犬の音恐怖症は、大きな音、花火、雷といった、特定の音刺激に対して逃避行動、不安行動、震え、流涎などを生じる状態のことを指します。音恐怖症は恐怖症の中でもよくみられる恐怖症です。音以外への恐怖症では、激しい風雨に対する恐怖症、知らない人に対する恐怖症、屋外に出ることに対する恐怖症などがあります。
ここでは、音恐怖症/雷恐怖症/花火恐怖症についてまとめて解説します。

当サイトについて

当WEBサイトは、岐阜県岐阜市で行動診療を行っている、ぎふ動物行動クリニックが運営しています。当クリニックの院長奥田は、2017年に日本で8人目となる獣医行動診療科認定医を取得しています。
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音恐怖症については、適切な治療を行えば、多くの症例で症状が緩和されます。症状が悪化する前に、行動診療を行っている獣医師にご相談にお越しください。わからないこと、不安なことがあれば、当院にお気軽にお問合せください。
(ぎふ動物行動クリニック 獣医行動診療科認定医 奥田順之)
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音恐怖症・雷恐怖症・風雨恐怖症の原因

犬種

音・雷・風雨恐怖症は、音に反応しやすい犬種で良く発生します。人気犬種では、柴犬やコリー系の犬種で起こりやすい傾向にあります。ぎふ動物行動クリニックでは、音恐怖症の相談は、柴犬が一番多くなっています。遺伝的、生得的に、音に対する反応が高い犬では、音恐怖症を発生させる可能性が高くなります。

母胎内での生育環境

一般に妊娠期に、母動物に強いストレスがかかることで、子動物のストレス耐性が下がり、不安傾向が高くなることが明らかになっております。当然、犬でも母犬が適切な環境で飼育されていなければ、子犬の不安傾向が高くなります。

現在、日本では、ブリーダーの飼育環境に関する問題が取りざたされています。不適切な飼育環境のブリーダーで繁殖された犬では、音恐怖症のリスクが高まります。どのような環境で繁殖された犬であるかを考えて迎えることも大切な事でしょう。

子犬期の経験

一般的に、子犬期、特に社会化期に様々な刺激に曝露することは、その刺激に対する反応性を下げます。例えば、雷の音を社会化期に聴いたことのある犬では、将来的に、雷の音に対する恐怖や不安の反応が下がる傾向にあります。

Emily(2013)らの研究では、生後4か月未満までに、雷の音に曝露があったかどうかが、その後の音恐怖症の発生に影響を与えると報告されています。一般に、生後4か月までに、雷の曝露があれば、社会化が促進され、雷恐怖症の発生可能性が低くなると考えられますが、この研究では、むしろ雷への曝露経験がある場合の方が、雷恐怖症が発生しやすくなったとの結果になっています。これは、飼い主に過去の行動を思い出してもらい調査票に記入するという調査方法によるところが大きいのではないかと考察されています。つまり、そもそも雷への反応が小さい犬では、4ヶ月未満で雷に曝露されても、怖がる様子がないため、飼い主がそのことに気が付いておらず、「曝露なし」と判断されている可能性が高くなります。一方、雷への反応が高い犬では、4ヶ月未満でも怖がる様子がみられるため、飼い主が記憶しやすく、「曝露あり」と判断されていると考えられます。

Emily J.BlackwellJohn W.S.BradshawRachel A.Casey
Fear responses to noises in domestic dogs: Prevalence, risk factors and co-occurrence with other fear related behaviour
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S016815911200367X

この研究の結果からいえることは、4ヶ月未満で既に音に対する恐怖反応が出ていた犬では、その後音恐怖症になる可能性が高いということです。子犬の時期によく観察することで、音恐怖症の素因を持っているかどうか分かるわけです。そうした犬に対しては、音恐怖症が悪化する前に、積極的に音に対する馴化を行い、音恐怖症の発症を防ぐことが大切です。

過去の嫌悪経験

過去の嫌悪経験によって学習された音恐怖症の例もあります。ハッピーバースデイ恐怖症と名付けたその犬は、ハッピーバースデーの歌を歌うと恐怖や不安の反応が見られました。

この犬は、元々、ハッピーバースディの歌そのものが怖かったわけではありません。その後に続くクラッカーの音に対して強い恐怖反応を示していたのです。ハッピーバーズディは、クラッカーの音を予期させる合図として働いており、ハッピーバースディを聴くと恐怖反応を示すという状態になりました。

雷恐怖症にも同じことが言えます。すごく小さな雷の音に対しても、強い恐怖反応を示し、パンティング・流涎・高い場所に登ろうとするといった行動がみられる場合があります。これは、小さな雷の音やその時の湿気や気圧の雰囲気が、大きな雷鳴を予期させる刺激となっている状態です。

ハッピーバースディの場合は、予期する刺激になっているハッピーバースディの歌を聴いても、その後クラッカーが鳴らなかった経験を積むことで、ハッピーバースディへの恐怖反応は減弱するでしょう。しかし、クラッカーの音への反応が減弱するわけではありません。クラッカーの音には曝露しないことが大切です。

類症鑑別

音恐怖症では、恐怖対象となっている音刺激に対して、恐怖や不安に伴う反応が見られます。音恐怖症の診断では、恐怖反応が見られる場合であっても、それが本当に、特定の音に対して反応しているかどうかを確かめる必要があります。また、恐怖や不安を高めるような身体の疾患が背景に隠れている場合もあります。

音恐怖症は、全般性不安障害や、分離不安など、不安障害と併発することが多く、それぞれの症状と合わせて確認していく必要があります。

  • 不安や恐怖を伴うあらゆる状態
  • 全般性不安障害
  • 分離不安
  • 障壁に対する不満(破壊行動)
  • 遊びや探索(破壊行動)
  • 疼痛(破壊行動/吠え)
  • 聴覚の変化
  • 認知機能不全

確定診断の要素としては、身体疾患を除外すること、音や雷がきっかけとして恐怖・不安行動が誘発されていることを確認することです。

音恐怖症/雷恐怖症の行動修正法

1.リラックスするためのトレーニング

飼い主とのトレーニングにより、オスワリやフセの姿勢でリラックスして待たせることを教えていきます。くつろげる自分の居場所を作ることでリラックスしやすくなります。

2.とても喜ぶ報酬を探す

音や雷に馴らすために、犬がとても喜ぶ報酬を探します。馴らしていく過程では、かなり美味しいおやつを使うことをお勧めします。ボールやおもちゃが好きな場合はそうしたものを報酬にすることもできます。飼い主の愛撫はむしろ依存性を高めるため使わないようにします。

3.音の低減・マスキング

特定の音を低減出来る場合は、先に排除しておきます。雷や風雨、或いは外部の音ついては、制御が難しいかもしれませんが、二重窓にすることで音の伝達を抑えることが出来るかもしれません。また、ラジオなど別の音で、音をマスキングすることで、恐怖対象となっている音を相対的に認識しにくくすることも有効に作用することがあります。

4.音に対する脱感作・拮抗条件付け

音に対して馴らす練習を行います。実際の音ではなく録音した音から始めていきましょう。録音した音を普通の音量で流した時に恐怖反応が出る様であれば、その音に馴らしていくことで、実際の音にも馴れていきます。一番音量を小さくした状態で音を流し、その状態で犬に自分の居場所でリラックスするように伝えます。不安行動を示さずにリラックスしていたら報酬を与えましょう。その状態を1日10分×3回程度繰り返し、2~3日実施して変化がないようであれば、次の音量に移行します。音量は1目盛りずつ大きくしていくようにして、1~3ヶ月かけて普通の音量でも大丈夫なように馴らしていきます。

5.犬をなだめる行動の禁止

不安行動を示している時に犬をなだめると、不安行動を強化してしまうことがあります。

音恐怖症/雷恐怖症の薬物療法

◎フルオキセチン

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◎ジアゼパム

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フェロモン療法

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