・浜松分院)では、獣医行動診療科認定医の奥田順之が院長を務め、行動診療専属の獣医師が2名、CPDT-KA資格を持つトレーナーが2名在籍し、犬の噛み癖、自傷行動(尻尾を追って噛む、身体を舐めすぎて傷ができるなど)、過剰な吠えなどの問題行動の相談・治療に取り組んでいます。
岐阜本院では岐阜・愛知など東海地方を中心に、浜松分院では静岡県西部周辺地域(浜松、磐田、掛川、豊橋、新城など)を中心に診察・往診を行うとともに、全国からの相談に対応するために、オンライン行動カウンセリング、預かりによる行動治療を実施しています。埼玉を起点とした関東近郊の往診も行っています。
また、岐阜教室・浜松教室にて対面でのパピークラス(子犬教室(初回無料))を実施しております。
岐阜・浜松・埼玉ともに、岐阜本院での一次受付を行っております。058-214-3442受付時間 9:00-17:00 [ 不定休 ]
お問い合わせ分離不安って?
分離不安とは、飼い主の外出時、または外出を予期した時に、過度の不安行動が見られる疾患です。
体表的な症状としては、以下のようなものが挙げられます。
- 震え、流涎、パンティングがなかなか治まらない
- 普段はきちんとトイレで排泄できるのに、留守番中だけトイレを失敗する
- 家具などを破壊する
- 激しく吠え続ける
- 同じ行動を繰り返す(歩き回る、ペーシング、穴掘りなど)
- 嘔吐・下痢・食欲不振などの症状
- 自傷行動(舐め壊しなど)
こうした症状は、いずれも飼い主の不在時にのみ見られることが特徴です。
犬は社会性のある動物ですから、最も愛着のある相手である飼い主と離れることに対しては、少なからず不安や苦痛を感じます。しかしその不安行動が過度である場合には、「分離不安」として捉えられます。
また、不安が一番の原因であることは確かですが、「ただ留守番ができない」訳ではなく、その背景には、元々不安傾向が強い、適切な関わり方ができていない、刺激や社会化不足など、様々な要因が複雑に関与しています。
症状の出るタイミングは様々です。一般的には、飼い主が外出する瞬間が最も不安を感じる子が多いと言われていますが、外出後数時間落ち着かない子もいれば、最初のうちは落ち着いてお留守番ができているけれども、徐々に耐えられなくなってくるタイプの子もいるようです。
原因は?
犬の分離不安の素因や原因に関しては、これまでも様々な報告がされています。
一般的に、性別や年齢は分離不安の発症に関してはあまり関係がないとされています。しかし、一部の統計では、メスよりもオスのほうがリスクが高いとされていることもあります。
好発犬種に関しては特に様々な報告があり、統一した見解は得られていません。犬種に関わらずあらゆる堅守で起こりうるとする報告がある一方で、ダックスフンドを含め、シュナウザー、ゴールデン・レトリバー、イングリッシュ・コッカー・スパニエルなど、いくつかの犬種において、分離不安が生じやすいとする報告もあります。
こうした報告のばらつきには、国や地域によって、人気犬種・飼育頭数の多い犬種に違いがあることも影響していると考えられます。また、ダックスフンドやシュナウザーであれば吠える声が大きいこと、ゴールデン・レトリーバーであれば大型犬なので破壊行動による被害が大きくなること、など、それぞれの犬種がもつ特徴により、人間側が問題行動として認識しやすいことも関係しているかもしれません。
また、家族が複数人いるよりは、一人暮らしの飼い主のほうが、分離不安が生じやすいと言われています。これは、一人暮らしの飼い主のほうが、愛着を持つ対象も一人しかおらず、また留守番の機会も多くなりますから、納得ですね。
さらに、保護施設から迎えられた等、飼い主の変更の経験がある子に関しては、そうでない子に比べて分離不安を発症しやすいと言われています。
他にも、引越しなどの環境の変化や、進学・離婚などによる家族のメンバーとの離別、加齢に伴う不安傾向のる強まりがきっかけとなることもあるようです。雷恐怖症や音恐怖症など、他の恐怖症や不安に伴う問題行動を併発していることも多いと言われています。
飼い主と離れられない=分離不安?
飼い主さんと離れたり、少し別室やゲージの中に隔離したりするだけで激しく吠えたり鼻鳴きしたりする子に対して、「うちの子分離不安なんです」「○○ちゃんは分離不安だね」という言葉を使う場面はよく目にしますが、実は厳密には違います。
分離不安の定義は「飼い主の外出時(または外出を予期した時)に」問題行動が認められること、ですので、同じ部屋の中で、一時的に飼い主から離れた時に生じる不安行動を指して分離不安と呼ぶことはありません。
しかし、分離不安の患者さんの中では、家の中で常に飼い主のそば(1m以内)にいる、常に後追いする、常に鼻鳴きして関心を求める、すぐそばで眠る、といった行動が見られることが多いのも事実です。これらは「ハイパーアタッチメント」や「オーバーアタッチメント」(過剰愛着)と呼ばれることもあります。こうした日頃の関わり方や関係性も、治療のためには少し見つめ直すことが必要になる場合もあります。
また、犬を別室やゲージ・サークル内に隔離した時に激しく吠える行動は、「バリアフラストレーション」と呼ばれ、近づきたいのに近づけない、という苛立ちや葛藤から生じているものになります。
対処法は?
分離不安では、行動療法・薬物療法ともに様々な方法を組み合わせて治療を行っていきます。
留守番をする環境や時間、犬の不安の強さも様々ですから、それぞれに合った方法を選ぶことが大切です。
環境の見直し
まずは安全対策をしっかりしましょう。
脱走や破壊行動の可能性のある子では特に、柵を設置したり、破壊・誤食の可能性のあるものを撤去したりといった対応が必要になります。
また、犬が安心して過ごせる環境はあるか、改めて見直してみましょう。
サークルやクレートなどを設置することはもちろんですが、せっかく設置してあってもほぼ入らない、その中で落ち着いて休む習慣がない、という状態では、何も設置していないのと同じです。クレートトレーニングなどを行って、犬にとっての安全地帯で休む、という行動を習慣づけていくことも重要です。
短時間の外出トレーニング
犬が不安を感じないくらい短い留守番から少しずつ慣らしていく方法です。
まずは安心できる場所(サークル内など)で、犬に特別なおやつを与えます。食べることに集中させ、またおやつを長持ちさせるために、知育トイに入れてもよいでしょう。また、長持ちするような少し硬めのおやつや歯みがきガムも便利です。
犬がおやつを食べ始めたことを確認したら、そっと飼い主が外出します。まずは犬が不安を感じない、数十秒や1分程度の外出からスタートします。家の外までの外出が難しいようであれば、少し部屋から出るだけ、別室に移動するだけでも構いません。犬が継続しておやつを食べ続けているようであれば、外出の時間を少しずつ長くしていきますが、まずは数十秒~数分単位から、焦らずに少しずつ伸ばしていきます。犬が不安を感じてしまったら伸ばしすぎなので、確実に安心して過ごせる時間まで戻ってやりなおしましょう。
一般的にはこのトレーニングの時は、外出の前後は特に挨拶や感情表現はせず、落ち着いた態度で行うことが望ましいです。一方で、たまに「わかっていたほうがいい」タイプの子もいます。イメージ的には外出もオスワリやフセと同じようなコマンドの一つにしてしまい、「いってくるね」などの決まった声掛けの時には飼い主は「必ず帰ってくる」、と覚えさせてしまう方法です。ただし、どの方法が合うのかはそれぞれなので、迷った時には行動診療科認定医やトレーナーなどの専門家に相談してみると良いでしょう。
外出前後のルーティーンの変更
犬は、飼い主の行動をよく見ています。分離不安の子は、外出のヒントになるサインをどんどん先読み・予測して、徐々に不安を募らせていきます。そして毎回、特定の行動があって外出、という経験を繰り返すことで、学習はより強固なものとなり、不安傾向はより強くなってしまいます。
あえて飼い主側のルーティーンを崩して、この行動があっても外出しない、というこれまでと逆の学習をさせることで、段階的に不安が強まっていくのを妨げることができます。
例えば、着替えをする、化粧をする、ハンドバッグを持つ、鍵を持つ、玄関を出る、などといった外出前のルーティーンを、あえて順番を変えてみたり、鍵を持ったけど外出しない、とフェイントをかけたりすることで、次第に外出を予測させにくく、不安を感じにくくする、といったトレーニングが効果的です。
帰宅時も、大喜びでお出迎えしてくれる犬を見るとついつい構いたくなってしまいますが、その気持ちをぐっとこらえ、10分~15分間ほど無視をすることが有効です。帰宅時の興奮があまりに大きくなりすぎると、犬の中でより飼い主の不在に対しての耐性が低くなってしまいます。声もかけず目線も向けず、自分の片付けなどに集中する時間を作ると良いでしょう。
犬と人との関係の改善
先に述べたように、在宅時も常に飼い主にべったり、といった状態だと、飼い主と離れることがより辛いものになってしまうため、犬の自立心を養うことも重要です。
具体的には、犬と関わる時には必ず飼い主側からきっかけを作るようにする、騒いでいる時には相手をせず、犬が自分で落ち着いて過ごせている時にのみ関わる、オスワリやマテ、サークルなどの物理的な障壁などで後追いをしないようにする、といった方法が挙げられます。
しかしお互い自由に関わりたい気持ちを自制する必要はありますから、犬にとっても飼い主にとっても負担の無い範囲で行っていくことが重要です。
叱らないこと
分離不安の症状により、家のものが破壊されたり、トイレ以外で排泄したり、といったことが起きても、決して叱らないでください。
中には「置いていかれた腹いせで悪さをしているんだ」「だめなこととわかっていてわざとやっているんだ」と考えて𠮟りつける方もいますが、帰宅してから叱っても時間が経ちすぎてしまっているので、叱られても犬は何のことかわからず混乱してしまいます。そもそも犬は不安でたまらずあれこれ失敗してしまっているだけなので、叱っても抑止力にはならず、犬は余計に不安が強くなってしまうだけです。
薬物療法
分離不安では、多くの場合薬物療法が有効です。長期的に使用していくものや頓服で使用できるものなど、薬にはいくつか種類があります。代表的なものには、主に以下のようなものが挙げられます。
- SSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)
- TCA(三環系抗うつ薬)
- トラゾドン
- ジアゼパム
- ガバペンチン
いずれも、不安を和らげたり眠気を誘ったりするような効果を持つ薬です。
安心して留守番できた、という成功経験を積むことで、留守番は怖くない、ということを学習させていきます。不安が強すぎて留守番中はおやつも食べられない、というような患者さんの場合、薬の力を借りることで少し余裕ができておやつを食べられるようになり、結果として学習を後押しすることができます。
いずれの薬も、長期的に使用していく場合もありますが、学習が進めば徐々に減薬・休薬できることが多いです。また、いきなり薬を使用することに抵抗がある場合は、サプリメントなどで反応を見ることもできます。
薬の処方に関しては獣医師の処方が必要になります。
おわりに
分離不安は「留守番ができない」と一口に言っても、共働きの家庭や集合住宅などでは特に深刻な問題となることもあります。犬が怪我をしてしまったり、騒音問題に繋がったりする可能性もゼロではありません。
一方で分離不安は、様々な角度から治療を行うことができる、比較的選択肢の多い病気ですから、どこから始めたらいいのかわからない、試しにやってみたけど良くならない、といった場合には、一度行動診療科の受診を検討してもいいでしょう。
参考
- A descriptive study of 215 dogs diagnosed with separation anxiety Linn Mari Storengen, Silje Christine Kallestad Boge, Solveig Johanne Strøm, Gry Løberg, Frode Lingaas,
- Separation anxiety in dogs: What progress has been made in our understanding of the most common behavioral problems in dogs? Niwako Ogata
- Separation anxiety in dogs: The function of homeostasis in its development and treatment David Appleby MS, Jolanda Pluijmakers AS