犬の噛み癖は、飼い主さんにとって大きな悩み。中には犬歯が刺さり、何針も縫うほど噛まれている飼い主さんもいらっしゃいます。本記事では、噛み癖の原因から治し方まで徹底解説します。
犬の噛み癖とは?(分類)
犬の噛み癖とは、犬が飼い主等に噛む行動を繰り返している状態を指します。
犬の噛み癖と一口に言っても、その内容は様々です。特に子犬で発生する噛み癖と、成犬の噛み癖では性質が大きく異なります。主に、子犬では飼い主の関心を引くためや遊びの一環で噛みつくことが多く、成犬では、ケアされることや抱っこされることを嫌がる防衛的な攻撃行動が多い傾向にあります。
本気噛みと甘噛みという表現がありますが、飼い主の関心を引くためや遊びの一環で噛みつくことを「甘咬み」、飼い主の動きを制御(嫌な扱いを受けることを止める)しようとして攻撃することを「本気噛み」ということが多いでしょう。
【リンク】「甘噛み」と「本気咬み」のしつけ|見分けるポイントは?|
また、噛み癖を生じる『動機づけ』も様々で、触られることやケアされることを嫌がって攻撃する「防御性攻撃行動」だけでなく、期待した結果が得られないことでなど葛藤を生じる場面で攻撃的になる「葛藤性攻撃行動」、フードを守る動機づけから生じる「食物関連性攻撃行動」などの分類があります。
犬の噛み癖が発生する3つの理由
犬の噛み癖が発生するには、大きく分けて3つの理由があります。
①遺伝的な理由
そもそも、遺伝的に攻撃行動が発生しやすい犬種が存在します。当院では、柴犬、ボーダーコリー、トイプードル、ポメラニアンの相談が目立ちます。
攻撃行動が生じやすいのは、衝動性の制御が十分にできない場合です。要は、我慢したり、周囲に合わせる力が弱い場合ですね。こうした性質は、親から子に遺伝します。柴犬の中でも、衝動性の制御が十分にできる子もいますが、衝動性を制御できず攻撃に至ってしまう子もいます。
噛み癖とは、まさに「癖」であり、繰り返す行動です。一度噛むだけでなく、繰り返し同じパターンで攻撃が生じてしまうのは、我慢したり、調整したりする能力が低い故です。
調整能力には個体差が大きく、脳機能の衝動制御障害と判断される場合もあります。非常に強度の噛み癖の場合、薬物療法の併用が必要な場合もあります。
こうした、遺伝的な要因は、攻撃行動の発生に大きく絡んできます。
②社会化・馴化不足
第二に、社会化や馴化不足です。遺伝的にハンデがあっても、その後、適切な社会化や、人とのかかわりに関する馴化の機会があれば、噛み癖の発生を抑えることができます。
しかし、現在の日本のブリーディングでは、十分に人の手をかけずに出荷される犬も少なくありません。ペットショップでも感染症リスクから、たくさん触って馴らすような扱いができていません。その結果、人に扱われることに馴れていないまま、家庭に迎えられることになります。
家庭は家庭で、「ワクチンがすべて終了するまで家の外に出さない」、「家に来て2週間はケージから出さず抱っこもしない」といった指導を信じてしまい、大切な社会化期を、一人寂しくケージの中で過ごさせてしまうということも少なくありません。
社会化や馴化不足があると、人に扱われることを嫌がる犬に成長してしまい、結果として、噛み癖を生じやすくなります。
③飼い主の間違った犬への接し方
最後に、飼い主の間違った犬への接し方です。
犬を構いすぎる
一番多いのが、犬が求めていないにも関わらず、犬を構いすぎてしまうということです。犬の方は、飼い主がべたべた触ってくることを不快に感じ、それをやめさせようとして噛みつくことを覚えます。そこで飼い主が「嫌だったんだな、触り方を変えよう」と思えばいいのですが、飼い主はそもそもナデナデする為に犬を迎えているので「撫でてあげているのに、噛んでくるのはなんで?」と噛んでくるのは犬のせいと考えてしまいます。
犬の方は、噛んでも噛んでも触ってくる飼い主に対して、「この人は、本気で噛まないとわかってくれない!」と感じて、強く咬むようになり、本気噛みが成立して今います。
不適切なケア
もう一つ多いのが、無理やりケアをすることです。子犬のうちは体が小さいため、羽交い絞めにして無理やりケアができてしまいます。
- 無理やりブラシをする
- 無理やり目ヤニをとる
- 無理やり足ふきする
- 無理やりハーネスをつける ・・・
このような無理やりケアするということを繰り返していると、犬は、ケアに対して嫌な印象を募らせていきます。そして同時に、体が徐々に大きくなっていきます。
どこかのタイミングで、犬が我慢しきれずに強く咬んだとき、体が大きくなっており暴れる力が強く、噛む力も強いため、飼い主が抑えきれずに手を放し、あるいは、噛まれたために手を引くことで、「攻撃すれば逃げられる」ということを犬が学習して、犬が噛むようになってしまいます。
犬の噛み癖が治りにくい理由
①噛めば嫌なことが終わると理解
犬の噛み癖が治らない理由として、犬からすると噛むことが有効な手段となっているという点が挙げられます。
犬の噛み癖は、飼い主が何らかのケアを行った際に生じることが多いです。ケアでなくても、触ろうとしたとか、近づいただけとかもあります。
いずれにしても、犬が、ケアや飼い主の接近を「嫌なもの」ととらえている場合、飼い主の接近に対して、噛むこと、唸ることで、飼い主を追い払うことができると学習していることが多いです。
実際に噛んだり唸ったりすれば、飼い主を撃退できるわけですから、その度に「噛めば嫌なことが終わる」という成功体験を積ませることになります。
②無視はほぼ無理
「噛まれても、無視して、ケアをしてしまえばいいのでは?」
と考える方もいると思います。確かに、噛んでも嫌なことが終わらず、結果としてケアを受け入れざるを得ない状況になれば、犬は「噛んでも無駄」と悟り、咬まなくなることもあるでしょう。
しかし、ほとんどの飼い主は、犬が暴れたり、噛んだりしたときに、そのまま抑えつけて、ケアを続けることはできないでしょう。
プロのトレーナーさんやトリマーさんであれば、噛んでも無視、唸っても無視(動じずに対応する)ということが可能かもしれませんが、一般の飼い主さんではほぼ無理でしょう。むしろその対応ができる方の場合、噛み癖になっていないでしょう。
③叱っても悪化する
では、叱ればいいかというとそうでもありません。噛み癖は防衛意識や恐怖心から生じていることも少なくありません。あるいは、この主導権を奪われることが嫌で噛みついてくる場合もあります。
いずれの場合も、叱ってもほぼ止まりません。それどころか、防衛心や恐怖心を増大させ、主導権争いの感情が強くなり、より攻撃的になることがほとんどです。
これも、プロのトレーナーさんやトリマーさんが、適切なタイミングで罰(弱化)を用いることにより、攻撃を止めるということは成立することはありますが、一般の飼い主さんが真似できるものではないでしょう。
飼い主さんが『叱る』ことが、適切な罰(弱化)になっているのであれば、おそらくその時点で噛み癖は生じていません。ほとんどの場合、噛み癖が定着している中で、飼い主さんが叱っても意味ないと言えます。
犬の噛み癖を治す4つの視点
①生活環境の見直し
咬まれない環境を作る
第一に大切なことは、日常的に咬まれない環境を作ることです。噛み癖は、噛めば噛むほど定着します。
攻撃行動が生じている状況というのは、犬にとっては、「噛まなければならないような状況」であり「追い詰められた状況」ということです。
何度も咬まれているということは、何度も「噛まなければならない状況に追い込んでいる」ということです。そういう経験を繰り返しさせてしまっているということは、犬にとっては過ごしにくい、落ち着かない環境で暮らしていると言えます。
犬が噛まなくてもいい状況を作ってあげることができれば、それは、犬にとっても暮らしやすい環境と言えるでしょう。
一人で休める環境
そのために重要になるのが、一人で休める環境です。多くの噛み癖のある犬は、飼い主に構われすぎています。飼い主に構われない、一人で落ち着ける環境を提供すべきです。
サークルを設置するのもよいですが、できれば、犬部屋を作る方がより丁寧です。関わらない時間と、関わる時間のメリハリをつけていくとよいでしょう。
②飼い主の接し方の見直し
構いすぎない
先にふれたとおり、かまいすぎると、犬は飼い主がうざくなります。あまり触らなくなると、うざさが減って、やがてスキンシップを自ら求めてくるようになります。
犬が寝ているときに触りに行かないとか、犬を無理に抱っこしないとか、飼い主側の一方的な愛情を押し付けないようにしましょう。
無理やりケアしない
無理やりケアすることは、攻撃のきっかけを与えることになります。
おやつを使いながらケアすればできるということなら、おやつを使えばいいでしょう。おやつを使ってもできない場合は、慎重に馴らしていく必要があるため、専門家の指導の下、トレーニングを行うようにしてください。
犬に合わせない
攻撃行動のある犬の飼い主さんは、犬のことを怖がってしまい、何でも犬のいうことを聴いてしまう傾向があります。
しかし、犬に合わせすぎると、犬は「嫌なことがあれば、何でも主張すればいい」と考えるようになり、攻撃行動が発生しやすくなります。
なんでも、犬に合わせるのではなく、人が主導権を握るようにしていくことも必要です。
③適切な散歩
人が散歩に連れていく(犬に散歩されない)
犬に主導権を渡さず、人が主導権を握る上で重要なのが散歩です。散歩の仕方によって、人と犬の関係は大きく変わります。
まず、首輪を使うか、ハーネスを使うかですが、短頭種や首に問題がある犬でなければ、首輪の方が、主導権を握りやすい傾向があります。リードが装着できる支点の位置が、鼻に近い方が、コントロールが聞きやすくなります。
その上で、リードを前に伸ばさず、人の横を歩かせるようにしましょう。犬のペースに合わせすぎず、人のペースで歩けるようにします。
もちろん、散歩中ずっと人のペースで歩くのではなく、犬に主導権を渡す場面も十分に作りましょう。大切なのは、人が主導権を持つ時間をしっかり作るということです。行き始めから、終わりまで犬に引っ張られていたらダメです。
1日2回30分以上の散歩
もう一つ大切なことが、十分に散歩に行くということです。
運動不足はイライラの元です。攻撃的になりやすくなります。逆に十分に運動していれば疲れて寝るため、攻撃しにくくなります。
最低でも1日2回30分程度の散歩には行くようにしましょう。
④基本のトレーニング
基本のトレーニングをないがしろにしてはいけません。
オスワリ、フセ、マテ、オイデ、ハンドターゲット、ハウス、口輪のトレーニングなど、基本のトレーニングの精度を高めることは、攻撃行動の改善に不可欠です。
繰り返しの練習を行うことで、犬は人の動きを、人は犬の動きをよく見れるようになります。犬は「この人は嫌なことをしてくるに違いない」と思えば攻撃しやすくなりますが、「この人はいつも楽しいトレーニングをしてくれる」と思えば攻撃しにくくなります。
基本のトレーニングを毎日繰り返すことは、犬に良い印象を与えることに繋がり、噛み癖の解消に強い影響があります。
⑤噛む刺激に馴らすトレーニング
攻撃行動を生じる直接的な刺激に馴らすトレーニングも必要です。しかし、このトレーニングは、攻撃行動を生じる刺激を犬に与えるため、当たり前ですが、攻撃行動を生じます。
つまり、噛まれる危険性のあるトレーニングです。
噛む刺激に馴らすトレーニングをするためには、口輪を装着できることが必要です。口輪を装着していれば、仮に攻撃行動が生じても、被害を最小限に抑えることができます。
いずれにしても、危険性の高いトレーニングですので、専門家の指導の下、実施するようにしましょう。
⑥薬物療法
犬の噛み癖の中でも、非常に強度な噛みつきや、前後の文脈に関係なく脈絡なく発生する噛みつきについては、薬物療法の適用が必要な場合が少なくありません。
様々な動物実験で、脳内のセロトニンレベルの低い動物は攻撃的になることが知られていますが、犬でも、セロトニン代謝に異常があれば攻撃的になる可能性があります。
また、てんかんでは脳の異常発火により発作が生じますが、発作の形態の一つとして、意識があるものの、性格が変化し、異常な行動を示すもの(焦点発作)があります。てんかんが攻撃性に関与していることは、様々な論文で指摘されています。
攻撃行動に対する薬物療法では、セロトニン代謝や脳の異常発火に影響を与える向精神薬等を用います。薬物療法により、攻撃行動が劇的に改善する事例も少なくありません。
非常に強度な噛みつきに悩んでいる方は、薬物療法も検討するとよいでしょう。