認知症の薬物療法には、認知機能の回復や、認知機能低下による不安の軽減など、直接的な認知症症状の緩和のための薬物療法と、夜鳴きなど、人の生活に大きく影響を与える犬の行動をマネジメントするための薬物療法があります。前者はさらに、全般的な認知機能の回復を狙った薬物療法と、認知機能低下に伴う不安の増大、攻撃性の悪化などの個別の症状の緩和を狙った薬物療法に分けられます。

 犬の認知症では、脳神経細胞が死滅して脳が委縮すると共に、残った脳神経細胞についても働きが弱まり、脳内神経伝達物質の分泌量が少なくなると考えられています。脳内神経伝達物質には、ノルアドレナリン、ドパミン、アセチルコリン、グルタミン酸などの興奮性神経伝達物質と、GABA、セロトニンなどの抑制性神経伝達物質があります。ノルアドレナリンが少なくなると、集中力や積極性がなくなり遊ばなくなったり、ドーパミンが減少すると体のバランスが取れなくなるなどの変化が起ります。逆にセロトニンが減少すると感情の起伏が大きくなり怒りっぽくなります。

 向精神薬は、これらの神経伝達物質の代謝に影響を与え、その結果として犬の情動や行動に影響を与えます。神経伝達物質は、神経終末から分泌され、シナプス間隙に放出された後、受容体に結合してシグナルを伝達します。その後、再び神経に回収されて代謝を受けたり、再利用されたりします。向精神薬は、神経伝達物質と同じように受容体に結合したり、再取り込みを阻害することでシナプス間隙の神経伝達物質の濃度を高めたりすることで、神経伝達のシグナルを増強したり減弱したりして、脳の機能を調節します。

 向精神薬による適切な脳機能の調整は、認知機能の回復を促したり、認知機能の低下に伴う個別の症状を緩和することに役立つことがあります。ただし、薬物療法への反応は個体差が大きく、必ず反応するものではないということも理解しておく必要があります。