【本記事のポイント】
- 犬の認知症の治療/QOL維持には薬物療法・サプリメントが不可欠
- 犬の認知症に対する薬・サプリメントは、一般的な動物病院で処方されていない薬も多く、獣医行動診療科の受診がおススメ
- 症状に対して、適切な組み合わせ、用量で使うことで、昼夜逆転や夜鳴きの症状を改善できることが多い
処方されている薬が効かない…その原因は?
犬の認知症に対して、薬を処方されることは良くあります。
一般の動物病院での診療では、夜鳴きに対して『睡眠・鎮静作用のある薬』の処方、あるいは、『鎮静作用のあるサプリメント(ジルケーン等)』の処方が行われることが多いですが、適切な用法用量でなければ意味がない場合が少なくありません。効果的な薬物療法には、適切な薬の選択、用法用量、行動療法の併用が不可欠です。
①薬の選択が適切でない
犬の認知症に伴う夜鳴きに、『アセプロマジン』という薬が処方されることがありますが、これは化学的不動化つまり動けなくする薬で、暴れる犬をおとなしくするために、獣医療領域でよく使われてきた薬です。
しかし、不安を取り除く作用はないことから、認知症に伴って不安が強い犬では「体がいつものように動かない」という状態がさらに不安を増幅してしまうことがあります。体は動かないけどなんとか吠えることはできるというレベルで効いていると余計に吠えるようになります。
サプリメントに関しては、認知症の進行度によっては全く意味ないということも珍しくありません。
②行動療法を行っていない
薬だけに頼って、行動療法(接し方の改善)や環境改善を行っていない場合、効きにくい状態になります。
例えば、認知症に伴って、我慢力が低下し、要求吠えが増えた犬に対して、要求吠えを止めるためにおやつを与えてしまうという対応をしていたとします。犬は認知症であっても学習しますから、吠えればおやつがもらえると学習し、余計に吠えるようになります。
この時、飼い主さんの対応が変わっていないのに、薬だけで抑え込もうとしても無理があります。この例に限らず、適切な行動療法の併用が不可欠です。
③用量が足りない/用法が適切でない
薬を使っていても、効果を発揮するほど十分な用量でないということがあります。鎮静作用のある向精神薬では、用量の幅が大きいものがあったり、組み合わせて使うことで相乗効果が発揮されるものがあります。
しかし、一般の動物病院では向精神薬を使い慣れていないことが多く、比較的高用量での使用や、多剤併用の経験が少なく、必要な用量に達していないことがあります。
また、短時間作用型の薬なのに、ご飯と一緒に飲ませてしまって、夜効いてほしい時間帯に作用していないといった、用法の問題で効いていないことがあります。
行動診療科の受診も選択肢
尚、犬の認知症の薬は、特殊なものが多く、一般の診療では使わないことから、一般の動物病院では使われておらず処方してもらえないことがあることが難点です。
塩酸セレギリンは、米国で犬の認知症の治療薬として承認されていますが、覚せい剤原料であるため管理が厳しく一般の動物病院ではほぼ扱っていません。その他、ドネペジル塩酸塩も、一般の動物病院ではほぼ扱っていないでしょう。
漢方薬の抑肝散/抑肝散加陳皮半夏/八味地黄丸などは犬の認知症や高齢期の様々な症状によく使われますが、漢方薬であるため使用している動物病院が限られます。
これらの薬の使用は、認知症症状を改善するにあたり、効果を大いに期待できるものですが、処方を受けるためには、問題行動を専門に扱っている、『獣医行動診療科』を受診することをお勧めします。
犬の認知症オンライン相談
ぎふ動物行動クリニック(院長:奥田順之 獣医行動診療科認定医)では、犬の認知症のオンライン相談を行っております。かかりつけ動物病院に相談しているけどセカンドオピニオンが欲しいという方や、深刻な状況になっていて打開策が欲しいという方は、一度ご連絡ください。
診療は、岐阜本院・浜松分院・埼玉往診拠点にて実施しています。オンラインでの相談も受け付けております。
岐阜・浜松・埼玉ともに、岐阜本院での一次受付を行っております。058-214-3442受付時間 9:00-17:00 [ 不定休 ]
お問い合わせ塩酸セレギリン(最もエビデンスが多い)
セレギリンは、米国で認可されている、犬の認知症の治療薬です。神経伝達物質を調整して、脳の機能を一定程度回復させる作用があります。国内では覚せい剤原料に指定されており、厳格な管理が必要なため、ほとんどの動物病院では取り扱っていません。処方を受けるには行動治療を専門にする、獣医行動診療科の受診が必要です。(※行動診療科でも処方できない場合があります)
MAO-B阻害薬(MAOI)という分類のお薬で、モノアミンオキシターゼ(MAO:モノアミンを分解する酵素)を阻害することによって、モノアミン(ノルアドレナリン・セロトニン・ドーパミンなど)の神経伝達物質の量を増やすように作用します。
セレギリンの効果を検証した米国研究では、⽝の認知症に⼀致する兆候が認められた8歳以上の⽝641匹に対し、セレギリン塩酸塩0.5〜1.0 mg/kgの経⼝投与で治療が行われました。その結果、治療30日目で80.3%の飼い主が全体的な反応が改善したと報告し、60日目についても77.3%が全体的な改善を認めたと報告しました。治療30日目の臨床症状別の改善率は、見当識障害77.5%、家族との交流の減少76.4%、活動および睡眠覚醒サイクルの変化62.4%、トイレのしつけの失敗73.5%となっています。副作用の報告は下痢(4.2%)、⾷欲不振(3.6%)、嘔吐/流涎(3.4%)が最も多く報告されました。このような結果から、セレギリンは犬の認知症治療の重要な選択肢であると言えます。
トラゾドン(昼夜逆転に使う睡眠薬)
セロトニン遮断再取り込み阻害薬(SARI)で、脳内セロトニンを増加させることで抗不安効果が期待できます。また、α1アドレナリン受容体阻害作用、H1ヒスタミン受容体阻害作用もあり、鎮静や催眠作用も期待できます。
昼夜逆転の際に、夜の睡眠を誘導する為に使うことが多いです。昼夜逆転の状態では、睡眠リズムが崩れており、犬が寝ても30分~60分くらいですぐに起きてしまうことが多いです。そのため、人がまとまって寝ることができません。トラゾドンを使用することで、睡眠を誘導し、3~5時間程度まとまって寝てくれる状態を作ります。そうすることで、人が睡眠をとる時間を確保すると共に、生活リズムを作り出し、昼夜逆転を改善するきっかけにすることができます。
抑肝散(使用頻度の高い漢方薬)
抑肝散は、人の認知症における、BPSD(認知症の行動・心理症状)の治療で効果を上げたことで、注目されるようになりました。
抑肝散とは、柴胡、甘草、蒼朮、茯苓、 当帰、川芎、釣藤鈎の7種の生薬からなる方剤で、元々は、こどもの夜泣きや癇癪に使用されてきた漢方薬です。その名の通り、「肝の高ぶり」を「抑える」働きがあるとされます。「肝の高ぶり」とは「肝に触る」の「肝」であり、怒りを意味しています。
主薬は釣藤鈎で、中枢性の鎮静・鎮痙・催眠作用を持つとされ 、生薬単体でもランダム化比較試験によって、認知症患者の認知機能と日常生活動作の改善作用を有することが確認されています。動物実験においては、ラットにおける攻撃行動の抑制作用や、マウスにおいてセロトニン代謝に影響を与えることが確認されています。薬理作用としては、グルタミン酸トランスポーターやセロトニン1A受容体、2Aに作用することが分かっています。
当院でも、犬の認知症で特に攻撃や吠えが強くなっている、昼夜逆転が発生している、食欲が強くなっている症例には、抑肝散を使用することが多いです。単独で使用したり、抗うつ薬や睡眠薬と併用して使用しており、攻撃性の抑制や睡眠状態の改善の効果を実感しています。抑肝散を使うと穏やかな表情になり、すやすや寝てくれることが多くなったと言うような感想を聞くことが多いです。
漢方薬であるものの、気にせず飲んでくれることが多いのも使いやすさにつながっており、認知症治療の場面で、他の薬剤よりも使用頻度の高い漢方薬です。
抗うつ薬(不安や感情の昂ぶりを抑える薬)
犬の認知症の症状では、不安が増大したり、飼い主や家族との交流の変化が生じ、攻撃性が発現することがあります。このような不安や攻撃性は「社会的交流の変化」の一つと言えます。不安や攻撃性は、今まで理解できていたことが理解できなくなる、先のことが予測しにくくなることで発生することが少なくありません。
これらの変化に対しては、身体的な問題に対して適切な治療を行ったうえで、抗不安作用の持つ抗うつ薬等の向精神薬が症状の緩和に役立つ場合があります。抗うつ薬には、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI/代表薬:フルオキセチン・パロキセチン)、セロトニン遮断再取り込み阻害薬(SARI/代表薬:トラゾドン)、三環系抗うつ薬(TCA/代表薬:クロミプラミン)など、複数の系統の薬がありますが、共通して、神経伝達物質の一つであるセロトニンの代謝に影響を与えて、セロトニンの作用を強める効果を持っています。
セロトニンは、脳のブレーキとも呼ばれる神経伝達物質で、情動の昂ぶりを抑えて、調節する作用があると考えられています。意図的にセロトニンを枯渇させた動物では攻撃性が増すことが分かっています。そのため、セロトニンの代謝を調節することにより、不安感を下げたり、攻撃性を弱めたりする効果が期待できます。
アセプロマジン(化学的不動化の薬)
アセプロマジンは、人の領域では抗精神病薬として使用され、ドーパミンD2受容体を阻害して鎮静作用を発揮します。獣医療域では化学的不動化といって、暴れる犬が暴れないようにするために使われることが多いです。
ドーパミンは、体のコントロールに関わる神経伝達物質です。そのため、D2受容体を阻害すると、体が動きにくくなります。犬の認知症の吠えを抑えるために使われることがしばしばありますが、あくまでも動けなくしているだけなので注意が必要です。
特に不安が増大している症例では、「動きたいのに動けない」状態を作り出すことで、余計に不安が強くなる、足はもつれるけど、動こう、もがこうとするという反応が出ます。
使用する際は抗不安作用のある薬と併用することが一般的です。
ベンゾジアゼピン系薬(不安を鎮める)
ベンゾジアゼピン系薬は、GABA-A受容体に作用し、抗不安効果、催眠作用、抗てんかん作用を発揮します。不安が強くなっている時に使用することが多いです。
催眠作用があるため、眠りやすくなる効果も期待できますが、中には興奮してしまう子もいます。作用のイメージとしてはアルコールに近いです。飲むと寝る人もいれば、興奮してテンションが上がる人もいるというイメージです。
肝機能が下がっている動物においては、作用が増強される可能性があるため、高齢動物での使用については、低用量から行う必要があります。
中枢抑制作用や呼吸抑制作用などはほとんどないため、比較的安全に使用できるお薬です。ただし、使用を続けると耐性を生じ、作用が減弱する可能性もあります。効かなくなったからといって安易に増量するべきではありませんので、獣医師に相談して、薬用量を決めていくようにしましょう。
ニセルゴリン
α1aアドレナリン受容体阻害作用、血小板凝集抑制作用等があり、脳循環改善薬として使用されています。
そのため、人医の方では主に血管性認知症の治療薬として使用されることがあります。
報告上は、DISHAのうち、A(活動性)を改善すると示唆されています。
プロペントフィリン
メチルキサンチン誘導体であるプロペントフィリンは、脳血流の改善、血小板凝集抑制、血栓形成の抑制、末梢血管の抵抗を減少させます。
また、脳細胞への栄養供給を増加し、細胞内代謝に重要なアデノシンの産生を増加させることにより、脳機能の改善をもたらします。
報告上は、DISHAのうち、D(見当識障害)A(活動性)を改善すると示唆されています。
ドネペジル塩酸塩
コリンエステラーゼ阻害薬で、国内でも海外でも動物薬としての使用承認はされていませんが、犬の認知症に効果があったとする報告があります。
人医の方ではアルツハイマー型認知症の治療薬として、日本人(杉本八郎 先生)が開発し、世界で初めて認可された薬剤になります。
また、レビー小体型認知症としても認可されており、血管性認知症、BPSDについても改善効果があるといわれています。
ベルソムラ
日本人によって研究・開発されたオレキシン受容体拮抗薬で、覚醒に関与する神経伝達物質であるオレキシンの作用を阻害することで睡眠へと導きます。
比較的無理のない、生理的な変化に近い機序で入眠作用を示すため、覚醒がスムーズなことが多いと言われています。
人医領域でも睡眠薬として用いられることが増えてきており、まだ動物薬としては認可されていないものの、認知症の犬に対して効果があったという報告があります。
メラトニン
睡眠/覚醒サイクルを調整するホルモンで、内服することでも効果があるといわれています。
一般的には睡眠前の同じくらいのタイミングに飲ませる形をとることが推奨されます。
安全性が高く、他の薬剤との相互作用も多くはありません。
ただし、主にCYP1A2により代謝され、CYP1A1、CYP1B1、CYP2C19も代謝に関わっているため、これらの酵素に影響する薬剤との併用は注意する必要があります。
※人の方での代謝酵素を記してあります。
おわりに
このように、認知症のわんちゃんに使える薬はたくさんあります。
病態そのものにアプローチするものから、睡眠薬として使えるもの、認知症に伴う性格の変化に対して使えるものなど、それぞれ様々な特徴があります。
どれも有用なお薬ですが、これらの精神に影響するお薬は他のお薬との飲み合わせを慎重にしなければなりません。加えて、お薬との相性もあるため、種類や量、持続時間などには個人差が大きくあります。獣医師に相談なく独自の判断で使用したり、急に止めたりはしないようにしてください。
また、単にお薬だけを単体で使うよりも、サプリメントや行動療法を組み合わせたほうが、より大きな治療効果を得ることができます。
当院では、ご家族のご希望に合わせつつ、環境や生活習慣も踏まえて、ご家族とそのわんちゃんに合った治療をご提案させていただきます。オンラインでもご相談を承っております。
現在お困りの方、ご興味のある方は是非一度ご相談ください。
参考文献
■小動物臨床のための5分間コンサルト 犬と猫の問題行動 診断・治療ガイド
著者:Debra F.Horwitz / Jaxwueline C.Neilson 監訳:森裕司、武内ゆかり 出版社:株式会社インターズー
■Recent developments in Canine Cognitive Dysfunction Syndrome.
Alejandro S B, Alba G R, 2016, Pet Behavior Science, vol.1,p47-59
■犬の認知障害におけるドネペジル塩酸塩の治療効果
松波 典永, 小泉 慶ら, 2010, 動物臨床医学, 19(3), p91-93
■一般診療にとりいれたい犬と猫の行動学 第2版 p38-52(行動診療における認知機能不全)
著者:小澤真希子 監修:武内ゆかり 出版社:株式会社ファームプレス
■ストール 精神薬理学エッセンシャルズ 神経科学的基礎と応用 第4版
著者:Stephen M.Stahl 監訳:仙波純一、松浦雅人、太田克也 出版社:株式会社メディカル・サイエンス・インターナショナル
ぎふ動物行動クリニック(岐阜本院・浜松分院)の問題行動診療
犬のしつけ教室ONELife/ぎふ動物行動クリニック(岐阜本院・浜松分院)では、獣医行動診療科認定医の奥田順之が院長を務め、行動診療専属の獣医師が2名、CPDT-KA資格を持つトレーナーが2名在籍し、犬の噛み癖、自傷行動(尻尾を追って噛む、身体を舐めすぎて傷ができるなど)、過剰な吠えなどの問題行動の相談・治療に取り組んでいます。
岐阜本院では岐阜・愛知など東海地方を中心に、浜松分院では静岡県西部周辺地域(浜松、磐田、掛川、豊橋、新城など)を中心に診察・往診を行うとともに、全国からの相談に対応するために、オンライン行動カウンセリング、預かりによる行動治療を実施しています。
また、岐阜教室・浜松教室にて対面でのパピークラス(子犬教室(初回無料))を実施しております。
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