こんにちはー。奥田です。9月22日に、拙書“動物の精神科医"が教える 犬の噛みグセ解決塾が発売されまーす!これを受けまして、本書の内容の一部(と言いつつ書籍からの抜粋ではなく書下ろしなんですが)を紹介すべく、いろいろ記事をアップしていこうと思います。

今回のテーマは、「なぜ、”優しい”だけでは、噛みつきが収まらないのか」。最近のトピックですよね!ドドンと行きましょう。

優しいトレーニングで噛まなくなるの?

噛む犬の改善については、様々な方法論が提案されています。消えない恐怖を植え付けるような体罰的なトレーニングを行うことは、場合によってはその犬の精神を壊してしまう危険な方法です。もちろんおススメできません。一方、優しいトレーニングは良い方法と思われがちですが、本当にそうでしょうか?優しいトレーニングを行えば、噛まなくなるのでしょうか?もちろん、噛まなくなる場合もあります。でも、優しいトレーニングを行えばバッチリ!間違いない!ということはなさそうです。

また、攻撃行動は身体疾患によっても発生しますが、今回はそれは除外された前提で話を進めていきます。あと、脳機能の問題や、恐怖や不安がが強い場合は薬物療法を併用するべき症例は多いわけですが、薬物療法は行動療法の補助療法であり、非常に重要な位置を占めるものの、今回の記事では、取り扱いません。適切な薬物療法がすでに実施されているという前提で、行動修正の方に注目して記事を書いていきます。

優しいトレーニング≒陽性強化とは?

優しいトレーニングとは、そもそも何を指すのでしょうか?優しいトレーニングは陽性強化とも呼ばれるトレーニングのことだと私は理解しています。陽性強化とは、正の強化のことを指し、正の強化を主体に行うトレーニングのことを陽性強化と呼んでいるということですね。また、優しいトレーニングという言い方をした場合には、正の強化を用いるという意味だけではなく、犬が嫌がることをしないという意味も含まれるかと思います。この点は後程解説しますが、まずは正の強化の部分について考えていきましょう。

正の強化とは、動物がある行動をとった後に、その動物にとって好きなもの楽しいこと(=報酬)を提供することで、その行動の発生頻度が上がることを指します。この時、行動の後に提示されることで、その発生頻度を上げる刺激のことを正の強化子と呼びます。好きなもの楽しいことがそれにあたります。
行動の後に罰を与えて、行動の頻度を下げることを正の弱化と言います。動物がある行動をした後に痛みを与えられたり、大きな音がしたりしたときには、動物はその行動の頻度を減らします。この時痛みや大きな音は動物にとって嫌な刺激であり、正の弱化子になります。

陽性強化は、正の強化を主体としたトレーニング方法で、これによって、犬に適切な行動を教えていくことを目的にしています。正の強化を主体とするためには、不適切な行動を減らし、適切な行動を増やす環境設置が必要です。家具をかじってはいけないのに、家具をかじりまくっている犬に、正の強化だけで家具をかじらないことを教えるのは至難の業です。というか成立しません。そもそも家具をかじらない環境を提供して、その中で、飼い主に注目するとか、噛んでもいいおもちゃを噛むとか、正しい行動に強化子を提示して、適切な行動を伸ばしていくというのが正の強化の概念です。これは非常に良い方法で、きちんとやることで、犬に大きな負担をかけずに、正しい行動を教えていくことができます。

正の弱化(正の罰)

一方、陽性強化の逆で、正の弱化(正の罰)を用いる方法はどうでしょうか?家具をかじった時に、ダメ!と叱ったり、大きな音を立てて、その行動を止めさせるようにしていく方法ですね。してはいけない行動をしたら、毎度、弱化子を与え、その行動の発生頻度を下げていきます。人の手を噛んだらダメ!ティッシュを持って行ったらダメ!ズボンの裾を噛んできたらダメ!という感じですね。正の弱化(正の罰)の難しいところは、弱化子の強さが弱いとすぐに慣れて意味なくなるです。そのため、与える刺激が徐々に強くなる傾向があり、場合によっては怪我をさせる程度の強さの刺激でないと弱化できなくなることがあります。また、弱くダメダメ言っていると意味ありませんから、ダメダメ言うことで、むしろ興奮してその言葉が強化子になってしまうこともあります。また、いい行動を教えていないので、飼い主との関りは常にダメダメの関係になり、犬の行動の選択肢を奪い、犬が抑圧され、飼い主と一緒にいても楽しくなくなっていきます。

優しいトレーニング=嫌な事をしないこと?

ここまで見てくると、陽性強化の方がいいんじゃない?って思っている方が多いと思いますが、それについては、私も賛成です。正の弱化(正の罰)主体のトレーニングは動物にとっての苦痛を増やします。それに、強度の刺激=強い恐怖を伴うような正の弱化(正の罰)=体罰を使うことは、様々な副作用を生みますので、全く、お勧めできません。詳しくは、日本獣医動物行動研究会の声明をご覧ください。
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問題はここからです。問題行動の修正となってきた時に、本当に陽性強化だけで行動修正ができるのでしょうか?先に述べたように、優しいトレーニング≒陽性強化のイメージの中には、正の弱化(正の罰)を用いない、犬の嫌がることはしない、というイメージが混在しています。本当に犬の嫌がる事、犬の苦痛を避けて、問題行動の修正ができるでしょうか?陽性強化という言葉の中に、正の強化という手続きの話だけではないイメージが入りこんでいることで話がややこしくなっています。

問題行動が発生し続けているとはどういうこと?

この問題を考えるにあたり、まずは、問題行動が起こっている前提を確認していきましょう。問題行動が起こっているということは、問題行動が繰り返されているということです。繰り返されていなければ飼い主は困りませんからね。繰り返し噛まれているとか、散歩中に毎回吠えるとかですね。しかも繰り返しているということは、その行動に対して何らかの強化が働いていると考えられます。噛む行動であれば、噛むことで飼い主に抱っこされること・拘束されることあら逃れることができた=負の強化が働いているかもしれません。散歩中の吠えでも、他の犬を撃退できた=負の強化が働いているかもしれません。散歩中に別の犬に向かって飛びつく犬は、飛びつくことで、時々飼い主を引っ張って別の犬に接近できておりそれが正の強化となっているかもしれません。

具体的に、首輪にリードをつけようとすると噛む犬で話を進めていきましょう。この犬は飼い主に首輪を持たれて拘束されることに嫌悪感を抱いており、首輪を持たれそうになると唸ったり、手に噛みついたりします。飼い主は噛まれないように手を引きますから、犬は唸ったり噛んだりすれば嫌な事を避けられると学習し、唸ったり噛んだりする行動を強化させていきます。逆に飼い主は犬に噛まれることを予測し、恐怖を感じ、また首輪を持とうとする行動を弱化させていきます。

攻撃行動の行動修正の基本

この行動を改善しようとしたときに、様々な方法が考えられます。まずは飼い主に対する基礎的な信頼感を育むために、それこそ正の強化を主体にしたコミュニケーションを図るためのトレーニングを行っていきます。飼い主への不信感が噛む原因の主たるものであった場合、これだけで改善することも、ままあります。ただ、負の強化が繰り返されてきた攻撃行動では、なかなか信頼感の醸成だけでは、首輪の拘束に対して噛まなくなるというケースは少ないです。いずれにしても、すべての改善の基盤となる基礎的なトレーニングですから、これはどうにかできたとしましょう。

しかし、「噛む改善をしようと思って、トレーニングをして、オスワリやフセはできるようになったけど、結局噛む行動は変わっていない」という声を聴くことも少なくありません。基礎的なトレーニングだけでは改善しない攻撃行動に対しては、どのように対応していったらいいのでしょうか?

基礎的なトレーニングができた上で、首輪を持つと噛むという行動が収まっていない時、主に二つの手続きが必要と考えられます。一つは、首輪を持たれ拘束されることに対する脱感作・拮抗条件づけ、もう一つは、首輪を持たれた際の攻撃行動の負の強化の消去です。
脱感作・拮抗条件づけとは、首輪を持つことに対して、犬が恐怖や嫌悪感を抱いていた時に、少しずつ首輪を持つという刺激に馴らすことで、首輪を持たれること=嫌な事という学習を解いていく脱感作と、首輪を持つという刺激に対してオヤツなどの報酬を対提示することで、首輪を持たれること=良いことという学習をさせる拮抗条件づけからなります。
攻撃行動の負の強化の消去とは、飼い主が首輪を持とうとして犬が攻撃行動を示した時に、手を引かないことで、攻撃行動の負の強化子(唸ることで嫌な事が避けられるという経験)を提示しないことによって、攻撃行動の発生頻度を下げていくことを指します。

攻撃行動の修正には苦痛を伴う

脱感作・拮抗条件づけでは手続きの中では行動は発生せず、負の強化の消去では行動が発生するものの負の強化子を提示しない、という形になります。これは学習理論上の考え方ですので、現場では、厳密に分けることは難しく同時にも起こる学習です。

というのも、攻撃行動は、そもそも犬が嫌悪刺激から逃れるための回避行動から地続きにつながっており、あくびをする、首をかく、顔をそむける、逃げる、隠れる、固まる、唸る、牙を見せる、歯を当てる、噛むという行動は刺激の程度に合わせて、発生します。首輪に手を伸ばした時に、唸るという行動が出た時に、飼い主が手を引かずにそのままにしていて、その状態で徐々に唸る行動が出なくなってきた場合、脱感作と負の強化の消去が同時に起こっています。

注目すべきは、この手続きは、明らかに、犬の苦痛を伴うということです。そして、犬にとっては弱いながらも嫌な刺激に曝されるわけですから不快です。でも弱い不快ならば、攻撃するというほどではなく、耐えることができ、やがて不快を感じなくなるからこそ、徐々に馴れていくことができるわけです。

嫌な刺激に馴れることは、苦痛を伴います。ゴキブリが嫌いな人間がゴキブリに馴れようと虫かごに入れたゴキブリを部屋の隅に置いておいたらどうでしょうか?襲い掛かってこないとわかっていても、初めは嫌ですよね。少なくとも私は(ゴキブリがそんなに嫌いではないものの)嫌です。

現場で、脱感作・拮抗条件づけを行おうとすると、できるだけ丁寧にやろうとしても、犬が刺激を回避しようとすることがあります。その反応を見ながらトレーナーが適度な刺激を与えると同時に、適切な行動(例えばオスワリ等)を別に教えて、不適切な行動ではなく、適切な行動を選択できたらオヤツなどの報酬を与えることを繰り返していくわけですが、やはり、犬に対して負荷がかかります。

首輪を持つ前に、リードが張ることに馴らすということをした場合でも、リードが張るとそれを嫌がって、リードに手をかけたり、逃げようとしたりすることはあります。どの程度の刺激に耐えられるかわからない中で、飼い主に指導するために適切な刺激の程度を割り出そうとしているトレーナーが、適切なレベルの刺激を、一発で割り出すということは不可能に近いです。また、適切なレベルの刺激であっても、苦痛であることには変わりありません

一般に攻撃行動に対する行動修正を行うのは飼い主本人で、それを指導するのがトレーナーです。飼い主本人に危険が及ばないようにするために、トレーナーは日々研鑽を積んでいますが、問題行動を乗り越え、行動を変えようとすれば、やはり苦痛を感じさせざるを得ないわけです。もちろん飼い主本人では難しい場合には、トレーナーが犬に対する行動修正を直接を行うことも必要です。

嫌を避けることでは、変わらない

さて、本稿のテーマである、「なぜ、優しいトレーニングだけでは、噛む行動が収まらないのか」の本質にいよいよ近づいてきました。というのも、私の理解・印象が正しくなければ申し訳ないのですが、優しいトレーニングという概念の中に、「正の強化を主体とする」という部分以外に、「犬に嫌な事をしない」という概念が入ってきているのではないかと感じています。もし「犬に嫌な事をしない」という概念が入っているのであれば、脱感作・拮抗条件づけ、攻撃行動の負の強化の消去という手続きが用いれなくなってしまいます。脱感作にしろ、拮抗条件づけにしろ、負の強化の消去にしろ、これまで苦痛を感じて反応していた刺激に対して、反応しなくなるようにする手続きですから、馴れていく過程では少なからず苦しいわけです。

「もっと厳密にやって、犬に苦痛が最小限になる刺激から徐々に馴らしていく」としても、犬にとっては嫌な事を乗り越えなければならないわけですから、程度の問題ですね。もちろん、苦痛の程度を小さくすることはできると思います。しかし、行動修正の成果を半年や一年のスパンで出していこうとすれば、自ずと馴らしていくスピードも決まります。それに、飼い主の予算やトレーナーの時間も有限であり、犬自身の寿命も有限です。ある程度限られた資源で、問題行動を改善し、人と犬の共生を作っていこうとしている時、犬の負担を減らすという要素を絶対視し続けることは難しいなと感じています。もちろん私の力量不足という面も大いにありますが・・・。

いずれにしても、現実的な問題行動の改善の場面、そして、それが強度の問題行動で学習を積み重ねたものであるとき、優しいトレーニングだけで、犬に不快・苦痛を感じさせずに、その行動を改善させることはできないのではないかと私は考えています。

ストレス耐性を伸ばす、我慢力をつける

「なぜ、優しいトレーニングだけでは、噛む行動が収まらないのか」に対する、私自身の答えは、「優しいだけでは、苦痛を乗り越える力を育むことができないから」であり、「犬が嫌がる事でも、少しずつ乗り越えさせていくという、ストレス耐性の育みが必要だから」です。

飼い主への不信感(何されるかわからないと感じている状態)から問題行動が起こっている場合は、正の強化を主体としたコミュニケーションを深めるトレーニングによって改善できるでしょう。一方、攻撃行動の負の強化の学習が進み、より小さな刺激に対して過剰に反応するようになった状態では、問題行動を発生させる刺激や、それに近い刺激に対して馴らしていくことで、刺激に対する反応を弱めていく必要があります。

こうした刺激に対して過剰に反応している状態は、本来、自分の身を守るために必要な反応以上の反応を示している状態と言い換えられます。リードが張ることは、家庭犬にとって、自分の身に危険が及ぶほどの刺激ではないわけですが、それが学習などの影響によって、過剰に反応しているわけです。リードが張ることは、犬にとってストレスですが、リードが張ってもストレス反応を示さない犬と、過剰なストレス反応を示す犬がいるわけです。当然過剰なストレス反応を引き起こす犬の方が攻撃行動を発現させやすいです。

「噛む改善をしようと思って、トレーニングをして、オスワリやフセはできるようになったけど、結局噛む行動は変わっていない」という状態は、飼い主が犬に合わせたトレーニングをしている場合に起こります。トレーニングの時は犬が嫌がらないようなコミュニケーションであり、オヤツももらえるため、犬が嫌がる要素はありません。一方攻撃行動が出る場面では、犬が嫌がることをせざるを得ない場面です。基礎的なトレーニングだけでは、その犬の特定の刺激に対するストレス耐性を高めることができず、噛む行動を抑制するには至らないと考えられます。

ストレス反応が減弱すれば、攻撃行動は発現しにくくなります。攻撃行動を誘発するような刺激に対して、脱感作・拮抗条件づけをすれば、ストレス反応が減弱できるはずです。そして、同時に、少し我慢すれば(弱い刺激に曝されても落ち着いていれば)、報酬(解放・安心)が得られるということを学習させることで、我慢力を醸成することも大切です。この我慢力は、大脳の中でも、理性をつかさどる、前頭連合野の能力を鍛えることによって備わります。そして、我慢力を伸ばすことは、ストレス耐性を伸ばすことにつながり、「今の状況は過剰な反応を示すような状況ではなく、落ち着いていればいい状況だ」と犬が判断できるようになれば、小さな刺激に対して過剰な反応を示さなくてよくなります。

ストレスを乗り越えて成長する

生きていく上でストレスはつきものです。ストレスのない世界はあり得ません。ストレスは常に存在し、なくそうとしてもなくなりません。ストレスとうまく付き合うことが大切です。

ストレスを避けよう避けようとすれば、ストレスがかかった時に、強いストレス反応となります。逆にストレスを受け止め、受け入れ、乗り越えることで、ストレスはストレスでなくなります。ストレスを乗り越えて成長できれば、ストレスを感じても、しなやかに受け流し過剰な反応を示さなくてよくなります。

犬の問題行動の改善においても、ストレス耐性を伸ばすこと、嫌なことでも、乗り越えた先には安心や解放があることを教えていくことが、一つのカギになってくるのではないかと考えています。日々トレーナーとディスカッションしながら、こうした概念についてもより理解を深めていきたいと思います。

おしまい。

著者紹介

奥田順之

獣医師(獣医行動診療科認定医)
ぎふ動物行動クリニック院長
特定非営利活動法人人と動物の共生センター理事長

犬猫の殺処分問題・共生問題の解決を目指し、2012年NPO法人を設立。犬と人の関係性の悪化からの飼育放棄を減らすために、田中利幸トレーナー等とともにドッグ&オーナーズスクールONElife設立。2014年ぎふ動物行動クリニック開業。スクール全体で年間約3800回組(のべ数)の犬と飼い主の指導を実施。行動診療としては、年間約100組の新規相談があり、トレーナーと連携した改善を行っている。行動発達にも重要な影響を与える、ペット産業内での繁殖の適正化、社会的責任(CSR)を推進のために、2018年ペット産業社会的責任白書を発行。シンポジウム等を企画し、根本から人とペットの共生問題に取り組んでいる。

著者の著書