猫が顔を洗ったり、身体を舐めたりする「グルーミング」は、キレイ好きの猫にとって生活に欠かせない行動のひとつです。しかし、この「グルーミング」に関連した行動が過剰になってしまい、毛がはげてしまったり、皮膚に潰瘍ができてしまったり、健康を脅かす事態に発展することがあります。
今回は、正常行動である猫の毛を舐める行動が問題行動に発展してしまう「過剰グルーミング」「過度の舐め行動」について考えてみたいと思います。
猫の皮膚の健康と心の健康
アトピー性皮膚炎などがある人では、心の健康状態が皮膚の状態に影響を及ぼしている可能性があるといわれています。猫でも同様、皮膚と行動上の健康は関連していると考えられ、例えば、過剰グルーミングや舐め行動は、ストレスを受けた猫でよくみられる行動の一つで、脱毛症や引っかき傷、潰瘍など、皮膚や被毛の病変を引き起こします。関連した行動として、自分の身体を過剰に吸引したり、引っ掻いたり、噛みついたりする行動もあります。
猫が皮膚をよく舐めたり掻いたりしていて、脱毛していたりキズになっていたりすると、最初に考えるのは「皮膚炎があって痒いのでは?」「ケガをして痛いのでは?」といったことだと思いますが、それらの治療を行ってもなかなか良くならない場合は、心の健康を含めた多方面からの治療が必要となることがあります。
皮膚と脳はホルモン分泌や神経学的なレベルでも相互作用があるといわれており、ヒトでも痒みを起こす病気の後遺症としてうつ病などの精神疾患が生じたり、逆に精神的な問題が掻痒を悪化させることもあるといわれています。また、ネコ科動物の皮膚には、触覚刺激を受け取る受容体がヒトなどに比べて多く存在するため、触覚が特に敏感なのです。
皮膚が関連した反復行動(過剰グルーミングなど)がみられる場合には、皮膚、神経、内分泌、行動学などの様々な観点からアプローチする必要があるといえます。
猫の過剰グルーミング、過度の舐め行動と身体疾患
猫が過剰に自分の身体を舐める行動がみられる時には、以下の病気の可能性を考えなければなりません。また、原因がひとつとは限らず、併存している場合もあります。
猫の過剰グルーミング、過度の舐め行動で考えられる病気
- 感染症:細菌、真菌、ウイルス、寄生虫などによる感染性皮膚炎
- アレルギー反応:ノミアレルギー、食物アレルギー、接触アレルギーなどによる皮膚炎
- 腫瘍:皮膚や皮下にできる腫瘍やその他の腫瘍に関連した皮膚炎
- 痛みを引き起こす病気:肛門嚢炎、膀胱炎、関節炎など
- 代謝や内分泌に関する要因:甲状腺機能亢進症、薬物有害反応など
- 神経の感覚過敏:神経障害性疼痛や筋骨格系の疼痛が関連することもある
- 行動学的な要素が大きい皮膚疾患:過度な舐め行動、過剰グルーミング、吸引や噛み行動による自傷行動など
過剰グルーミングや過度の舐め行動により、被毛が少なくなっている部分がある場合で、主な原因がストレスである場合、「心因性脱毛症」と呼ばれることもあります。
本来、猫にとって、舐めたりグルーミングをしたりするのは清潔を保ち、寄生虫を駆除する意味があり、飼い猫ではこれらの行動に1日の30%を費やすこともある正常な行動です。
一方、猫では、ストレスに対処する主要な反応として、交感神経や副腎皮質ホルモンが関与するストレス反応によっても、グルーミングが誘発されます。この反応は、ヒトの抜毛症などの強迫行動に類似しているとも言われています。
しかし、ある研究では、心因性脱毛症と診断された21頭の猫のうち、他の病因がなくストレスによる要因しかなかったのはわずか2頭(9.5%)であり、16頭(76.5%)は逆にストレス要因がなく純粋に身体疾患によるものだったという結果も得られています。過剰に舐めているからといってストレスによる心因性だと考えるのは早計でしょう。先に、身体的な異常がないかどうか、身体検査、皮膚検査、血液検査、X線検査など総合的な健康診断を受ける必要があります。皮膚生検での炎症の有無の確認など詳細な検査が必要となる場合もあります。
治療の第一歩はよく観察すること[猫の過剰グルーミング、過度の舐め行動]
飼い主さんが猫ちゃんをよく観察して、たくさんの情報を獣医師などの専門家に伝えることが、より良い治療の第一歩となります。情報が多ければ、様々な観点から、必要な検査や治療を選択することができ、改善への近道となります。
観察するポイントの例
- 身体のどの場所を舐めたり噛んだりするのか
- 問題行動が起こる時間と頻度
- 問題行動のきっかけとなることはあるか
- 現在まで時間経過とともに行動に変化があったか
- 何か治療などを受けていれば、それに対する反応があったか
- 猫のいる環境(家族構成、同居動物、家具など周辺の構成)やその変化
- 問題行動やその他の猫の行動を動画撮影すると診断や治療に非常に有効
- 問題行動の有無や頻度、天気、ご家族や同居動物の状況、その日にあった出来事など、外的環境も含めた毎日の記録を残しておくとよい
猫の過剰グルーミングに対する行動学的治療
身体的な状態と問題行動は複雑に密接に関係しており、身体的な異常がみつかれば、その治療をしていく必要があります。しかし、自傷的な過剰グルーミングは積み重なるストレスが関与する慢性的な問題であり、身体的な異常がみつかった場合でも、行動療法を取り入れなければなりません。
キャットフレンドリーな環境を整備
ストレス因子と考えられるものはできる限り軽減し、猫にとって予測可能で、安全で豊かな生活環境を整えましょう。そうすることで、フラストレーションや交感神経の興奮が軽減し、ストレスを減少させることができます。
- 休む場所、隠れる場所を十分な数用意する
- 使いやすい爪とぎ器を猫が爪とぎしたくなる場所に複数配置する
- 知育おもちゃを活用する
…などの整備が考えられます。
詳しくは、下記のページもご参照ください。
遊びを充実させる
- 猫の捕食行動に則った遊び方を工夫する
- 5~10分の短い遊びを1日複数回行う
- 遊んだ後は、少しフードやおやつを与えて終了する
…などの工夫が考えられます。
詳しくは、下記のページもご参照ください。
社会的ストレスを軽減する
猫同士、あるいは犬など他の動物との社会的衝突は、猫にとってごく一般的なストレス要因。
苦手な相手に対して、猫がシャーと言ったり、猫パンチしたりといったあからさまな行動を取ることもありますが、これよりも地味な、隠れたり、その相手がいる時は別の部屋にいるなどといった回避行動を取っていることも多くあります。猫の行動をよく観察し、こういった認識されにくいストレスがないかどうか確認しましょう。
猫が複数一緒に生活している場合は、それぞれの猫に必需品(フード、水、トイレ、休憩場所、爪とぎ)が配置された安全なコアエリアが確保されるよう整備しましょう。長時間一緒に過ごしたり、グルーミングし合う様子がみられる猫同士はコアエリアを共有できます。
あからさまな威嚇をし合う猫同士は、部屋を分け、その関係性を変えるための行動修正を実施する必要があります。
詳しくは、下記のページもご参照ください。
また、社会的ストレスを感じるのは、飼い主である人間との関係でも、同様です。
問題となっている行動に対しても、それ以外の行動に対しても、罰や叱責により対処することは、猫と飼い主との信頼関係を崩してしまい、猫のストレスを増大させますので避けましょう。
抱っこを強制したり、無理矢理撫でたりといったことは飼い主としてはしたくなってしまうことかもしれませんが、猫が不快と感じていないかボディランゲージなどをよく確認しましょう。猫があまり良く思っていない関わり合いは、続けるべきではありません。
過度の舐め行動をみかけたら直接止めるのはNG
舐め続けているのをみかけた時に、手を出して遮ったり、声をかけたり叱ったりして止めることで、逆にその行動を強化してしまうことがあるため、やめましょう。飼い主が近くに来ること、声をかけてくれることが報酬になっている場合もあれば、叱られることがさらなるストレスとなり、行動が増えてしまうこともあるのです。
また、エリザベスカラーや洋服の使用は、短期的には舐めることを防ぐことができるかもしれませんが、正常なグルーミングやジャンプなどの行動をも妨げることになり、フラストレーションを高める可能性があります。さらに、外した時にそれまで妨げられていたことでグルーミングの反動が起こることも予想されます。
過剰グルーミングや過度の舐め行動がみられる場合、猫にとってストレスとなるものはすべて軽減することが望ましいことを考慮すると、これらの物の使用は推奨されません。
あまりにも自傷がひどく創傷を保護する必要があり、エリザベスカラーを使用せざるを得ない場合には、ジャンプができないことや音が反響して聞きづらいこと、視覚が妨げられることなどに配慮して、生活環境についても変更をする必要があります。
過剰グルーミングや過度の舐め行動を止めさせたい場合、問題行動の代わりに満足感のある活動を与えるようにしましょう。例えば、好きなおやつを使って楽しくトレーニングすることが挙げられます。「自分のベッドやキャットタワーに行って」や「こちらにおいで」などの行動に短い言葉で合図をつけて教えておけば、して欲しくない行動の代替行動として猫にたのしく動いてもらうことができます。
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