犬の認知症で当院に相談のあるケースの多くは、吠えや昼夜逆転の問題での相談です。認知症の症状は様々ありますが、放置してもそれほど問題にならない症状と、放置しきれない症状に分かれます。

 第一章で述べた通り、犬の認知症の症状としては、①見当識障害(家や庭で迷うなど)、②社会的交流の変化(人あるいは他の動物との関わり合いの変化/家族や同居動物への無関心など)、睡眠覚醒サイクルの変化(昼夜逆転し夜中に起きてしまうなど)、家庭でのしつけ(トイレのしつけや以前に覚えた学習を忘れる)、⑤活動性の変化あるいは不活化、⑥不安感の増大という6つの徴候(DISHAAの6徴候)が挙げられます。

 当院の相談では、漏れなく吠えの問題はついてきます。不安が高くなったことで、若い時にはなかった分離不安を発症してしまう例や、家族との関わり合いの変化があり要求吠えが増えたり、攻撃的に吠え掛かる・咬み付くようになってしまう例が多いです。トイレの失敗や、不活発化のような変化は、片付ければ済む問題だったり、家族の生活にそれほど大きな影響がないということで相談を受けることが少ないです。家族の生活に影響が出るレベルの問題が生じることで、専門家への相談につながっていると感じます。

 犬の認知機能の低下、あるいは犬の認知症の発症は、どの程度の年齢で起こるのでしょうか?この疑問に関しては様々な研究が行われています。各報告を比較すると、認知機能低下の程度にはばらつきがあるものの、年齢と共に認知機能が低下していくという傾向は一致しています。ある研究では、高齢犬の飼い主に対して、愛犬の、見当識障害、社会的交流、家庭でのしつけ、睡眠覚醒サイクルの4つの行動カテゴリーの行動について変化があるかインタビューが行われました。その結果、11~12 歳の犬では、 28% (22/80)で1つ以上のカテゴリーの行動障害が認められ、10%(8/80)は2つ以上の行動カテゴリーで行動障害が認められました。また、15~16歳の犬では、68%(23/34)で1つ以上のカテゴリーで行動障害があり、35%(12/34)は 2 つ以上のカテゴリーで行動障害が認められました。早い犬で11~12歳ごろから認知機能低下に伴う症状が出始め、15歳~16歳では半数以上の犬で何らかの症状がみられるというイメージを持っておいた方が良いでしょう。

 私自身の臨床の経験では、認知症に関連する相談は、13歳~15歳くらいの時期の初診が多い印象です。12歳未満で認知機能の低下を疑う症例の相談は少なく、仮に認知機能の低下があったとしても身体的な疾患が原因となっており、認知症と診断することはほとんどありません。DISHAAの6徴候のうち複数の徴候が表れ、認知機能の低下が顕著になるのは、14~15歳頃の印象です。

 認知機能の低下は犬種や個体によっても差があり、一概にくくることは出来ませんが、おおよそ10歳を過ぎたら、DISHAAの6徴候が表れてこないかどうか、日常的な行動の変化に注目しておくと、初期症状を見逃すことなく、早い段階で対応してあげられるのではないかと思います。