猫の「トイレ以外の場所での排泄」は、飼い主さんからのご相談で非常に多い行動の悩みのひとつです。ひとくちに「粗相」と言っても、その背景には大きく分けて2つのタイプがあります。
- マーキング行動(スプレー行動):壁など垂直面に向けて少量の尿を吹きかける、いわゆる「スプレー」。縄張りの主張や、不安・緊張の高まりに伴って増加することが知られています。
- 不適切な場所での排泄行動:トイレそのものへの不満(形状・場所・砂の種類・清潔さなど)や、健康上の問題が引き金となり、床など水平面にしゃがんで排泄してしまうもの。
この2つは対応の方向性が異なるため、排泄時の姿勢や状況、発生のタイミングなどから見極めることが重要です。また、猫のトイレ問題は「トイレそのもの」だけでなく、多頭飼育における猫同士の関係性や生活環境全体が関わる複合的な問題であることも少なくありません。今回はその代表的な例をご紹介します。
猫のしつけ&問題行動相談
ぎふ動物行動クリニック(岐阜本院/浜松分院)では、猫同士のケンカ、不適切な排泄、飼い主に対する攻撃などの問題に対し、獣医師による猫のしつけ相談&問題行動の相談オンライン相談に取り組んでいます。埼玉を拠点とした関東近郊の往診も行っています。
岐阜・浜松・埼玉ともに、岐阜本院での一次受付を行っております。058-214-3442受付時間 9:00-17:00 [ 不定休 ]
お問い合わせ基本情報
- 猫種:雑種/性別:メス(避妊手術済み)
- 年齢:5歳6ヶ月/体重:5.2kg(体型はやや肥満傾向)
- 飼育環境:一軒家、多頭飼育(症例猫を含め猫3頭・人間3名の家庭)
- 同居猫との関係:
- もともと同居していた猫とはそれなりに良好な関係
- 約1年前に迎え入れた新しい猫に対しては、来た当初から威嚇行動が続いている
- 既往歴:体幹部の腫瘍(同一部位)で過去2回の外科手術歴あり、その後は定期通院でフォロー中
- 直近の医学的検査:排泄トラブル発生時に、かかりつけ動物病院にて尿検査・血液検査・腹部エコー検査を実施し、器質的な異常は認められず
この症例を特徴づけるポイントは、新しい猫の同居開始というライフイベントと、排泄トラブルの発生時期が近接していたこと、そして医学的な検査では明らかな異常が見つからなかった点です。
問題行動の概要
数か月前より、トイレ以外の場所での排尿が始まりました。主な特徴は以下の通りです。
- 自発的にトイレへ向かうことが少なくなり、飼い主さんが1日に複数回トイレへ連れて行く「誘導」が習慣化していた
- 排尿の仕方は、壁に向かってお尻を向け、立った状態で行う場面が多く観察された(スプレー行動に典型的な姿勢)
- 排尿回数は増加する一方、1回あたりの量は減少する傾向がみられた
- トイレ外で排尿した際は、その場を後足でかく仕草がみられた(トイレでの排尿後には見られない行動)
- 発生場所は当初は台所が中心だったが、次第に隣室や廊下など複数箇所に広がっていた
- 排便については、数年前から「トイレの横」で行う習慣があったが、排尿トラブルの発生後は排便がトイレ内で行われるようになった
また、新しい猫を迎えて以降、症例猫がその猫に対して威嚇するようになり、その関係性は診療開始時点まで続いていました。
診断
診断:マーキング行動、および不適切な場所での排泄行動(混合型)
排尿時の姿勢(壁への噴射、少量頻回)や、トイレでは見られない「後足でかく」仕草などの様式から、主体はマーキング行動であると判断しました。一方で、状況によってはしゃがんでの排尿も疑われ、マーキングとは異なる純粋な「トイレへの不満」からくる排泄行動も一部混在していると考えられました。
診断の決め手となったのは、以下の点です。
- 新しい猫を迎えたタイミングと症状の出現・悪化の時期が一致していること
- 威嚇行動など、同居猫間の緊張状態が継続していること
- 事前の医学的検査(尿検査・血液検査・エコー)で異常が認められなかったこと
これらから、多頭飼育における猫同士の社会的ストレスが、マーキング行動増加の主な誘因になっている可能性が高いと考えられました。
指導内容、治療方針
猫のトイレ問題は環境全体で考える必要があるため、以下のような多角的なアプローチを提案しました。
1. トイレ環境の整備
- ほとんど使われていない小さいトイレを撤去し、大きめの鉱物系の砂を用いたトイレに変更
- 各生活エリアに複数のトイレを分散配置
2. 猫同士のストレス軽減
- それぞれの猫が安心して過ごせる「コアエリア」を確保
- 新しく迎えた猫を時間を決めてケージで休ませ、症例猫がその間リビングを自由に使える時間帯を作る
- トイレ・フード・水・爪とぎ・寝床などの資源を、家の中の複数箇所に分散して設置
3. 行動欲求を満たす工夫
- 捕食行動の流れ(追う→捕まえる→とどめ→食べる)を意識した遊びの実施
- 症例猫だけと過ごせる遊びの時間を確保
- 知育トイを活用した採食機会の充実
4. その他のサポート
- においを分解する酵素系洗剤を用いた清掃方法の指導
- リラックス系サプリメント(α-カソゼピン製剤)の使用
- フェロモン製剤の活用(当初はテリトリー系、後に多頭飼育の緊張緩和を目的とした製剤に切り替え)
- トイレへの誘導は環境整備が進んだ段階で徐々に減らし、自発的な排泄を見守る方針
経過
初診から1ヶ月弱の再診時には、トイレ以外での排尿はごく限定的となり、以前は必須だった誘導も、時間帯によっては不要になるなど改善がみられました。飼い主さんによる環境整備への取り組み(トイレの見直し、フェロモン設置、知育トイの活用など)が功を奏したと考えられます。
一方で、いくつかの新たな課題も見えてきました。
- 排尿は落ち着いた一方、排便がトイレ横で行われる頻度が一時的に増加
- 同居猫からの威嚇・飛びかかりなどの行動が以前より目立つようになり、猫同士の緊張関係は依然として継続
- 治療の一環で通院回数が増えたことにより、キャリーケースに対する警戒心が強まる場面もみられた
これらに対しては、キャリーへの馴化トレーニング(おやつを使った良いイメージづくり)や、猫ごとの食事スタイルの調整など、状況に応じて指導内容をアップデートしながら経過を追っています。
現在の状況
現在、トイレ以外での排尿はほぼ消失し、誘導なしで自発的にトイレへ向かえる状態が維持できています。飼い主さんの継続的な環境調整の成果が大きく表れている一方、猫同士の関係性については引き続き時間を分けた生活動線の工夫や、遊び・休息スペースの充実など、地道な対応を継続中です。サプリメントやフェロモン製剤も継続し、数週間〜1ヶ月半ごとの経過観察を行いながら、猫たちみんなが安心して暮らせる環境づくりを飼い主さんと一緒に目指しています。
猫のトイレ問題は、飼い主さんだけで抱え込まずに、行動診療の専門的な視点を取り入れることで、原因の見極めと具体的な対応策につなげることができます。同じようなお悩みをお持ちの方は、ぜひ一度ご相談ください。

