犬が、飼い主さんの手や、前肢の先などの自分のからだを舐める行動が長時間続くことで困っている飼い主さんは大変多いと思います。
今回は、常同行動(常同障害)と考えられる過度な舐め行動とハエ噛み行動がみられた事例をご紹介します。
過度な舐め行動
犬が、周囲にある物、自分のからだ、同居の動物や飼い主などの人間を長い時間、過度に舐める様子が見られることがあります。この行動は、品種や年齢・性別に関わらず現れることがあり、正常なグルーミングである場合もあるものの、様々なストレス要因や神経学的な異常が関係している場合もあります。
犬のなめる行動が過剰であるときに考えられる原因
身体的疾患や問題
- 皮膚疾患(アレルギー性皮膚炎、寄生虫性皮膚炎、真菌性皮膚炎など)
- 内分泌疾患
- 口腔内疾患
- 神経疾患による感覚異常など
行動学的問題
- 関心を求める行動
- 肢端舐性皮膚炎・肉芽腫
- 常同行動・常同障害
- 転位行動
その他
- 正常なグルーミングの範疇
行動学的問題として、過度の舐め行動が発生している場合、日常生活における不安やストレスが寄与している可能性があります。分離不安やその他の恐怖症による不安が背景に存在する場合もあります。これらの不安・ストレスの軽減のためには、散歩や遊びなどの適切な発散の機会を十分に設けることや、飼い主が犬に対して一貫性のある対応をとること、好意的な関わりの時間を増やす一方で犬が周囲を気にせず落ち着いて休める時間や環境を確保し、メリハリのある規則正しい生活習慣を作ることなどが大切でしょう。
また、舐め行動に対して飼い主が注意を払ったりなだめたりすることで、意図せず行動を強化してしまっている場合もあります。
ハエ追い・ハエ噛み行動
実際に虫が飛んでいるわけではないのに、犬がハエを追って捕えるようにパクパクと宙を噛むような行動をするため、「ハエ追い行動」「ハエ噛み行動」と呼ばれます。この行動がみられる時は、通常、過度に興奮することはありませんが、唸りながら、吠えながら、この行動をすることもあります。また、ハエ追い・ハエ噛み行動の合間に前肢を舐める行動がみられることもあります。
ハエ追い行動・ハエ噛み行動がみられる時に考えられる原因
身体的疾患や問題
- 歯科疾患
- 眼科疾患:飛蚊症など
- 神経疾患:焦点性発作(部分発作)
- 代謝性疾患:肝性脳症、中毒
- 感染症:ジステンパー、狂犬病などのウイルス感染
行動学的問題
- 関心を求める行動
- 常同行動・常同障害
通常、ハエ追い・ハエ噛み行動している間も犬には意識があり、周りの状況にも注意を向けることができます。逆に、声をかけたり食べ物を与えたりしてもその行動を止めない場合は、意識的なコントロールも難しい場合であり、焦点性発作が起きている可能性や肝性脳症などの代謝性疾患が原因として疑われます。
ハエ追い・ハエ噛み行動が、犬が飼い主からの注目を得るために示している「関心を求める行動」であった場合、その行動は周囲に飼い主などの人間のいる場所でのみ発生します。この行動を取ることで飼い主が注目して反応したり、なだめたりすれば、行動が強化されて頻度が増加していきます。
一方、ハエ追い・ハエ噛み行動が「常同行動・常同障害」であった場合は、周囲に人間がいてもいなくても関係なくその行動がみられます。
※焦点性発作とは…
脳の一部分から起きる発作で、いわゆるてんかん様の痙攣発作ではなく、焦点となっている脳の部分が担う機能に依る症状が出る発作です。ハエ噛み行動などの一定の行動を繰り返す「自動症」の症状が発現することもあります。シュナウザー、キャバリアに多く、6ヶ月〜2歳齢で発症しやすいといわれています。
常同行動・常同障害とは
常同行動や常同障害とは、舐める、尾を追う・かじる、影や光を追う、ハエ追い・ハエ噛み行動などが異常な頻度や持続時間で繰り返されるものです。
神経伝達物質や受容体の機能異常が関与していると考えられており、過去に刺激のない環境にいた、解決できない葛藤がある などの背景も関連している可能性があります。反復性持続的にその行動があることで、動物の日常の活動や機能が妨げられている場合、「常同障害」とされます。
常同行動としてのハエ追い・ハエ噛み行動は、ロットワイラー、ジャーマンシェパード、ダルメシアンなどで、社会的成熟期である平均1〜3歳頃に発症することが多いとされています。
過度な舐め行動及びハエ噛み行動の事例【ポメラニアン♂4歳】
ご相談の主旨
- 過剰な舐め行動、ハエ咬み行動があるということでご相談いただきました。以前からご家族への攻撃行動も発生しており、最近悪化しているとのことでした。
基本の情報
- 犬種:ポメラニアン
- 年齢:4歳
- 性別:オス去勢済み
- 飼い主さんは、ご夫婦、祖父母、息子さんの5人家族
- ごはん:1日2回(お母さんがあげる)
- ドッグフード中心の食事に切り替えた(1年弱前)。その前は手作り食で、ゆがいた肉や野菜をあげており、中にドッグフードを少し混ぜていた。
- ドッグフードだけだとなかなか食べないので手であげていた。
- 最近(1か月前くらい)は手であげても食べなくなってしまい、十分な量の食事がとれていない。
- お散歩:朝10~30分、夕方約60分、以前はゆっくりだが良く歩いていたが、今はほとんど歩かないので抱っこしてちょこちょこ降りる感じ。
- おやつ:お肉系のおやつが好き、お昼、3時、ごほうびにあげる。
- 遊び:遊びやおもちゃに興味を持ってくれない(以前はボール投げ、ひっぱりあいしてたが、1年前くらいからは急に興味を持たなくなった)。庭に出しても自分ですぐ家に入る。
舐め行動、ハエ噛み行動について
- 1年前
- 10月頃パクパクし始めた
- 動物病院に行って動画を見せた
- ストレスかもということでジルケーンを処方してもらった
- 少し軽減したのでジルケーンを続けていた
- 今月の初めから悪化
- 手を何十分も舐め続け、寝ることもしない
- 以前から夜に主に行動が始まっていたものの、夜中に寝れないということはなかった
- 夜中部屋の中をうろうろすることもある(尾を下げて何かを探している感じ)
- 落ち着いて寝たように見えても、急に飛び起きて後ろを振り向いたりする
- 今は昼間もある
- 昼間は祖父母が見ており、基本的には寝ていることが多い
- 舐める、パクパクは昼間もときどきある
- 行動を止めようとすると唸る、怒る又は無視して続ける
- 特定の場所は関係なく、どこでも発生する
- 1か月前にかかりつけ動物病院に行った(症状悪化したため)
- 抗てんかん薬を処方してもらい、服用中
- 現在のところ劇的な効果はない
攻撃行動(咬みつき)について
- 攻撃行動の発生する状況
- 触る・拘束する関係
- お腹を見せてきたので頭、胸、お腹などを撫でた時
- 身体のどこかを触った時
- 抱っこしようとしたとき
- ハーネスを付けようとしたとき
- カラーを付け外しするとき
- その他
- 犬が寝ている時に横を通ったとき、飛びついて咬むことがある
- お兄さんがオイデ、抱っこの後おやつをあげるというのを毎日やっているが、その呼びかけに応じず咬みつくこともある
- 触る・拘束する関係
- 最近は咬む強さが強くなった
- 抱っこなど嫌がることをしないように心がけ、できるだけ世話は一番慣れているお母さんがするようにしている
お話し
- 考えられる疾患について
- 行動学的な疾患(常同障害など)
- 脳神経系疾患(焦点性てんかん発作など)
- 代謝性疾患(肝性脳症など)
- その他の疾患
- 皮膚疾患(アレルギー性皮膚炎など)、歯科疾患、眼科疾患など
- 行動学的な疾患の可能性を考えた場合、まず最初に挙げられるのが「常同行動・常同障害」です。これは、脳の神経伝達物質や受容体が関与していると考えられている疾患ですので、これらの神経伝達物質を調整する薬を使った薬物療法が有効と考えられます。薬物療法のほか、日常のストレスを減らすための環境修正や人間による対応の修正、より安心して生活するための飼い主さんとの信頼関係の構築が大切な治療のひとつとなります。
- お留守番の時間がほぼなく、周囲に人がいない時の様子が不明であることから、周囲の人の注目を集めることで強化された行動(関心を求める行動)なのかどうかははっきりしません。
- 脳神経系疾患についても考慮が必要と考えられますが、かかりつけ動物病院にて抗てんかん薬の処方をされていたとのことですので、神経科のある動物病院の受診については、かかりつけの先生とご相談の上、検討なさってください。
- その他、代謝性疾患や皮膚疾患などについても、かかりつけ動物病院にて必要に応じて検査を受けてください。
- 1年ほど前からあった行動ではありますが、約1か月前から悪化しており、フードを十分に食べなくなった時期と同時期となっています。栄養が十分に摂れていないことが、症状の悪化や、夜間に落ち着かないことと関係している可能性もありますので、今はよく食べてくれる手作り食に戻してみて、1日に必要な量の食事を摂らせることが大切でしょう。
具体的な対応策
- 環境整備
- 退屈させない工夫
- 知育トイ
- 色々な種類があるので、好きなものをみつけてあげるとよい
- 飽きないように、様々なものを用意しておくとよい
- 布などにフードやおやつを隠して探すゲーム
- 古いTシャツやタオルを利用できる
- フードやおやつを巻いて軽く結び目を作ったりする
- においをたよりに探し、みつけるのに時間がかかるため、長く楽しめる
- 知育トイ
- 退屈させない工夫
- 対応の修正
- 唸らせない・咬ませない=嫌なことをしない
- 触る・拘束する関係で咬むことが多いため、嫌悪感が強いことであると認識を持つ
- お腹を見せてきても、「触って」という意味ではないかも…→お腹を見せてきたら、他のコミュニケーション方法をしてみる(おやつをあげる、声をかけるだけにする、散歩に行くなど)
- 不用意に触ったり抱っこしない
- ハーネスやカラーを付け外しするときは、おやつなどで気をひきながら嫌がらせないように行う
- 触る・拘束する関係で咬むことが多いため、嫌悪感が強いことであると認識を持つ
- 唸らせない・咬ませない=嫌なことをしない
- 飼い主さんとの信頼関係構築
- コミュニケーションとしてのトレーニング
- 犬が楽しみにできることが大切
- オスワリなどの簡単なコマンドでよい
- もったいぶらずにおやつを頻繁にあげる
- トレーニングはだいたい時間を決めて毎日行い、習慣づける
- 毎日「この時間にたのしいことがある」という期待感が大切
- 予測可能で好意的な関わりを持つことが安心につながる
- コミュニケーションとしてのトレーニング
薬物療法について
- 行動学的な治療については、セロトニンの作用を調整する薬剤(フルオキセチンなど)が有効であると考えられます。
- 脳神経疾患の疑いが強い場合、そちらの薬物療法を先行させる必要があります。
その後の経過(3週間後)
- フルオキセチン投与開始後の問題行動の変化について
- 舐め行動:減少(半分以下)
- ハエ噛み行動:減少(たまにある程度)
- 夜間眠れているか
- 先週はずっと落ち着いていた
- 今週は2晩ほどやや眠れない日があった
- 先週からカラーを外せる時間も出てきた
- 以前は長時間の舐め行動によりずっとカラーを付けていた
- 先週から、お母さんがいる時は外してみている
- 投薬の副作用について
- 食欲:ドッグフードは全く食べない、手作り食(お肉、野菜)は食べる
- 体重・体型の変化:体重の減少は止まっていないが、体型としては標準
- 下痢はないが、便の回数が少ない(2~3日に1回)
- 活動性の低下がみられる
- 評価
- 薬物療法と対応の修正により、問題行動に改善がみられる。
- 手作り食はよく食べているものの体重がまだ減少しており、食欲が十分でない可能性もある。投薬開始以降、便の回数も減っており、活動性の低下もみられるため、フルオキセチンの副作用と考え、薬用量を減らすことにした。
犬と猫の問題行動診療(犬の攻撃行動、猫の不適切排尿、咬みつきなど)
ぎふ動物行動クリニックでは、犬の攻撃行動や吠えの問題、猫の不適切排尿や咬みつき、過剰グルーミングなど、多岐にわたる問題行動について、ご相談を承っています。
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