犬の分離不安とは?

分離不安とは犬がもっとも愛着を感じている人あるいは家族の人間と離れた際に認められる苦痛を伴ったストレス反応です。破壊行動、自傷行為、逃避行動、過度の鳴き声、不適切な場所での排泄、過度のよだれ、パンティング、常同行動、食欲不振、下痢・嘔吐、沈鬱などの症状がみられることがあります。

分離不安といっても、愛着の対象者との分離による不安は多少なり発生することが多くあります。治療の対象となる分離不安は、その不安によって明らかに動物の福祉状態が低下するか飼い主の生活の福祉状態が低下していることが条件になります。例えば身体的に自傷行為をしてしまったり、食欲不振や下痢嘔吐などが発生する場合や、物が破壊される等の状態です。物が破壊された場合に分離不安と安易に考えがちですが、分離によって遊んでいるだけと言うことも考えられますので、しっかり鑑別していく必要があります。

分離不安は他の不安に関連した問題行動(常同障害・音恐怖症・仲間を失った悲嘆行動・全般性不安障害)が併発していたり、不安を引き起こすような身体疾患が隠れていたりする可能性があり、的確な診断と治療が必要です。併発している問題に対処しつつ、自立を促していくトレーニング・飼い主さんとの適切な信頼関係を結ぶトレーニングが必要です。

当サイトについて

当WEBサイトは、岐阜県岐阜市で行動診療を行っている、ぎふ動物行動クリニックが運営しています。当クリニックの院長奥田は、2017年に日本で8人目となる獣医行動診療科認定医を取得しています。
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適切な治療を行えば、多くの症例で症状が緩和されます。症状が悪化する前に、行動診療を行っている獣医師にご相談にお越しください。わからないこと、不安なことがあれば、当院にお気軽にお問合せください。
(ぎふ動物行動クリニック 獣医行動診療科認定医 奥田順之)
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犬の分離不安の原因は?

犬は社会的な動物であり、愛着対象である飼い主との分離少なからずストレスになります。分離不安を示す犬は、このストレスの度合いが強く、様々な症状を引き起こします。分離がきっかけになっているだけで、飼い主さんと一緒にいる時(症状が表れていないとき)にも潜在的に不安な感情を持ちやすい状況にあると考えられるため、根底にある不安を解消していく必要があります。

一般的に3歳までに発症することが多いとされますが、加齢による不安傾向の増大から分離不安を発症したり、同居動物との死別をきっかけに発症する場合もあります。

また、もともとの脳の機能上の問題や、幼少期の育てられ方によって不安傾向を示す犬では、脳内のセロトニンをはじめとする脳内伝達物質が関連して発症している可能性もあります。犬の分離不安では投薬による治療が必要な場合も多くありますので、程度がひどい場合は、専門の獣医師に相談するようにしてください。

不安を生み出す要因

関わり合いや生活変化による原因

・飼い主さんによる一貫性のない関わり方(不適切な罰、過度の接触、活動不足)
・家庭内の日課の変更、引っ越し、家族構成の変化
・飼い主さんによる不適切な強化(行動をなだめる、関心を向ける)
・安心できる居場所がない、自分だけの居場所がない
・飼い主が一人暮らし

身体的、気質的な原因

・甲状腺機能低下症、副腎皮質機能亢進症、痛みを伴う疾患、認知機能の低下、神経疾患、脳腫瘍などが不安の原因になることがあります。
・遺伝的に、あるいは妊娠中の母犬に過度のストレスがかかること、社会期までの成長過程における母犬・兄弟犬との早期離別によって、不安を感じやすい気質を持つようになることがあります。
・他の不安障害を併発している場合、一つの原因として脳内のセロトニンという不安な気持ちや興奮した気持ちにブレーキをかけるホルモンが枯渇していることがあります。

これまでの経験

・保護施設から引き取った犬の場合
・トレーニングを実施したことがない
・飼い主を後追いする行動が定着している
・飼い主の帰宅時に激しく興奮する、興奮させるような対応を取る

分離不安の診断

まずは、身体的な疾患がないかどうか身体検査等必要な検査を実施します。身体疾患の疑いが低い状況であれば、次のステップに進みます。
分離不安の診断においては、特に一人にしたときの反応をビデオで撮影することが診断には不可欠になります。また他の不安行動の発生状況も精査していく必要があります。
・いつ、どこで、誰といる時に、問題となる行動が発生しているか
・いつ、どこで、誰といる時に、問題となる行動が発生していないか(落ち着いているか)
・周りに人がいない状況ではどのような行動を示すのか、特に留守中にどのような行動を示すのかビデオにとって確認した方がよい

鑑別診断リスト

● 鳴き声
・環境的刺激(周囲の物音など)への反応
・社会的促進(同居犬の吠えや近所の犬の吠え)
・縄張り性攻撃行動(飼い主の留守中に家の前に人が通るなど)
・疼痛(痛みからの吠え)
・認知機能不全
・雷恐怖症/音恐怖症

● 破壊行動
・遊びや探索行動(飼い主の監視がないため遊びがエスカレートする)
・放浪のための逃亡の試み(飼い主の監視がないために起こるもの)
・障壁に対する不満(クレートや柵内に入れられることが嫌で破壊する)
・真性多動症
・欲求不満(適切な運動と刺激の欠如)
・偽妊娠による母性行動(避妊手術後の場合)
・雷恐怖症/音恐怖症

● 不適切な場所での排泄
・医学的問題(膀胱炎、腎不全、胃腸障害、多飲多尿を起こす疾患)
・トイレのしつけが不完全
・トイレの間隔が長すぎる
・トイレに使づきにくい環境設定
・服従性排尿、恐怖性排尿、興奮性排尿
・マーキング(飼い主の監視がないために起こる)
・認知機能不全
・雷恐怖症/音恐怖症による失禁

● 自己に対する舐め行動
・皮膚疾患
・関節疾患
・常同障害
・雷恐怖症/音恐怖症

分離不安の診断の必要条件

・愛着ある人の不在時にのみ起こる行動である
・不在にしてから30分以内に起こる行動である
・飼い主の不在時に、破壊行動、過剰な吠え、不適切な排泄、食欲不振、抑うつ、消化器症状、自傷行為、過剰ななめ行動などの不安が関連する行動が発生している。

分離不安の治療

治療の前提として、いずれの問題行動であっても、急激な変化を望むことはできません。一つ一つの生活習慣の変化は、雨水が岩を穿つように、少しずつ効果を表します。心と体に染みついた行動が変化を見せるには、長期の治療期間が必要になることは少なくありません。1また00%改善されないことも多くあります。愛犬のパーソナリティーに合わせてうまく生活していけるように工夫しましょう。

また、飼い主さんの心構えとして、犬の問題行動は犬を直そうとしてもなかなかよくならないことが往々にしてあります。犬を直すのではなく、犬が安心して生活できるように飼い主さんが工夫をしてあげるという気持ちで臨んであげてください。そうすることで結果として犬の行動が変わっていきます。

分離不安の改善では、飼い主さん・家族との関係が大きなポイントになります。自立を促すトレーニング・飼い主さんとの適切な信頼関係を結ぶトレーニングが必要です。飼い主さんは、犬を従わせるために力で押さえつけることではなく、愛犬がどのように行動したら安心して行動でき褒められるのか教えられるようにならなければいけません。愛犬を直そうとするのではなく、飼い主さん自身が率先して愛犬をリードできる様に、接し方を改善したり、環境を改善したり、トレーニング法を改善したりしていきましょう。

環境改善

・自分だけの居場所=安心できる居場所の確保
クレートやサークルなど自分一人で落ち着いていられる心地の良い場所を用意しましょう。ハウスには入らないから用意していないという方もいますが、まずは用意することが必要です。ハウスに入らないという犬でもよくよく聞いてみると扉を閉められるのが嫌で入れないというパターンが多く、その場合、トレーニングで解消できます。

・安心できる居場所でリラックスするためのトレーニング
ハウスのトレーニングを実施しましょう。ハウスのトレーニングでは、徐々に馴らすようにしていくことを忘れないようにしましょう。

①普段の生活空間にクレートの扉をあけて設置し、自由に出入り出来るようにする。
②クレートの中におやつを入れる。自分からオヤツを取りに行かせる。無理に中に入れないように気を付ける。はじめはハウスの手前にオヤツを置くことがコツ。クレートに入る瞬間に『ハウス』と声をかける
③おやつの置く位置を徐々に奥の方にして、全身が入るようにする。
④オヤツを手に持つと勝手にハウスに入るようになったら、次のステップへ進む
⑤『ハウス』の指示と誘導で、クレートに入ったら、手からおやつを与える
⑥『ハウス』の指示と誘導で、クレートに入ったら、中でマテのトレーニングをする。
⑦クレートの中でマテができる様になったら、扉を閉めてもマテができるようにする
⑧その後、徐々に「中で待つ時間を延ばす」、「扉を閉める」を行う。

生活習慣の見直し

生活習慣の中で、精神的刺激が不足している場合が多くあります。犬の精神的欲求を満たすためには、時間と労力がかかります。愛犬のため、家族のために、愛犬とただ一緒にいるのではなく、愛犬が充実して過ごせる毎日を送らせてあげましょう。
・1日のスケジュールの明確化(予測のしやすい日常を送る。遊び・グルーミング・食餌など)
・1日2回30分ずつの散歩
・1日最低20分程度の飼い主との信頼関係再構築トレーニング
・食餌の与え方の改善(お皿からあげない・知的玩具の使用)
・犬と関わる前には必ずオスワリをさせてから関わりを持つ
・動物の要求に関心を与えない、動物の行動に罰を与えない
・過剰な後追いを制限する

行動修正法

・飼い主の外出に馴れる練習(脱感作、拮抗条件付け)
飼い主の外出に馴れるために、犬がストレス反応を生じないくらい短時間の外出を試みます。外出の準備をせずに数分間外に出るなどの方法もあります。犬が過度のストレス反応を生じないレベルで徐々に外出の時間を長くしていきます。外出の練習をしている間は知的オモチャなどで遊ばせておくこともよいでしょう。

・飼い主の外出のパターンを変える
鍵を持つ、コートを着る、カバンを持つ等の行動が外出と関連づいていると考えられますので、そうした行動を取らなくてもいいように、外出のパターンを変えていきます。例えば、先に車に荷物を置いておいた状態で一度部屋に戻り、愛犬がオモチャに夢中になっている間に裏口から出ていくなど様な変化をさせていきます。

・段階を踏んだマテのトレーニング・リラックスするトレーニング
外出のトレーニングと並行して、サークルの中や自分のマットの上でマテができる様にトレーニングしていきます。犬がリラックスしていたら報酬を与えるようにし、落ち着いていない時は落ち着くようなコマンド『マテ』『フセ』等を実施するようにしましょう。理想としては常に落ち着いた状態でトレーニングできる様に外出等の状況を簡単な状況から行っていき様にしましょう。

・飼い主との自立を促すトレーニング
普段から生活空間をドアで仕切ったり、後追いをやめさせる様にしましょう。夜寝る時なども、一緒に寝るのではなく、自分のサークルで寝かせるようにしましょう。マテを中心にトレーニングを行って行く必要があります。

いずれのトレーニングも、その犬のパーソナリティに合わせて、うまくいく方法を計画し実施していく必要があります。専門の獣医師、トレーナーの指導の元実施するようにしましょう。

問題行動の発生予防

・後追いをやめさせる
・外出時、帰宅時の習慣化された行動を変える
・外出時、帰宅時の前後10分程度は犬に関心を向けない
・在宅時から知的玩具の利用をしておいた後、外出時にも同じ知的玩具を利用する

薬物療法

必要に応じて薬物療法を検討します。不安の程度や留守番の頻度などによっても使用する薬が変わってきます。長期的な使用では、選択的セロトニン再取り込阻害薬である塩酸フルオキセチン、一時的な留守番の不安を抑えるためには、ベンゾジアゼピン系抗不安薬を使うことが多いです。

◎フルオキセチン

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