ぎふ動物行動クリニック及びドッグ&オーナーズスクールONELifeには、犬の攻撃行動の相談が多数寄せられています。9割程度の症例では改善をしている一方、1割程度の症例では変化がなかったり、一時的に改善するもののその後悪化したりする症例もあります。

改善しない、あるいは悪化する原因は、当施設で実施できる改善法のレパートリーの問題が強く影響しています。当施設では、行動クリニックとトレーニングスクールを併設しており、改善法のレパートリーは比較的広くとっています。初回に獣医師によるカウンセリング(獣医動物行動診療)を実施し、その後症例に合わせて、継続フォローアップとして、プライベートレッスン、グループレッスン、出張カウンセリング、出張トレーニング、電話相談等を実施し、薬物療法を併用して改善をおこなっています。一方で長期預かりでのトレーニングは現在実施していません。長期預かりが出来ないことが当施設の弱みであり、それが必要な場面で、飼い主の皆様の力になれていない部分ではないかと考えています。

よく、「預かり訓練は意味がない」という声を聴きますが、それはその症例の状況による部分が大きいです。攻撃行動では、特に飼い主が既に犬に対して恐怖心を抱き、トレーニングの実施が難しい場合、預かり訓練も一つの選択肢として考えておいた方が良いと思います。

また、「薬を使うなんて意味がない」という声も聴きますが、それも症例の状況によります。薬物療法によって、良い成果を上げ、絆が深まっている例も少なくありません。本記事では、攻撃行動の発生機序と選択肢について、ご紹介したいと思います。

※ 攻撃行動に悩んでいる場合は、自己判断せず、必ず専門家に相談してください。

 

◎ 攻撃行動の発生機序

そもそも、犬の家族に対する攻撃行動は、どのように発生するのでしょうか。犬の攻撃行動のタイプとして、毎回同じ状況で発生するタイプ、同じ状況なのに日によって攻撃行動が発生したり発生しなかったりするタイプ、転位行動や常同行動等他の行動の発生中に手を出して付随して咬まれるタイプなどがというものが存在します。これらの中では、「毎回同じ状況で発生するタイプが」最も多いパターンかと感じていますが、以下、「毎回同じ状況で発生するタイプ」を取り上げて話を進めます。別のタイプもあるので、一概にまとめるわけにはいきませんのでその点ご了承ください。

まず、第一に必ず確認しなければならないことは、身体疾患の関与です。身体の不調から痛みや不安が募り、攻撃行動を助長しているケースは少なくありません。身体疾患が関与する場合では、身体疾患の治療が優先されます。ここでは身体疾患が除外された上での攻撃行動の発生機序について解説します。

犬が攻撃行動を示すとき、多くの場合、犬は特定の資源を獲得しようとして、或いは防衛しようとして攻撃行動が発生します。例えば、自分の行動の自由を制限されたくなくて咬む(首輪をもとうとすると咬む、リードで管理すると咬む、怖い人に近づかれないようにするために咬む)、自分の資源を守ろうとして咬む(食器を守って咬む、オモチャを守って咬む)などです。

当初は、資源を獲得する、資源を守るという動機づけからの攻撃(恐怖性/防衛性/所有性/食餌関連性等)から始まるものの、その後、攻撃行動が繰り返されると、攻撃することで資源を獲得することが出来る、守ることができる(唸れば守れる、咬めば嫌なことが終わる)ことを学習し、攻撃行動を強化していくことになります。結果として、特定の状況では必ず同じように攻撃行動が発生するという状況が作り上げられます。

 

◎ 回避、それとも正面突破!?

これに対する対処法としては、攻撃行動が発生する様な状況を避けることが第一に挙げられます。根本的な解決にはならないものの、まずは安全確保しましょうという事です。ただし、回避し続けることにより、攻撃行動のさらなる強化につながったり、はれ物に触るような対応をすることで、攻撃行動が発生する範囲が広がる危険性もあります。もう一つは、攻撃行動が発生する状況に馴らすトレーニングを行うことが挙げられます。リードのつけ替えが出来ない場合は、リードの付け替えに馴らす練習が必要ですし、ブラッシングが出来ない場合は、ブラッシングに馴らす練習が必要です。攻撃行動に対して正面突破していく方法です。攻撃行動を根本的に解決しようとすると、回避ではなく、正面突破が必要になってきます。

とはいえ、回避だけでどうにかなる場合も少なからずあります。攻撃行動が軽度の場合で学習が進んでいない状態、攻撃行動のきっかけとなる状況が少ない状況、何らかの状況に恐怖を感じて攻撃行動が発生している状況であれば、回避していくことで快方に向かうこともあります。例えば、犬にとって不快な触り方をして攻撃行動が発生している場合、飼い主さんがさわり方を気を付けることで、攻撃行動が発生しにくくなります。犬の方も「飼い主さんが嫌な事をしなくなった」ことに安心して、攻撃行動を発生させにくくなります。また飼い主が過度な叱責をしており、不安から攻撃行動が発生している場合、飼い主との関係を再構築(普通のトレーニングすること)することで攻撃行動が発生しにくくなります。

問題は、攻撃行動が強度であり、学習が進んでしまっている場合です。咬めば嫌なことが終わると学習している場合、回避を続けても、回避している事その物が学習を強化してしまうこともあります。少し嫌なことが合ったら唸ったり歯を見せ、それの状況を飼い主が回避することで、唸れば嫌なことが終わるとさらに学習が進んでしまいます。結果として、できることがどんどん少なくなっていく、飼い主の恐怖はどんどん増していくという状況に陥ります。この場合、回避をすることは良い選択にはなっていないかもしれません。

では、回避ではなく、正面突破すすればいいかというと、そう簡単には行きません。正面突破する場合の問題点は、それを飼い主が実施できるのかという問題があります。正面突破する方法としては、攻撃行動を発生させる刺激に馴らすための脱感作・拮抗条件付けを行う必要がありますが、学習が進んだ状態では、オペラント条件付けの消去という手続が必要になります。例えば、特定の家族に体罰を受けたことで恐怖心を抱き攻撃している場合は、その恐怖心を取り去る脱感作・拮抗条件付けを行うことで改善していくことが出来るでしょう。これは飼い主でも実施しやすい部類に入るかと思います。しかし、恐怖刺激から攻撃行動が起こっている状況と、咬めば嫌なことが終わるという学習によって攻撃行動が起こっている状況では、問題の質が違います。前者はまだ改善しやすい状況です。問題は後者であり、嫌なことを避けるために攻撃行動を行っている状況であり、オペラント条件付けの消去という手続が必要になります。

※ カウンセリングを依頼される多くの攻撃行動は、前者であり、学習が進んでいない段階にあります。その段階では、回避や関係再構築のための一般的なトレーニングにより十分改善されます。しかし、改善に苦慮する攻撃行動は後者であり、且つ、飼い主が恐怖を感じている場合が多いです。こうした要素は素人判断すべきものではありません。攻撃行動に悩んでいる場合は、自己判断せず、必ず専門家に相談してください。

 

◎ 攻撃行動の負の強化

先に解説した通り、犬は、攻撃行動を行うことで、特定の資源を守ることが出来ると学習し、その行動を強化してきています。これは、リードをつけると咬む行動で言えば、以下のような学習が成立していることを指します。

 

(先行  刺激)飼い主がリードをもって首輪に手を伸ばす

(行    動)唸る・咬む

(行動後の結果)飼い主を撃退できた、リードを着けられずに済んだ

 

この学習過程をオペラント条件付けの負の強化と言います。犬は自分の資源を守る為あるいは獲得するためには、牙を見せ、唸り、咬みつけばいいことを学習します。学習ですので繰り返し学習すればするほど、行動は定着していきます。また般化と言って、特定の状況だけでなく他の状況にも同じような反応を見せるようになります。なので、攻撃行動に対する負の強化が継続的に行われることにより、様々な状況で攻撃行動が発生しやすくなると言えます。それは、特定の状況に対して、オペラント条件付けによる条件反応として学習された攻撃行動と言えます。このオペラント条件付けがどの程度進んでいるかによって、改善の困難さが変わってきます。

 

◎ オペラント条件付けの消去

このオペラント条件付けされた攻撃行動を改善するためには、消去の手続きが必要です。オペラント条件付けの消去とは、条件づけられた反応を消し去るように再学習させることです。特定の状況(首輪を持たれる等)に対して、攻撃行動を行うという反応が形成されている場合、消去には、以下のような結果を提示し続ける必要があります。

 

(先行  刺激)飼い主がリードをもって首輪に手を伸ばす

(行    動)唸る・咬む

(行動後の結果)飼い主を撃退できない、リードを着けられることを回避できない

 

これまでは、唸る・咬むという行動をしたときに、リードを着けられることを回避できていた(負の強化が働いていた)状況から、リードを着けられることを回避できない(負の強化が働かない)状況に変化することで、唸る・咬むことに価値がなくなり、行動が弱化されていきます。

 

◎ それは、飼い主が実施できるのか?

オペラント条件付けの消去では、その行動が発生する程度の刺激を提示する必要があります(※脱感作ではその行動が発生しない程度の弱い刺激を提示することが必要)。つまり、オペラント条件付けにより学習された攻撃行動の消去の手続きでは、先行刺激を提示し、軽度であっても攻撃行動を発生させ、その攻撃行動の結果飼い主が撃退されないことが必要になります。より具体的には、リードの付け替えに関して、リードを着けようとすると唸り、自由を確保することを学習した場合、唸られながらもリードをつけ、犬が唸ったことに動じないことが必要になります。

 

リードの付け替えの例で言えば、リードを付け替えるという行為の背景に、その人の立ち振る舞いや、犬との位置関係、手の出し方、犬の表情を読みどこまでやるのか、などなど、犬に撃退されないようにやる、段階的に馴らしていくやり方があります。しかし、そのような細かい犬の動きに注意しながら馴らしていくという方法は、犬を扱うことができる相当の経験値を求められます。その場合、理論的にこれが分かっていたとしても、飼い主に実際に実施してもらうことは不可能なことが大多数になります。

 

◎ 改善のための選択肢は?

オペラント条件付けによる負の強化の学習が進んでいない段階の攻撃行動であれば、薬物療法で恐怖や不安を軽減した状態で、脱感作・拮抗条件付けなどの行動修正を飼い主が行っていくことで快方に向かう症例が多い印象です。現実的な選択肢と言えます。

薬物療法では、犬の恐怖や不安を抑える作用のある薬物を使用することで、恐怖や不安に関連した攻撃行動の発生を少なくする効果があると言われており、実際の使用感としても、攻撃行動が少なくなり、落ち着きが出たり、遊びなどの正常行動の意欲が増したりする傾向があると感じています。

恐怖/防衛のための咬みつきについて、負の強化が進んでいない段階では、脱感作・拮抗条件付けが有効な対応策となります。脱感作とは、恐怖反応に条件づけられた条件刺激について、弱い条件刺激に繰り返し暴露することによって、恐怖反応が弱くなることを指します。拮抗条件付けとは、恐怖反応に条件づけられた条件刺激とオヤツなどの報酬を対提示し、報酬との条件付けを行う手続です。

一方で、オペラント条件付けによる負の強化の学習が進んでいる状態では、先に述べたオペラント条件付けの消去が必要になります。薬物療法により恐怖や不安を抑えたとしても、犬は既に学習された行動を冷静に実行することになるため、薬物療法が奏功しにくくなります。また、オペラント条件付けの消去は、飼い主では実施できない可能性が高くなります。つまり、オペラント条件付けによる負の強化の学習が進んでいる状態では飼い主が直接トレーニングを行って改善を行うという選択肢は、かなりの困難を伴うと考えられます。

回避をしていくという事が現実的な選択肢になるわけですが、回避を続けていくことで、やれることがどんどん限られていくこともあります。

こうした場合に頼るべき存在は、預かりでトレーニングを行ってくれる訓練所という事になります。飼い主に代わり、これまで学習されてきた攻撃行動を消去していく手続きは非常に危険を伴う上、細かな犬の機微を察知し、適切に自分の身体を扱う必要があり、一握りのトレーナーの方しか実施できない方法ではないかと思っています。

「預かり訓練は意味がないのでは?」という声を良く聞きますが、しっかりと攻撃行動を熟知されたトレーナーであれば、優れた成果を出すことが出来るでしょう。長期間の預かりが必要になる点や、費用の面で、実施が難しい場合もあるかもしれませんが、学習が進んだ強度の攻撃行動においては、重要な選択肢と言えるでしょう。

◎ 『最も優れた選択肢』は存在するのか?

飼い主自らトレーニングを行うかどうかは、犬の状態や飼い主の状況によります。当施設では、飼い主によるトレーニングを基本とした支援を行っているため、飼い主が適切なトレーニングを実施できない場合(犬の学習の進んでいる場合/飼い主の恐怖心が強い場合)、当施設での対応では十分にサポートできない可能性があります。その点は大変心苦しく、改善していかなければと考えていますが、現状の当施設の弱みを把握し、適切な情報提供に努めていきたいと考えています。

獣医師がカウンセリングを行い、薬物療法を併用した行動修正法を行うことが全ての面で優れていることはなく、家庭犬のトレーナーによる訪問トレーニングが全ての面で優れていることはなく、また同じように、訓練所での預かり訓練が全ての面で優れているわけでもないでしょう。それぞれ、費用面、実施の容易さ、薬物に対するイメージや副作用、長期の預かり期間が必要かどうか、飼い主の意向など、様々な要素があり、症例ごとにベストな選択肢は異なります。

私たち、犬の攻撃行動に携わる者にできることは、自分の方法に固執せず、症例ごとに他の支援者の方法も含めて考えられる選択肢を紹介し、飼い主と犬にとって最適な選択肢を提案することであると、私は考えています。そのためには、犬の攻撃行動に携わる者同士が情報交換に努め互いの強みと弱みを把握し、日々の支援に活かしていく土壌が必要と考えています。

犬の攻撃行動に悩む全ての飼い主が、適切な選択肢に巡り合える社会が求められています。そうした社会創りにむけ、犬の攻撃行動に携わる者は、冷静に、互いを尊重しつつ、しかし、飼い主と犬の命と絆を守るという部分に関して妥協することなく、努力していく義務があるのだと私は思います。近い将来に、そうした社会を実現することをお約束して、本記事を締めたいと思います。