犬の認知症に使用する代表的な薬物

ここでは、犬の認知症に関わる代表的なお薬のご説明をさせていただきます。
どのお薬をどの程度、どのタイミングで使うかは、かかりつけの獣医さんにご相談の上ご使用ください。

特に、これらの精神に影響するお薬は他のお薬との飲み合わせを慎重にしなければなりません。
獣医師に相談なく独自の判断で使用したり、急に止めたりはしないようにしてください。

塩酸セレギリン

MAO-B阻害薬(MAOI)という分類のお薬で、モノアミンオキシターゼ(MAO:モノアミンを分解する酵素)を阻害することによって、モノアミン(ノルアドレナリン・セロトニン・ドーパミンなど)の神経伝達物質の量を増やすように作用します。

直接的な作用機序は解明されていませんが、脳組織や神経間でのモノアミンの増加、代謝産物による間接的な効果によって認知機能を改善すると考えられています。
また、抗酸化酵素を増加させることにより、脳神経への酸化ストレスを軽減する作用もあると考えられています。

報告上は、DISHAのうち、I(社会的交流)S(睡眠覚醒サイクル)A(活動性)を改善すると言われています。

【使用上の注意点】
セレギリンのようなMAOIは、他の抗うつ薬との併用は禁忌となっております。
抗うつ薬は基本的に各種モノアミンを増加させる形で作用するため、MAOIと同時に摂取することで体内でモノアミンが過剰に増えることになり、過度な副作用が生じたり、セロトニン症候群といった命にかかわるような副作用を生じることになります。
そのため、セレギリンから他の抗うつ薬へ変更する際、または、他の抗うつ薬からセレギリンに変更する際は、最低2週間、できれば5週間は間隔をあけた上で変更するようにします。

MAOを阻害することによりチラミンの代謝を遅らせるため、チラミンを多く含むチーズのような食品とセレギリンを同時に摂取していると、チラミン中毒を生じる可能性があります。
(その他チラミンを多く含む食材:ニシンの塩漬け、醤油、牛レバー、サラミ、みそ等)

また、その他の注意点として、代謝酵素に関する注意点があります。
セレギリンは人の方では薬物代謝酵素であるチトクロームp450(CYP)のうち、CYP2D6、CYP3A4で代謝されます。
そのため、これらの酵素を阻害する薬剤との併用で作用が増強され、誘導するような薬剤との併用で作用が減弱する可能性があります。
※ただし、CYPには種差があるので、必ずしも人と一致はしません

ニセルゴリン

α1aアドレナリン受容体阻害作用、血小板凝集抑制作用等があり、脳循環改善薬として使用されています。
そのため、人医の方では主に血管性認知症の治療薬として使用されることがあります。

報告上は、DISHAのうち、A(活動性)を改善すると示唆されています。

プロペントフィリン

メチルキサンチン誘導体であるプロペントフィリンは、脳血流の改善、血小板凝集抑制、血栓形成の抑制、末梢血管の抵抗を減少させます。
また、脳細胞への栄養供給を増加し、細胞内代謝に重要なアデノシンの産生を増加させることにより、脳機能の改善をもたらします。

報告上は、DISHAのうち、D(見当識障害)A(活動性)を改善すると示唆されています。

ドネペジル塩酸塩

コリンエステラーゼ阻害薬で、国内でも海外でも動物薬としての使用承認はされていませんが、犬の認知症に効果があったとする報告があります。
人医の方ではアルツハイマー型認知症の治療薬として、日本人(杉本八郎 先生)が開発し、世界で初めて認可された薬剤になります。

また、レビー小体型認知症としても認可されており、血管性認知症、BPSDについても改善効果があるといわれております。

トラゾドン

セロトニン遮断再取り込み阻害薬(SARI)で、脳内セロトニンを増加させることで抗不安効果が期待できます。
また、α1アドレナリン受容体阻害作用、H1ヒスタミン受容体阻害作用もあり、鎮静や催眠作用も期待できます。

ベンゾジアゼピン系薬

ベンゾジアゼピン系薬は、GABA-A受容体に作用し、抗不安効果、催眠作用、抗てんかん作用を発揮します。
CYPにて代謝されるものが多いため、CYPを阻害する薬剤、CYPを誘導する薬剤との併用には注意が必要です。
※ただし、CYPには種差があるので、必ずしも人と一致はしません

そのため、肝機能が下がっている動物においては、作用が増強される可能性があります。
また、ジアゼパムは血漿タンパク結合率が高いため、低アルブミン血症を生じている動物では遊離型の薬剤が増加し、効果が増強される可能性があります。

薬剤としては、ジアゼパム(CYP2C19、CYP3A4)、ロラゼパム(UGT2B7、UGT2B15)、アルプラゾラム(CYP3A)、クロナゼパム(CYP関与だが分子種の特定なし)、トリアゾラム(CYP3A4) などがあります。
※括弧内は人の方での代謝酵素を記してあります。

中枢抑制作用や呼吸抑制作用などはほとんどないため、比較的安全に使用できるお薬です。
ただし、使用を続けると耐性を生じ、作用が減弱する可能性もあるため、効かなくなったからといって安易に増量するべき薬剤ではありません。

フェノチアジン系薬

フェノチアジン系薬は、人の領域では抗精神病薬として使用され、ドーパミンD2受容体を阻害して鎮静作用を発揮します。
また、α1受容体阻害作用、抗コリン作用、抗ヒスタミン作用などもあるため、循環器系へ作用する薬剤や精神面に作用する薬剤との併用は慎重に行わなければなりません。

薬剤としては、アセプロマジン(代謝酵素の詳細不明)、クロルプロマジン(CYP2D6にて代謝、同時にCYP2D6阻害作用あり) といったものがあります
※括弧内は人の方での代謝酵素を記してあります。

強い鎮静作用を発揮しますが、一般的には不安感が強い症例への単剤での使用は推奨されません。

セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)

選択セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)とは、神経間に放出されたセロトニンの神経への再取り込みを阻害し、脳内のセロトニンを増加させる薬剤です。
比較的血漿タンパク質との結合率が高い薬剤が多いため、タンパク結合率が高い薬剤(ジアゼパム、ワルファリン、ジゴキシン)との併用には注意が必要です。
また、CYPを阻害する薬剤が多いため、CYPにて代謝される薬剤との併用も注意が必要です。

薬剤としては、フルオキセチン(CYP2C9、CYP2D6 にて代謝、同時にCYP2C19、CYP2D6、CYP3A 阻害作用あり)、パロキセチン(CYP2D6にて代謝、同時にCYP2D6阻害作用あり)、セルトラリン(CYP2C19、CYP2C9、CYP2B6、CYP3A4 にて代謝、同時にCYP2D6への弱い阻害作用あり) といったものがあります。
※括弧内は人の方での代謝酵素を記してあります。

一般的に不安感や恐怖感が強い犬に使用されることが多く、認知症の一症状として不安が強い場合に選択肢に挙がります。

SSRIの中でもフルオキセチンは、他のSSRIに比べ副作用が出づらく、一番よく用いられる薬剤ですが、日本では人医の方でも使用が認可されておらず、海外輸入薬になります。
そのため、他のお薬に比べ、比較的価格が高く設定されやすいお薬になります。

メラトニン

睡眠/覚醒サイクルを調整するホルモンで、内服することでも効果があるといわれています。
一般的には睡眠前の同じくらいのタイミングに飲ませる形をとることが推奨されます。

安全性が高く、他の薬剤との相互作用も多くはありません。
ただし、主にCYP1A2により代謝され、CYP1A1、CYP1B1、CYP2C19も代謝に関わっているため、これらの酵素に影響する薬剤との併用は注意する必要があります。
※人の方での代謝酵素を記してあります。

抑肝散

漢方薬の1つで、近年、人の領域において認知症やアルツハイマー病に効果があることが報告されています。

薬理作用としては、グルタミン酸トランスポーターやセロトニン1A受容体、2Aに作用します。
抑肝散は『肝』を抑えるということで、肝に障る=怒りの感情が強い場合に効くとされています。

実証向きの方剤であるため、吠えがあるなど活動性が高い症例に用いるべきと考えられます。
虚証の場合は、抑肝散加陳皮半夏を用いることができます。

参考文献

小動物臨床のための5分間コンサルト 犬と猫の問題行動 診断・治療ガイド 
著者:Debra F.Horwitz / Jaxwueline C.Neilson 監訳:森裕司、武内ゆかり 出版社:株式会社インターズー

Recent developments in Canine Cognitive Dysfunction Syndrome.
Alejandro S B, Alba G R, 2016, Pet Behavior Science, vol.1,p47-59

犬の認知障害におけるドネペジル塩酸塩の治療効果
松波 典永, 小泉 慶ら, 2010, 動物臨床医学, 19(3), p91-93

一般診療にとりいれたい犬と猫の行動学 第2版 p38-52(行動診療における認知機能不全)
著者:小澤真希子 監修:武内ゆかり 出版社:株式会社ファームプレス

ストール 精神薬理学エッセンシャルズ 神経科学的基礎と応用 第4版
著者:Stephen M.Stahl 監訳:仙波純一、松浦雅人、太田克也 出版社:株式会社メディカル・サイエンス・インターナショナル