犬の噛み癖を治すためには、①応急対応(緊急対応)を行い飼い主と家族がそれ以上噛まれないようにすること、②専門家と共に噛み癖の原因を分析すること、③根本的な治療を行い噛み癖が起こらないようにしていくことの3点が必要です。
- 1. 噛み癖に対する応急対応(緊急対応)
- 1.1. リードをつけっぱなしに
- 1.2. ハーネスではなく首輪にする
- 1.3. 犬と人の生活空間を分ける(サークル管理)
- 1.4. 無理やり○○しない
- 1.5. フードの与え方の変更
- 2. 噛み癖の原因の分析
- 2.1. 身体の疾患の関与
- 2.2. 脳機能の問題
- 2.3. 噛み癖の動機ときっかけ
- 2.3.1. お腹を撫でていたら噛む
- 2.3.2. 動機づけによる診断名の分類
- 2.4. 噛み癖のリスクを高める生活習慣
- 2.5. 抑圧的な対応・体罰の実施
- 2.6. 飼い主との関係性
- 2.7. 活動欲求が満たされない状態
- 3. 噛み癖の根本的な治療法
- 3.1. 原因を取り除く
- 3.1.1. 身体疾患の治療
- 3.1.2. 薬物療法
- 3.1.3. きっかけの排除
- 3.1.4. 環境の見直し
- 3.1.5. 抑圧的(暴力的)な対応の中止
- 3.1.6. 活動欲求を満たす
- 3.2. トレーニングにより好意的な関係を築く
- 3.3. 嫌だと思っている刺激に馴らす
噛み癖に対する応急対応(緊急対応)
噛み癖は、『癖』とあるように、繰り返し噛めば噛むほど噛みやすくなる性質があります。
また、飼い主の方も、噛まれれば噛まれるほど、犬に対する恐怖が増し、怖がる飼い主を見て、余計に噛まれやすくなるという問題が発生します。
そこで、噛み癖に対する応急対応としては、『噛まれないようにする』ことが何より重要です。
リードをつけっぱなしに
リードを付ける際に噛まれる場合は、リードをつけっぱなしにすることで、噛まれない状況を作ることができます。リードのつけ外しができるようにするためには、嚙み癖をなおす根本的なトレーニングが必要ですが、応急的には噛まれないようにすることを優先し、専門家の指導の下でリードのつけ外しができるように練習していきましょう。
ハーネスではなく首輪にする
ハーネスを付けようとすると噛むという場合は、ハーネスを用いるのではなく、首輪をつけっぱなしにして、首輪にリードを付けるようにしましょう。噛み癖の予防には、繰り返し噛ませないことが何より重要です。
犬と人の生活空間を分ける(サークル管理)
犬が寝ているところの近くを通ると噛まれる、ソファで寝ている犬の隣に座ったら噛まれるといった状況の場合、そうならないように犬の生活空間と人の生活空間を分けるようにしましょう。具体的にはサークルで生活できるならサークルに基本は入れておき、散歩や遊びの時間に出すようにして、出しっぱなしにしないようにします。
無理やり○○しない
無理やり抱っこして爪切りをする、無理やりケージに入れる、無理やり○○するという状況で噛まれる場合、無理やり○○することはやめましょう。爪切りならば動物病院やトリミングサロンでもできるので、そういう場所に任せるようにしましょ。ケージに入れることができない場合は練習が必要ですので、専門家と共にハウスのトレーニングをしましょう。どうしてもケージに入れられない場合は、リードで係留する形にしてもいいでしょう。
フードの与え方の変更
フードを守って噛むというようなパターンの場合、フードの与え方を工夫することにより危険性を下げることができます。例えば、家の外で手から与えるようにすることで、お皿を守ることがなくなり、攻撃しなくなるということはよくあることです。
噛み癖の原因の分析
噛み癖の原因は一つではありません。複数の要因が絡み合って発生しています。複数の原因に対して、複数の治療の方法があり、組み合わせて実施することで、根本的な問題解決につながります。
身体の疾患の関与
第一に考えるべきは、身体的な疾患の有無です。身体の一部に痛みがあれば、それが噛み癖の原因になっている場合があります。また、神経やホルモンの病気がある場合も考えられます。例えば、以下のような様子が見られる場合、身体的な疾患を注意して考えるべきです。
- 腰や首など、特定の場所を触ると異常に強い反応を示し、攻撃する
- 全身を痒がっていて、皮膚が赤い場所が多くみられる
- 歩き方が安定せず、腰を左右に振るような動作や、足を上げる動作がみられる
- 左右対称に脱毛している
- 普段から元気がなく、活動量が低いのに、太っている
- 水をよく飲み、体重あたり1リットルを超える
- 嘔吐や下痢をすることが多く、体調が安定しない
このほかにも、身体的な症状がみられる場合、しっかりと身体疾患の関与がないか調べる必要があります。
脳機能の問題
非常に強度の噛み癖や、自分の尻尾を咬みちぎってしまうような自傷行為を伴う攻撃行動については、正常な犬の行動の範疇を逸脱している可能性があります。
噛み癖の多くは正常な行動であり、犬にとって何らかの目的があって攻撃しています。しかし、パニック状態になり、自傷行為を伴うような攻撃が発生するとき、犬は意識して攻撃しているのではなく、自分でもどうしようもない情動の爆発により結果として攻撃してしまっている場合があります。
表面的に激しい行動がなくても、脈絡のない行動は異常行動である場合があります。例えば、特定の場所を見つめて動かなくなるという行動の後に、近くを通ったものに激しくかみつくというような場合、行動の前後関係を説明できず、脈絡のない行動であり、異常行動の可能性があります。
正常の行動の範囲から逸脱し、異常な行動としての噛み癖が起こっているのであれば、それは脳機能を正常の範囲に戻すための薬物療法が治療の選択肢になります。
問題となっている行動が正常行動か異常行動か判別するためには、専門家に相談するのが確実です。行動診療を行っている獣医師に相談してみるのが良いでしょう。
噛み癖の動機ときっかけ
噛み癖の動機=犬が噛む目的を理解することは、噛み癖を改善するうえで非常に重要な情報になります。何で噛んだのかわからないという方も多くいらっしゃいますが、犬が噛むのには理由があります。その理由を調べていく必要があります。
犬が噛む目的を考える上では、攻撃行動が起こった前後関係を記述することが重要です。
例えば以下のような場面はどうでしょうか?
お腹を撫でていたら噛む
「飼い主が帰宅するといつも玄関で出迎えてくれます。よしよしと撫でていると大抵お腹を見せるので、お腹を撫で続けていると噛まれます。」
この例では、お腹を撫でていなければ噛まれないわけですから、攻撃のきっかけは、『お腹を撫でる刺激』ですね。では、犬の目的は何でしょうか?多くの場合『撫で続けられるのが嫌だから、手を追い払おうとして噛んだ』というのが正解になります。
飼い主としては、お腹を見せているのに、撫でられたくなくて噛むなんて納得いかないという方も多くいらっしゃいますが、「お腹を見せる=撫でてほしい」という解釈を勝手に行ったのは飼い主さんの方ですよね。このような形で噛む犬の多くは怖がりの子であり、お腹を見せるのは強い劣位行動の表れであることが多いです。もともと怖がりなので、圧迫的な対応が苦手で、お腹を撫で続けるということが、犬にとって圧迫的と感じる結果となり、「やめて!」という感じで噛むということが起こっています。
動機づけによる診断名の分類
獣医行動診療科では、噛み癖の動機づけにより診断名をつけ分類を行っています。動機づけの一覧についてはこちらをご覧ください。
噛み癖のリスクを高める生活習慣
噛み癖の応急対応の部分で述べたように、飼い主が当たり前だと思っている生活習慣が、実は噛み癖のリスクを高めている可能性があります。噛み癖のリスクを高めるような生活習慣を見直すことは、噛み癖の根本治療につながります。
以下のような生活習慣は、噛み癖のリスクを高めている可能性があります。
- ゴハンを守る性質があるのに、人の多い場所(リビング等)で、ゴハンをお皿に入れて与えている。その上、ゴハンを食べているときにわざわざ近くを通ることがある
- 眠くなると攻撃しやすいにも関わらず、深夜になるまでサークルに入れずにフリーにしている。結果サークルに入れようとした際に噛まれている。
- 物を守って噛む性質があるのに、家が散らかっている。片付けができていない。
抑圧的な対応・体罰の実施
噛み癖を悪化させている原因として、飼い主による抑圧的な態度や、体罰の実施があります。
「人は犬の上に立たなければならない」
という昔ながらの考え方がまだまだ多くの方が信じており、一部のトレーナーもそうした指導を行っています。先日の相談でも、「人がリーダーになるために、首輪をもって、首輪をぐっと持ち上げたら皮膚が割けて縫うほど噛まれた」というものがありました。
これは、人が犬に嫌がらせをして、犬がそういう対応から逃れるために噛みついたという状況になります。
ブラッシングをする、診察をするために保定するという場面では、犬をしっかり持つ必要はありますし、それを受け入れられるようにしていく必要はあります。でも、それとは関係ない場面で、人がリーダーになるため?という全く論理的でない理由で、犬に嫌がらせを行うことは適切な対応ではありません。
「人が犬の上に立たなければならない」
という呪文の呪縛によって、多くの犬と、多くの飼い主が被害を受けていることを理解しなければなりません。
飼い主との関係性
飼い主に不信感を抱いている犬は噛みやすく、飼い主を信頼している犬は噛みにくいのは当然のことです。
犬と飼い主は合わせ鏡のような状態で、人が犬を信じれない時、犬もまた人を信じれ亡くなっています。犬に噛まれたあとの飼い主さんは、犬との距離感をどうすればわからず不安を抱え、恐怖を感じ、犬とうまく関われなくなっています。これは犬も同じで、飼い主さんとどんな距離感で接すればいいか、測りかねている状態になっています。
人と犬の関係を考えた時、犬の方から変わっていくことを期待すべきではありません。人の方が、犬を扱える技術を身に着けていく必要があります。非常に強度の攻撃行動は別として、多くの噛み癖は、飼い主の変化によって、犬もまた変化します。
特に、飼い主がわざわざ攻撃行動を起こさなければならない場面をあえて作ってしまっていた場合などは、飼い主が接し方を改め、無理やり○○するといった行為を控えることで、攻撃行動を抑えることができるようになります。
犬の方からすると、「噛まなければならないくらい追い詰められることがなくなった」状態になります。飼い主はいつも嫌がらせをしてくると思っていた子が、そうではないんだと気づき、飼い主への警戒心を解き、飼い主を信頼できるようになると、噛み癖が自ずと回復に向かいます。
活動欲求が満たされない状態
動物福祉の中でも、特に活動欲求が満たされていないことは、噛み癖の原因となります。
先日の相談では、6か月間散歩に行っていない犬の攻撃行動がありました。散歩に行っている時は攻撃行動があまり出ておらず、散歩に行かなくなって4~6ヶ月頃に徐々に悪化していったとのこと。
その後、当院で預かったところ、預かり3日目から散歩に出ることができ、そこから精神的な安定性が一気に向上して、攻撃についても緩和しました。
この犬は怖がりで、家から出るのに抱っこしなければならないため、抱っこができなくなったことが散歩に行けなくなった原因ではあるものの、散歩に行かないことが、心身の健康にマイナスに働くことが分かる事例と感じました。
このように、活動レベルが十分に確保できていない場合、噛み癖の原因になることを覚えておいた方が良いでしょう。
噛み癖の根本的な治療法
噛み癖が根本的に治った状態とは、「人と犬が日常生活を送っていても、犬が噛む必要を感じなくなる」状態を指します。
日常生活とは、散歩に行ったり、ゴハンを食べたり、体をなでたり、ブラシをしたり、リビングで一緒に過ごしたり、おもちゃで遊んだり、ケージに入ったり、車に乗って出かけたり、動物病院で診察したり、トリミングサロンに行ったりすることを指します。これらの対応に対して、攻撃的な反応が出ず、容易に犬を管理できる状態が完治した状態です。
現在、攻撃行動が繰り返されている場合、根本的な治癒に向かうためには、これらの日常生活が安全で、犬に危害を加えるものではないと理解してもらう必要があります。
原因を取り除く
第一に、原因の分析の項で見てきた原因を取り除いていきます。
身体疾患の治療
身体的な問題があるようなら、その治療を優先します。痛みや不快感がある中でトレーニングをしてもいい成果は挙げられません。
薬物療法
非常に強度の噛みつきや、異常行動を伴う噛みつきについては、薬物療法の実施を検討します。
薬物療法では、脳内の神経伝達物質である、セロトニンや、γアミノ酪酸(GABA)の代謝にかかわるトランスポーターや受容体の働きを調節することにより、感情の爆発を起こりにくくし、攻撃行動の発生を抑制していきます。
薬物療法については、以下の記事をご覧ください。
きっかけの排除
身体を触る、ブラシをするといった刺激は、犬が人と生きていく上で必要不可欠な刺激ですが、無理やり行えば攻撃行動のきっかけを与えることになります。長期的にはこれらの刺激に馴らしていく必要がありますが、一旦は、きっかけを与えないようにし、攻撃の機会を作らないようにします。
一方、お腹を見せてきたので撫でるということは、必ずしも生活上必要なことではなく、犬が関心を引こうとしているのであれば、別の方法、例えば、オスワリをさせてフードを与えるといった方法で犬の関心を満たすこともできます。わざわざ撫でて噛まれるというのは得策ではありません。
環境の見直し
噛み癖が繰り返されている原因が環境にある場合、環境の修正を行います。
例えば、ソファで寝ている犬に近づくと唸られる噛まれるという場合、犬がソファにアクセスできなければ攻撃は発生しません。先日の例では、ソファが3つに分かれるタイプであったため、1つは犬用として犬の生活空間に設置し、残り2つを犬が入れない人の生活空間に移すことで問題が解決しました。
抑圧的(暴力的)な対応の中止
抑圧的(暴力的)な対応を行って噛まれている状態というのは、人と犬は対立しており、警戒しなければならない相手であることを常に教えていることと同じです。飼い主による抑圧的な対応で噛み癖が治るのなら、もうすでに治っているはずです。今治っていないことが、抑圧と暴力が噛み癖に対して無価値であることを示しています。
活動欲求を満たす
1日2回、30分~60分のしっかりとした散歩に行くことは、噛み癖を治療していく上で大前提となります。しっかりとした運動は、良い休息につながり、良い休息は、自律神経の安定・精神の安定につながります。