激怒症候群って?
「激怒症候群(Rage Syndrome)」という名前の病気を聞いたことがありますか?
激怒症候群とは、特発性攻撃行動に分類される攻撃行動の一つです。「特発性」とは原因不明という意味で、各種検査や問診を行っても原因が分からず、行動を誘発する刺激も特定できない攻撃行動のことを指します。
スプリンガー・スパニエルで初めて報告された疾患だったため、「スプリンガー・レイジ」「スプリンガー・レイジ・シンドローム」などと呼ばれることもあります。
激怒症候群では、一般的には以下のような症状が見られます。
- 特にきっかけなく、突発的に攻撃が始まる
- 攻撃行動は非常に激しい
- 人や動物だけでなく、周囲の物も攻撃対象となる
- 攻撃が始まる時、突然目がうつろになる
- 攻撃が終わった後は、何事もなかったかのようにぼんやりとしている
まだまだ解明されていないことも多く、様々な議論がされている疾患なのですが、現時点で分かっている特徴としては、以下のようなものが挙げられます。
- 全ての犬種で起こりうる(これまでに報告があるのはスパニエル、レトリバー、ドーベルマンなど)
- メスよりはオスで多い
- 単色の個体で起こりやすい
- 1-3歳の比較的若齢で発症することが多い
原因は?
激怒症候群の理由は、未だはっきりとは分かっていません。
- 遺伝的素因がある
- ベルギー・マリノアでは突発的な攻撃鼓動に関する遺伝子変異が特定されている
- てんかんのような脳波の一時的な異常が見られる時もある
- セロトニンやドーパミンなど、脳内の神経伝達物質の異常が関係している
- セロトニンの不足により攻撃性が増加する
- ドーパミンの増加により衝動性や攻撃性が誘発される
これまで上記のような説が挙げられていますが、まだ特定できていないのが現状です。
一部のてんかんでは突発的な攻撃行動が見られるほか、激怒症候群でも脳波の異常が見られる場合があることから、激怒症候群はてんかんの一種とする考え方もあるようです。しかし激怒症候群における脳波の異常は必発ではなく、また治療の反応性も様々なため、てんかんと同一と捉えるべきかどうかについては議論が続いています。
診断や治療は?
激怒症候群の診断は、除外診断が基本となります。
まずは一般的な身体検査や血液検査などを行って、攻撃性を示す身体疾患の除外を行います。攻撃性を示す可能性のある身体疾患は非常に多岐に渡ります。痛みや痒みによる慢性的なストレスは動物の攻撃性を強めますし、クッシング症候群や甲状腺機能亢進症・低下症などの内分泌疾患、認知症などが原因で攻撃行動が見られる可能性もあります。
また、激怒症候群は、てんかんなどの神経疾患との鑑別が非常に難しいので、必要に応じてMRIや脳波検査などの神経学的検査も行う必要があるでしょう。最後に詳細に問診をとって、原因の特定や他の攻撃行動の除外を行います。あらゆる疾患を除外した上で最終的に、激怒症候群という診断が下ります。
残念ながら、激怒症候群に対する効果的な治療方法は分かっていません。
ある種の抗てんかん薬や抗うつ剤(セロトニン再取り込み阻害薬など)が有効とする研究もありますが、効果には個体差が大きく、全く効果が見られない場合も多くあります。その場合には環境整備が治療の中心となり、咬まれないように家の設備を整えたり、人間側の関わり方を制限したりする必要があります。
そもそも原因が特定できず、本人の意思とは無関係に攻撃が生じることから、トレーニングなどの効果も見込めません。あまりにも攻撃性が激しく、安全を確保できない場合には、安楽死が選択されることもあります。
猫にもあるの?
近年、猫でも激怒症候群が疑われる事例が報告されています。しかし、獣医学的に明確に確立された診断名ではありません。
今のところ、猫の場合は一般的な原因のある攻撃行動の他、側頭葉てんかんや知覚過敏症など、突発的な攻撃行動を示す疾患と混同されることが多いようです。
- 側頭葉てんかん
- 脳の側頭葉という部位に神経的な異常が生じる
- 突発的に激しい攻撃が生じる
- 知覚過敏症
- 原因は不明
- 背中~腰にかけての皮膚がピクピク動く、波打つように動く、舐める、尻尾に咬みつくなどの症状が見られる
- 落ち着きが無くなる、突然走り出す、攻撃的になるなどの異常行動を示す場合もある
うちの子、激怒症候群かも…?
ご家庭のわんちゃんや猫ちゃんに突然攻撃された経験から、「うちの子は激怒症候群かもしれない…」と不安になったことのある飼い主さんもいるかもしれません。
しかし、実際に激怒症候群と診断されることは非常に稀です。突然だった、原因なんて心当たりがない、と思っても、分かりにくいだけで実は理由が隠れていることがほとんどです。よくある攻撃行動としては、以下のものが挙げられます。
- 不安性/恐怖性攻撃行動
- 葛藤性攻撃行動
- 所有性攻撃行動
- 縄張り性攻撃行動食
- 物関連性攻撃行動
- 転嫁性攻撃行動
猫ちゃんの場合には、以下のような攻撃行動もよく見られます。
- 愛撫誘発性攻撃行動
- 遊び関連性攻撃行動
激怒症候群か否かを含め、攻撃行動の診察においては、その行動の前後の文脈や対応、これまでの経験などをもとに、原因を紐解いていくことになりますが、飼い主さんだけで客観的に分析するのは非常に難しいと言えるでしょう。
お困りの方は、是非一度行動診療科の受診をご検討ください。
参考文献
Dodman NH, Miczek KA, Knowles K, Thalhammer JG, Shuster L. Phenobarbital-responsive episodic dyscontrol (rage) in dogs. J Am Vet Med Assoc. 1992 Nov 15;201(10):1580-3. PMID: 1289339. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1289339
Lit, L., Belanger, J. M., Boehm, D., Lybarger, N., Haverbeke, A., Diederich, C., & Oberbauer, A. M. (2013). Characterization of a dopamine transporter polymorphism and behavior in Belgian Malinois. BMC genetics, 14(1), 1. https://doi.org/10.1186/1471-2156-14-45
Lit L, Belanger JM, Boehm D, Lybarger N, Oberbauer AM (2013) Differences in Behavior and Activity Associated with a Poly(A) Expansion in the Dopamine Transporter in Belgian Malinois. PLoS ONE 8(12): e82948. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3871558/