「うちの猫、急に怒って咬みついてきた。もしかして“激怒症候群”ってやつなのかな…」と不安になって、このページにたどり着いた方もいるかもしれません。
実は、「激怒症候群」は犬で報告される突発的攻撃行動の名称。猫では症例報告はほとんどなく、特定の病気として確立されていないのです。
しかし、猫の突然の攻撃は一般的な行動で、猫が「きっかけもなくいきなり怒った!」と飼い主さんが感じることもよくあります。こういった場合、「突然怒る」ように見える行動の背景には、痛みや恐怖、不安、感覚過敏など、さまざまな要因が隠れていることがあります。「突然怒る=激怒症候群」とは限らないのです。
そして、こうした猫の激しい攻撃行動は、改善することが可能です。そのためには、環境整備や行動修正、薬物療法を組み合わせるマルチモーダルアプローチが基本で、獣医行動診療科を受診することで、科学的な視点から猫の行動を読み解き、改善につなげるサポートを受けることができます。
この記事では、「激怒症候群」と言われるものの正体や、似た症状を示す「ハイパーエステジア症候群」について解説しながら、行動診療科を受診するメリットについてもお伝えします。
ぎふ動物行動クリニック(岐阜本院・浜松分院)の問題行動診療
犬のしつけ教室ONELife/ぎふ動物行動クリニック(岐阜本院・浜松分院)では、獣医行動診療科認定医の奥田順之が院長を務め、行動診療専属の獣医師が2名、CPDT-KA資格を持つトレーナーが2名在籍し、犬の噛み癖、自傷行動(尻尾を追って噛む、身体を舐めすぎて傷ができるなど)、過剰な吠えなどの問題行動の相談・治療に取り組んでいます。
岐阜本院では岐阜・愛知など東海地方を中心に、浜松分院では静岡県西部周辺地域(浜松、磐田、掛川、豊橋、新城など)を中心に診察・往診を行うとともに、全国からの相談に対応するために、オンライン行動カウンセリング、預かりによる行動治療を実施しています。埼玉を拠点とした関東近郊の往診も行っています。
また、岐阜教室・浜松教室にて対面でのパピークラス(子犬教室(初回無料))を実施しております。
お気軽にお問い合わせください。岐阜・浜松・埼玉ともに、岐阜本院での一次受付を行っております。058-214-3442受付時間 9:00-17:00 [ 不定休 ]
お問い合わせ「激怒症候群」とは?
「激怒症候群(rage syndrome:レイジシンドローム)」は、もともと犬で報告され、突発的で激烈な攻撃行動を示す犬に対して使われることがある呼び名です。
普段は穏やかで問題行動もなく暮らしている犬が、事前の警告や前触れもなく、突然スイッチが入ったように激しく咬みつくなどの行動を示します。その後、何事もなかったかのように落ち着いた様子に戻るのも特徴です。
一部では遺伝的素因が指摘されており、特にイングリッシュ・スプリンガー・スパニエルで報告が多く、ゴールデン・レトリーバー、コッカー・スパニエルなどでも稀にみられると言われています。
猫にも「激怒症候群(レイジシンドローム)」はある?
さて、猫にも「激怒症候群(レイジシンドローム)」はあるのでしょうか?
犬の「激怒症候群」と同じ名前で語られることもありますが、猫の場合、研究や症例報告の文献で「猫の激怒症候群」として報告されているものはほとんどなく、文献としてはほとんどが基礎実験や神経学的研究、攻撃行動のモデルに関する報告にとどまっています。
しかし、猫の攻撃行動の中には、原因不明で診断が難しい「特発性攻撃行動(Idiopathic aggression)」という分類が存在するほか、「激怒症候群」という言葉が一般的に指す、突発的で制御不能な激しい攻撃性には以下のような病態が関連している可能性もあります。
神経学的要因:
てんかん発作のような神経疾患が関与している場合。側頭葉てんかんなどの部分発作による異常な脳活動が関与していることがあります。発作中は興奮状態となり、突然の咬みつきや飛びかかりが見られ、発作が収まると普段通りの行動に戻ることが特徴です。
感覚過敏:
触覚・聴覚・視覚の過敏性により、刺激をきっかけに攻撃行動が出る場合。関節炎の痛みや慢性的な腸疾患、間質性膀胱炎などの炎症がある場合など、普段は穏やかな猫が攻撃性を示すことがあります。
行動学的要因:
触られることをきっかけに猫が突然咬んだり引っかいたりする愛撫誘発性攻撃や、猫が興奮した際にその原因となる刺激の代わりに近くにあるものに対して攻撃する転嫁性攻撃など、社会性や環境との関わりで現れる行動である場合があります。
つまり、現状で「激怒症候群」という病気が確立されているわけではなく、猫の攻撃行動を「激怒症候群」とだけ呼んでしまうと、本来の原因を見逃してしまうリスクがあるのです。
「突然怒る」=激怒症候群、ではない
猫が「きっかけもなくいきなり怒った!」と感じるときでも、実際には小さな予兆を見落としていることが少なくありません。耳やしっぽの動き、身体のこわばり、視線の変化など、猫はわかりにくいサインで不快感を伝えていることがあります。
また、本当に予兆がないように見える場合でも、その背景には次のような要因が考えられます。
たとえば、関節炎や口腔内疾患などによる痛み、脳や脊髄などの神経疾患、慢性的な不安や恐怖、環境からの刺激への感覚過敏、他の対象に向けられなかった怒りが別の対象に向けられる転嫁性攻撃などです。
つまり、「突然怒る=激怒症候群」ではなく、さまざまな身体疾患や行動学的問題が原因になっている可能性があるのです。
「激怒症候群」と混同されがちな「ハイパーエステジア症候群(FHS)」とは?
「激怒症候群」と混同されやすい症候群に、「ハイパーエステジア症候群(FHS)」があります。
これは、猫において一般的に見られるものの、そのメカニズムがまだ十分に解明されていない病態で、「非定型神経皮膚炎(atypical neurodermatitis)」、「ローリングスキン症候群(rolling skin syndrome)」、または「トゥイッチーキャット病(twitchy cat disease)」としても知られ、1980年に初めて特定されました。
この症候群の特徴は以下のとおりです。
- 皮膚の波打つような動きを伴う腰部皮膚の過敏症
- 突然の爆発的な活動(急な飛び跳ね、急な走り出し)
- 自傷行為(自身の身体を過度に舐める・噛む行動により脱毛、重度の場合には尾の自傷など)
- その他の徴候として、筋肉の痙攣、鳴き声の増加、興奮や攻撃性などの行動の変化
原因ははっきりとは分かっていないものの、てんかん(焦点発作など)や、脳脊髄の病変を含む神経疾患、触覚過敏、皮膚炎などの皮膚病、常同障害・転位行動などの行動学的問題が可能性のある要因として考えられていることも、「激怒症候群」と類似しているといえるでしょう。
猫の「激怒症候群」は治療できる?
猫の「激怒症候群」についての症例報告や文献はほとんどなく、特異的な治療方法は確立されていないのが現状です。しかし、一般的な猫の突発的・制御不能な激しい攻撃行動に対しては、改善の可能性がある様々な治療方法が示されています。
主な治療戦略は以下の通りです。
環境整備
ストレスを最小限に抑え、猫にとって暮らしやすい「5つの柱の枠組み」に基づいて環境を整えることが基本となります。これには、安全な休息場所・隠れ場所の提供、水・ごはん・トイレなど必要な資源の確保、遊びなど行動欲求を満たす活動の機会、人間との良い関係性、猫の嗅覚を尊重した環境づくりが含まれます。
行動修正:マルチモーダルアプローチ
薬物療法と行動修正を組み合わせたアプローチが、効果的な戦略であると推測されています。攻撃行動の引き金となる刺激の影響をコントロールするための行動修正を行うことで、一定期間で投薬を減らしたり、休薬できる可能性があります。
薬物療法としては、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRIs)の一つであるフルオキセチン(Fluoxetine)や、抗不安作用と神経障害性疼痛の治療における有用性からガバペンチン(Gabapentin)などが選択されることがあります。
猫の「突発的な攻撃」でお困りなら…獣医行動診療科を受診しましょう
「突然怒る」行動の原因を見つけるためには、行動診療科の受診がとても有効です。
行動診療科では、まず詳しいカウンセリングを行い、生活環境や日常の行動を丁寧に聞き取ります。そこから、攻撃行動のきっかけや動機づけを分析し、飼い主さん自身では気づかなかったサインやトリガーを見つける手がかりにします。そのうえで、猫に合った環境整備や行動療法(トレーニング)を一緒に考えたり、必要に応じて補助的な薬物療法を提案したりすることもできます。
薬物療法を併用することで、猫の過敏性や不安を和らげ、行動療法をスムーズに進められる場合もあります。
このように、行動診療科では、科学的な視点から猫の行動を読み解き、根本的な改善につなげるサポートが受けられます。
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