「愛犬が執拗に手をなめます。アレルギーかもと言われ、痒みの治療はしているのですかなかなかよくなりません…。」
飼い主さんから寄せられるご質問として多いのが、「執拗に続く舐める行動」です。手を舐め続けている愛犬を見ていると、「ストレスかな…?」と感じますよね。
特に身体的な問題がないにも関わらず、無目的に特定の行動を繰り返す状態のことを『常同障害』と言います。常同障害は、行動的・心理的な疾患であり、適切なストレスケアが重要です。犬猫が安心できる環境設定や、犬猫と飼い主の健全な関係づくり、適切な活動の提供、そして、薬物療法など様々な対応策があります。
執拗に手を舐める原因
犬が執拗に手を舐める原因としては、①手に痒みや違和感がある場合、②心理的ストレスにより舐めている場合、③舐めるという行動により飼い主の関心を引こうとしている場合に分けられます。
①の場合、手にある痒みや違和感を取り除くことで舐める原因がなくなるため、執拗に舐める行動を減らすことができます。
②の心理的ストレスが影響している場合、心理的ストレスの原因を突き止め除去する必要があります。手を舐める犬にはかゆみ止めが処方されることが多くありますが、いくら痒み止めを使ったところで、痒みが原因でないため、舐める行動を減らすことはできません。
③の飼い主の関心を引こうとしている場合、本当に舐めるという行動が飼い主の関心を引こうとして発生しているのかどうか確かめたうえで、『舐めても関心を引くことができない』ということと、『舐める以外の適切な方法で飼い主とかかわることのできる行動を教える』ということを行っていく必要があります。
原因①痒みや不快感
自分の手をなめる場合、痒みや不快感が原因になっていることが多くあります。アレルギーなどで身体に痒みがある場合、前足・後足の先、股、脇、耳、口の周り、などがかゆくなり、執拗に掻いたり、舐めたりします。特に、前足・後足の先、肉球の間がかゆい、指の間がかゆい場合や、股がかゆい場合に、その場所をなめ続けることがあります。
痒み以外にも、感覚神経の異常でその部分に不快感があるときや、関節が痛い場合にもなめたり、毛をむしったりする行動がみられることがあります。
痒みや不快感によって手を舐める疾患として、代表的なものは以下の通りです。
アトピー性皮膚炎
遺伝的訴因を背景にした、慢性の皮膚疾患です。多くの症例で、ハウスダストマイトへのアレルギー反応が認められます。発症年齢は6か月~3歳ごろで、症状の程度も多岐にわたり、軽度の掻痒感から、非常に重度の掻痒感まで認められます。多くの症例で手を舐める症状があり、指先については、裂毛・脱毛・発赤・潰瘍・苔癬化・色素沈着などが認められます。手だけでなく、口の周り、耳、脇、股などで病変が認められることが多いです。
食物アレルギー
食物アレルギーは、食物アレルゲンに対するアレルギー反応により、痒みを伴う皮膚症状や、下痢などの消化器症状を生じる疾患です。食物アレルゲンに反応しているため、アレルゲンを含まない食物を与えることによりアレルギー反応を回避することができます。診断は、食物アレルゲンを含まない除去食を与え(除去食試験)てかゆみなどの症状が緩和されるかどうか確認したのち、食物アレルゲンを含む食事を再び与え(食物負荷試験)痒みが再発すれば、食物アレルギーであることを確定できます。
食物アレルギーは、アトピー性皮膚炎と関連して発症していると考えられています。症状は、アトピー性皮膚炎と同様、手を舐める、口の周りをかゆがる、耳、脇、股などの皮膚病変が認められます。
細菌などの増殖や感染による皮膚炎
膿皮症(ブドウ球菌などの細菌が増殖)、マラセチア皮膚炎(酵母菌であるマラセチアが増殖)、皮膚糸状菌症(真菌の感染)、ニキビダニ症(毛包に常在するニキビダニが増殖)、疥癬(ヒゼンダニの感染)、ノミアレルギー性皮膚炎(ノミの寄生によるアレルギー性皮膚炎)など。病原体により、抗生剤や駆虫薬などの方法で治療が行われます。
痛みにより手を舐める原因となる疾患
- 重度の皮膚炎:上記の痒みが非常に強い場合、掻いたり噛んだりすることで外傷となり、痛みを引き起こすこともあります。
- 内臓の疾患:例えば、猫がお腹をしつこく舐めている場合、膀胱炎の痛みや違和感により引き起こされている場合もあります。
- 骨格や神経の疾患:骨や関節に痛みがあったり、脊髄神経の疾患による痛みがある場合も考えられます。
知覚異常により手を舐める原因となる疾患
知覚過敏を引き起こす神経疾患(脊髄空洞症など)で、皮膚を掻く行動や舐める行動がみられる場合があります。
原因②心理的ストレス
手を執拗に舐める理由は、痒みや不快感だけではありません。心理的なストレスによっても、手や身体の一部をなめ続ける行動が発生します。心理的なストレスが原因の場合、いくら痒みをとっても治らずなめ続けることになってしまいます。
「身体をなめる=痒み」と安易に考えず、心理的なストレスについても検討した方がよいでしょう。飼い主さんとの関係や、同居動物との関係、人間の気づかない臭いや音、刺激が少なく単調な生活、家族や同居動物との別離など、様々な心理的要因が、舐める行動につながることがあります。
執拗に舐める行動の程度が強くなり、完全に無目的な行動を繰り返し、脱毛や肌がただれるなどの問題が生じる状態を常同障害といいます。常同障害の状態では、薬物療法(心理的な影響のある薬物)も併用した治療が効果的です。痒みに対する治療を続けてきたけど、なかなか良くならないという場合、行動面・心理面からのアプローチが有効である場合もあります。
刺激不足の心理的ストレス
心理的ストレスというと、何か怖いことがあったり、嫌なことがあったりして、ストレスを感じることを指すように感じますが、実は、「何も刺激がない」という状態も心理的ストレスとなります。要は暇すぎてストレスということですね。
動物園の動物が良い例です。動物園動物は、限られた飼育スペースの中で、限られた刺激の中で生活しています。そのため、左右に揺れ続ける、同じところを歩き続ける、柵をかじる、舌で遊ぶといった、無目的な行動を繰り返すようになる個体が少なくありません。これは、野生下とは異なる、刺激の少ない環境が原因となって発生する、常同行動と呼ばれる行動です。動物園では、動物の常同行動を減らすために、様々な精神的刺激を与えられるよう、環境エンリッチメントの取り組みが進んでおり、実際、環境エンリッチメントに取り組むことで常同行動の発生を減少させることができています。
犬が手を舐める行動についても、常同行動として起こっているものもあります。犬はもともと人と共に狩りをしたり、犬同士遊んだり、犬だけでご飯を探してうろうろしたり、様々な活動をする生き物です。現代の犬は、特にやることがなく、あまりにも暇であり、常同行動を起こしても不思議ではない環境で暮らしています。
このような刺激がないというストレスに慢性的にさらされることにより、心理的ストレスから常同行動としての、手を舐める行動が発生する場合があります。
心理的ストレスと手を舐める行動の関係
人間のアトピー性皮膚炎においても、心理的ストレスが痒みを悪化させるということが一般的に知られています。心理的ストレスが痒みを悪化させるメカニズムについては様々な研究がおこなわれています。
そもそも、痒みは非常に不快であり、イライラして落ち着かない心理状態にさせます。痒みそのものが心理的ストレスを発生させています。その逆に心理的ストレスは、心身の緊張状態を生みます。緊張した身体は小さな刺激にも過剰に反応するようになり、普段よりも強く痒みを知覚しやすくします。
かゆい部分をかきむしるのは、動物にとって強い報酬になります。不快な状態から一瞬逃れることができますし、かゆい部分をかくこと自体が心地よい経験になります。心理的ストレスが高い状態では、動物は手近な報酬を得たくなりやすく、かゆい部分をかくという行動に出やすくなります。
このように、心理的ストレスは痒みを増悪し、痒みは心理的ストレスを増悪する関係にあります。手を執拗に舐めるという行動の原因として、心理的ストレスも、アレルギーによる痒みも、共に影響しあっている可能性も考えておく必要があります。
原因③関心を引くための行動
関心をひくための行動として、自分の手を舐めているということが少なからずあります。人にとって、犬が手を舐めるという行動は気になるものです。舐めているときに、やめさせようとしたり、気をそらそうとしておやつやおもちゃを与えることもあるでしょう。
「かゆい部分をかけば、余計にかゆくなってしまうから、舐めるのをやめさせたい」という気持ちからの行動だと思いますが、それを繰り返すことで、犬は「手を舐めていれば、飼い主が相手をしてくれる、何か面白いことが起こる」と学習し、飼い主に相手にしてもらえないときに手を舐めるようになります。このようなプロセスで、もともとは痒みなどにより舐めていたものが、痒みがなくなったあとも舐め続けるようになってしまいます。
犬が落ち着いてじっとしているときは、飼い主に不満はないため、犬のことをほっておきます。これは犬にとっては、報酬が与えられていない状態です。犬が手を舐める行動は、飼い主にとって不快であるため、飼い主は手を舐める行動をやめさせようとして、何かのアクションを起こします。これは犬にとっては報酬であるため、犬は報酬の直前の行動=手を舐める行動を繰り返し行うようになります。
飼い主の関心を引く行動が起こりやすくなる要因
飼い主の関心を引くための行動が起こりやすくなる要因として、欲求不満であったり、疲れていないということがあるかもしれません。十分に活動させることが大切です。
散歩について、週に1~2回程度しか行かないという飼い主さんがいますが、これは問題です。散歩は犬にとって中心的な活動です。1日2回30分程度行くようにするとよいでしょう。それによって十分に活動させ、欲求を満たすことができれば、関心を引く行動は少なくなるかもしれません。
あるいは、フードが出てくるおもちゃなどを利用して、活動を促すことも重要です。フードをお皿から与えてしまうとすぐに完食してしまって、活動が少なくなってしまいます。フードが出てくるおもちゃを利用すれば、活動時間を伸ばし、欲求不満を解消することができるでしょう。
犬に関わる時間をしっかり持ち、しっかり活動させることが何より必要です。メリハリをつけて活動と休息をさせるようにしましょう。
飼い主の手などを舐めてくる。甘噛みもしてくる場合
関心を引くための行動として、飼い主の手を舐める行動が発生することはよくあります。自分の手を舐める行動と同様に、飼い主の手を舐めることで、飼い主から何らかのリアクションを得られる経験からその行動が強化されていきます。
手を舐めるという行動だけでなく、手をかじる、手を噛むというような行動として出ることもあります。犬は、飼い主さんの関心を引くために、効果的な方法を見つけて実行します。より関心の引きやすい行動を選択するでしょう。
犬が飼い主の関心を求める背景
- 飼い主との触れ合いが足りない
- 飼い主との関りが足りなければ、関心を引きたい、かまってほしいという欲求は大きくなります。
- 同居動物や小さな子どもがいる場合に、飼い主の愛情を独占したい
- 社会的な競合関係は関心を引く動機づけを高めます。飼い主の関心を奪い合う相手がいる場合、関心を引こうとする行動は強くなります。
- 日常生活の中に刺激が足りない
- 単純に、日常生活内で刺激不足で疲れていない場合、関心を引き、何らかの活動をしようとする動機づけは高まります。
- 体力が余っている
- 散歩に行っていないなど、体力が余っている場合、飼い主の関心を引き、少しでも動きたいという欲求を満たしたいしたいと考えるでしょう。
手を舐める以外の舐め行動の例
- 自分の身体をずっと舐めていて、毛が薄くなったり、脱毛している。
- 美味しい匂いがするわけでもないのに、家具や床、布などをずっと舐めたり噛んだりしている。
- 特定のぬいぐるみを吸い続ける。
- 執拗に飼い主の手などを舐めてくる。
このように、執拗に舐める行動は、対象が様々です。自分の身体をなめるのか、床や飼い主さんなど、自分の身体ではないものをなめるのかによって原因は大きく異なります。いずれにしても、身体的な疾患が原因になっている可能性がありますので、まずは、身体的な疾患の有無を調べ、治療する必要があります。
犬が家具や床を舐め続ける場合、食事の中に何かの栄養素が不足していたり、神経学的な感覚異常が原因となっている場合もありますが、常同行動である場合もあります。
また、猫が布などを舐めたり吸ったりし続けてしまうことがあり、織物吸い、ウール吸い、ウールサッキングなどと呼ばれています。シャム猫などのオリエンタル種に多く発生するという研究や、早期離乳した猫に多いとの考察もされていますが、一般的に常同行動と考えられています。
犬が手を舐める行動の診断
常同障害とは
手を舐める行動など、身体的な問題がないにも関わらず、無目的な行動を繰り返している状態、またその行動を『常同行動』と言います。動物園動物が、左右に動き続ける行動、柵をかじり続ける行動なども常同行動です。
常同行動が繰り返され、正常な行動の発現が妨げられたり、常同行動により舐め壊しなどの問題が発生し、動物福祉の状態が著しく低下している状態のことを『常同障害』と言います。
犬が手を舐める行動自体は正常な行動であり、グルーミングの行動の一つです。しかし、手を舐める行動の頻度が正常なグルーミングの範囲を超えて、脱毛・びらん・潰瘍の状態にまで舐めてしまうのは、正常な行動の範囲を超えており、身体的な問題も発生しているため、常同障害と言えます。
常同障害の診断
①原発的な身体的な疾患の確認
常同障害を診断する際には、まず、原発の身体的な問題が存在しないかを確かめていきます。舐めている部位に、痒み、痛み、不快感、感覚異常などが存在しないか確かめていきます。常同障害により、二次的に脱毛や炎症等が発生している場合もあるため、身体的な症状がある=常同障害ではないということではありません。あくまでも原発的な疾患が身体的なものであるかどうかを確かめる必要があります。
②他の行動学的疾患の鑑別
主に、関心を引く行動など、他の行動学的疾患ではないかの確認が必要です。関心を引くための行動である場合、飼い主がいるときだけ発生し、飼い主がいないときは発生しないはずです。留守番時に手を舐める行動が発生しているかどうか確認すれば、飼い主の関心を引くために手を舐めているのか、そうではないのかある程度判定できます。逆に飼い主の外出時だけ手を舐めている場合、分離不安が手を舐める原因になっている可能性があります。
そのほか、原発的な行動学的問題があり、結果として手を舐める行動を悪化させていることもあります。何らかの不安があり、その不安を紛らわせるために手を舐めているというケースがこれにあたります。とくに何のきっかけもないにも関わらず、常に不安行動を発現させているような全般性不安障害や、日常的な音に対しても過剰に反応している音恐怖症、などが存在しないか確認を行う必要があります。
過度な舐め行動に関する事例と対応
過剰な舐め行動・グルーミング行動をしてしまう猫への対応
もし、過剰に舐めている部分が炎症を起こしていたり、傷ついたりしている場合には、動物病院で、その皮膚症状に対する適切な治療を受けましょう。
この行動は、欲求不満、不安、ストレスなどがきっかけとなっていることが多いため、猫の暮らしている環境を見直し、整備することも大切な治療のひとつです。例えば、休息場所・トイレ・水入れ・爪とぎ器などの材質・場所・数などを見直し、生活環境の中に適切な資源が十分にあるようにしましょう。
複数の猫を飼っている場合は、猫同士の関係に問題があることでストレスが生じている可能性もあります。ケンカなど思い当たるところがあれば、関係する猫について部屋を分けるなどの対策も考えてみましょう。
同居猫だけではなく、飼い主と猫との間の関係も、不安やストレスの軽減のために大変重要です。もし、猫を叱ったり、叩いたりすることがあったならば直ちに止め、できるだけ落ち着いた対応を心がけましょう。また、おもちゃを使って遊んだり、好きなおやつを使ってトレーニング的な活動を一緒にすることで、猫の欲求不満を解消するとともに、飼い主と猫との信頼関係も作ることができ、問題行動の軽減に効果があると考えられます。
また、これらの対応のほかに、飲み薬による薬物療法も併せて行うと効果がある場合もあります。抗うつ薬やSSRIと呼ばれる薬が使われます。
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【Q&A】猫の過剰なグルーミング どうしよう? (2021年12月27日)
猫の毛織物吸い(ウールサッキング)行動への対応
猫が食物ではないものを食べてしまうと、命に関わる場合もあります。まずは、安全対策のため、猫が口に入れてしまいそうな危険な物は環境から取り去る、あるいは猫が近づけないようにしましょう。例えば、これは毛織物ではないですが、電気コードなどもかじってしまう猫もいますので、その場合はカバーを付けて保護をしたり、腸内異物となり命に関わる物(ひも状の物など)は部屋の中から除去しましょう。
ごはんの回数やあげる方法、内容を変えてみるのもひとつの方法です。1日1食ではなく、1日分のごはんを数回、できるだけ回数多く小分けにするとよいでしょう。また、おやつやフードを中に入れるような知育おもちゃを使い、食べ物を探したり工夫して時間をかけて食べ物を得るという活動をすることで、口を使って食べるという行動に費やす時間をできるだけ長くしてみましょう。部屋の中の様々な場所に、小皿などに少量ずつ分けたフードやおやつを隠し、宝探しゲームで探索活動をするのもよいでしょう。
欲求不満、不安、ストレスを減らすことも必要です。前の項目での対応と同様に、猫の暮らしている環境を見直し、整備しましょう。例えば、休息場所・トイレ・水入れ・爪とぎ器などの材質・場所・数などを見直し、生活環境の中に適切な資源が十分にあるようにしましょう。
複数の猫を飼っている場合は、猫同士の関係に問題があることでストレスが生じている可能性もあります。ケンカなど思い当たるところがあれば、関係する猫について部屋を分けるなどの対策も考えてみましょう。
同居猫だけではなく、飼い主と猫との間の関係も、不安やストレスの軽減のために重要です。もし、猫を叱ったり、叩いたりすることがあったならば直ちに止め、できるだけ落ち着いた対応を心がけましょう。また、おもちゃで遊ぶ、好きなおやつを使ってトレーニングすることも、猫の欲求不満の解消と、飼い主と猫との信頼関係構築に役立ち、問題行動の軽減に効果があると考えられます。
犬と猫の問題行動診療をご利用ください。
ぎふ動物行動クリニック(院長:奥田順之/獣医行動診療科認定医)では、手を舐め続けてしまう、体の一部を舐め続けてしまうといった過剰グルーミング、床や物飼い主さんを舐め続ける行動など、問題行動についての相談を行っています。
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