犬の噛み癖を解決しようとした場合、その噛みつきがなぜ発生しているのか、犬が噛むという行動を引きおこす「動機づけ」を理解する必要があります。行動診療科獣医師が行う問題行動の診断では、「動機づけ分析」がその中心となります。「動機づけ」とは、行動を始発、方向付け、推進、持続させる過程や機能の総称のことです。要するに、犬が噛む行動を起こす目的、犬が噛む理由を説明するものです。

この記事では、どのような動機づけで噛む行動が発生するのか、11種類の分類を紹介します。

葛藤性攻撃行動

葛藤性攻撃行動は、主に飼い主や家族など身近な人との関りの中で生じる葛藤状態を起因として発生します。ぎふ動物行動クリニックでは、血が出る程噛む犬では、葛藤性攻撃行動と診断する犬が最も多い状態です。

葛藤とは、両立しない複数の欲求が存在する際に、そのどちらも選ぶことができない立ち往生状態のことを指します。例として、犬がくつろいで寝ているところに飼い主が接近し犬を撫でようとしたとき攻撃が発生したという場面であれば、「このままくつろいで寝ていたいが、寝たままでいて撫でられるのは嫌だ」という両立しない欲求による葛藤が生じています。

葛藤性攻撃行動が発生する一般的な場面は、犬を見つめる、寝ている犬に近づく、犬を長時間撫でる、犬を叱る、犬が行きたい場所に行かせないようにするといった場面です。飼い主との関りの中で葛藤を生じ、飼い主の動きを攻撃によって制御することによってその葛藤から逃れようとして発生します。

出血するほど強く噛む場合は、特に強い葛藤状態にあり、犬自身自分の情動をコントロールできていない状況で、噛みつきの力が抑制されない状況で起こります。

葛藤を生じる場面で発生するため、尻尾を追って回る、首を搔く、左右にペーシング行動をするといった他の葛藤行動と併発することもあります。飼い主や家族による一貫性のない関わり方や、不適切な罰の使用、犬の要求的な態度に応え続けることは、葛藤性攻撃行動を助長します。

また、噛むこと、唸ることで、飼い主を追い払うことができるなど、葛藤を生じるような状況を打開できると学習することで、より攻撃行動が強くなることもあります。

恐怖性/防御性攻撃行動

恐怖性/防御性攻撃行動は、恐怖対象となっている家族や他人が近づく場面や、家族や他人が犬を捕まえようとする場面など、犬が威嚇されている状況を確認した際に発生します。

血が出る程噛むような状況になる例としては、知らない人に対する恐怖心がある外飼いの犬に対し、知らない人が触ろうとして、その恐怖心から噛まれるということが多くあります。

家族、他人、他の動物、物など様々なものが恐怖対象となりえます。例えば、棒などの物で叩かれる恐怖体験を経験した犬では、恐怖体験に関連づいた物を見るだけで、攻撃行動を示すことがあります。

恐怖性/防御性攻撃行動は、頭を低くする、身体をかがめる、尾を巻き込む、耳を後ろに引く、物陰に隠れる、逃げる等の、恐怖や服従を示す行動を伴って発生します。また、脱糞・脱尿・震え・頻呼吸・頻脈といった、交感神経興奮に関連した生理学的徴候を伴います。

攻撃行動が恐怖対象を退けるために有効であることを学ぶことで、恐怖や服従を示す姿勢から、より攻勢的な姿勢に変化することがある。

恐怖‐服従のボディランゲージを示す犬
恐怖‐服従のボディランゲージを示す犬

縄張り性攻撃行動

縄張り性攻撃行動は、犬が縄張りと認識している領域に、身近な家族と認識している者以外の人や動物が侵入した際に発生します。犬が縄張りと認識している領域は、生活している家屋とその周辺だけでなく、飼い主の車の中や、犬自身や飼い主の周囲の空間を縄張りとして認識する場合もあります。

縄張り性攻撃行動の場合、攻撃対象が近くに来る前に吠えることで追い払おうとすることから、必ずしも血が出る程噛むような状況にはなりにくいです。

見晴らしの良い窓際など、家の近くを通る人・動物・物が良く見える位置に自由に行き来できる状態で生活している犬に発生しやすいです。多くの場合、犬が吠えることで侵入者を追い払うことができるため、強化学習が生じて、行動が定着していく傾向にあります。若年期から性成熟を迎えるころにかけて発症し定着することが多く、未去勢のオス犬に発生しやすいといわれています。

犬の縄張り性攻撃行動、他人が噛まれることも
犬の縄張り性攻撃行動、他人が噛まれることも

所有性攻撃行動

所有性攻撃行動は、犬が所有・占有している物が奪われると認識した際に発生します。所有性攻撃行動の原因となる物は、おもちゃ、飼い主の衣類、ティッシュなどのゴミ、ケージ、犬が寝床にしているマット等が挙げられます。犬にとって価値の高い物であればある程、攻撃が発生しやすいといえます。

噛みつきの相談の中で、「はじめて血が出る程噛んだ状況」をお伺いすると、「5か月の頃に物を守って噛んだ時に血が出たと思う」というような回答が多く、初めて強く噛む原因となりやすい攻撃行動です。

所有性攻撃行動のある犬では、大切な物を持っている時に、飼い主や他人が近づくと、口で咥える、前足で抑える、牙を見せる、唸るといった行動を示します。飼い主や他人が犬に近づくだけで、跳びかかり咬むこともあります。さらに、取り上げようとすると、歯を当てる、咬むなど、より強い攻撃行動に発展します。犬が攻撃行動を示すことで物を守る事が出来た経験をすると、負の強化の学習から攻撃行動が強化されます。

所有性攻撃行動を防ぐためには、物を放すことを教えることが大切
所有性攻撃行動を防ぐためには、物を放すことを教えることが大切

食物関連性攻撃行動

食物関連性攻撃行動は、犬の近くに食物がある状態で、犬がその食物を奪われると認識した場面、もしくは、その食物を奪わなければならないと認識した場面で発生します。

具体的には、フードを入れたフードボウルに飼い主が近づく場面、犬用ガムを与えている時に飼い主が近づく場面、飼い主が食物を持っている場面、犬の近くの床に落としたフードを拾おうとした場面などで発生します。犬にとっての食物の価値の高さが攻撃行動の頻度や程度に影響します。食物を口で咥える、前足で抑える、牙を見せる、唸る、跳びかかる、牙を見せる、歯を当てる、咬むといった攻撃行動を示します。

食物関連性攻撃行動は、柴犬での発生が圧倒的に多く、生後4~6か月の頃から生じていることが多くあります。お皿からこぼれたフードを渡そうとした場面や、すぐに食べきれないガムなどのおやつを与えた場面で発生し、攻撃が発生すれば流血することも少なくありません。

食物関連性攻撃行動を示す犬では、食物の存在に対して緊張がみられることが多くあります。特に飼い主や同居犬などが近くにいる際は、緊張が強くなります。フードボウルに入ったフードをすぐに食べようとせず、しばらく唸ってから食べ始めるという行動がしばしばみられます。また、攻撃行動と併発して尾追い行動をはじめとした葛藤行動がみられることがあります。食物を食べたいけど、唸ってないと奪われるかもしれないといった葛藤が生じていると考えられます。

フードを目の前に過度なマテをさせることは、葛藤を生み、攻撃・噛む行動につながることがある。
フードを目の前に過度なマテをさせることは、葛藤を生み、攻撃・噛む行動につながることがある。

同種間攻撃行動

同種間攻撃行動は、身近な犬同士、あるいは見知らぬ犬に対して発生する攻撃行動です。犬に対して、吠える、唸る、跳びかかる、牙を見せる、歯を当てる、噛むといった攻撃行動を示します。

身近な犬同士の攻撃行動は、飼い主からの関心や休息場所など、競合する資源を奪い合うことで発生します。攻撃を繰り返すことで、互いの存在と嫌悪感が関連付けられ、競合する資源がなくても、互いの姿を見るだけ、あるいは、互いの声を聞くだけで攻撃行動が発現するようになることもあります。

見知らぬ犬同士の攻撃行動は、散歩中に発生する他の家族の犬とすれ違い等、見知らぬ犬に出会う場面で発生します。特定の大きさの犬、特定の犬種の犬のみに攻撃行動を示す場合も少なくありません。追いかけられる、吠えられるなどの、見知らぬ犬から攻撃行動を受けた経験をすることで、見知らぬ犬に対して嫌悪感が関連付けられ、攻撃行動を示すようになります。

激しく牙を見せ合う犬
激しく牙を見せ合う犬

転嫁性攻撃行動

転嫁性攻撃行動は、ある攻撃対象を攻撃できない時に、犬の近くにいる無関係な人や動物や物に対して発生する攻撃行動です。例としては、家の中で飼育されている犬が、窓越しに家の前を通る他人に対して縄張り性攻撃行動を示している時、近づいた飼い主や同居動物に対して攻撃行動を示すといった状況が挙げられます。

血が出る程噛むような状況は、散歩中に、犬がほかの犬に吠えている(同種間攻撃行動)ところを、飼い主が制止しようとして、足を噛まれて出血するというパターンが多いです。

このように、転嫁性攻撃行動には原発的な攻撃行動が存在します。窓やフェンスといった攻撃対象が見えるものの直接攻撃できない生活環境や、散歩中のリードによる行動範囲の制限がある場合に発生しやすいです。それらの制限がなければ本来の攻撃対象を攻撃してしまうでしょう。

遊び関連性攻撃行動

遊び関連性攻撃行動は、主に子犬~若齢の犬で発生する、遊びに関連した攻撃行動です。遊び欲求が満たされていない犬が、飼い主の関心を引くために、服やスリッパを引っ張る、跳びつく、唸る、歯を当てる、咬むといった行動を示します。また、引っ張り遊びなどの遊び行動がエスカレートし、飼い主に対する攻撃行動に発展することもあります。

攻撃行動に対して飼い主が犬を興奮させるような対応をとると、攻撃行動によって、より刺激の強い遊びができたと学習して、攻撃行動が強化されます。一方、飼い主が無視しようとしても、完全に無視することは難しいでしょう。犬が弱く咬んでいる時は無視できるものの、咬む強さが強くなるにつれて無視できなくなり何らかの反応を返してしまうという対応を取ると、犬は弱く咬んでも無視されるが強く咬めば反応が得られることを学習し、咬む力が強くなっていきます。

遊び関連性攻撃行動でも、噛む力が強くなった場合や、子犬の歯がとがっている場合には、血が出る程噛むようなことも少なくありません。

捕食性攻撃行動

捕食性攻撃行動は、攻撃対象となる動物を捕食するために行われる攻撃行動です。捕食行動であるため、注視、流延、しのび寄る、低い姿勢などを伴って発生します。他の攻撃行動とは異なり、唸る、吠えるといった威嚇的な行動や、他の情動的変化は見られないのが特徴です。

鳥や猫といった小動物や赤ちゃんを対象に発生します。捕食性攻撃行動では、必ずしも捕食行動の連鎖すべてが発生するわけではなく、多くは一部のみが発生しています。つまり、攻撃が成功して攻撃対象を捕まえた場合、攻撃対象に止めを刺す場合もあれば、刺さない場合もあり、捕まえるだけということもあり得ます。また、時には、対象を食べることもあります。

捕食を前提とした攻撃行動であるため、攻撃対象を血が出る程噛むことはよくあり、場合によっては殺してしまうこともあります。

母性攻撃行動

母性攻撃行動は、妊娠中、偽妊娠中、哺乳中の雌犬が、子犬や子犬と認識している物に脅威が迫ったと認識した際に発生する攻撃行動です。

母性攻撃行動は、出産前や偽妊娠時のホルモン変化によっても発生するため、子犬がいなくても発生すします。そのため、ぬいぐるみやクッションなど子犬でない物を守る場合や、守る物がなくても発生する場合もあります。偽妊娠時に発生する母性攻撃行動に伴って、巣作りに関する行動や、息みなどの分娩行動、乳汁の分泌などの、正常妊娠と同様の反応が見られることがあります。

子犬を守るための攻撃であるため、攻撃対象を退けるために、非常に強い攻撃となることがあります。攻撃を受ければ、流血となると考えてよいでしょう。

疼痛性攻撃行動

疼痛性攻撃行動は、身体のいずれかの場所に痛みがある場合に、犬が触られることで痛みを感じる、あるいは、痛みの発生を予測して、それを避けようとして発生する攻撃行動です。痛みの発生場所に応じて、爬行が見られる、うずくまって動かないなどの行動が伴うことがあります。

痛みに伴って発生するため、行動学的アプローチを行っても治療にはつながらないことが多く、原発的な痛みを取り除く必要があります。

特発性攻撃行動

あらゆる検査を行っても医学的疾患が見当たらず、攻撃行動の発生が予測不能で行動の文脈が不定で、詳細なヒアリングを行っても行動のきっかけとなる刺激や動機づけが不明であり、他のいずれの攻撃行動にも当てはまらない攻撃行動を指します。イングリッシュ・コッカー・スパニエルやイングリッシュ・スプリンガー・スパニエルの激怒症候群もこれにあたると考えられています。