猫がトイレで排泄中に突然走り出したり、トイレ以外の場所で排便したりする行動――これは多くの飼い主さんにとって困った行動であり、心配なサインです。
こうした行動は「怖がりすぎ」「わがまま」と片付けられがちですが、実際には痛みや不快感などの身体的な問題、トイレ環境やストレスといった行動学的な要因が絡んでいることがほとんどです。
この記事では、
- 猫が走りながら排便する・トイレを嫌がる原因
- 身体的な疾患を見逃さないためのチェックポイント
- 行動学的に取り組める環境改善の方法
- 実際の症例から学べるサポートのポイント
などをわかりやすく解説します。
専門家のサポート(獣医師による診療や行動学相談)があると、薬物療法やトイレ環境改善など、自宅だけでは対応しきれない問題にも安心して取り組むことができます。
猫のしつけ&問題行動相談
ぎふ動物行動クリニック(岐阜本院/浜松分院)では、猫同士のケンカ、不適切な排泄、飼い主に対する攻撃などの問題に対し、獣医師による猫のしつけ相談&問題行動の相談オンライン相談に取り組んでいます。埼玉を拠点とした関東近郊の往診も行っています。
岐阜・浜松・埼玉ともに、岐阜本院での一次受付を行っております。058-214-3442受付時間 9:00-17:00 [ 不定休 ]
お問い合わせ猫の排泄問題の原因を理解する
1. トイレ問題は、猫の性格と環境の両方が関係している
猫が「トイレじゃない場所でうんちやおしっこをしてしまう」「トイレの砂や形にこだわる」といった問題には、性格(パーソナリティ)と環境要因の両方が関係しています。
たとえば、怖がりな猫はトイレ周りの音や匂いに敏感で、少しの変化でも使いたがらなくなることがあります。
逆に、活発で好奇心旺盛なタイプの猫は「砂が違う」「掃除されていない」などの小さな違いに強いこだわりを持ち、反応しやすい傾向があります。
また、他の猫との距離を取りたいタイプの猫は、多頭飼育環境でトイレを共有することに強いストレスを感じることも。
猫にとって“理想のトイレ”は、
- 自分の体より余裕のある広さ(体長の1.5倍=約50cm以上)
- 無臭で粒が細かく、砂のような質感の猫砂
- フタがなく、臭いがこもらない開放的な形
- そして、いつも清潔であること
です。
汚れていたり、狭かったり、嫌な臭いが残っていると、猫はトイレを「不快な場所である」と学習してしまい、使うのをためらうようになります。
2. 病気や痛みも、排泄トラブルの大きな原因になる
「うちの子、トイレを嫌がるようになった」「トイレに入るけどすぐ出て走り出す」──
そんなとき、まず考えてほしいのが身体の痛みや病気です。
猫は痛みを隠す動物ですが、排泄のときに痛みを感じた経験があると、「トイレに入る=痛いことが起こる」と結びつけてしまうことがあります。これをトイレ嫌悪といいます。
実際に、尿路感染症や膀胱炎、便秘、慢性腎臓病(CKD)などを持つ猫では、排泄行動の異常が多く報告されています。特にCKDの猫では、健康な猫に比べて排便の回数が半分以下に減っていたという研究もあります。下痢や便秘を繰り返す腸疾患なども、トイレ行動の変化として現れることがあります。
つまり、「行動の問題」と見えることの中に、実は医学的な原因が隠れていることが少なくないのです。
そのため、まずは獣医師の診察を受け、健康状態を確認することがとても大切です。
3. トイレ環境が悪いと、猫の動きや行動パターンが変わる
トイレの環境が猫に合っていない場合、行動パターンにも明確な違いが現れます。
研究では、不快な環境(狭い・汚い・砂が合わないなど)では、猫は次のような行動をよく見せることが分かっています。
- トイレに入る前に何度も出入りしてためらう
- 排泄に時間がかかる(我慢している可能性)
- 排泄後にその場で落ち着かず歩き回る
- トイレの外の床や壁をカリカリ掘る(空掻き)
- 排泄物を嗅ぐ時間が長くなる
これらはすべて、猫が「このトイレ、なんかイヤ…」と感じているサインです。
猫にとって排泄は本来リラックスした状態で行う行動なので、落ち着かないトイレ環境はそれだけで大きなストレスになります。
👆まとめると…
- トイレ問題には、猫の性格・環境・健康の3つの要素が複雑に関わる
- 「トイレが気に入らない」のか「体がつらい」のか、慎重に見極める必要がある
- 不快なトイレ環境は、行動のサイン(歩き回り・ためらい・空掻き)として現れる
「猫が走りながら排便」具体例と背景
排便中や排便後に走り出してしまう猫の相談は、決して珍しくありません。
ここでは、実際に見られた3つのケースを紹介します。
症例A
8歳・メス(不妊手術済)
3ヶ月前からトイレ以外の場所を走りながら排便。排尿はトイレ付近で行うが、入りきらないことが多い。
問題が始まったころ、非常に硬い便が出にくく、排便中に痛みがあった様子。その際、トイレから飛び出た拍子に大きな音がして驚いてしまった。
症例B
5歳・メス(不妊手術済)
1ヶ月ほど前から走りながら排便。最初は排尿もトイレ外で行っていたが、ケージでの排泄練習で改善。
きっかけとして、トイレ中に同居猫から攻撃され、脇腹を負傷した出来事があった。
症例C
8歳・オス(去勢手術済)
9ヶ月前からトイレ外で排便し、排便後に勢いよく走り回る行動を示す。
きっかけとして、窓越しに野良猫と遭遇して強く興奮した日があった。
それぞれの症例に共通して考えられること
これらのように、飼い主さんが「きっかけ」として覚えている出来事がある場合も多いですが、 実際にはその背後に身体的な痛みや不快感が関係しているケースが少なくありません。
猫はもともと痛みを隠す動物です。
便秘や関節炎、腸炎などのわずかな不快感が、排便のたびに「嫌な感覚」として学習され、それが「トイレ=痛い・怖い場所」という記憶に置き換わってしまうことがあります。
一度このような関連付けが起こると、 医学的な問題が解決しても「トイレに入るとまた痛くなるかも」と感じて、トイレを避ける行動が続いてしまうのです。
したがって、行動面のサポート(環境改善・再学習)と、身体面の精査や治療を並行して行うことが不可欠です。
どの症例においても、現在は
- 身体疾患(便秘・炎症・疼痛など)の可能性を継続的に評価しながら、
- トイレ環境の見直しや安心感を高める行動学的支援を同時に行う
という形で対策を進めています。
これらの症例を通して見えてくるのは、たとえ見かけ上は「ある日突然、怖いこと・驚くことがきっかけでこんな行動に…」のように見えても、その裏には 痛み・不快感・学習された記憶・環境ストレス が複雑に絡み合っていることが多い、ということです。
だからこそ、ただ「気持ちの問題だから」という決めつけではなく、身体的な要因と行動的な要因の両面から丁寧に確認・対処することが非常に大切です。
猫の排泄問題で確認すべきポイント
では、次に、飼い主さん自身がチェックしておきたい4つのポイントを順に見ていきましょう。
① まずは「身体の病気」をしっかり除外しよう
猫のトイレトラブルを“精神的な問題”と決めつける前に、まず確認すべきなのは身体的な要因(病気)です。
排泄に関わる代表的な病気には、こんなものがあります👇
- 腸の病気(下痢・便秘・炎症性腸疾患など)
→ 排便時の痛みや不快感が、トイレ嫌いにつながることがあります。 - 関節や骨の痛み(関節炎、股関節形成不全など)
→ トイレに入る・しゃがむ・掘る動作がつらくなり、トイレを避けるようになります。 - 泌尿器系の疾患(膀胱炎、結石など)
→ 排尿時の痛みから排便行動にも影響が出ることがあります。 - 多飲を伴う疾患(腎臓病、甲状腺機能亢進症、糖尿病など)
→ 水分バランスや排便リズムが変化し、便秘がちになることも。
例えば、慢性腎臓病(CKD)の猫では、健康な猫の約3倍も便秘傾向が強いという報告もあります。
こうした疾患を見逃さないためにも、動物病院では次の点を伝えましょう。
- トイレ中や直後の行動(鳴く・痛がる・飛び出すなど)
- 排泄姿勢(しゃがむ?立ってする?)
- 排泄物の回数や状態(硬さ・量・色など)
② 「仕返し」ではないし、必ずしも「メンタルの問題」ではない
猫の不適切な排泄行動を、「猫が飼い主に怒っている」「仕返ししている」と考えてしまう飼い主さんも少なくありません。
でも、猫は人間のように「意図的に嫌がらせをする」ような複雑な思考はしません。
多くの場合、要因として痛み・不快感・環境への不安が隠れています。
たとえば──
・トイレが狭い、汚れている
・他の猫に邪魔される
・音が怖い、落ち着けない
こうした小さなストレスが重なることで、「トイレを使いたくない」という気持ちにつながります。
さらに、怒鳴る・叩く・排泄物に鼻をこすりつけるといった罰は絶対にNG。猫はますます不安になり、飼い主の見ていない場所で排泄するようになってしまいます。
③ 「過去の痛み」が学習として残ることもある
猫は「トイレ=痛かった場所」として学習してしまうことがあり、こういった痛みや恐怖に関連した学習は非常に強く残る傾向があります。
たとえ病気が治っても、「また痛くなるかも」と感じてトイレを避ける行動(トイレ嫌悪)が続くことも。
そのため、医学的な治療と行動学的な治療はセットで行うことが大切です。
行動学的なサポートとしては👇
- トイレ環境を見直して「安心できる場所」にする
- フェロモン製剤や抗不安薬を併用する(獣医師の指導のもとで)
- 他の猫や環境からのストレスを減らす
こうした「心地よいトイレ体験」を少しずつ積み重ねれば、猫のトイレへの恐怖を、トイレでの良い経験で上書きすることができるのです。
④ 自宅でできるトイレ環境の整え方
行動学的な対策の中でも、環境改善は飼い主さんにできる最も重要なステップです。
トイレの“快適さ”を高める
- 猫砂は「細かくて無香料の固まるタイプ」が好まれる傾向。
→ 可能なら数種類を試して、愛猫の好みを探ってみて。 - トイレは広めに(体長の1.5倍以上)。
→ 市販の収納ボックスや衣装ケースなどもおすすめ。 - カバー付きよりもオープンタイプを好む猫が多い。
- 毎日スコップで汚れを取り、頻繁に丸洗いを。
トイレの数と場所
- 原則「猫の頭数+1個」が理想。
- 静かで人の出入りが少ない場所に置く。
- フードや水皿の近くは避ける。
- 他の猫から待ち伏せされないよう、出口の多い場所に。
不適切な場所での排泄対策
- 匂いは酵素系クリーナーで完全に除去。
- その場所にトイレを置き、少しずつ適切な場所へ移動する方法も。
- あるいは、食事場所やトリーツを置いて“排泄しにくい場所”に変える。
間違った対応をしない
トイレ以外での排泄の瞬間を見ても叱らないこと!罰は不安を強めるだけで、根本解決にはなりません。
まとめ
猫の排泄に関する問題行動は、痛みや不快感、性格、環境などさまざまな要因が絡み合って起こります。飼い主さんだけで悩まず、まずは獣医師による健康チェックと、必要に応じて行動学の専門家への相談が大切です。
今回紹介したような環境整備やトイレの工夫を取り入れることで、猫にとって安心・快適な排泄環境を整えられます。痛みや不快感を取り除き、行動上のサポートを行うことで、少しずつ問題行動を改善していくことが可能です。
もし猫が排泄中に走り出すなどの行動が見られたら、「痛みや不快感のサインかも」と考え、早めに相談してみてください。適切なサポートで、猫も飼い主さんも安心して暮らせる環境を作っていきましょう。
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