犬・猫の認知機能不全(認知症)は、脳の老化と関連しており、様々な症状がみられます。動物に対する医療が発達し、犬や猫が以前より長く生きられるようになったことで、認知機能不全による問題でお困りの飼い主さんが増えていると言われています。
中でも、しきりと吠える・鳴くという症状や、夜中に起きてしまう、毎晩夜鳴きをするなど、睡眠サイクルの変化による症状は、飼い主さんが非常につらく感じる行動のひとつではないでしょうか。
認知機能不全の発症率
犬での認知機能不全の発症率は、国内での調査では、15歳齢までの犬で10%未満、16歳齢で36%、17歳齢以上では80%との報告があります。(Ozawa M, Chambers JK, Uchida K, et al. The relation between canine cognitive dysfunction and age- related brain lesions. J Vet Med Sci. 78: 997-1006, 2016.)
猫では、11~15歳齢で28%、15歳齢以上で約50%の猫が認知機能不全に合致する1つ以上の症候をあらわしていたとの報告があります。(Gunn-Moore D, Moffat K, Christie L.A, et al. Cognitive dysfunction and the neurobiology of ageing in cats. J. Small Anim. Pract. 48, 546-53. 2007.)
認知機能不全(認知症)の症状
認知機能不全の動物であらわれる具体的な症状は多種多様で、それらの症状のほとんどがDISHAAと呼ばれる以下の6つのカテゴリーに分類されます。
今回のテーマである「吠える・鳴く」といった行動は、場合によりこのうち、「睡眠サイクルの変化」「活動の変化」「不安」などに関係するものと考えられます。
DISHAAの6つのカテゴリー分類
- 見当識障害(Disorientation)
- 社会的交流(Social-environmental Interaction)の変化
- 睡眠サイクル(Sleep-wake cycle)の変化
- 学習した行動(排泄・トレーニング/House-soiling Hygene、House-training)の変化
- 活動の変化(Alteration in Activity)
- 不安(Anxiety)
このほかにも、認知機能不全とは言えない加齢による変化との境界が曖昧な症状(食欲や飲水、吠え行動など)もみられます。
見当識障害
見当識障害とは、自分の周囲の環境を理解できなくなり、見慣れた場所で迷子になったりする障害です。人では、季節や日時、自分の現在地や住所、近しい人の認識などができなくなります。犬や猫では、今までは理解していたドアと違う側のドアに進もうとしたり、辺りを徘徊したり、家具の隙間などに入り込んだりする行動がよくみられます。
社会的交流の変化
飼い主などの人間や同居犬猫などの動物に対して以前とは異なる態度・関わり方がみられます。主には、飼い主への関心の減少、遊びの減少などの相手に対する反応の低下がみられますが、逆に、飼い主に対して過剰にあいさつ行動を繰り返したり、食事の要求を繰り返す行動がみられる場合もあります。
睡眠サイクルの変化
睡眠と覚醒の時間が昼夜逆転し、昼間ずっと寝て夜に活発に動き出す、睡眠の持続時間が短い、夜間に頻繁に起きるなどの症状がみられます。人の認知症でみられる睡眠リズム障害と同様に、体内時計のサーカディアンリズムの障害で睡眠サイクルが混乱をきたすものと考えられています。
※サーカディアンリズム:概日リズム。約25時間周期で変動し、ほとんどの生物に存在する体内時計のこと。
学習した行動の変化
トイレを失敗する、コマンドトレーニングなど一度学習した行動ができなくなるなどの症状がみられます。人の認知症では「失行」と呼ばれる状態と考えられています。
※失行:身体の能力に異常がないのに、日常の簡単な動作についてパターンや順序通り行うことができなくなること。
活動性の変化
特定のことについて異常に活動的になったり、逆に極端に不活発化するような変化がみられます。活動的になる例としては、円を描いて歩き続ける、徘徊する、過剰に舐め続ける、咬みついたりの攻撃性が増す、吠え続ける(過剰咆哮)などが挙げられます。逆に不活発化の例としては、何かの刺激への反応低下、寝てばかりいる、無気力などがあります。
不安
飼い主が近くにいないと鳴く・吠える行動や、慣れている周囲の音・物・状況に対して怖がる行動がみられるようになることがあります。
身体機能の低下〜認知機能不全を早くみつけるために〜
認知機能不全では、認知だけではなく身体機能の低下も伴います。例えば、犬の認知機能不全は、「寒いあるいは怖いことがないのに震える」、「ふらつく・転ぶことがある」、「頭の位置が低い」、「視覚の低下」、「匂いを嗅ぐ行動の減少」という身体の変化と関連があるという調査結果もあります。(Ozawa M, Inoue M, Uchida K, et al. Physical signs of canine cognitive disfunction. J Vet Med Sci. 81 : 1829-1834 2019.)
このうち、視覚の異常(低下・消失)は関連性が特に高いと言われており、白内障などによる視覚低下が認知機能不全を悪化させている可能性も考えられます。
これらの身体にみられる症候は、行動の異常が明らかになる前から出始めるものと考えられ、早期に認知機能不全をみつけるために有用な可能性があります。
認知機能不全以外の身体疾患・別の行動的問題が原因である場合も…
高齢の動物は、身体的な疾患が出てきていることが多いため、認知機能不全と同じような症状が出ていても、それとは別の身体的な疾患が行動に影響を与えていることも少なくありません。身体疾患が潜んでいるのか、あればそれがどの程度行動に影響を与えているのかを全身のスクリーニング検査で調べる必要があります。(身体検査、血液検査、胸腹部X線検査、胸腹部エコー検査、神経学的検査、内分泌検査、血圧測定、MRI検査、脳波検査など)
- 筋骨格系の問題:関節炎など疼痛を引き起こす筋骨格系の問題によって、攻撃的な反応が増加したり、排泄場所に行けなくなっている可能性があります。
- 視覚・聴覚の障害:刺激に対する反応が減少したり、逆に増加することがあります。
- 尿路系の疾患:膀胱炎などは不適切な排泄の一因となっている可能性があります。
- 内分泌疾患:甲状腺機能低下症では脳機能を低下するため、無気力から攻撃性まで行動が変化し、副腎皮質機能亢進症では、睡眠と覚醒周期の変化、無気力、不適切な場所における排泄、呼吸の異常、多食などを生じる可能性があります。また、甲状腺機能亢進症の猫では、イライラする様子がみられたり、活動性が増したり、食欲やトイレの使い方に変化がみられることがあります。
- 中枢神経系疾患:脳腫瘍や脳血管障害、てんかんなどが行動に影響を与える場合があります。
- 循環機能障害:心臓や血管系の異常による高血圧や貧血が、間接的に行動に影響を与える場合があります。
また、起きている問題が、認知機能不全だけによるものなのか、それとは別の問題行動なのかについてもよく考慮する必要があります。別の問題行動としてみられるのは、例えば、分離不安、全般性不安障害、常同障害、攻撃行動、不適切な排泄などです。
犬・猫の認知機能不全(認知症)の治療・対処法
治療・対処法としては、薬物療法、サプリメントの投与、食事療法、環境面のケアなどがあります。
しかし、治療により期待できるのは、予防、現在出ている症状の進行の抑制や緩和です。根本的な原因は不可逆的な変化である「脳の加齢」であるため、根治させることのできる治療はありません。
ただし、下記のような悪化させてしまう要因が存在しないかを確認し、それに対して適切な対応を行うことで、現在出ている症状が緩和あるいは消失する場合もあります。
認知機能不全の症状が悪化する要因
認知機能不全の状態となった犬・猫は、認知及び身体機能が低下しており、以前はできていた物事への対処ができなくなっているため、精神的・身体的な欲求を自身の力では満たせない状態となっています。そのため、不安、空腹、飲水欲求、排泄欲求、痛み、痒み、暑さ、寒さなどによる影響が強く、症状の悪化する要因となります。
そこで、今の生活環境の中にこれらの要因があるかどうかを確認し、それらを取り除けるよう環境を整備することや人の手によるケアを行うことが大切な治療のひとつとなります。
認知機能不全の犬・猫での環境面のケア
前述した「悪化する要因」を取り除くために、ストレスを軽減できるよう環境を整備することが大切です。身体機能が低下していても危険でなく、衛生的に安心して過ごせる環境を整備しましょう。
(環境整備の例)
- 隙間や角のないサークル(円形のものなど)→入り込んだり頭を突っ込む危険がない
- 床を滑りにくくする(カーペット、ヨガマットなど)→安全に歩くことができる
- おむつ→排泄の失敗があっても部屋を汚しにくく、衛生的に過ごせる
- 縁の低いトイレ(猫の場合)→排泄の失敗を改善できる場合がある
- 高反発・低反発マット→体圧分散に優れたマットを利用することで、身体の不快感を軽減し、夜鳴きや褥瘡の予防になる
(身体活動の例)
脳と身体の活性化のため、動物が喜ぶ下記のような活動を、無理なく行うことが大切です。
このほか、夜間の不眠があって吠える・鳴くなどの問題がある場合は、朝の時間帯に日光浴をさせたり、日中を選んで散歩や遊びなどの活動を行ってみましょう。
- 【犬】散歩、リハビリテーション、知育玩具を使った遊び、コマンドトレーニング、ボールやおもちゃを使った遊び、おやつを使った探索遊び
- 【猫】おもちゃを使った遊び、他の猫との遊び、コマンドトレーニング、探索行動ができる物(紙袋、段ボール箱、キャットタワーなど)、おやつを使った探索遊び、登ったり引っ搔いたりの行動がしやすい環境、ハーネスをつけての散歩
認知機能不全により「吠える・鳴く」問題への薬物療法
犬・猫の認知機能不全の治療薬として日本で認可されているものはありませんが、アメリカなど海外で認可されている治療薬が使用される場合もあります。いずれにしても、前述のとおり、認知機能不全を治療薬で根治させることはできません。
また、これらの治療薬以外に、症状を緩和するために補助的に薬物療法を行うこともできます。上記の「悪化する要因」に対する対応を十分行ってみても改善が難しい夜間の不眠や過剰な吠えなどの興奮・不安症状に対しては、向精神薬、睡眠を促す薬物による治療で症状を緩和できることもあります。
認知機能不全の薬物療法に使用されるお薬については、こちらの記事もご参照ください。
認知機能不全で使用されるサプリメント
脳の加齢性変化には酸化ストレスとの関連があると言われており、人の認知症では、脳が酸化ストレスを受けることでアミロイドβというタンパク質の脳への蓄積が活発化し、アルツハイマー病が進むことが解明されています。
犬でのアミロイドβ蓄積と認知機能不全の関連性については、こちらの論文紹介もご参照ください。
【論文紹介】脳組織へのアミロイドβの蓄積が高いことは、犬の認知症の進行度と相関する(2022年3月26日)
そのため、抗酸化物質であるビタミンA・E・Cなどや、コエンザイムQ10、ルテイン、葉酸、ポリフェノール類などをサプリメントとして体内に取り込むことで、脳の加齢の進行を予防できると考えられています。
そのほか、DHAやEPAなどのオメガ3脂肪酸は血管系の老化防止により認知機能も改善する効果が、フォスファチジルセリンやL-カルニチンにも脳機能改善効果が期待されています。
犬と猫の問題行動診療(犬の攻撃行動、猫の不適切排尿、咬みつきなど)
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