捕食行動と遊び行動
猫にとっておもちゃを追いかけたりじゃれたりする遊びは、獲物を捕獲する練習、捕食行動の一環であり、実際は「遊び」ではありません。遊びの中にみられる多くの運動パターンは、猫が狩りをするときの動きと似ており、捕食行動と遊び行動の発達は関連しているということがわかっています。
かつては、人間は猫にネズミを退治させるために、猫は獲物(ネズミ)をたくさん捕まえるために、利益が一致する形で一緒に生活するようになりました。当時の猫たちは、日常生活で狩りを行うことで捕食本能を満たし、そのことは猫だけでなく人間にも利益をもたらしていたのです。しかし現在は、自分でネズミを捕まえることで毎日の食事を賄っている飼い猫はほぼいないでしょう。猫にとっては当たり前の捕食本能を「食べるために狩る」という形で満たす場がなくなった今、猫が持って生まれた衝動を失うことなく、室内でより安全に、より質の高い生活ができるよう、飼い主である人間が考えなければなりません。
猫の捕食行動パターン
猫の捕食行動には、次のような一定のパターンがあります。
猫の捕食行動パターン
- 狩りをする
- 嗅覚、聴覚、視覚を使って獲物を探し、待ち伏せる。
- 獲物を目で追い、そっと近づきながら狙う。
- 捕まえる
- 獲物に飛びつき、四肢や口を使って捕まえる。
- 殺す
- 引っかく、蹴る、咬む、振り回すなどの方法で弱らせる。
- とどめを刺して咬み殺す。
- 食べる
- 獲物を安全な場所に持っていく。
- 食べる。
遊びと猫の発達
捕食行動に関連した動きは、生後5週齢までに出てくると言われており、捕食行動と遊び行動の発達は関連があると言われています。その他、捕食行動以外の行動の発達にも、子猫の遊びは大きな影響を及ぼしています。
社会的な遊び
猫同士が身体的な接触をすることで遊ぶ「社会的な遊び」は、きょうだいの子猫や母猫などが関わる遊び行動です。追いかける行動や前足で触ること、時には咬んだり背を弓なりにするのがみられ、この遊び方は、成猫が闘争する時の行動パターンに似ています。
これらの遊びは、猫が立ち上がって歩き回れるようになる生後3~4週齢頃から始まり、視覚などの感覚及び四肢の運動が発達するにつれて磨きがかかってきます。生後10~11週齢頃までには、複雑な運動パターンも可能になりますが、生後12~14週齢頃を境に、この社会的遊びは徐々に減少していきます。
確認されている子猫の遊びの姿勢 8種類
1 あおむけに腹を出す
2 立ち上がり
3 サイドステップ
4 とびかかる
5 垂直スタンス
6 追いかける
7 水平跳躍
8 対面
子猫が遊ぶ時に、この8種類の姿勢のうち、相手の子猫を遊びに誘える確率が高いのは、「とびかかる」、「あおむけに腹を出す」、「立ち上がり」で、生後6~12週齢の子猫の90%で有効です。その他のレパートリーについて、生後6週齢では「サイドステップ」が有効で「垂直スタンス」はほぼ効果がなく、逆に生後12週齢では「垂直スタンス」が有効だが「サイドステップ」はほぼ効果がないなど、猫が成熟するにつれ、使われるコミュニケーションのレパートリーが変化していくことがわかっており、遊びの中で他の猫とのコミュニケーションについて身につけていくのが猫の正常な発達過程であると考えることができます。このことから、不適切な遊び方(過度に乱暴に遊ぶなど)により、成長後の猫にコミュニケーションの問題が生じる恐れもあるため、遊び行動は変化していくことが正常であるということをよく理解しておくことが大切です。
物体に向けられる遊び
おもちゃなどの物体での遊びは生後7~8週齢頃までに増えてきます。子猫同士が身体の接触などで遊ぶ「社会的な遊び」が主だった遊びの内容が、子猫の独立性が高くなるおよそ生後16週齢までに、「物体に向けられる遊び」へと転換されてきます。
運動の遊び
子猫が五感を使って環境を調べたり、通り道にある様々な物体に乗ってみるなどして探索する遊びが「運動の遊び」です。この「運動の遊び」も、生後7~8週齢頃にすばやく発達します。
遊びと問題行動の関係
猫では、捕食行動との関連から、遊びの役割について詳しく研究されてきました。
早期に離乳した子猫は、ふつうに離乳した子猫よりも捕食行動の発達も早く、ネズミをよく殺すようになると言われており、また、早期離乳の最も大きな副作用は、遊び行動にあらわれるとも言われています。正常な条件下では、子猫は「社会的な遊び」を経験し猫同士のコミュニケーション行動を身につけ、「物体に向けられる遊び」が生後2ヶ月頃までに活発に行われるようになりますが、早期離乳条件下では、「社会的な遊び」の中で多くの攻撃行動が早期にみられるようになり、遊び中の事故が増えるとされているのです。
離乳をした時期は、飼い主が猫を迎える時点ではわからない場合も多い情報ですが、遊びが攻撃的になってしまったり、攻撃行動が問題となってしまう要素として、猫を家に迎える前からこのような要素を持っていることも少なくないと考えられます。
また、猫は子猫の時代から知っているタイプの獲物を狩る傾向が強いとされています。放し飼いのイエネコは、離乳が始まる生後4週齢頃から、生きた獲物を子猫に運び始めます。子猫は、母猫が運んだ獲物で遊ぶ中で、自分で狩りをして食べる練習をします。離乳したての子猫は、どんな食事であっても、母親が好む食事、つまり母親が子猫に運んでくる獲物を食べるようになります。その結果、子猫の時代に慣れ親しんだタイプの獲物を、生涯、獲物として認識する傾向が生じると考えられます。
子猫時代の早い時期から、飼い主が手で子猫をじゃれさせて遊ぶことは、母猫が生きた獲物を運び、狩りの練習をさせているのと同じことで、子猫は慣れ親しんだ「人の手」という獲物を、成長してからも生涯狩り続けてしまう可能性があります。
猫にとって、遊びが捕食行動の一環である以上、猫が幸せで健康でいられるためには、毎日の生活に「遊び」は不可欠と言えるでしょう。十分に遊ぶことは、猫が生まれつき持っている行動様式を発現させる大切な機会であるため、日常からこの機会が欠けてしまうと、欲求不満が募り、強いストレスに晒される状態となり、不適切な排尿の問題や過剰な舐め行動、攻撃行動などの問題行動が引き起こされることもあります。そのため、時間がある時だけ遊ぶのではなく、犬の散歩と同じように、猫の飼い主は毎日、遊びに時間を使う必要があります。
猫が満足する遊び方
猫の捕食行動には上記のとおり一定のパターンがあるため、毎日の遊びを、捕食行動を構成している行動ひとつひとつが満たせるような体系的な活動にすることができれば、猫にとってとても満足感があるものとできるでしょう。
ただし、パターンを構成するひとつひとつの行動をすべて網羅して遊ぶ猫もいれば、その一部だけ(例えばおもちゃを目で追うだけ)で満足する猫も、実はいます。猫がおもちゃを追いかけなかったとしても、それは「遊びが好きではない」というわけではなく、目で追って狙っているだけでも猫は十分に遊びたい気持ちを満たしている場合もあるので、その猫の個性や好みに合った遊び方で遊んであげるとよいでしょう。
また、猫は物事が予想通りに運ぶことを好みます。毎日だいたい時間を決めて遊ぶなど、ルーチン化して行うとよいでしょう。
具体的には、例えば、
「おもちゃで遊ぶ(5分間)→休憩(5分間)→おもちゃで遊ぶ(5分間)→おやつなどを食べる」
このようなパターンで遊べば、一定の捕食行動パターンを完結させる形で遊ぶことができます。
家庭内で、猫のやる気が高まるタイミング(家族の起床時、猫の食事のタイミングなど)に合わせて、1日に何回か、このような狩りを再現した遊びをする習慣を作ると良いでしょう。
おもちゃを使って遊ぶ
猫はおもちゃを獲物に見立てて遊ぶことで、捕食欲求を満たすため、飼い主もこの遊びに全面的に参加し、おもちゃを猫が獲物として好む鳥やネズミや虫やトカゲなどになったつもりで本物らしく動かして、その役割を演じましょう。
どんな獲物を好むかは、猫によって違うため、猫が喜んで遊ぶおもちゃにも好みがあります。数種類のおもちゃを用意して遊んでみて、好みを見極めましょう。また、噛みちぎれる素材や飲み込める大きさのおもちゃだと、破壊したり飲み込んだりしてしまう猫もいるため、十分に注意し、その猫に合った安全に遊べるおもちゃを選びましょう。
遊び方も、いろいろ試してみましょう。例えば、布や紙の下、キャットトンネルの中などにおもちゃを隠しながら動かすと喜んで飛びつく猫もいます。また、投げたおもちゃをくわえて戻ってくる遊び「もってこい」が好きな猫もいます。レーザーポインターの動きによく反応する猫も多いですが、レーザーポインターの獲物は捕まえることができないため、ウォーミングアップに使い、その後、実体のあるおもちゃを使って捕まえさせ、遊びを完結させることが大切です。
遊びの中で興奮しすぎてしまうと、間違って人を咬んだりしてしまう場合もあるため、間に休憩する時間を設けると良いでしょう。
フードやおやつを使って遊ぶ
猫の目の前でフードやおやつを投げ、追いかけて食べさせる遊びや、フードやおやつを部屋の中のあちこちに隠し、宝探しの遊びを楽しむことができます。
また、フードやおやつを使って、「お手」「タッチ」などをトレーニングしてみるのも、楽しい遊びのひとつとなります。
ひとり遊び
フードやおやつを中に入れるタイプのおもちゃ(知育玩具、おやつトイ)などを使うことで、猫が考え、工夫をした結果、食べ物を獲得するという経験をさせることができます。こうすることで、捕食欲求を満たすと同時に、お皿でもらったフードを食べるよりも達成感を持たせることができます。他にも、ひとりでも退屈せずに過ごせたり、早食いや一気食いを防げるというメリットもあります。
犬と猫の問題行動診療(犬の攻撃行動、猫の不適切排尿、咬みつきなど)
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