身体疾患に伴う食欲不振・強制給餌がきっかけとなり、体調が安定してからもフードをほぼ食べられなくなり、さらには家族や特定の環境に対して恐怖行動を示すようになった症例を紹介します。
<ご相談の主旨>
- 過剰に怖がる、フードを食べない
<基本の情報>
- Kちゃん:ポメラニアン、12歳8ヶ月、性別雄、体重約2.14㎏(元々は2.5㎏)
- 入手経路:ブリーダー
- 3ヶ月のときに迎え入れた
既往歴について
- 僧帽弁閉鎖不全症、慢性腎臓病 Stage2、気管虚脱、ステロイド反応性腸症
- 内服:ピモべハート、ベナゼハート、ウルソ、テオロング、ステロイド
- ステロイド:¼錠 TOD
生活環境
- 一戸建て
- 今も昔もリビング+キッチンのみが生活スペース
- 家族構成:父・母・子
- 同居動物:今はなし
- 令和6年7月に亡くなった
- ハウス:ケージ
- 人がいるとずっとケージの中に隠れている
- 留守番中や夜中は出ている様子
- 元々は人にべったりだった
生活習慣
- 食事:
- 元々はドライフードを与えていて、食いつきは良いほうだった
- 今は全くドライフードを食べないので、生肉とおやつのみでどうにか体重を持たせている
- おやつ:けっこう食べている
- 排泄:内外両方
- 留守番:普段はあまりない、時々あるが問題なし
- 散歩
- 1日1回、15分くらい
- 今は全然、先住犬がいた時はけっこう行っていた
- 散歩の様子:自分で歩かなくなってしまったので、抱っこして、家の近くになったら降ろしている
<問題となっている行動について>
これまでの経緯・問題行動の発生状況
- 最初は食べ物の選り好みから始まり、その後から行動異常が見られるようになっていった。
- 時系列
- 10月上旬~
- 食に関してちょっと選り好みが強くなった印象があった
- ウェットは食べるがドライは食べない、など
- おやつを減らしたら食べなくなった
- 10月下旬
- かかりつけ医より、一度食べるまでずっと待ってみて(おやつもあげないで)我慢比べをしてみたら、とアドバイスを受けて実行
- 6日間全く食べず、下痢・血便を発症した
- そこから食欲減退し、いろいろ試したけど食べなくなってしまった
- フード変更したが、食べなかった
- 開けたてのフードは2-3日は食べるが、その後すぐ飽きるようになった
- 開けたてのフードも食べなくなった
- 手作り食は比較的好きだったが、それすらも食べなくなった
- 1月中旬
- 心臓の悪化による体重減少の点から、1週間くらい強制給餌した。結構嫌がっていて、逃げようとしていた。嫌がりすぎて飼い主さんのメンタルが持たないということで、中止に。
- 1月下旬~
- おやつと生肉だけの食事になっている
- フードだと鼻鳴きして食べない
- ここから行動異常が見られるようになった
- 10月上旬~
- 行動異常の詳細(強制給餌が始まってからみられた変化)
- ゲージに閉じこもって出てこない
- 日中も1日1回くらいは徘徊して鼻鳴きするが、基本引きこもっている
- カーテン、ソファの影、キッチンの死角などに隠れて人の視線を避ける
- 人が寄っていくと逃げる
- 触ろうとするとびくっとする(とてもゆっくり触れば平気なことも)
- 刺激にかなり敏感になって(葉っぱが揺れる音、捲れたカーペットがパタンと戻る動き、あらゆること)、飛び上がって腰が抜けた感じになってしまう
- 抱っこの時も体が強張っている
- 人がいる状況だとフセの姿勢を作らない。元々はヘソ天したり、完全に横たわったりできていた。今は座ったまま伏せないようにしてウトウトする。
- 一方で、人がいない時(リビングにいない時、就寝時、留守番、など)はゲージから出てきてかなり元気に動き回っている。フセもする。
- ゲージに閉じこもって出てこない
- 反応
- 刺激や接触に対して、飛び上がるくらいびくっとする
- 腰が抜けて立てなくなることもある
- 距離はとるが落ち着くのは早い
- リアクション大きくなってきている・頻度も増えてきている感じ
- おやつの時だけは走って寄ってくるし、手からも食べる
- ドッグフードはどこでも食べず、おやつはどこでも(外でも)食べる
- 今後について
- ドッグフードを食べるようになってほしい
- 昔のようにくっつかなくてもいいので、リラックスして過ごしてほしい
- 保護犬を迎えることを考えている:家族の関心がすべて集まっているのが負担かも?元気な子だったら、少し触発されて活気が出るかも?
<院内での様子>
- 最初はずっとお母さん・お父さんに抱っこされていた。
- 降りると、最初はあまりウロウロ歩かなかったが、おやつをもらったり、時間が経過経過したりするとともに、徐々に自分から歩いて探索するようになった。
- 基本的に常に表情が乏しく、尻尾は下がっており、動きはゆっくり。後ろ足がややおぼつかず、ゆっくりぽてぽてと歩く印象。目的を持って歩くというよりは、ただぼんやり徘徊しているような印象だった。
- ご家族がおやつを見せると、走ったり、二足歩行で飛びついたりしており、表情も明るくなっていた。
- ノーズワークマットを試したところ、簡単なところだとできたが、少しでも難易度が上がると食べなかった。
- 最後のほうは、表情が少し明るくなり、頻繁にご家族のところに寄って行ったり、ノーズワークマットを嗅ぎに来たりする様子があった。お母さんたちが触ろうとすると尻尾が一気に上がる様子があった。
<その他の情報>
- 強制給餌のちょっと前から、震えやビクつきが止まらなくなっていた
→加齢によるもの、首の神経、心因性を疑われていた - 1月から前足の震え出てきた
- 昔はべったり、抱っこもナデナデも好きだった
<お話し>
- 恐怖症(ご家族・特定の環境に対する)
- ご家族の接近などを怖がる行動に関しては、強制給餌が原因となって、人の接近や急な動き、そこから広がってご家族の存在そのものや、「ご家族がいる状態のリビング」という特定の環境に対して、警戒するようになってしまった可能性があります。
- また、その他に、視覚障害がある可能性や、身体的に不自由さが生じる年齢なので、不安を感じやすいといったことも影響があるでしょう。
- また、年齢を重ねたことにより、不安傾向が強まっていることも影響しているかもしれません。
- 食欲不振
- 単に、選り好みをしているだけで、今は鳴けばおやつをもらえるので、それで満腹になってしまっているという可能性はあるでしょう。
- また、味覚嫌悪学習(無理やり食べさせられた、薬が入っていて苦かった、具合の悪いときに食べて関連付けた、など)もあるかもしれません。
- ご家族の「食べて」という圧をプレッシャーに感じ、食べにくくなっている可能性も考えられます。
- その他、腎臓や消化器などの内臓疾患の悪化や、脳腫瘍などの可能性も否定はできません。(急な食のこだわり、性格の変化など)ただしMRIを試験的に撮れるような状況でもないので、まずは行動療法など行動面のアプローチから行って、治療反応が悪い・神経症状が出るなどの場合には、主治医の先生とも相談しながら検討してもいいでしょう。
<具体的な対応策>
- 環境の整備
- 他の部屋で関わってみる
- リビングから場所を変えて、廊下や寝室などで一緒に過ごしてみる
- 圧をかけず、人間側はリラックスして、コタローちゃんのペースで探索してもらう
- 他の部屋でフードサーチを行ってみる
- 他の部屋で関わってみる
- ご家族の対応の注意点・変更点
- 圧をかけない(見つめたり声掛けしたりしない)
- 行動療法(トレーニング)
- フードサーチ
- まずはケージの入口の前後、安心できる場所からスタート
- 徐々に範囲を広げる。目標は、リビングのど真ん中や、ダイニングテーブルのそばなど、人目のあるところまで自分の足で歩いてこれるようになること。
- 上記を、家族がいる状態で行う
- ノーズワークマット紹介
- 家族の動向よりも目の前のものに集中できるように
- コントラフリーローディング効果(※1)も狙い、今後何回かに一回くらいフードも混ぜていけたらなお良し
- 触るときに、毎回「触るよ」の声掛けを行い、ゆっくり触る
- フードサーチ
- 薬物療法
- サプリメント(頓服)
- 既往歴や年齢を踏まえて、サプリメントをベースで飲んでみる
- ジアゼパム5mg 1/8-1/2T(頓服)
- 抗不安効果・食欲増進効果を期待
- まずは単発でお試し
- 肝臓に負担かかりやすい・耐性できやすいので注意
- ステロイドを減らしている最中とのことだったので、休薬までもっていけたら持続して使っていってもいいかもしれない
- サプリメント(頓服)
- その他の注意点
- 身体疾患は常に念頭に置く
- 眼科検査おすすめ
- 今後の行動療法などの進捗次第では、MRIも検討だが、基礎疾患が多いので慎重に
- 身体疾患は常に念頭に置く
※1:コントラフリーローディング効果とは…
同じフードがタダでも手に入る状況でも、あえてレバー押しや探索など「ひと手間かかる行動」を経てフードを獲得することを好む現象のことを指します。ヒトを含む霊長類や、犬、マウスで確認されています。
再診①(2週間後)
(経過)
- 良い変化
- ご家族が朝起きた時と仕事後帰宅時にお出迎えするようになった。吠えるようになった。
- 調子が良いと、家族の近くの座椅子に座る。
- 手を視界に入れた状態から触るようにしたら、びっくりしなくなった。
- カーテンや部屋の隅、観葉植物などに隠れることは減った。顎をつけて眠れるようになった。隠れて部屋の隅っこにいるというよりは、選んで一人で休みたいときだけキッチンに行く、という感じ。
- キッチンは人目がないからかなり安心できるのか、通り過ぎても気づかないくらい熟睡していることがある。
- アイコンタクトを取るようになった。遠くから見つめることが増えて、くんくん鳴く回数が減った。
- ご家族の心情が変わり、過剰に構いすぎないようになった。
- リビングでフードサーチをやってみたら、積極的に動いた。最近では、隠す人の後をついていって、置いたそばから食べる遊びになっている。
- ノーズワークマットは最初は楽しそうにやったが、数日で飽きてしまったみたい。今朝、ノーズワークマットがあることに気付かず踏んでがさっと音が鳴ったことにびっくりしていた。それ以来、マットを避けて歩くので、怖い対象になってしまったと思う。
- 調子にはかなり波がある
- 未だに、人のいないところで寝る時もある
- 天気などは関係なさそう
- 昼間落ち着いて休めた時は機嫌が良いのかも?ご家族の生活リズムの関係で、一人でゆっくり休めるときと、リビングの人の動きが多いときとがあり、気分のムラにも繋がっているのかもしれない。
- やはり予測できない動き・速い動きは苦手な様子
- 手の速い動き(特にお母さん)
- おやつを勢いよくちぎった動き(お父さん)
- おやつが手からこぼれた動き
(投薬の反応)
- サプリ:肉の中に混ぜたら気付いてしまった。肉も食べなくなりそうなので、投薬はやめた。
- ジアゼパム
- 初回に1/8T与えた時は酔っ払いみたいになってふらっとしたが、膝の上にも乗って、ちゅーるも食べた。
- 2回目1/8T与えたらイマイチだった。
- 1/6Tにしたら、テンションはちょうどよく、食欲も出て、好きなドライフードは食べた(嫌いなフードは食べず)
(その他)
- 体重2.24kgまで増えたが、腎臓の数値は少し悪化
- 元々、娘さんとはべたべたせず程良い距離感だったので、今は一番そばにいても問題ない。今も割と近い距離で寝ていたりする。
(院内での様子)
- 今日は調子が良いとのこと。
- 表情が明るく、目に力がある感じで、来て早い段階から探索行動が見られた。
- お父さんが優しく手を差し出すと、尻尾を挙げて駆け寄ってくるシーンが多かった。その後自分で背中~腰のあたりを撫でてもらえるよう位置調整をしていた。
- お母さんが髪を耳に掛ける仕草に反応してびくっとすることが多かった(特にKちゃんが真横にいるとき)
(方針・指導内容)
- 症状の波と出来事の関連を把握するため、記録をつけてもらう。
- 調子が悪い日はジアゼパムを頓服。
- 視線を遮って休める場所をリビング内に作ってもいいかもしれない。猫用の家具やベッドなどで、隠れられる場所があることが安心感につながる可能性がある。
- 手の動きに対する拮抗条件付けのトレーニングを指示。
- フードサーチの最後に多めのおやつをあげる
- おやつに夢中になっている間に、恐怖反応が出ないくらい十分距離を取って、手を小さく動かしてみる
- 徐々に距離を縮めていく
再診②(6週間後)
(経過)
- かかりつけ医を受診して、腎数値が良くなかったので、ベナゼハートを倍量に増やした。2週間後に数値を再チェックしたところ、改善しており、高かった血圧も下がっていた。その他にも、休薬・減薬できた薬があった。
- ドライフードを食べるようになった。それから毛艶も良くなり、体にも力が入るようになった。体重も増えていた。
(行動面の変化)
- 今もびくびくはするが、家族から隠れているというよりは、キッチンでぐっすり眠るのが好き、という感じ
- 手だけにびっくりするというよりは、何か怖がるスイッチが入ると、風や影も怖くなるようになった
- スイッチが入るのは1日2-3回
- ただ、以前みたいに座り込んで動けなくなるというよりは、3回くらいビクッとしたら短時間で落ち着く
- ビクッとした後に吠えたりするようになった
- 元々、ドッグランでも他の犬が近づいてくると、顔を背ける→伝わらなかったら咬みつく、という強い意思表示をする子だったので、昔のように戻った感じがする
- 他のことに集中していると怖がることはない
- 家族に向かってプレイバウしたり、フードをくるくる回ってほしがったりするようになった
- ジアゼパムは2回くらい内服したが、以後使用していない
- 家族の後をついてくるようになってきた
- おやつをもらえることを期待している
- おやつをもらえないと鼻鳴きする
- 朝に先に起きて吠えるようになった
- 帰宅時のお出迎えも、腰から尻尾を振って近付いてくるようになった
- 調子が悪かった時期は、尻尾を一応上げてはいるがゆらゆら力なく動かす程度だった
- 隠れられる犬小屋設置したがなかなか使わない
- おやつ入れると食べるが後肢は残す
(評価)
- ご家族の意識が変わって圧が弱まったこと、本犬の体調が良くなったこと、フードサーチやおやつを上手に使って無理なく拮抗条件づけに取り組んだこと、が少しずつ影響して改善に至ったと思われる
- 院内でも変化が見られた
- 筆者のすぐそばまで歩いてきた(これまでは近寄れなかった)
- 目に力があり、尻尾をよく動かすようになり、感情がわかるようになった
- 後肢にも力が入っていて、きちんと踏ん張れている印象、足さばきが早くなった
- 今後も何かに怖がる行動は見られるかもしれないが、少しずつ反応も弱まっていることから、このまま徐々に少なくなっていくことを期待
- ご家族も非常に満足しているので、一旦は治療終了とする


