認知症かも?と思っても、実は別の疾患だったと言うことはよくあります。脳腫瘍は主に高齢犬で発生する疾患であり、脳腫瘍が、正常な脳神経を圧迫することで、異常行動を生じさせることのある疾患です。特定の方向にぐるぐる回る行動があるから認知症だと思ったら、そのうちにてんかん発作も起こるようになり、MRIで調べてみたら脳腫瘍があったと言うことはしばしば見られます。脳腫瘍の主な臨床症状としては、てんかん発作、性格や行動の変化(徘徊、反応の鈍化、攻撃性など)、歩行異常・ふらつき・旋回運動、視覚異常、食欲不振や元気消失等ですから、認知症の症状と多くの部分で共通しており、しっかりと見極める必要があります。認知症では、てんかん発作の症状が見られることはほとんどありませんから、若いころにてんかんの既往歴がないのに、高齢になって急にてんかん発作が出たと言う場合は脳腫瘍の可能性が高いです。

 甲状腺機能低下症も高齢犬に起こりやすい病気です。甲状腺機能低下症では、甲状腺ホルモンの分泌が不足することで代謝が低下してしまう病気です。典型的な症状には、元気がなくなる、動作がゆっくりになる、よく寝るようになる、寒がる、体重が増えやすい、皮膚や毛のトラブル(脱毛や被毛のパサつき)などが挙げられます。ホルモンの変化によって、無気力・反応の鈍さ・寝てばかりいる・性格の変化といった行動の変化も発生するため、認知症との区別が大切です。尚、行動の変化に伴って、攻撃性が強くなることもあるため注意が必要です。しかし、甲状腺機能低下症は血液検査で診断できる病気です。適切にホルモン補充療法を行えば改善が見込めます。認知症と思いこまずに、しっかりと血液検査を行い、隠れた病気をみつけてあげたいですね。

 トイレの失敗についても注意が必要です。「このところトイレの失敗が増えたな、高齢だし仕方ないかな、認知症なのかな?」と思ってしまうこともあるかもしれません。しかし、排泄の状態は、身体の疾患からの影響が表れやすい部分です。何らかの疾患で多尿になっていれば、当然トイレの失敗は増えます。慢性腎不全や糖尿病、ホルモン疾患である副腎皮質機能亢進症など、多尿を引き起こす疾患は多数存在します。さらに、未避妊の雌犬では、子宮蓄膿症の可能性もあり、命に関わることもあります。

 安易に「認知症かな」「高齢だから仕方ないな」と考えてしまうのではなく、しっかりと行動の変化の原因を検査して調べて確かめていくことが大切です。

てんかんと認知症

 認知症と他の疾患の関連性として、認知症と似た症状を生じる疾患について紹介しましたが、それとは別に認知機能に影響を与える疾患もあります。それは、てんかんです。てんかんは、犬に頻繁に見られる神経疾患の一つですが、てんかんを有する犬では、認知機能の低下リスクが高いことが知られています。

 てんかんというと、意識がなくなり身体を硬直させてびくびくなってしまうイメージが強いですが、意識がある状態で発生する発作や、異常行動を発生させる発作も存在します。てんかんは脳神経がショートした状態(大量の電気が一気に流れること)であり、脳神経が一斉に異常発火します。異常発火は、脳神経そのものを傷つけてしまうため、その影響は発作が生じている時だけでなく、発作が生じていない時間(発作間欠期)にも生じます。そのため、人のてんかん患者では、てんかんを持たない一般の人に比べて、精神疾患の有病率が高いことが知られています。犬においても、てんかんを発症した犬では、発症前に比べて、不安・恐怖、防衛攻撃、知覚異常などの問題行動の発生が多くなることが明らかにされています。 

 てんかんと診断された犬と、てんかんと診断されていない一般の犬について、犬の認知機能障害評価 (CCDR)スケールを使用して、認知機能障害の程度を比較した研究では、てんかんと診断された犬は、有意に認知機能障害発生のリスクが高いことが示されています。てんかんの犬では4歳以下など比較的若い年齢でも認知機能障害がある犬が一定数確認されました。一般の犬では中年期を通じてリスクが低く、12歳を超えた老年期にリスクが増加し、14歳以上では14.4%が認知機能障害と診断されました。またてんかんを持っている犬の中でも、群発発作(何度も発作が繰り返される状態)の履歴があり、発作頻度が高い犬はより認知機能の低下が顕著であったという結果が得られました。

 このような結果から、てんかんを持っている犬の場合、認知症発症のリスクが高く、若い年齢のうちから、より積極的なケアを行っていくべきであることが分かります。できるだけ早い年齢から、サプリメントを使うなど、将来のリスクに備えた対策を講じていきましょう。

【参考文献】

Cognitive dysfunction in naturally occurring canine idiopathic epilepsy | PLOS One

Globally, epilepsy is a common serious brain disorder. In addition to seizure activity, epilepsy is associated with cognitive impairments including static cogn…

感覚機能の衰えと認知症

 「最近声をかけても反応しない、寝てばっかりになった、認知症かも」「昔はすぐにオイデ・オスワリ出来ていたのに、最近は反応が鈍い」と思う飼い主さんもいるかもしれません。しかし、本当は認知症ではなく、感覚機能が衰えただけということは良くあります。耳が聞こえにくくなった、目が見えにくくなったという症状は高齢犬では良くあります。耳が聞こえにくくなれば、当然、声掛けに反応しにくくなります。目が見えにくくなれば、飼い主のサインを読み取りにくくなります。

 耳が聞こえにくくなっているのに、昔と同じように声掛けばかりでコミュニケーションをとっていては犬の方は人の意図を理解することができません。人の意図を理解できないことは犬にとってフラストレーションを生じます。その結果、犬の方からの主張が強くなり、要求吠えが増えると言うこともあり得ます。

 感覚機能の衰えはなかなか避けることができません。しかし、いきなりすべての感覚機能がなくなるわけではありません。聴覚機能が衰えても、まだ視覚機能が十分に働いているのであれば、声掛けよりも、ハンドサインや身振り手振りでコミュニケーションをとった方が犬の方も理解しやすくなるでしょう。犬の状態に合わせて、犬に伝わりやすいコミュニケーション手段を選択して、犬に配慮することが大切です。どの感覚機能が低下しているかについては、飼い主さん自身が、音や光など様々な刺激を与えてみて判断できる部分もあるでしょうし、難しければ動物病院で相談してもらうと良いでしょう。

 音や光の感覚が低下することで、逆に過敏に反応するようになることもあります。例えば、撫でようとしたときに驚いて咬み付くようになるといった変化です。これは、見える範囲が狭まると、今までは手が近づいてくることを予測できたのに、急に視界に手が入ってくることとなり、驚いてしまうというような反応です。こうした反応をしてしまう子の場合、手を近づける時に、「さわるよ」と声をかけてから手を出すというような形で、次に何が起こるか予測しやすくしてあげることが大切です。

 感覚機能の低下は、脳への刺激の低下につながり、間接的に認知機能の低下に影響を与えます。しかし、視覚が衰えたなら聴覚、聴覚が衰えたなら視覚、両方衰えているなら触覚や嗅覚など、機能している感覚への刺激を増やし、また、その感覚を使い飼い主とのコミュニケーションをとることで、認知機能の低下を和らげることにも繋がります。

 認知症かもと思ったら、感覚機能のレベルをしっかりと確認してあげること、そして、使える感覚機能をしっかり使ってあげることが大切です。

痛みがないかしっかり確認

 声掛けに反応しなくなったり、これまでできていたことができなくなる理由として、身体の痛みの影響は大きいです。人間でも、高齢になってくると、日常的に身体の節々がいたくなって、身体機能が制限されることがあります。犬でも、当然、高齢になれば、身体の様々な部位で痛みを生じやすくなります。関節の軟骨がすり減って痛みが生じるといったことや、椎間板ヘルニアや靭帯の損傷も高齢犬ではよく見られます。口腔環境の悪化で、歯周組織の炎症が起こって、顔の周りが痛くなることもあります。

 痛みがある状態では、活動性が低下します。「飼い主が帰ってきても喜ばなくなった、反応が薄くなった」というのは、認知症の評価項目の一つですが、痛みがある状態や、不快感がある状態でも起こります。「トイレ以外の場所で排泄する」という評価項目も、例えば、玄関にトイレを設置していた時に、段差を降りるのが嫌で、手前で排泄してしまうことが増えたということも考えられますね。また、足に踏ん張りが効かなくなって、上手くトイレで排泄できないということも考えられます。

 「高齢になり急に攻撃的になった、吠えるようになった」という相談もしばしば受けます。これも、認知症の症状として、社会的交流の変化が生じたのではないかと考えることもできますが、別の原因として、痛みが生じて、触られたくなくて攻撃的になったということも考えられます。今までなかった痛みが生じれば、これまでは抱っこを嫌がらなかったのに、急に嫌がるようになったとか、抱っこをしようとしたときに吠えて威嚇するようになったとかそういう変化が生じる場合があります。

 高齢犬の問題行動の原因が痛みにある場合、痛みを取り除いてあげれば、その問題行動が改善する可能性があります。認知症だと判断してしまえば、痛みに対する処置ができず放置することになります。それでは本来改善できる問題行動は改善しませんし、痛みに気づかれない犬は痛みを抱えて、辛い生活を送ることになってしまいます。最後の時まで犬に幸せな生活を送らせてあげるためにも、痛みの有無をしっかり確認して、痛みがあるのであれば、適切な処置をしてあげてほしいです。

 このように、認知症かもしれないと思っても、別の原因があったり、認知症と別の原因が混在して発生しているということも考えられます。短絡的に認知症だと判断せずに、しっかりと獣医師と共に原因を探っていく必要があります。