近年、猫は完全室内飼育をすることが望ましいという考え方が浸透してきています。屋外に出ることで、他の猫とのケンカでケガをしたり、感染症にかかったり、交通事故に遭ったりするリスクが高いためです。
猫を完全室内で飼育する場合、家の中の環境が猫にとっての世界のすべてとなりますから、飼い主は猫に必要な物事をすべて提供しなければならず、そのためにまず猫の生活には何が必要なのか(ニーズ)を十分知っておかなければなりません。
今日の猫にとってのニーズは、祖先であるリビアヤマネコとほとんど変わっていません。猫は野生では、単独で食べ物を狩る動物であり、一日の大半を獲物を探すことに費やしています。犬や人間のように群れで暮らす動物ではないため、他者と対立することで危険にさらされやすく、自身の身を守るため未知の動物や環境などを危険と認識しやすい性質があります。そのため、テリトリーを侵害されると脅威を感じやすく、それをマーキングなどのにおいや姿勢、声などを使って伝えます。猫と楽しく生活する鍵は、猫の自然な行動を受け入れ、ニーズを満たし、猫が脅威と感じることを減らすことです。
今回は、実際にどんな室内環境なら、猫のニーズを満たし、快適に暮らせるのか考えていきたいと思います。
猫の「必需品」は十分な数を適切な場所に
猫の「必需品」
- 新鮮な食べ物と水
- トイレ
- 休む場所・隠れる場所
- 爪とぎ
新鮮な食べ物と水
頭数に見合った十分な数を、適切な場所に配置しましょう。安全で静かな場所で、それぞれの猫に自分の食器と水入れが必要です。多頭飼育の場合、同居猫に邪魔されない場所、1匹の場合でも、人にずっと見られることのない、静かで周りから少し見えにくい場所を選ぶと、落ち着いて食べやすいでしょう。
食器と水・寝床の場所はある程度離して配置するのがよいと言われています。猫は小動物を獲物とするので、狩りの後に飲み水や寝床を汚さないよう、離れたところで食べる習性があるといわれているためです。
水飲み場は、1匹で飼っている場合でも複数箇所に設置しましょう。猫は砂漠で暮らす動物が祖先であることから、飲水が控えめで、腎臓に負担がかかりやすいため、飲水の機会が増える環境づくりが大切です。水と出会う機会を増やすため、猫が日常使っている動線上に水飲み場を複数作っておきましょう。
また、水の好みは猫それぞれで、水入れの形にこだわりのある猫もいれば、流水を好む猫もいれば、特定の水の味を好まない猫もいます。好みを知るために、様々なタイプの水入れや水を試してみるのもよいでしょう。
トイレ
トイレの設置場所には、常に物音があったり、突然音が発生するような場所は避けましょう。また、人やほかの動物から見えにくく、邪魔されずにアクセスできる場所がよいでしょう。ただし、飼い主さんが確認しづらい場所にし過ぎると、トイレの掃除が行き届かなくなるため、猫にプレッシャーをかけずに見守れる場所を選びましょう。
トイレの設置個数は、飼っている頭数+1個以上の十分な数が必要です。
猫の排泄は基本的なニーズであることはもちろんですが、自分のテリトリーを示すマーキング行動でもあります。家は猫のテリトリーであり、場合によってはテリトリーを主張して、トイレ以外の場所へのマーキング行動が発生してしまうこともあります。トイレの設置場所に配慮し、衛生的で魅力的なトイレを置いてあげることで、これらの問題を減らすことができます。
猫に好まれるトイレについてはこちらにも詳しく書いてありますので、ご参照ください。
猫の粗相・トイレ問題(尿マーキング、スプレー行動、不適切な排泄行動)
休む場所・隠れる場所
猫は、寝ている間が最も無防備なので、安全で安心できる場所で休むことを好みます。寝室や奥まった部屋など、猫が安全と感じられる場所に快適な休息場所があり、猫が休みたい時はいつでも隠れられるよう、環境を整えるとよいでしょう。
隠れることは、猫がストレスを感じて、他の動物や人との接触を避けたいときに対処する行動です。猫自身がストレスへ対処するこれらの行動を認識し尊重することで、ストレスによって引き起こされる身体疾患や問題行動を防ぐことにも繋がります。
休む場所は、市販のペット用ベッドも良いですが、毛布やタオルは潜り込んで隠れることができて安心する猫も多く、洗いやすいというメリットもあります。また、段ボール箱に穴を開けたものなど、中に入って隠れることのできるものを複数箇所設けると良いでしょう。高い所に登って休めることで安心する猫も多いため、中に入ることのできる休憩スペースがあるキャットタワーを設置することも、良い選択肢のひとつです。多頭飼育の家庭の場合、この休憩スペースについては、出入口が一つの箱型よりも、出入口が二つあるトンネル型を選ぶとよいでしょう。休憩スペースに隠れている猫がいる時に、他の猫が近づいた場合、出入口が一つだと猫が出られなくなり追い詰められてしまう可能性がありますが、二つあれば、お互いの進路を確保できるためです。
爪とぎ
爪を研ぐことは猫にとって自然な行動です。段ボールや麻紐など引っ掛かりが良く猫の好む素材の爪とぎ器を、使う時に動くことがないようしっかりと固定して設置しましょう。爪とぎ器は、家の中全体に複数箇所必要ですが、特に、人の出入りの多い部屋(リビングなど)や、猫が爪とぎをしたくなる場所には重点的に設置すると良いでしょう。
猫が爪とぎしたくなる場所
- 外の匂いが入ってきやすい場所
- 玄関周辺
- 窓周辺
- エリアの境界となる場所
- ドア周辺
- 出っ張っている場所
- 目立つ家具
- キッチンカウンター
- 柱
垂直運動ができる三次元空間
猫には、高い所に登るという生まれ持った性質があります。高い場所で時間を過ごし、下の様子を見降ろすことで、猫は自分の縄張りを管理できているという自信を持つことができるのです。家具に登ったり、カーテンやカーテンレールを登ったりする猫が多いですが、それをさせたくない場合は、キャットタワーや高さのある爪とぎ器など、代わりに猫にとって魅力的な高い休憩場所を設置してあげましょう。
垂直運動ができる環境は、猫にとってとても重要で、特に多頭飼育の家庭では、三次元空間を活用することで、猫同士のストレスを避けることができます。食料、水、トイレ、休んだり隠れる場所などの資源が、それぞれの猫が他の猫とかち合うことを避けながらアクセスすることができるようなルートで配置されていれば、資源をめぐる競争やストレスを最小限に抑えることができるのです。
三次元空間の活用のコツ
- 猫から部屋がどう見えるかを考えながら、動線を作る
- 高い場所の通り道と、そこへの導入部分を作る
- 家具の高さの違いを利用
- キャットウォークやキャットタワーの設置
- 多頭飼育の場合、複数のルートを用意し、行き止まりを避ける
- 高い場所の通り道と、そこへの導入部分を作る
- 居場所のバリエーションを増やす
- 高低様々な休める場所を複数作る
- 高低様々な隠れられる場所を複数作る
- 登った先に目的地を作る
- 休みやすいベッドがある
- 窓の外が見える
- 人を眺められる
外を見たりアクセスできる工夫
完全室内飼育は猫にとって安全で、寿命も長くなることが示されている一方で、外の世界の様々な物を見たり、匂いを嗅いだりすることで猫の生活がより充実したものとなることも事実です。完全室内飼育でも外の世界を少しでも楽しめるよう、様々な工夫をすることができます。
最も手軽にできる工夫は、窓辺で過ごしやすくすることです。家の中では、多くの猫が日向ぼっこしながら窓の外を見て過ごすのが好きなものなので、これらの観察行動をしやすくなる工夫をしましょう。
猫が窓辺で過ごしやすくなる工夫
- 窓辺に安定したテーブルやキャットタワーを設置する
- 出窓にする
- 窓辺に休みやすい寝床を設置する
- 脱走防止柵を設置し、安心して窓を開けられるようにする
- 縦の格子を設置するとよい(横の格子では登ってしまう)
庭や集合住宅のバルコニーに、高くて頑丈なフェンスや全体を囲うことのできるものを設置し、安全で自由に屋外を楽しめるようにするのも方法のひとつです。
ただし、屋外にいる猫とフェンス越しに遭遇し、猫に不安やストレスが生じることで、様々な問題行動が起きる可能性もあるため、注意が必要です。
また、「猫草」は、完全室内飼育の猫が外の世界や自然を感じられる数少ない機会と言えます。屋内でもポットやプランターで育てることができ、手軽に猫に提供できます。多くの猫は猫草の匂いを嗅いだり、噛んだりすることが好きです。
遊びやすい環境
猫にとっておもちゃを追いかけたりじゃれたりする遊びは、捕食行動の一環であり、実際はただの「遊び」ではないため、猫が持って生まれた衝動を失うことなく、室内でより安全に、より質の高い生活ができるよう、飼い主である人間が考えなければなりません。
そのため、家の中でも満足のいく「遊び」ができる環境を整えましょう。
猫の「遊びスペース」の工夫
- 直線距離が長くとれるところ、グルグル回れるところを確保
- 猫が身を潜めて獲物を狙える場所があるとよい
- 家具のかげ
- 扉や衝立
- 上下運動も駆使して獲物を追えるとよい
- ベッド、ソファ
- キャットタワー
猫の遊びについては、こちらもご参照ください!
猫の嗅覚を尊重した環境を!
猫の嗅覚は、人間よりずっと優れています。その優れた嗅覚で、猫は他の猫が擦り付けたりして残した痕跡を検出し、猫同士のコミュニケーションを取っています。顔や体を擦り付けてフェロモンによりマーキングし、自身にとって安全で安心できる境界を作っているのです。そのため、人間とは異なり、猫は嗅覚を使って自分の置かれた状況について判断します。
知らない動物の匂いや芳香のある洗剤の匂いなど、一部の匂いは猫に脅威を与え、不適切な場所での排泄やスプレー行動、不適切な場所での爪とぎ行動などの問題行動やストレス関連の病気につながる場合もあります。
そのため、特に新しい猫が家に来たり、環境に変化がある場合は、猫のテリトリーである家の中から、今までの匂いを消さないことが大切です。
また、猫の合成フェイシャルフェロモンは、猫が顔を物にこすりつけたときに付く天然フェロモンに似た物質であり、使用することで不慣れな環境やストレスの多い環境で心を落ち着かせる効果をもたらします。
犬と猫の問題行動診療(犬の攻撃行動、猫の不適切排尿、咬みつきなど)
ぎふ動物行動クリニックでは、犬の攻撃行動や吠えの問題、猫の不適切排尿や咬みつき、過剰グルーミングなど、多岐にわたる問題行動について、ご相談を承っています。
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