ご相談の主旨
唸りながら尻尾と足を噛む行動に問題を感じ、ご相談いただきました。
本日お知らせいただいた内容(行動の経歴)
小さなころから尻尾を追って唸る行動がみられていたものの、その頻度は週に数回見る程度だったとのことでした。
7月31日に日頃過ごしているサンテラスにいたNちゃんに対して、誤って、Nちゃんが嫌いな水をかけてしまい、その後水道工事があり庭に水がまかれるということがあったとのことでした。その日の昼に急に唸りだし尻尾を噛んだため、かかりつけの、いけの動物病院を受診されたとのことでした。
かかりつけ動物病院では、クロミプラミンが処方されたとのことでした。
その後も唸る行動が断続的に続き、8月9日には、落ち着きなく歩き回ったり、目がうつろになり、息が荒くなるという病的な状態となり、唸る行動も断続的に見られたとのことでした。
8月13日~8月14日にかけて留守番させており、帰ってきたところ、夜9時ごろに吠えて、暴れ、毛をむしり、尻尾を噛む行動があり、狂ったような状態で、飛び散った血で、部屋が血だらけになるような状況になったとのことでした。
8月15日からは寝たきりで起きない状態となり、8月20日ごろまで寝たきりの状態が続いたとのことでした。ご飯は自分で食べないため、口まで運んで何とか食べさせる状態だったとのことでした。
8月21日ごろからは寝たきりの状態から少し回復し、立ち上がるようになったものの、起きている時は急に唸りだして回りだし、止めないとエスカレートしていく状態となったとのことでした。また疲れると寝ることもあるものの、パンティングしながら、直立不動で、ずっと立ち尽くしているような状態にもなるとのことでした。んでも反応しない、遊びに誘っても反応しない、餌も自分から食べに来ないという状態で、急に唸りながら回りだすという状況になったとのことでした。
8月27日ごろから少し元気になり、気分がいいときは自分からご飯を食べにきたり、お散歩にも行けるようになったりしてきたとのことでした。しかし、断続的に唸りだし、止めないと唸り、吠えながら、回る状況が2時間くらい続き、エスカレートしていくような状態であるとのことでした。
これまでに、かかりつけ動物病院からジアゼパムも処方されており、ジアゼパムを飲んだ1時間後くらいからは6時間~12時間程度落ち着いているとのことでした。
診断とお話し
これまでの経緯と問題行動の発生している状況、カウンセリングの様子から、
今のところ、常同障害かてんかん発作による自傷行動と考えられます。常同障害とてんかん発作の鑑別は今のところ難しい状態ですが、経験的に抗てんかん薬が奏功するパターンに近いと感じています。
今回特に身体的な異常については、特に明らかな異常が見られているわけではありませんが、何かしらの異常が隠れている可能性もあります。てんかんには何らかの原因があって発生している症候性てんかんと、原因が特定できない特発性てんかんがあります。症候性てんかんの可能性を除外するためにも、神経学的な精密な検査も今後検討していくことが必要でしょう。血液検査による全身のスクリーニングと、場合によっては特発性てんかんの確定診断も含めて、脳のMRI検査や脳波測定を実施した方がよいかもしれません。治療に対する反応を見て、反応が得られなければ、MRIや脳波測定も検討しましょう。
てんかんには、全般性発作と焦点発作というものがあり、焦点発作の場合、異常行動を発生させることもあります。ただし、てんかん発作の場合は、一般的に発作前期・発作後期があり、異常行動が出る前後でも、普通の行動ではない状況になることが多いです。Nちゃんの場合、普通にしていても突然起こる事から、てんかんではない可能性も十分に考えられます。
現状では治療的診断ですが、抗てんかん作用を含む抗不安薬であるジアゼパムに対する反応が顕著であれば、不安などのストレスがきっかけとなって発生しているてんかん発作の可能性が高いでしょう。
或いは、常同障害という可能性があります。常同行動とは、無目的かつ反復的な行動のことを指し、頻繁に発生する場合を常同障害と言います。常同障害では、脳のブレーキとも呼ばれるセロトニンというホルモンの脳内代謝に問題があることが知られています。常同障害では、脳の一部で神経の過活動があるのではないかと言う仮説が提唱されています。
尾を追う行動は、葛藤が発生した時にも起こる行動で、葛藤行動と言われます。常同障害は葛藤がほとんど無くても(小さくても)常同行動が発生する状態です。何らかの葛藤を生じさせる引き金がある場合に、行動が発生しているのではないでしょうか。
まずは、薬物療法で反応を見ることから行っていきます。治療の反応は、日ごろの生活の状況をこれまでと同じようにメモに取っていただくことで客観的に評価できます。またビデオ撮影もしていただけると助かります。
薬物療法について
◎ ジアゼパム(当初の処方:1㎎/kg 1日3回)
ジアゼパムは、ベンゾジアゼピン系抗不安薬と呼ばれる薬で、不安を和らげる作用と同時に、脳全体の活性を落とす作用があります。体重1キロ当たり1回0.5~2㎎を1日に2回~4回飲ませます。
ジアゼパムは、脳のGABA受容体(チョコレートなどで昔流行りましたね)に作用し、脳を落ち着かせる作用があります。アルコールを飲んでボーとしている感覚に近いと言われています。抗てんかん作用があり、脳のシナプスの異常発火を抑える作用もあります。
ジアゼパムの特徴は、即効性があることで、投薬後30分程度で作用を示します。作用時間は短く。4~6時間程度で作用がなくなります。そのため、暴風雨への恐怖症や花火恐怖症などに多用されます。抗てんかん作用があるため、てんかん体質が疑われる際の攻撃行動にも緊急的に使用することが有ります。長期に使用すると、耐性ができ効果が弱くなることがあると言われています。経験的には1年以上当初の投与量で継続して使用しても、十分な効果が得られていることが多いです。
副作用としては、ふらつく、活動性の低下、食欲亢進、逆説興奮、などが認められます。
肝臓で代謝され、選択的セロトニン再取り込阻害薬と競合するため、併用する場合は、それぞれに効果が強くなる可能性がありますので、反応を見て投与量を調整していく必要があります。
さいごに
わからないことや改善の状況など、なんでもご相談ください。しっかりサポートして参りますので、一歩ずつ進んでいきましょう。
何かありましたらいつでもご連絡ください。
その後の経過
ジアゼパムによる効果出て、ジアゼパムを使用している時は、尾追いや唸りが軽減しました。
ジアゼパムを長期連用するよりも、似た作用機序を持つ、長期間使用できる薬物に変更したほうが良いとの判断から、フェノバルビタールに変更し、同時にフルオキセチンも合わせて投薬することとしました。
変更後に、より尾追い、唸りが軽減し、ほぼ消失する状態となりました。
その後、一般的なトレーニングによって、飼い主との生活に対する不安を取り除く行動修正を行いました。
治療開始から1年ほど経過した段階で、生活に支障が見られないため、徐々に減薬を行っています。