犬の認知症の診断は、①身体的疾患が関与していないか、②他の行動学的問題との鑑別、③犬の認知症に特徴的なDISHAAの6徴候の確認と行動の程度の評価の3つの要素から成り立ちます。

①身体疾患との鑑別

 高齢犬であれば何かしらの身体疾患を生じている可能性は高く、そのことにより問題となる行動が生じている可能性を念頭に置いておかなければなりません。ある研究では、犬の認知症に関連する徴候があり動物病院を受診した300頭のうち、85頭が基礎的な医学的問題があったことが報告されています。

 痛みや不快感によって寝られないことで昼夜逆転のような症状が出る、関節が痛くてトイレまでたどり着けず不適切な排泄をしてしまう、といった症状は分かりやすいでしょう。脳腫瘍によって見当識障害が生じる、肝性脳症で回転行動が生じる、腎疾患や心疾患の悪化で活動性が下がる、甲状腺機能低下症により活動性や性格が変化する等、身体疾患を原因とした行動変化は無数に挙げられます。

 本当に認知症かどうかを診断する為には、身体的な問題を精査することは必要不可欠です。また認知症であっても、身体的疾患が併存していることもありますし、年齢的に様々な不具合が出てくる時期ですから、積極的に身体的な問題について検査してほしいです。問題行動が身体疾患から発生していても、身体的な検査をしなければ治療をすることができません。検査で問題が見つかれば、問題に対して治療を行っていくことができます。犬の方も不快感や不具合を抱えて生活する状態ではQOLが下がります。犬のQOLを維持するためにも問題があるかもしれないのであれば、積極的に見つけてあげて欲しいです。

 身体的な問題を早めに把握するためには、定期的な健康診断が有用です。犬は人間よりも数倍早く年をとります。「高齢になったから1年に1回は健康診断を」と思っている方も少なくないと思いますが、犬の時間を人間の時間に換算すると4~5年に1回だけ健康診断している事になります。その間に様々な不調が深刻化することもあり得ます。認知症に限らず、あらゆる身体の不調は、早期発見早期治療がQOLの維持には不可欠です。高齢になったら、半年に1回くらいは検査を行いたいですね。

 健康診断で何らかの疑われる疾患がある場合や、既に何らかの問題が生じている場合、疾患の種類によっては、追加の検査が必要となります。中には、全身麻酔をかけてMRI検査を行わなければならない場合もあります。高齢犬となれば、当然麻酔リスクもあるわけで、こうした場合については、年齢や全身状態を勘案して、獣医師とよく相談した上で、検査の実施の有無を判断していきましょう。

②行動学的問題との鑑別

 高齢犬に行動上の問題が起こった場合、認知症がその原因となっていることは多いわけですが、認知症以外の行動学的問題によって、問題行動が起こっている可能性も考慮しなければなりません。
 ジャックラッセルテリアの男の子が、15歳になって、飼い主さんが外出する際に急に吠えるようになったという相談がありました。飼い主さんは「認知症ではないか?」とおっしゃられていましたが、よくよく話を聴いてみると、2か月ほど前に引っ越しがあり、その数週間後から吠えが強くなったとのことでした。また、吠えるのは飼い主さんが外出するときだけで、飼い主さんの在宅時や夜間に吠えることはなく、その他、室内を無目的に動き続ける、昼夜逆転、トイレのしつけを忘れるといった犬の認知症に特徴的な症状も見られませんでした。これらの情報から、この症例は認知症ではなく、環境の変化から、特に飼い主さんの不在時に不安を感じて吠えるようになったと考えられたため、分離不安と診断しました
 夜間の吠えについても、よく相談を受けます。これもよくよく話を聴いてみると、何かのきっかけで夜吠えた際になかなか泣き止まなかったため、散歩に連れ出して落ち着かせたという経緯があり、それ以来、夜吠えると外に連れ出すようになったという話をしばしば聞きます。つまり犬は、夜に吠えれば外に連れ出してもらえると気づいたわけですね。こうした吠えの問題は、日中に十分に活動ができていない犬や、日中外に行くことを怖がる犬(犬が夜の方が安心して散歩できると感じるため)で起こりやすい傾向にあります。また、高齢犬よりも活動欲求の高い若い犬で起こりやすいのですが、高齢犬でも起こらないわけではありません。当然、認知症の他の症状が見られず、このような、「外に出る要求」という明確な目的のある夜間の吠えだけであれば、認知症と診断することはありません。
 犬の認知症でも吠えは発生しますが、吠えの発生状況を精査することで、認知症によって発生している吠えなのか、その他の行動の問題で発生している吠えなのか判別することができます。
 ただし、高齢犬のすべての問題行動について、認知症による行動問題と、その他の行動学的問題を、0か100かで分けられるわけではありません。ミックスタイプも存在するということです。例えば、要求吠えについては、認知機能の低下や身体機能の低下により増えることもあります。わかりやすいのは排泄の要求吠えですね。身体機能の低下により、排尿の頻度が高くなると、外で排泄する犬の場合、外に出してほしいという意図を伝えるために吠える頻度が高くなります。飼い主が、ある程度定期的に排泄の機会を作っている場合、犬に認知機能に衰えがなければ、「もう少しで排泄の時間になるから、今は吠えずに待って居よう」という判断ができます。しかし、認知機能が低下していると「もうすぐ排泄の時間がある」ということの認識や、「もう少し待っていよう」という考えが及ばなくなり、今感じている尿意に反応して、外に出たいという要求を伝えるために吠えるという選択をとるようになります。このような行動は、飼い主に排泄したいという意図を伝えるという機能がはっきりとした行動であり、その吠えの症状があるからといって、短絡的に認知症と診断することはできませんが、認知機能の低下が行動を変化させている要因になっているという側面はあります。
 高齢犬に発生する行動変化が、認知症によるものか、そうでないのか、あるいはグレーゾーンなのかについては、各家庭で判断することは難し

い場合も多いです。認知症による行動変化と、その他の行動学的問題による行動変化、あるいは、身体的な問題による行動変化では、治療法が全く異なります。この違いをはっきりさせて対応を行うことが肝要です。そのためには、飼い主さん自身で判断してしまうのではなく、行動診療科で相談して、専門家の意見を仰ぐようにすることが大切です。

③犬の認知機能の評価

 身体的な問題や、他の行動学的問題をチェックし、それらが主たる原因として問題行動が発生しておらず、且つ、認知症のDISHAAの6徴候に関わる問題が見られる場合、犬の認知症が強く疑われます。認知症として診断するか否かの判断方法として、その時点での犬の認知機能の状態を評価するという方法があります。以下のリンクから評価シートをご覧ください。

犬の認知症の評価シート