脳の酸化を防ぐ有効成分

 脳は酸化ダメージに対して非常に弱いため、酸化を防ぐことが脳機能の維持には重要です。抗酸化物質の補給は認知障害を軽減する可能性があります。ヒトの認知症の予防においては、抗酸化作用のあるビタミンCやビタミンE、不飽和脂肪酸の摂取が有効であると考えられています。犬では摂取することは出来ませんが、緑茶、少量の飲酒、地中海料理の継続的な摂取が認知症予防に有効であるとの報告もあります。

 犬に関する報告では、脂質過酸化を減少させる機能を持つ、S-アデノシルメチオニン(SAMe)摂取後に認知機能の改善が見られました。ビタミンC、E、L-カルニチン、 α-リポ酸など抗酸化物質を豊富に含む食餌を与えると、高齢犬の記憶力と学習能力が改善し、認知テストのスコアが向上することが報告されています。別の研究では、ビタミンB、オメガ3脂肪酸、L-アルギニンを組み合わせて補給することで、認知機能が改善することが示されています。

 ホスファチジルセリン、イチョウ葉エキス、ビタミン E、ビタミンB6を含むサプリメント『Senilife ®』の利用は、犬の認知症の症状を改善することが報告されています。

 栄養グルタチオンの主要な前駆体であるN-アセチル システイン 、α-リポ酸、ビタミン C および E、L-カルニチンおよびコエンザイム Q10が含まれる補助食品Aktivait ®は、認知症に対するサプリメントとして日本でもよく使用されています。必須脂肪酸のドコサヘキサエン酸 (DHA) とエイコサペンタエン酸 (EPA) も含まれており、どちらもヒトの脳の老化の影響に有益であることが示されています。さらにAktivait ®には、天然のリン脂質であるホスファチジルセリンが含まれており、細胞活動を強化および維持する作用があります。実験動物では、ホスファチジルセリンの投与により、学習および記憶テスト中に用量依存的な改善がみられています。

 様々な研究で、単一の抗酸化物質の摂取よりも、複数の有効成分の組み合わせの方が、効果を発揮することが示されています。有効成分を組み合わせたサプリメントを利用することは、認知症の予防に効果的と言えるでしょう。

 また、大麻から抽出されるカンナビノイドの一種であるTHC/CBDがヒトの認知症症状を緩和したことが報告されています。CBD(カンナビジオール)は、日本でも犬に対する使用に関して研究が進められており、臨床の現場でも使われ始めています。CBDには神経保護作用があり、認知症モデルマウスの認知障害の発症を予防することが示されています。臨床的には、ヒトのアルツハイマー型認知症に対し、苦痛、興奮、攻撃性が減少し、気分、⾷欲、睡眠の質が改善したとの報告があります。こうした効果が犬の認知症に対しても得られる可能性はありますが、現状では症例報告は少なく、どの程度作用するかは未知数と言えるでしょう。

 認知症に対しては様々な有効成分があり、症状の緩和や予防に寄与することが分かっていますが、そうした有効成分であっても、認知症を治す事には繋がりません。大切なことは、症状が進行してしまってから与えるのではなく、症状が表れる前、あるいは認知機能低下の初期に飼い主が気づき、予防的に使用する事で、認知機能を維持していくという事です。

日々の食事で認知症予防

 症状が進行する前からサプリメントを与えるというのは少しハードルが高いですよね。そこで、日々食べる食事で認知症の予防ができたら、それに越したことはありません。

 ヒトでも犬でも、食事の内容は、認知症の予防に大きな影響があります。炭⽔化物の多い食事、過剰なカロリー摂取、⾼⾎糖、肥満、オメガ3⽋乏症、ビタミンB⽋乏症は、ヒトでも犬でも認知症を進行させる可能性があります。逆に、ココナッツオイル等の、中鎖脂肪酸トリグリセリド(MCT)を豊富に含む食品や、DHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)を多く含む魚類は、認知機能低下のリスクを下げることが知られています。また、天然の抗酸化物質であるカロテノイドやフラボノイドが含まれる果物や野菜は、犬の認知機能維持に影響していることが分かっています。新鮮な魚、果物、野菜を含んだ、バランスの取れた手作り食を与えることは、犬の認知症予防に有益であると言えます。

 とはいえ、手作り食はなかなかハードルが高いという方も少なくないでしょう。その場合、魚、果物、野菜を、総合栄養食(ドッグフード)にトッピングするという方法もあります。トッピングを行う場合には、毎日魚ばかりトッピングするというような、特定の食材に偏らないように気を付けましょう。

 ドライフードだけを与える場合であっても、酸化したフードを与えるのか、新鮮なフードを与えるのかという部分は気を付けるべきです。ドライフードの中には、『不飽和脂肪酸が多く含まれた赤みの肉をたっぷり使ったフードです』と記載されているものがありますが、不飽和脂肪酸は、酸素に触れる事によって劣化していきます。有効成分でも劣化してしまえば意味はありません。不飽和脂肪酸の酸化は、食品が置かれている温度が高い方が早く、水分が多い方が早い傾向にあります。ドライフードを開封した場合、空気と触れ合うことで、空気中の水分を吸って湿気ってしまいますし、特に夏場は温度が高く、不飽和脂肪酸の劣化スピードが早くなります。封をあけてから1か月も空気中で放置するというのは適切ではありません。なるべく早く食べきる小さな袋で購入することや、大袋であれば、密閉できる袋に小分けにして、冷暗所に保存するといった形で、できるだけ酸化を防ぐようにした方がいいでしょう。

高品質なフードが認知機能を維持する?

スロバキアで行われた調査では、管理された食事を食べてている犬と、管理されていない食事を食べている犬との間で、認知症機能の低下のリスクについて比較されました。その結果、管理されていない食事を与えられた犬の方が、認知機能低下のリスクが2.8倍も高かったのです。

この研究で、管理された食事とは、犬種の大きさや年齢、健康状態に応じて購入される高品質の市販食品(ヒルズ、ロイヤルカナン、スペシフィックなど)と定義されました。一方で、管理されていない食事とは、犬種の大きさや年齢、健康状態に応じて購入されないキッチン廃棄物、特に指定のない飼料混合物、または低品質の市販食品を指します。要するに、プレミアムフードを食べているか、そうではない低品質なフードや残飯などを中心に食べているかという違いになります。

ここまで述べてきた通り、認知機能の維持には、様々な栄養的サポートが有効です。フードの品質とは、そうした内容物について精査されているかどうか、酸化を防ぐ梱包がされているかなどの面でレベルが高いということになります。認知機能低下のリスクが2.8倍も違うということも重要ですが、毎日食べるものですから、認知機能維持という側面だけでなく、やはり、品質の良いフードを与えてあげたいですね。