噛み癖のしつけに主従関係は必要ない
周囲からも「あなたがリーダーにならないと」「舐められているから噛まれるんだ」という指摘を受けることもあり、「私のしつけが悪かったから」と自分を責めている方も多いと思います。
「主従関係が出来ていないから噛まれる」という情報は半ば定説化していますよね。「本当は体罰なんてしたくないけど…」と疑問に思いながら体罰をしているなんてことも。
実は、噛み癖の改善には、『主従関係』≒『体罰を用いたしつけ/強制的なしつけ』は必要ないどころか、さらに強い威嚇・噛みつきにつながる恐れのある、非常に危険な考え方なのです。
中には、体罰を用いて噛み癖がなくなる例はもちろんあります。しかし、成犬で血が出る程の噛みつきや、頻繁に発生している威嚇に対して、専門家の助言を受けることを選ばずに、飼い主が体罰を使うことは、百害あって一利なしなのです。
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犬の飼育放棄をなくしていくために必要な『しつけ』と『知識』
犬の飼育放棄の理由の中で、しつけができなかったから、吠えるから噛むからと言った問題行動を理由にした飼育放棄は、全体の2割程度と言われています。その他の理由としては、飼い主が高齢で世話できない、離婚・失職・突然の災害などの経済的要因によるもの等がありますが、いずれの場合も、犬といい関係が築けていれば、飼育放棄の可能性は低くなり、また殺処分という結果も予防できます。
現在、保健所で殺処分される犬は、高齢の犬、病気の犬、問題行動のある犬など、譲渡が難しい犬に限定されてきています。
このように、犬の飼育放棄や殺処分問題を解決していくためには、犬と飼い主がいい関係性を持つことは非常に重要な要因になってきます。いい関係性を作る上では「しつけ」をしっかりやることに加えて、適切な知識を飼い主が身に着けるということも必要です。
しつけの基本は、犬がいい性格で育てるように、犬の精神的発達をサポートすることです。 特に子犬の時期の社会化が何より重要で、まず第一に社会化を実践していく必要があります。 [blogcard url="https://tomo-iki.jp/socialization/"]
そして、その上で、適切な知識を得て犬との関係を築いていく必要があります。 特にしつけで解決できない問題に対しては、適切な方法で解決していく必要があります。
柴犬との関係を築く、しつけの前に必要な『知識』
犬との関係を築いていくために必要な知識とはなんでしょうか?たくさんありすぎて困ってしまいますね。犬の生態や正常なに関する知識、犬の行動や学習に関する知識、犬の異常行動に関する知識、犬種ごとの特性、犬の健康管理やケアの方法、知っていればいい関係になれるのに、知らないがためにそれができないということは多くあります。そして、しつけをする前提として、犬という種のことを知り、柴犬という品種を知り、その犬の個性を知ることが何より重要です。
柴犬に関して特に知ってほしい知識としては以下の項目です。
1.柴犬はオオカミに最も近い犬種、その犬種の特性を知ってほしい 2.柴犬は最も問題行動に悩む飼い主さんが多い犬種。どんな問題行動があるのか知ってほしい 3.問題行動はしつけだけの問題ではなく、脳機能の問題もあること 4.薬物療法だけでは改善しない場合も。行動修正と関係改善のトレーニング法について
柴犬しつけ&噛み癖研究所では、これらの情報について随時更新していきます。
オオカミに一番近い!?柴犬の特性とは?
柴犬はオオカミに近い?
犬種間の遺伝的差異に関する研究は世界的に行われています。マイクロサテライトDNA解析を用いた研究では、犬は5つの品種のグループに分けられることが示されました。1つ目が、柴犬・秋田犬・チャウチャウ・シャーペイのアジア犬グループ、2つ目がバセンジー、3つ目がアラスカンマラミュート・シベリアンハスキーの北極系スピッツグループ、4つ目がアフガンハウンド・サルーキーの中東ハウンドグループ、5つ目がその他すべての犬種を含むグループとなりました。この中でも柴犬を含むグループが、他のグループから遺伝的に大きく離れた位置で分離されたのです。
さらに柴犬たちのグループは、すべての犬種の中でオオカミと最も近縁なグループであることが分かりました。この結果から、欧米でも柴犬をはじめとする日本犬に対して、多くの研究者が注目することになったのです。
柴犬の行動特性とは?
日本犬の行動特性を調べるべく、これまでにいくつかのアンケート調査が行われています。東京大学の武内ゆかり先生と森裕司先生の研究では、人気犬種56品種について、飼い主への攻撃性、子どもへの攻撃性、他犬への攻撃性、縄張り防衛、警戒吠え、無駄吠え、破壊性、興奮性、活動性、遊び好き、愛情要求、他人への人懐っこさ、服従訓練、トイレのしつけの14項目について検討が行われました。その結果、柴犬ではすべての攻撃性がトップクラスであり、はじめて犬を飼う家庭には向かないと評されています。日本犬へのこだわりがある人向きとのことです。この研究をもとに武内先生が書かれている本がこちらです。『はじめてでの失敗しない 愛犬の選び方』
実際に診察やレッスンの中で柴犬を見ていても、興奮性が高く、一般的なトレーニングでも苦労されている飼い主さんが多くいらっしゃいます。それも個体差が大きく、非常に人懐っこい柴犬もいれば、リードを持つだけで失禁する柴犬もいるという印象です。総じてハンドリングされること、首輪を持たれること、拘束されることが苦手なため、抱っこやブラッシングを嫌がる傾向にあります。なので、スキンシップを求める飼い主さん、犬の表情を見ずに触ってしまう飼い主さんは咬まれる傾向にあるように思います。
血統によって、おとなしいタイプと攻撃的なタイプに分かれるとの指摘があり、迎える際は親兄弟に尾追いがあるかどうか、噛みつきの状況などが確認できると良いでしょう。またペット業界としても、攻撃性の高い柴犬を少なくしていくための取り組みが必要とされるでしょう。
柴犬の特有の問題行動とは?
攻撃性と噛む行動の発生しやすさ
先にも述べたように、柴犬の攻撃性は他の犬種にくらべて高い傾向にあります。東京大学の荒田先生の研究では、攻撃性に焦点を当てて、柴犬を含む14犬種について比較を行っています。その中で、柴犬は他の犬種に比べて「刺激反応性」と「ヒトへの親和性」が低く、「嫌悪経験に対する回避傾向」「獲物追跡」が高いことが明らかになりました。また攻撃対象として、飼い主、見知らぬ人、他犬への攻撃性が高いことが示されました。
当方への相談で最も多いのが、飼い主への攻撃性です。攻撃の動機づけとしては、食餌に関連した攻撃行動、物を守る所有性攻撃行動、首輪を持たれることやブラッシングをされることに対する恐怖性/防衛性攻撃行動、常同障害の併発事例で常同行動が発生している時に手を出して咬まれる、等があります。これらは、荒田先生の調査にある、恐怖性/防衛性攻撃行動は「嫌悪経験に対する回避傾向」に、所有性・食餌関連性攻撃行動は「獲物追跡」に関連して、その発生頻度が多くなっていると考えられます。
しっぽを追う・しっぽに唸る・しっぽを咬む(常同障害・てんかん)
もう一つの柴犬特有の問題行動は、尻尾を追う、尻尾に唸りながら咬みつこうとする、あるいは出血するくらい咬む、いわゆる常同障害が挙げられます。尾追い行動は、多くの場合、興奮したり、葛藤状態になることによって発生します。発生頻度は非常に高く、一説には6割の柴犬が尾追い行動をすると言われます。治療が必要な程深刻な尾追いが発生する確率は、はっきりとはしませんが診察とレッスンをしている中では、100頭に2~4頭というところかと思われます。 [blogcard url="https://tomo-iki.jp/shiba-problem/1553/"]
重篤な尾追い行動や攻撃行動がある場合、常同障害だけでなく、てんかんが関連しているのではないかと最近の東京大学の研究で示唆しされています。実際、重篤な尾追いの場合、常同障害の治療薬だけでは反応が悪く、抗てんかん作用のある薬を併用することで改善する事例も多く、半数程度は抗てんかん薬に反応する感触があります。また、門脈シャントなどの身体疾患が関連して尾追いが起こっていることもあるため、尾追い=常同障害と決めつけずに、しっかりと診断をつける必要があります。
高齢性認知機能不全
いわゆる犬の痴呆=高齢性認知機能不全も柴犬をはじめとした日本犬に特徴的な行動異常です。高齢性認知機能不全では、睡眠リズムの変化(昼夜逆転・過剰な吠え)、関わり合いの変化(飼い主との遊びの減少、喜ばなくなる)、不適切な場所での排泄、散歩ルートが分からなくなる、同じ場所を回ってしまう・行き止まりで引き返せない、等の変化が起こります。動物イーエイムリサーチセンターの内野先生の調べによると、高齢性認知機能不全を発症した犬の84.1%が柴犬もしくは日本系雑種だったとのことで、如何に柴犬と日本犬が高齢性認知機能不全になりやすいか分かります。
柴犬の特有の問題行動を理解して付き合う
このように、柴犬は様々な問題行動が特徴的に発症しやすい遺伝的特性を有しています。その分、しつけ(=行動を学習させること)でしっかりと飼い主との関係づくりを進める必要があります。しかし、ひとたび問題行動が発生した場合は、一概にしつけの問題と括らずに、脳の機能障害や身体疾患を考慮して、獣医師の診断の元に改善を行っていくようにしましょう。
しつけのイメージとは違う?問題行動は如何に発生するのか?
このような、攻撃性・常同障害・認知機能不全という柴犬特有の問題行動は、しつけの問題とは言い難いのです。もちろんしつけ(学習)の問題も関与していることは事実ですが、問題行動の素因となる脳機能の障害あるいは身体疾患が潜在していると考えるべきでしょう。
問題行動は如何に発生するか?
問題行動の発生は、4つの段階に分けて考えることが出来ます。1.先天的要因・後天的要因、2.きっかけとなる刺激・状況、3.行動の発生、4.行動の定着です。
1.先天的要因・後天的要因
問題行動の発生(特に強度の問題行動)には、行動の要因となる要素が何かしら潜在していると考えられます。先天的要因としては、品種・性別・繁殖の状況・社会化の程度などが挙げられます。後天的要因としては、飼い主との関係性・飼育状況(生活環境や生活習慣)・健康状態などが挙げられます。
先天的要因として、例えば攻撃的な家系は攻撃的になりやすいというのは分かりやすいかと思います。なぜそうなるかと言えば、一つには脳内の情報伝達を司る、複数の脳内伝達物質の受容体は、遺伝子によってその形が決まっており、情報を伝えやすくも伝えにくくもします。例えばセロトニンは脳のブレーキとも呼ばれるホルモンですが、マウスやベルベットモンキーを使った実験では、動物の攻撃性とセロトニンの代謝速度の低下やセロトニン活性を減少させる薬剤の投与が関連していることが示されています。また、繁殖の状態が悪く母胎にストレスがかかった場合は、脳のコルチゾール受容体が減少するなどの反応があることも知られています。しかし残念ながら先天的要因は犬が家に来た時点で決まってるものがほとんどですので、まずは先天的要因があるんだと理解することが需要です。
後天的要因は、飼い主が操作できるものでもあり、問題行動の発生にも予防にも非常に重要な要素となります。飼い主との関係や、生活環境・生活習慣は飼い主次第で変えていくことが出来ます。例えば、先天的要因として不安傾向の強い犬を、「昼間一人はかわいそうだから」と人通りの多い道路に面した庭につないでおいたらどうなるでしょうか?おそらくストレスから過剰な警戒吠えや他の問題行動が発生したり、場合によっては身体健康状態にも影響してくるかもしれません。
先天的要因・後天的要因ともに、減らしていくことが重要ですが、そのためには、動物福祉の5つの自由をしっかりと確保していく必要があります。特に飼い主が操作できる後天的要因について、5つの自由が確保されているかどうか確認してみましょう。 [blogcard url="https://tomo-iki.jp/shiba-problem/1799/"]
2.きっかけとなる刺激・状況
問題行動は、きっかけとなる刺激や状況が無ければ発生しません。柴犬の攻撃行動では、きっかけとなる刺激として、『飼い主が触る』『飼い主が近づく』『飼い主が物を取り上げようとする』『食餌を食べる』『知らない人が近づく』等が挙げられます。何れも問題になりやすい刺激です。
特に飼い主が触ることについては、「犬は触られるのが好き」と勘違いしていたり、家族に子どもがいたりすることで多く触ってしまうことで問題行動のきっかけを多く与えていることもしばしば見受けられます。お腹をみせるので触ってあげたら咬まれたなんてことは良くあります。ちなみにおなかをみせるのは降参の意味もあって、触ってほしいのではなく「これ以上いじめないで」とか「ここら辺でブレイクしましょう」と言う意味だったりします。
きっかけとなる刺激が無ければ問題行動は発生しないのですから、そういう刺激や状況を避けるということは、問題行動のコントロールに非常に重要です。しつけというと、きっかけとなる状況が有っても我慢できるようにするというイメージがありますよね。例えば触っても怒らないようにするとか。でもそれは二の次で、まずはきっかけを排除する、すなわち、触らないということが重要だということを覚えておいてください。
3.行動の発生
先天的・後天的な要因があり、きっかけとなる刺激や状況が与えられることで、問題となる行動は発生します。噛む・吠える・飛びつくなど様々な行動が問題となる可能性があります。
この行動の発生については、直接制御できないものと考えたほうがいいでしょう。つまり、要因やきっかけとなる刺激は人の働きかけで減らすことはできるけれど、行動の発生はその結果起こることであって、要因やきっかけなどを制御すること、あるいは行動の結果生じる事象を制御することでしか、行動の発生を抑えることはできません。『しつけ』を行う際には、その行動そのものを変えるのではなく、要因や刺激、行動の結果を変えていく必要があることを理解しなくてはなりません。
4.行動の定着
行動が発生した後、どのような結果が起こるかによって、動物がその行動を繰り返すかどうかが決まります。
例えば、不安傾向という要因があり、飼い主から恐怖刺激が与えられた際に、飼い主に噛むという行動を取ったとします。その結果、飼い主から逃げることが出来たという結果を得ることが出来れば、再度同じ状況になった時に噛むという行動を繰り返すようになります。
あるいは、社会化不足という要因があり、窓の外を侵入者が歩いているという刺激が与えられた際に、窓の外に向かって吠えるという行動を取ったとします。その結果、侵入者は立ち去り、安全が確保出来たという結果を得ることが出来れば、再度同じ状況になった時に吠えるという行動を繰り返すようになります。
改善はしつけのイメージとは違う?
このように、1.先天的要因・後天的要因、2.きっかけとなる刺激・状況、3.行動の発生、4.行動の定着というプロセスを経て、問題行動は成立します。この中でも1.2.4.をコントロールすることが問題行動の改善には必要です。
しつというと、悪いことをしたら叱るという様なイメージだと思いますが、それは、4.の行動の定着の部分で、行動の結果罰を与えているということになります。罰についてはこちらの記事をご参照ください。 [blogcard url="https://tomo-iki.jp/shiba-problem/1761/"]
しかし、1.2.についてはコントロールできていませんし、また上の記事のとおり、効果を上げられるように罰を与えることは非常に難しいことになります。問題行動の改善には、しつけと言うイメージではなく、問題行動を分析し、要因を除去し、きっかけを除去し、行動の結果を変えるプロセスであると言う風に捉えたほうが改善しやすくなります。なんだか科学的な感じですね。しつけという精神論ではなく、科学の力も借りながら、問題行動は改善していくようにしましょう。