血が出る程咬む、縫うほど咬む原因

愛犬が飼い主を咬んでしまうのは、飼い主にとって、心も身体も深く傷つく事です。しかし、犬が飼い主を積極的に攻撃したくて咬んでいることは稀です。多くは、犬と飼い主のコミュニケーションのすれ違いから、咬む行動は発生しています。

自分の身を守ろうとして、自分の大切な物(フード、おもちゃ、拾ったもの)を守ろうとして、嫌なことを避けようとして…。

犬には様々な目的があって噛む行動をとります。犬は、犬単体で噛むわけではありません、飼い主、他人、他犬、他の動物などとのかかわりの中で、噛む必要があって噛んでいることを忘れてはなりません。

身体的な疾患が原因になることも

しかし、犬が咬むのは、必ずしも「コミュニケーションの問題」「しつけの問題」だけではありません。

中には、関節に痛みがあり、敏感な部位を触られないように咬むということもあります。ホルモンの病気が咬む原因となることもあります。高齢になり目が見えにくく耳が聞こえにくくなり不安が強くなり咬むというパターンもあります。

犬の高齢化が進み、認知症になる犬が増えてきました。犬の認知症の症状の中には、感情の起伏が大きくなり、攻撃的になるという症状も含まれます。

下痢や嘔吐といった消化器症状が噛む行動と併発することもよくあります。胃腸の不快感が、「触られたくない」「かまわれたくない」「そっとしておいてほしい」という気持ちを増大させ、噛む行動につながります。

犬が噛む=「しつけの問題」と決めつけず、身体的な不調にも目を向けることが大切です。

異常行動と併発する噛みつき

飼い主を噛むだけでなく、自分の尻尾や足を噛んでしまう犬もいます。このような自傷行為は、犬にとって正常な行動ではなく、異常行動です。

異常行動とは、犬の正常な行動から逸脱した行動を指し、異常な頻度で発生する行動や、異常な程度で発生する行動を指します。

異常行動は、犬に持続的なストレスがかかるなど、心身の健康を害する要因がある際に発生します。人間でも、持続的なストレス環境下でうつ病を発症することがあります。

遺伝の影響もあります。もともと犬種ごとに遺伝的に発生しやすい異常行動の傾向がわかっており、例えば柴犬では尻尾を追う尻尾をかじる、ドーベルマンでは脇腹吸い、シュナウザーでは後肢確認などが知られています。それぞれの犬種の家系によっても発生しやすさは変わってくると考えてよいでしょう。

飼い主を噛む行動についても異常行動がみられる場合があります。犬の攻撃には本来目的があります。しかし、自分の身を守る、大切な物を守るといった目的が全く分からない咬みつきもあります。全く脈絡なく、なんの前触れもなく発生する咬みつきです。

噛む目的がない、脈絡がないとすれば、その噛みつきは異常行動かもしれません。

異常行動の例

異常行動には以下のような例があります。

  • なんの刺激もないのに、常に不安を表すボディランゲージを示している
  • ハエを咬むような行動を繰り返す
  • 尻尾を咬む、足を咬むといった、自傷行為
  • 一点を見つめて動かないことがある
  • 全く脈絡なく攻撃行動が発生する
  • 常に左右に動き続ける

異常なレベルの恐怖・不安

恐怖や不安の感情は、本来自分の身を守るために必要な感情です。恐怖や不安の感情は、その状況から逃れたり、物陰に隠れるなどの行動をとることで自分の身を危険から遠ざけようという動機づけになります。恐怖や不安のない動物は、危険を察知できず、すぐに死んでしまうでしょう。

犬は家畜化の過程で、恐怖や不安を感じにくい性質に変化してきました。人との暮らしでは、恐怖や不安が強い犬は暮らしにくく、逆に恐怖や不安が少なく人とのかかわりが上手な犬の方が、結果として子孫を残しやすくなります。何百世代もそうした形質が選択された結果、犬は人とのコミュニケーションに対して恐怖や不安を抱きにくくなってきました。

しかしながら、恐怖や不安の程度は、遺伝的な要因だけでなく、生まれる前の妊娠期ストレスの程度、新生子期の母犬からのケアの度合い、兄弟犬とのコミュニケーション、社会化の程度、その後のあらゆる経験・学習によって、影響を受け、強い恐怖・不安を示す犬になることも、親和性の高い犬になることもあります。

様々な要因の中で、人と暮らす上で、人に対して異常な恐怖を抱いたり、人と暮らす環境にいることに強い不安を抱いている状態は心身の健全な状態からは逸脱しているといえます。さらに、ゴハンを食べられない、下痢や嘔吐を繰り返すといった状態になれば、その恐怖や不安の程度は異常なレベルであると考える必要があるでしょう。

獣医行動診療科の受診を

噛む行動に身体疾患が関与しているかどうか「診察・検査」すること、異常な程度の恐怖や不安・脈絡のない行動に対して「薬物療法」を用いること、これらはいずれも獣医師でなければできない事です。

噛む行動=「トレーナー・訓練士」とイメージしやすいですが、「しつけ」以外の問題を解決するためには、「獣医師」の関与が必要です。

噛む行動に悩んだ時には、獣医師の中でも、特に行動学に精通した獣医師が問題行動の診察を行う「獣医行動診療科」への受診をお勧めします。

動物の身体の問題から心の問題まで、トータルに診ることができる獣医行動診療科は、飼い主さんと犬たちの絆を取り戻すためのパートナーになってくれるはずです。

「獣医行動診療科 お住まいの地域」で検索いただくと、見つけることができると思います。是非、一度訪ねてみてください。